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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

エッセー

第14回 『映画を学ぶ/映画を教える』

福原 進 「教場訓」 

福原進.jpg 某大学の廊下で、某監督講師の授業について耳にした学生の言葉。「あの先生、教室が試写室だと勘違いしてんじゃないか...自分の映画や自分の好きな映画ばかり見せて...」


  私は、かつて出身大学の講義で「映像論」を学んだ。法学部だったが、二講座だけ他学部の講義を受け単位を取得することが出来たので、文学部の科目の「映像論」を受けた。担当の講師は永井善次郎といった。当時の映像関係者で永井という人名に心当たりはなく、どういう人物なのだろうと思って一回目の教室に足を運んだ。そこには、映画評論誌などで見覚えのある顔があった。60~70年代にかけて花田清輝氏とならんで一方の論客のひとりであった佐々木基一氏だった。先生の授業は映画史を縦軸に、当時の映画などを具体的に織り交ぜながら、淡々と進める質の高い内容であった。しかし、氏は自分が佐々木基一であるということを一切明かさず、また自身の論文などを読めといった指示を出すこともなく、本名の永井善次郎として一講師の務めを淡々とこなされていたのが、私にはとりわけ印象的であった。今、私の通う大学の先達の教授に石堂淑朗氏がおられたが、氏もまた自身が高名なライターであることを誇ることもなく、ある生徒に言わせると「時にエッチな話題を入れながら面白い話をする先生」ということで、同僚の講師も私に「石堂先生って有名な脚本家なんですってねえ」と聞きにくるほどであった。


 教場において教える側が心せねばならないことは、自身のキャリアや仕事を誇ることではなく、自身の人格と教養を研くことであること、そして学生はその人格と教養に触れることから学ぶことが大きいのだということを、私はお二人から学んだ。あの漱石大人にしてからが、一教師の時は自分が文学者であることを一切明かさなかったという。そうでなければ、「坊ちゃん」のあんな生き生きとした人物像が生まれることはなかったのではなかろうか。教場は試写会場でもなければ、映画製作の現場でもない。これが、先達の足元にも及ばぬ一書生講師の自戒と教場訓である。兼好法師に倣えば「先達はあらまほしきもの」である。


福原進(ふくはら すすむ)

1941年茨城県生まれ。中央大学法学部卒業。
コマーシャル、テレビ、博覧会映像、教育文化映画から劇映画まで幅広く活躍。劇映画の代表作として『いのちの海』(00)『少年と星と自転車』(02)(ともにモントリオール世界映画祭招待)。テレビでの代表作に『ボストン美術館物語』(NTV創立30年記念番組/ギャラクシー賞受賞)。教育映画として『和楽器に挑戦』(03教育映画祭最優秀賞・文部大臣賞)。ほか多数。現在帝京平成大学講師を務める。