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スケープゴートは、もういらない

2015年9月18日

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最近、連日報じられている高齢者施設での虐待事件。
私は、虐待にも、運営会社に対するバッシングにも、心を痛めている。
なぜなら「生贄」を差し出しても、この問題は解決しないと考えているからだ。
本当に「会社が悪い」で済む問題だろうか。

問題を指摘された会社が運営する高齢者住宅には、悠翔会も在宅医療を提供している。私が主治医としてかかわっている施設もある。
数年のお付き合いがあるが、僕が知る限りは悪質事業者というイメージはない。
ケアマネもサ責もヘルパーも、僕の知る範囲では、みな真剣に仕事をしている。
医療依存度の高い患者さんの看取り支援など、他の介護事業者に比べてもスキルは高く、教育や研修の仕組みも内容もとても充実している(電話帳のような分厚い研修資料も見せてもらったことがある)し、勉強会の講師を担当しても、みんなとても熱心に講義を聞いてくれ、そして現場のサービスにきちんと反映してくれていた。
高齢者住宅の運営関係者なら誰でも知っていると思うが、他社が足踏みするような実験的事業でも、日本の将来に必要であると確信すれば、数年の赤字覚悟で果敢に挑戦する会社だ。持続可能な高齢社会の形づくりに真剣に取り組んでいる、日本の介護業界になければならない会社の一つだと私は思っている。

もちろん当たり前のこととして、虐待はあってはならない。
しかし、虐待するためにこの仕事を選んだ人はいないはずだ。
要介護者、特に認知症の人に対しては、相手を理解できないがために苛立ちや怒りを覚えてしまうことはあるだろう。介護しているご家族もそれは理解できると思うし、在宅医療という立場から患者さんに関わる私も、時にそのような感情が生じてしまうことは否定できない。
現役の介護職員の方々はどうだろう?「プロなのだから相手の目線でケアを提供すればいい」などと言うのは簡単だが、決して容易なことではない。
苛立ちや怒りでない形で相手を受け入れるようとすること、たとえそういった感情が生じたときにも、暴言や暴力以外の形でアウトプットできること。
ある程度はトレーニングできるだろうが、本質的に苦手な人もいると思う。

数人の職員であれば十分目が行き届くだろう。
がしかし、これが数千人規模になったら。
大手企業になれば、運営施設や事業所の数も増える。
その数だけ、職員が問題を起こす可能性、リスクは累積されていく。
どんなに優れた人事管理制度・教育研修制度・福利厚生があっても、数千人を100%管理することなどできない。警察や検察組織でも時として犯罪者が発生する。適性検査だけでクリアできる問題ではもちろんない。だからこれは業界全体で取り組まなければならない課題なのだ。

みんなが当事者意識をもってこの問題を考えなければ、本当の解決は得られない。
医療、介護を支えるための財源が、年々厳しさを増していくことはご存知の通りだ。
もし、今以上に安心・安全な介護サービスを受けたいと望むなら、
介護サービスを提供する側はもちろんだが、受ける側にも努力が必要なのではないか?

まずは利用者・家族と、施設運営者・職員とが、もっと細やかなコミュニケーションを取ってお互いをよく知り、信頼関係を作っていくことから始める必要があると思う。
その中で不適合があれば情報を共有し工夫していくことで、最悪の結果は少なくとも避けられる。これは双方に努力の余地があると思う。施設側にコミュニケーションの努力が不足している部分ももちろんあるが、残念ながら、特に高齢者住宅や施設に一度入居させてしまうと、重大な意思決定に際しても連絡が取りにくい家族も少なくない。

介護現場は、精神的にも身体的にも決して楽ではない。
私は一度、終末期の方を見守るために、有料老人ホームで夜を明かしたことがある。介護力ゼロの僕ですら「手伝おうか?」とつい声をかけたくなるような現実がそこにはあった。記者の方々には、介護の現場がどのようなものなのか、記事を書く前に一度24時間の密着取材をご提案したい。型どおりのバッシングは視聴者の共感を得やすいかもしれないが、ぜひその深い洞察力で事の本質を見つけ出す手助けをしてほしい。

 

Photo by Yosuke WATANABE

 

佐々木淳
医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
プロフィール
筑波大学医学専門学群、東京大学大学院博士課程卒業。三井記念病院、医療法人社団 哲仁会 井口病院副院長等を経て、24時間対応の在宅総合診療を提供する医療法人社団 悠翔会を設立。