最初から国民の声を聴く気など全くなかったのだと断じざるを得ない。与党は、憲法違反の疑いが濃厚な安全保障関連法案を参院で強行採決する構えだ。衆院に続く強行は戦後70年間に日本が築き上げてきた平和主義を無に帰し、立憲主義と民主主義をないがしろにする暴挙だ。歴史に残るであろう大きな汚点になる。怒りを禁じ得ない。
安倍晋三首相は終始「安保法制ありき」で突っ走った。一貫していたのは「いかに国民の目を欺くか」だった。
まず昨年7月、集団的自衛権行使容認を閣議決定した。国会閉会の直後で、国会での議論を避けるためだったのは明らか。「国民に丁寧に説明する」姿勢は最後まで見られなかった。
12月の衆院選では、あえて安保を争点化しなかった。自民、公明両党で3分の2以上の議席を確保した後で「公約にはっきり書いていた」と強弁したが、選挙で堂々と主張しなかったのは後ろめたさの証左だろう。
今年4月の米議会での演説で「この夏に成立させる」と宣言したことも、自国の国会を無視していると批判を浴びた。視線の先にあったのは米国であり、日本の国民ではなかった。
圧倒的多数の憲法学者が法案の違憲性を指摘、歴代の内閣法制局長官や元最高裁長官、元自民党幹部らも反対を訴えたが、「私人」を理由に無視した。共同通信社が実施した世論調査では「反対」意見が6割以上に。政府の説明不足を指摘する声も8割超に達したが、首相をはじめ閣僚の説明は、はぐらかしと時間稼ぎの意図が明白。意味のない答弁に、国民の不信感が募っていったのは当然だ。
法案自体にも数々の不備や矛盾が指摘された。首相の説明も破綻したが、結局、一行も修正されなかった。一部野党と修正協議に応じる姿勢も「強行」のイメージを和らげる演出。追認するだけに終わった国会も、立法府の責任を全く果たしていない。全議員に猛省を促したい。
看過できないのは防衛省内の動きだ。法成立を見越した内部文書を作成していたほか、最高機密とされる最新型の潜水艦音響監視システムの存在を、一部の歴代防衛相に説明していなかったことが明らかになった。
今年6月には改正防衛省設置法が成立。背広組防衛官僚が制服組自衛官に優越する「文官統制」の原則が崩れ始めている。安保法案が成立し自衛隊の活動が広がれば、現場が「暴走」する可能性が高まりかねない。
政府は、国会を95日間も延長し、自民党総裁選も「無投票」に持ち込んだ。無理を重ねた揚げ句、強行採決を避けられなかったのは、法案の違憲性の疑念が払拭(ふっしょく)できず、政府が意図的に説明を怠った報いでもある。
民意を無視した安保法案は成立したとしても容認できない。歴代内閣の憲法解釈を一内閣で変えたのだから、別の内閣で元に戻すことも可能だ。諦めずに声を上げ続けていきたい。