【近未来からの警告~積極的平和主義の先に】<1>ドイツから 「後方は安全」幻想
2010年11月、アフガニスタン北部クンドゥズ州の荒野。ドイツ連邦軍の兵士たちが塹壕(ざんごう)に身をかがめ、反政府勢力に機関銃を連射する。ドドッという銃声と怒号が飛び交う。「もっと左」「弾を補充しろ」「伏せろ」。タタタ。敵兵が放つカラシニコフ自動小銃の乾いた音が響く‐。
「これが僕が経験した治安維持任務です」。ドイツ南部の精神科医院の自室で5月、ドイツ軍のヨハネス・クレア先任兵長(29)が記者に動画を見せてくれた。空挺(くうてい)部隊に所属していた10年6月~11年1月、国連安全保障理事会決議に基づく国際治安支援部隊(ISAF)の一員として、アフガンに駐留した。
約150メートル先の林に潜む敵兵との銃撃戦が続くなか、銃弾の補充役だったクレア兵長がスマートフォンで撮影。この前後、数日間で仲間5人が負傷した。「平和貢献のために行ったのに、僕は戦場に立っていた」
■ ■
70年前、日本とともに敗戦国となったドイツは、大戦への反省から専守防衛に徹してきた。しかし、1990年代に憲法に当たる基本法の解釈を変更して、方針を転換。01年の米中枢同時テロ後、米軍などの攻撃でアフガンのタリバン政権が崩壊すると、民主化支援などを理由に米軍主体のISAFに参加した。
02~14年に最大5千人(特殊部隊除く)を派兵。武装勢力との戦闘には世論の反対が根強く、当初は比較的平穏なアフガン北部などで治安維持と復興支援に当たった。
クレア兵長の任務もパトロールや住民交流、地雷撤去など、戦闘に直接関わらない治安維持のはずだった。が、現実は違った。7カ月間で計20回も戦闘に巻き込まれ、第2次大戦後初めて本格的地上戦を経験したドイツ兵の一人となった。
■ ■
日本で新たな安全保障法案が成立すれば、戦闘中の他国軍へのより軍事色の強い後方支援や、治安維持活動が可能になる。自衛隊の活動地域が「地球規模」に広がり、武器使用基準は緩和される。一足先を行くドイツのように、自衛隊員が戦闘に巻き込まれるリスクが高まらないのか。
安倍晋三首相は国会で、自衛隊による治安維持活動は「日本には、停戦合意などの参加5原則がある。ドイツとは違う」。後方支援については「攻撃を受けない安全な場所で活動する。自衛隊のリスクは高まらない」と説明したが、クレア兵長は「治安状況は刻々と変化する。安全地帯と危険地帯を線引きできるという考えは幻想だった」と振り返った。
アフガンでのドイツ軍の殉職者は事故死や自殺を含め55人。国外派兵で過去2人だった戦死者は35人に上った。さらに、殺し殺される戦闘ストレスで帰還兵約1600人がトラウマ(心的外傷)を負ったと診断され、社会問題化した。クレア兵長もその一人だ。
多くの犠牲を払い、ISAFは昨年末で戦闘任務を終えたが、現地の治安は悪化の一途だ。クレア兵長がつぶやいた。「僕らの任務ではアフガンを平和にできなかった。日本は別の方法を考えた方がいい」
派兵 覚悟はあるか
「KIA 071010」(戦死 2010年10月7日)。アフガニスタンでの国際治安支援部隊(ISAF)任務から戻ったドイツ連邦軍のヨハネス・クレア先任兵長(29)の左手首には、「戦友の命日」の入れ墨がある。
クレア兵長たちの派遣先は、米軍が反政府武装勢力の掃討作戦を展開するアフガン南部から800キロ以上離れた「後方地域」。戦死した戦友のフロリアン・パウリさん=当時(26)=は衛生兵で、アフガンの村人にも医療を提供していた。
その日、「治療を受けたい」と農民風の男がやってきた。パウリさんが通訳を呼ぼうとした瞬間、男が自爆し、彼を道連れにした。
こんな体験もした。友軍が攻撃を受けているという情報が入った。救援に向かう途中、クレア兵長の前を走る装甲車が道路に仕掛けられた爆弾で爆発。鋼鉄製のドアが吹き飛んだ。
帰国後、恐怖体験がよみがえるフラッシュバックや不眠に悩まされた。睡眠薬を飲んでも悪夢にうなされ、いらいらして外出もままならない。
友人は離れ、6年半交際した恋人にも「あなたは変わった」と告げられて別れた。軍を休職し、入院治療中だ。「誰が味方で、誰が敵かも分からない世界だった。心に穴があいたようで先のことは考えられない」。笑顔が寂しげだった。
■ ■
国会審議が始まった安全保障法案では、自衛隊の海外活動は大幅に広がる。任務の必要性や安全確保などについて、派遣には国会の承認が必要となる。ドイツも、派遣地域などの決定には連邦議会の承認が必要とされた。議院内閣制の日本で、国会に政府のチェックが期待できるのか。
ドイツ連邦軍のアフガン派兵計画策定に携わり、2009~13年に国外派兵司令部のトップを務めたライナー・グラーツ元中将(64)に、首都ベルリンで会うことができた。グラーツ氏は「反政府勢力は、われわれが安全な後方地域と思っていたところを、あえて狙ってテロを仕掛けてきた。安全地帯が突然、危険になるのが現代の対テロ戦争だ」と明言した。
■ ■
アフガンでは06年以降、反政府勢力の攻勢で、ISAF派遣部隊が戦闘に巻き込まれるようになった。学校建設や井戸掘り、治安維持などの当初任務に専念できなくなり、やがて米軍などと一緒に反政府勢力の掃討作戦を展開するまでになったという。クレア兵長が撮影した動画には、敵兵が潜む林を米軍機が空爆し、ドイツ軍の兵士たちが「米空軍最高!」と叫ぶ場面まで写っていた。
犠牲者は兵士だけではない。09年には、誤爆で多数のアフガン市民が死傷する事件が発覚。元軍幹部は「多くのドイツ国民は、軍がアフガンで人道支援をしていると思っていた。事件を機に派兵反対の声が急増した」と振り返る。
岐路に立つ日本に助言がほしい。グラーツ氏に求めると、少し考えて答えた。「ISAFのような任務に参加すれば、兵士が死傷したり、現地人を殺傷したりする可能性は十分ある。それは覚悟した方がいい」
◇ ◇
安保法案の成立の先に、どんな事態が待ち受けるのか。日本の「近未来」を体現する欧米から報告する。
=2015/06/01付 西日本新聞朝刊=