アスリートの魂「野村忠宏 最後の背負い投げ」 2015.09.12


8月29日。
最強と呼ばれた柔道家が最後の試合に臨みました。
史上初のオリンピック3連覇から11年間現役にこだわり続けてきました。
しかしそれは常に引退の二文字と背中合わせの日々でした。
私たちはその葛藤の日々を2年前から記録し続けてきました。
世界を制した背負い投げをもう一度試合で決めたい。
しかし度重なるケガで思うように動かない体。
くじけそうになった時支えになったのは師匠である父の言葉。
もがき続けた末一つの境地にたどりつきました。
栄光と挫折を背負って戦い続けてきた柔道家野村忠宏。
その引き際の決断に迫りました。
私たちが野村選手の取材を始めたのはおととしの7月。
久しぶりに大きな大会に出場すると聞いたからでした。
向かったのは鍼灸院です。
こんにちは。
もっこり恥ずかしいから短パンはいちゃった。
野村選手は1か月後の大会にケガからの再起を懸けていました。
8年前。
稽古中に太ももとすねの骨をつなぐ右膝の前十字靱帯を断裂。
北京ロンドンと2大会続けてオリンピック出場を逃しました。
リハビリを続け右膝の状態はこれまでになくよくなっていました。
大会に向けた母校での稽古。
多くの時間を割いて取り組んでいたのがオリンピックを制した背負い投げでした。
あの背負い投げをもう一度試合で決めたい。
その一心で現役にこだわり続けてきました。
瞬間の柔道の強さ瞬間の技の切れっていうのは自分の見えない奥深いところでね奥底で眠ってる部分っていうのはあると思うんですよ。
それを試合の緊張感の中でね一瞬でもいいから引き出して。
一瞬でもいいから最高の柔道ができたらいいなって。
野村選手は背負い投げで数々の栄光をつかんできました。
21歳で初めて出場したアトランタオリンピック。
(実況)担ぎ上げて背負い投げ!背負い投げを次々に決め見事金メダル。
(実況)背負い投げ一本!優勝野村!続くシドニー大会。
(実況)ここまで全て一本勝ちで勝ち上がってきた両者。
おっ背負い投げだ。
ライバルに研究されても連覇を果たしました。
更にアテネ大会。
(解説)今チャンスですよ。
(実況)背負い投げにいった。
一本。
(実況)背負い投げにいく一本。
野村忠宏史上初オリンピック柔道で大会3連覇達成です!必殺の背負い投げ。
切れ味の秘密は膝にあります。
相手は背負い投げを警戒して低い構え。
それでも相手の懐に更に低く入り込みます。
畳スレスレから強靭な膝のバネで跳ね上げました。
極端に低い姿勢からの背負い投げ。
野村の柔道の真骨頂です。
(実況)残り2分20秒。
(解説)今チャンスですよ。
(実況)背負い投げにいった。
一本。
磨くのはやっぱり背負い投げが中心になってくるんですよね。
年月をかけて磨き続けてきた自分の一番大好きな技であり得意技であり信頼できる技ですよね。
背負い投げの要である膝のケガから復帰した野村選手。
待ち望んだ実戦の日がやって来ました。
企業に所属するトップ選手たちが日本一を争います。
2回戦試練が訪れました。
相手は26歳の若い選手です。
一本を取るため相手の背中を畳につけようとのけぞった時右肩を激痛が襲いました。
それでも試合に出続けた野村選手。
右肩の痛みで防戦一方。
結局準決勝で敗れました。
この大会背負い投げを決める事はできませんでした。
ありがとうございました。
右肩のケガは予想以上に深刻でした。
技をかけた時後ろ向きに大きな力が加わり肩甲骨と腕の骨をつなぐ腱が断裂したのです。
手術で腕の骨にビスを埋め込み切れた腱を骨に縫い付けました。
4か月間柔道ができなくなってしまいました。
野村選手の実家に造られた小さな道場。
稽古ができない間時折ここを訪れていました。
道場のあるじを務めるのは父基次さん。
喉に病気を患って大きな声を出せなくなりましたが一人一人丁寧に指導しています。
長男の基晴君もここで稽古をしています。
家で練習すんの嫌?パパ背負い投げ教えるやろ?嫌?別にどっちでもええけど。
楽しそうやもん。
なかなか日々の練習の中で楽しさとかっていうのを忘れるっていったら変だけどなかなか感じる事ってないんですよね。
そういう大切な部分っていうのを思い出させてくれるのがこの道場であり子どもたちかなって。
野村選手は背負い投げをこの道場で磨きました。
原点は悔しさでした。
野村選手は代々続く柔道一家に生まれました。
強豪天理高校の監督を務めた父基次さん。
叔父の豊和さんはミュンヘンオリンピックの金メダリスト。
背負い投げの名手でした。
野村選手は3歳で柔道を始めました。
ところが小柄で力が弱く負けてばかりいました。
基次さんからは「柔道をやめてもいいぞ」とまで言われました。
何で俺には期待してくれへんねんて。
何で厳しい言葉で俺を励ましてくれへんねんっていうちょっとしたさみしさとかっていうのはありましたね。
そういう何かぼんやりとした記憶がありますよ。
ちょっと見とけよっていうね。
逆におやじ見とけよって。
そういう感情を抱いたのもかすかな記憶がありますね。
野村選手は背負い投げを必死に練習しました。
この技なら大きな相手に勝てる。
父を見返したいという思いがありました。
高校に入ると更に厳しい特訓を重ねました。
2人がかりで負荷をかける稽古。
強靱な膝のバネが培われていきました。
そして3年生の時全国大会で準優勝に輝きました。
初めて父に褒められました。
俺はこの背負い投げっていうのを磨き続けていったら自分の未来一生懸命努力し続けた自分の未来自分の将来にすごいいい事があるんじゃないか。
去年7月。
ケガから1年近くがたち右肩は順調に回復していました。
野村選手の目標は1か月後の大会に出場する事。
しかし実戦形式の乱取りで思わぬ事態に直面しました。
あ〜っもう。
背負い投げをかける事ができません。
その次も…。
原因は右手にありました。
投げに入る時右手を離してしまうのです。
右肩のケガは治っていたはずでした。
しかし…。
これ張ります?張ってる感じはないですか?背負い投げは右肩を後ろに大きく反らして技をかけます。
この動きがケガをした瞬間を思い出させ恐怖心を生んでいたのです。
野村選手はこれまで以上に筋力トレーニングに取り組むようになりました。
恐怖を克服するためにあえてケガをした時と同じ動きを繰り返します。
更に右手で腕相撲。
筋肉を鍛えれば不安が少しでも減るのではないかと考えたからです。
背負い投げを諦めていませんでした。
野村選手にとって励みになっているのは競技を超えたアスリート仲間の存在です。
(一同)お疲れさまです。
競泳の元日本代表細川大輔さん。
世界選手権の銅メダリストです。
騎手の福永祐一さん。
中央競馬の年間最多勝に2度輝いた現役のトップジョッキーです。
(笑い声)自分がちょっとこう見下して。
なかなか貴重な存在なんです。
4〜5センチ3〜4センチ3センチくらいだけど。
仲間たちが口をそろえるのは年上の野村選手が現役として戦い続けている事への驚きでした。
気持ちがそこまで奮い立たない人が多くて。
やっぱりケガするリスクが高くて。
もうそれが怖いとかってやめる人が僕らの世界では結構多いんですけど。
毎日同じような生活じゃないですか。
これまたやんのかっていう。
結構地味ですよね。
毎日同じルーティーンでずっとやるじゃないですか。
先輩柔道暦何年ですか?35年ぐらい。
この時抱き続けてきた思いがあふれ出しました。
本当はだからもうケガの事も何の事も関係なしに思いっきり力出し切って思い切って本当に熱い勝負がしたいというのがやっぱり一番ですよ。
…ですね。
やっぱりこう引退を覚悟して試合して終わった…。
試合終わって敗れた選手でけど本当に全てを出し切ってねいい笑顔というかね…っていうのを見たらちょっと羨ましいと思うしね。
だから自分はこの何年って負けても悔しくてこの年になって泣いてみたいなね。
悔しい事しかないから。
やっぱ出し切りたいという思いはありますね。
大会直前。
野村選手に更なる試練が立ちはだかりました。
両膝には分厚いサポーター。
古傷の右膝をかばって稽古をするうちにケガをしていなかった左膝を痛めてしまったのです。
水がたまり痛みがひどくなっていました。
またかっていうね…。
稽古を積み上げていい練習を積み上げて試合を迎えるっていう事の難しさをね年とともに感じる。
それはやっぱありますね。
うまくいかねえなっていう悔しさね。
なんとかねあがいていきたいなと思うし…。
しかしこの日の稽古。
左膝は背負い投げの軸足。
激痛が容赦なく襲います。
歯がゆさとかね情けなさというか悔しさというかそういういろんな気持ちがあって心が砕けそうになる。
膝は限界に近づいていました。
大会当日。
試合会場に野村選手の姿はありませんでした。
野村選手は出場を辞退しました。
力を出し切る事ができず延々と続く孤独な闘い。
39歳。
引退も頭をよぎりました。
う〜ん…だから本当にもう…もう限界だと思って…もうやめようかなって思った自分もいたし…けどまだ諦めるの早いって思う自分もいたし…。
この日野村選手が向かったのは実家でした。
柔道を教えてくれた父基次さんに会うためです。
どうもご苦労さん。
よいしょ…はあ…。
俺から言えば…勝った負けたやない。
これだけやっぱりみんなが楽しみにしてくれている事を…苦難に立ち向かう事にこそ価値がある。
父はそう励ましてくれました。
まあね本当に柔道を自分が選手として柔道を続ける意味というのを改めてね教えてもらったというか。
おやじであり人生の先輩…柔道家としての先輩からそういう言葉を聞けたというのはやっぱりすごい本当に自分にとって有意義というかいい時間になったなって。
頑張るかなって。
ハハハ!あれから1年。
野村選手は治療とリハビリを続けながら稽古に打ち込んできました。
しかしケガの状態は一向に改善の兆しが見られませんでした。
あ〜っ!こんにちは。
失礼します。
この1か月強い痛み止めが欠かせなくなっていました。
じゃあ大きく息吸って。
しかし痛み止めも徐々に効かなくなり厳しい稽古ができなくなってきました。
苦しみ抜いた1年。
ふう〜痛え〜。
野村選手は引退を決断しました。
なんとかなんとかってその…心だけは本当にね熱く強く燃えてたけどやっぱりその…自分の心と実際に練習したりする中で感じる体の衰えとその体の痛みこれがだんだん開いていくんですよね。
こっちの体がねもっとぐっと上がってくれるんであればやりたいですよ。
ただもうさっき写真でも見せたけどどうしようもないんですよね。
う〜ん。
それはもうあがききった…う〜んあがききった上での決断です。
あがききった上での諦めです。
そしてもう一つ大きな決断をしました。
最後に試合に出場して真剣勝負に臨む事です。
正直なとここの状態で畳に上がっていいのか最後の試合戦えるのかっていうね。
惨めな姿をさらす可能性があるんだったらその前にもう諦めて畳の上に立たずに静かに去るのも一つの方法かなとは思ったんですけどね。
だからちょっとその葛藤があったんですよ。
ただやっぱりもうそれは俺らしくないなって。
自分の持てる力を出し切るってそれだけですね。
試合は社会人日本一を争う大会。
2年ぶりの実戦です。
背負い投げを決める。
最後のチャンスです。
会場を3,000人の観客が埋め尽くしました。
仲間の北島康介さんや細川大輔さんも駆けつけました。
挑戦している姿をずっと見てたので野村さんらしいね…姿を見たいなと思いますけど。
しっかりと戦ってる姿を目に焼き付けられたらなと思います。
家族も見守ります。
パパ!パ〜パ!相手は一回り若い28歳の選手。
開始10秒でした。
(拍手と歓声)見事な一本背負い。
頭で考えるよりも先に体が反応していました。
そして2回戦。
相手は背負い投げを警戒して寝技に持ち込もうとします。
開始1分35秒。
背負い投げ一本。
畳に膝をつき跳ね上げて1回転。
野村選手独特の低い姿勢からの背負い投げです。
しかし納得はしていませんでした。
もっと鋭い背負い投げを。
3回戦に挑みます。
相手は23歳の椿龍憧選手。
去年3位の新鋭です。
試合開始。
いきなり巴投げ。
そのまま腕を決められそうになります。
そして開始20秒でした。
奥襟を取られます。
そして…。
豪快な一本負け。
(拍手)控え室に戻った野村選手。
タオルをかぶり続けました。
このあと応援してくれた人たちのもとへ向かいました。
どうもありがとう!ありがとう…。
ありがとう!ありがとう。
どうもありがとうございました。
(拍手)まああの〜3試合しか試合できなかったんですけどまあ豪快に勝って豪快に負けて。
もう自分らしい試合ができたのかな。
本当にね皆さんには欲を言えばやっぱりチャンピオン…もう一回金メダル…今日優勝してメダルかけてもらってるところを見てほしかったけどまあまあ…まあここまでおっさんになっても頑張ってきたんでまあまあちょっと褒めて下さい。
(拍手)父の基次さんは「金メダルより価値がある背負い投げだった」と言ってくれました。
37年の柔道人生最後の背負い投げです。
諦めが悪いとかねあがいてるっていわれたとしても自分自身がどうあるべきかっていうのを考えた時にはこの生き方が自分の生き方なんだと思ったしね。
最後ボロボロになっても畳に上がるんだ。
上がって最後に自分の柔道っていうのを見てもらうんだ。
やりつくすんだって。
その自分の思いを貫いてよかったなって。
最強と呼ばれた柔道家野村忠宏40歳。
全てをやりつくした。
その思いを胸にこの日現役を引退しました。
2015/09/12(土) 17:15〜18:00
NHK総合1・神戸
アスリートの魂「野村忠宏 最後の背負い投げ」[字]

柔道で史上初の五輪3連覇を果たした野村忠宏選手、40歳。先日、引退を表明。NHKはこれまで現役にこだわり続ける姿を記録してきた。最後の試合と引退決断の思いに迫る

詳細情報
番組内容
切れ味鋭い「背負い投げ」で一時代を築いた柔道家が、現役を引退する。「アスリートの魂」では、去年夏、39歳の野村選手がケガを抱えながら、もう一度最高の背負い投げを決めようと、もがき苦しむ「不屈の魂」を描いた。あれから1年。引退を決意した野村選手は、8月末の最後の試合で、最高の背負い投げを決めることはできるのか。これまでの苦闘の記録と、最後の試合に臨む野村選手の姿を追い、不屈の柔道家の引き際を見届ける
出演者
【語り】萩原聖人

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – スポーツ

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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