社説:安保転換を問う 参院委採決強行

毎日新聞 2015年09月18日 02時30分

 ◇民意に背を向けた政権

 参院平和安全法制特別委員会は安全保障関連法案の採決を強行した。野党が抵抗する中、採決が行われたかどうかすらわからない、不正常な可決だった。

 衆参両院で200時間を超す審議を経ても、政府は法案の合憲性や「なぜ必要か」について納得できる説明ができなかった。にもかかわらず、与党は民意との乖離(かいり)を自覚しながら採決に踏み切った。これでは安倍晋三首相らが強調していた「民主主義のルール」を尊重した結論とは言えまい。

 ◇正常な手続きではない

 委員長の姿が見えない、異様な採決だった。鴻池祥肇委員長の不信任動議が否決され鴻池氏が着席すると、いきなり与党も含めた議員が取り囲んだ。委員長が採決する声も聞き取れなかった。国民の目にどう映っただろう。

 参院審議の状況は16日の地方公聴会の終了を境に一変した。与党は質疑の終結と採決を図り、野党はこれを阻止しようと対立した。

 国会周辺のデモなどの抗議活動は連日続き、各種世論調査では今国会成立に反対する意見が賛成派を大差で上回っている。27日の会期末を控え、与党が18日までの成立を急ごうとしているのは、週末や連休にかけて反対デモなどの運動が一層拡大することを警戒したためだとされる。世論をおそれたのであれば、ここで踏みとどまるべきだった。

 今回の法整備のそもそもの誤りは、中国の台頭など安全保障環境の変化に対応した冷静な議論もないまま、集団的自衛権の行使容認という結論を押し付け、実現しようとした安倍内閣の姿勢にある。

 議会制民主主義の下では、国民の代表である国会議員の手に立法機能が確かに委ねられている。だが、それはあくまで熟議を重ね、合意形成の努力が尽くされるのが大前提だ。

 しかも今回の法案の中身は平和国家を規定する憲法の根幹に関わる。政府は集団的自衛権行使を否定していた1972年の政府見解をねじまげて、行使に道を開いた。このため、憲法学者の多くは法案を違憲だと断じている。

 法整備の必要性も、政府は最後まではっきりと説明できなかった。最初は強調していたホルムズ海峡での機雷掃海は「具体的に想定していない」と後退した。審議が進めば進むほど説明はほころんだ。

 国会での議論を通じ、主要な野党と修正協議で接点を探る選択肢も与党にはあったはずだ。安保関連法案は11本もの法案をたばねたものだ。国連平和維持活動(PKO)に関する部分などは切り離すべきだった。

 そもそも、首相は国民と正面から向き合い、理解を得ようとする発想に乏しかったのではないか。

 昨年末の衆院解散・総選挙を首相は「アベノミクス解散」と命名し、「アベノミクスを前に進めるか、止めてしまうのかを問う」と訴えた。安保法制は多くの公約のひとつとされ、首相は今国会の施政方針演説でも安保関連法案を強調しなかった。

 ◇国民の分断を避けよ

 法案提出前から説明が不足していたうえ、国会で理解を深めようとする姿勢もあまり感じられなかった。

 安倍内閣は2013年、自民党公約になかった特定秘密保護法も強引に成立させた。あるべき安全保障の姿が現行憲法の枠を超えると仮に判断したのであれば、主権者である国民の投票による憲法改正というゴールを追求すべきだった。

 法整備に対し、学界、法曹界、地方議会に加え、幅広い世代を巻き込んだ広範な反対運動が起きている。選挙の争点ともならないまま政府が国の骨格を変えようとすれば、有権者が平和的なデモで意思表示することは限られた抗議の手段となる。学生団体「SEALDs(シールズ)」の奥田愛基(あき)さんが特別委の中央公聴会で「現在の状況を作ったのは与党のみなさんだ」と指摘したのは的外れではない。

 民主党など大半の野党は採決に強く反発している。論戦を通じ、野党が法案の中身や政権の姿勢の追及に一定の役割を果たしたのは事実だ。

 ただ、採決を阻止できなかった原因は議員の数不足だけではない。民主党は集団的自衛権の行使について結局、対案を示さなかった。法案への批判にもかかわらず、有権者の野党への期待はふくらんでいない。不正常な強行採決も与党が「政権を失うほどの打撃にならない」と野党の足元をみたことは否定できまい。

 首相にとって、批判の中での強行劇は祖父、岸信介首相がかつて実現した日米安保条約改定の再現なのかもしれない。

 だが、合意をないがしろにした政治は、国民を分断してしまう。政権の目的を優先させ、国民の理解を二の次にするような手法は政治への信頼を根底から損なう。

 国のありかたに関わる法律をこれほど乱暴な手続きで作っていいのか。成立に改めて強く反対する。

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