プロフェッショナル 仕事の流儀「アニメーション映画監督・細田守」 2015.09.12


その男が夜な夜な口にするのはみじめな身の上話。
心にわだかまりを抱えた男が作り出す映画は意外にも希望に満ちている。
「負けるな!」。
「いっけぇ〜!」。
「諦めなさんな。
諦めない事が肝心だよ。
これはあんたにしかできない事なんだ。
あんたならできる。
できるって」。
「えい!」。
「わ〜!」。
「うぅぅ〜」。
(笑い声)アニメーションの未来を担う男。
「未来で待ってる」。
友情家族愛…一貫して人生の豊かさを繊細な表現力で描いてきた。
「しっかり生きて!」。
その映画は海外でも高い評価を受ける。

(主題歌)撮影を始めたのは1年2か月前。
この夏公開の最新作。
その製作現場に長期の密着取材が許された。
32歳で超大作の監督に抜擢。
だが屈辱の途中降板を味わった。
僕の時代ははっきり終わったんだ。
製作中に飛び込んだ巨匠宮崎駿の引退。
細田は次代を担う映画監督たりうるのか。
かつてない規模で挑む超大作。
製作は困難を極めた。
真価が問われる勝負の一本。
映画作りに命をささげた男300日の記録。
密着取材を始めたのは映画公開まで1年余りの頃だった。
細田はアパートで缶詰めになり映画の構想を練っていた。
やたらと気を遣う人気映画監督らしからぬ男。
カメラが回ってるとこで。
描いていたのは「絵コンテ」。
登場人物の動きから背景セリフを決める監督の最も重要な仕事だ。
3年ぶりの新作は心に闇を抱えた孤独な少年九太が主人公。
熊のバケモノ熊徹と出会いぶつかり合いながら成長していく物語だ。
撮影を始めて1時間もたたないうちに散歩に行くと言いだした。
細田は映画監督として燦々と光り輝く道を歩んできたわけではない。
脚光を浴びたのは38歳の時だった。
「最低だ私」。
「えっ」。
「人が大事な事話してるのにそれをなかった事にしちゃったの」。
ドジな少女が失敗を繰り返しながらも成長していく「時をかける少女」。
「お願い!」。
「勝負しろ〜!」。
内気な高校生が臆病な自分を克服し世界の危機を救う「サマーウォーズ」。
「しっかり生きて!」。
そして夫に先立たれた悲しみを乗り越え子育てに励む母の物語。
興行収入42億円の大ヒットを記録した。
(拍手)映画に込めてきた思いがある。
人生を肯定する映画。
それは生半可な覚悟では生まれない。
一旦描き始めると食事も一切とらずぶっ通しで続ける。
その姿はあたかも修行僧のようだ。
口にするのはコーヒー。
そして喉あめ。
細田の手が止まった。
主人公の九太がヒロインと初めて会話を交わす場面。
心に闇を抱える九太が希望を見つけるきっかけとなる重要なシーンだ。
シナリオでは小さな公園で2人が出会う設定にしていたが描いてみるとなぜかしっくりこない。
背景は登場人物の心情を象徴する大切な役割を果たす。
開放的な公園は孤独な九太にはそぐわないのか。
1時間後。
思いついたのは2人が会う場所には一見ふさわしくない「駐車場」。
細田の手が動きだした。
5時間かけて1つのシーンを描き上げた。
(ため息)食わず寝ずの過酷な日々はこれからも半年間続く。
「ど〜んな試合も一人勝ちよ〜ん」。
「アーッハッハッハッ!」。
細田作品の代名詞といえば魅力的なキャラクターのヒロインたちだ。
飾りっ気のない髪形にポロシャツ姿の快活な女子高生。
「任せて。
ちゃんと育てる」。
どんな悲しい場面でも笑顔を絶やさない芯の強さを持つ母親。
(笑い声)「進学校はみんな仲良しなんてうそだよ」。
だが新作のヒロイン楓は優しさと意志の強さを併せ持つ複雑なキャラクター。
「うん。
私楓」。
その人物像を細田さんはどのようにして生み出したのか。
昨年の夏細田さんは楓のイメージを探しに渋谷にロケハンに出かけた。
若い女性の髪形や服装からイメージを膨らませていく。
ロケハンでつかんだイメージをもとに実際に手を動かし楓のキャラクター像を探っていく。
意志の強さを強調するため眉を少しつり上げてみた。
だが強さが出過ぎて楓のもう一つの特徴である優しさがなくなってしまった。
そこで細田さんは眉は柔らかく髪の毛を短くする事で複雑な二面性を表現した。
キャラクター像が出来上がると絵コンテで表情などを決めていく。
楓が一人悩む九太を受け止め抱き締めるという山場の一つ。
眉毛のカーブが0.1ミリ膨らむだけでも印象はがらりと変わる。
あ〜。
う〜。
か〜。
「違う」とぼやき続ける細田さん。
その言葉には映画に対して貫く一つの姿勢が表れている。
描いたのは柔らかさの中に凜とした強さを秘めた表情。
正解にようやくたどりついた。
2か月ぶりの休日。
細田さんは家族との時間を過ごしていた。
大切にしている物を見せてくれた。
スタジオジブリの就職試験に落ちた時宮崎駿さんからもらった励ましの手紙だ。
細田さんは1967年立山連峰の麓富山県の小さな町で生まれた。
仕事人間の父はいつも不在。
母に大切に育てられた細田さんにはあるコンプレックスがあった。
クラスにうまく溶け込めなかった細田さん。
そんな時母が一本の映画を見せてくれた。
宮崎駿さんの映画…未知の世界にいざなってくれるアニメーションに心が躍った。
将来の夢が決まった。
けれど大学卒業後宮崎さんのスタジオを受験するも結果は不合格。
それでも夢を諦めきれず別のアニメーション会社に入社した。
「あら光子郎君いらっしゃい」。
「どうも」。
9年間の下積みの末監督として手がけた短編映画が話題を呼び一躍期待の新星となった。
そんな中あのスタジオジブリから思いがけない連絡が入る。
日本最高峰のスタジオで長編を作るチャンスを得た。
「これまで培ったやり方でやり遂げてみせる」。
ジブリに出向し絵コンテに着手した。
だが与えられた原作「ハウルの動く城」は奇想天外で難解な物語。
どう構成すれば映画に仕立てられるのか糸口がつかめない。
けれど細田さんは誰にも助けを求めなかった。
細田さんは自らの殻に閉じ籠もり一人孤立していった。
8か月後コンテはついに行き詰まった。
担当のプロデューサーからこう告げられた。
失意の途中降板。
だが本当の試練はそれからだった。
もといた会社で映画の企画を出し続けるも一本たりとも通らない。
「細田は終わった」と業界でささやかれた。
苦境の細田さんを更なる試練が襲う。
夢を後押ししてくれた大切な母が病に倒れた。
故郷に帰って母の介護をするか。
それとも映画を作るチャンスを追い求めるか。
母と夢のはざまで悩み抜いた。
細田さんは夢を諦めきれなかった。
母への思いを胸にしまい黙々とテレビの仕事を手がけながら通る事のない企画を書き続けた。
鳴かず飛ばずで3年たった頃ある誘いがあった。
アニメ制作会社の社長が偶然細田さんが手がけたテレビアニメを目にし長編映画の監督に抜擢してくれた。
細田さんは14年勤めた会社を辞め退路を断って裸一貫で挑む事を決めた。
もはや安いプライドに振り回される細田さんはいなかった。
壁にぶつかれば周囲に相談しスタッフたちには常に頭を下げた。
「どんな事をしてでもこの映画を完成させる」。
映画監督としての本当の覚悟が細田さんを突き動かした。
「もっと根本的なとこから始めなきゃ」。
「お〜りゃ〜!」。
描いたのはドジな主人公が失敗を繰り返しながらも成長していく物語。
挫折の連続だった自分の姿を重ね合わせた。
「いっ…けぇ〜!」。
注目される事なく僅か6つの映画館から始まった上映。
しかし口コミで評判は広がり異例のヒットとなった。
「しゃんとしろ!俺たちがついてる」。
その後も細田さんは親戚との不仲や子供についての悩みなど自らの苦しい経験を作品にぶつけていった。
映画は多くの人の希望となった。
自らの持てる全てを投げ出して映画を作る。
孤独な魂の叫びは多くの人の心を揺さぶっている。
去年夏映画公開まで1年を切り製作は佳境を迎えていた。
絵コンテをもとに総勢200名以上のスタッフが実際にキャラクターや背景を描いていく。
宮崎駿が引退した今細田に懸かる期待はかつてなく大きい。
前作に比べ予算は1.5倍。
描くべきカット数もこれまでと比べものにならない。
細田は取材を受ける余裕さえなくなってきた。
重圧の中で映画を完成に導けるのか細田の真価が問われていた。
年明け徐々に映像が出来上がってきた。
細田は画面の隅々まで目を光らせ修正を求めていく。
そんな追い込みのさなか。
細田が意外な事を言いだした。
この土壇場にもかかわらずストーリーの一部を変更したいという。
細田が変えようとしていたのは映画終盤の重要なシーン。
成長した主人公九太が父親代わりとして見守ってきてくれた熊徹に別れを告げる場面。
熊徹は九太の言葉を黙って聞いているだけで何も答えない事になっていた。
「俺のやることそこで黙って見てろ」と言う九太。
それに対し熊徹は「おう。
見せてもらおうじゃねえか」と受け止める。
スケジュールが遅れているにもかかわらず変更を決断したのには訳があった。
熊徹には細田自身の父への思いが込められていた。
これは父親と撮った唯一の旅行写真。
3歳の頃万博に連れていってくれた時のものだ。
鉄道会社で働く父は仕事で家庭を顧みず親子の関係は希薄だったという。
その距離を埋める事ができないまま細田が30歳の時に父は急病で亡くなった。
細田は自らを九太に重ね合わせかなわなかった父との関係を映画の中で結び直そうとしていた。
その翌日。
映画公開まで4か月を切り細田の疲労はピークに達していた。
それでも細田は取りつかれたように映画を作り続ける。
土壇場で変更したあのシーンの出来上がりをその目で確かめる。

(取材者)おはようございます。
4月初め。
最後の山場。
映像にセリフをあてるアフレコが始まる。
(一同)よろしくお願いします。
(一同)よろしくお願いします。
実力派の俳優たちが細田の映画に命を吹き込む。
(熊徹)「待てコラ!九太!」。
冒頭熊徹と九太が初めて言葉を交わす場面。
(熊徹)「まだ名前聞いてなかったな」。
(九太)「言わない」。
(熊徹)「あぁ!?」。
(九太)「個人情報だから」。
(熊徹)「あぁっ…!じゃあお前は今から九太だ」。
(九太)「何であんたが名前付けるんだよ」。
(熊徹)「いいか九太だからな。
九太」。
細田は九太と熊徹の心の距離に神経をとがらせる。
(九太)「あんたなんか大嫌いだ!」。
(九太)「あんたなんか大っ嫌いだ!」。
(熊徹)「待てコラ!九太!」。
4日後。
いよいよあのシーンを収録する時が来た。
父への思いを込めた九太と熊徹のやり取り。
細田は見慣れない帽子姿だった。
細田は夜を徹して演出を考え抜いていた。
熊徹のセリフに何かが足りない。
今の自分を父が見たら何と言ってくれるだろうか。
その思いを熊徹に託す。
2回目。
(九太)「俺のやることそこで黙って見てろ」。
(熊徹)「おうっ!見せてもらおうじゃねえか」。
(九太と熊徹の笑い声)うんそうそうそうそう…。
は〜いは〜い。
いいですね。
いいですね。
うんいいですね。
はい!ハハハハ。
細田の思いが映画に刻まれた。

(主題歌)
(拍手)3か月後。
公開初日を迎えた。
「俺のやることそこで黙って見てろ」。
「おうっ!見せてもらおうじゃねえか」。
(笑い声)
(取材者)お疲れさまです。
えっ!?分かんないよそんなの。
俺はプロフェッショナルなのかな。
映画とか映画を作るっていう事の真理を見極めたいと思ってる。
突然ですがそこのあなた。
2015/09/12(土) 15:05〜15:55
NHK総合1・神戸
プロフェッショナル 仕事の流儀「アニメーション映画監督・細田守」[解][字][再]

「おおかみこどもの雨と雪」などヒット作を手がけ注目を集めるアニメーション映画監督・細田守。新作「バケモノの子」の製作現場に300日に渡り密着。その仕事に迫る。

詳細情報
番組内容
「時をかける少女」、「サマーウォーズ」、「おおかみこどもの雨と雪」…、ヒット作を手がけるアニメーション映画監督・細田守(47)。宮崎駿が引退を表明した今、次代を担うと目される監督だ。細田作品の多くは希望に満ちた物語だが、そこには強いわだかまりを抱えてきた自らの人生が投影されている。番組では、この夏公開された新作「バケモノの子」の製作現場に300日に渡り密着。映画作りに命を捧げる男の仕事に迫る。
出演者
【出演】アニメーション映画監督…細田守,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり

ジャンル :
映画 – アニメ
アニメ/特撮 – 国内アニメ
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz

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