ボクらの時代 2015.09.13


今日の『ボクらの時代』はこちらの3人
(ピーター)よろしくお願いいたします。
(高橋)よろしくお願いいたします。
(ピーター)すごい3人になりましたね。
(浅田)ねっ何か…。
(ピーター)年齢は近い。
近い。
デビューも同じころ。
一番最初…。
私が68年に映画撮って69年。
私70年だからその後ぐらい?覚えてないですけど。
ちょっと後だと思う。
中学生のときにスカウトされ1970年15歳のときに本名と同じ関根恵子の名でスクリーンデビュー
大人びた容姿と脱ぐこともいとわない大胆な演技で瞬く間に若手スターのトップに躍り出ました
そんな高橋さんとはデビューの年がほぼ同じでプライベートでも付き合いのある…
1969年17歳のときにスクリーンデビューを果たし歌手としてもデビュー曲が大ヒットを記録
・「夜と朝のあいだに」
その紛れもない男性の声と女性のような妖艶なルックスは世に衝撃を与えアイドル歌手として人気を博しました
・「眠れ」
そんなピーターさんとは共にアイドル歌手として昭和の歌謡界を彩りプライベートでも仲がいい…
高校生のときにスカウトされ1973年16歳でドラマデビュー
出演ドラマの挿入歌『赤い風船』が大ヒットを記録
・「いつかは心がふれあって」
かれんなルックスと天真らんまんなキャラクターで一躍国民的アイドルとなりました
・「そよ風に飛んで行く」
高橋さんはピーターさん浅田さんの2人と同じく芸能界で活躍してきましたがプライベートで仲良くなったのは意外にも最近だったそうです
最近会ったのよね。
そう。
最近仲良くなったでしょ?ここも最近なの。
あっそうなんだ。
へぇー。
それまでまったくね。
一回も接点なかったの。
私もないんですよ。
まったく。
仕事もしたことないの。
同じ。
全然縁がなかったんだけどね。
不思議だよね。
2年前かしらね舞台で。
親子。
山田五十鈴先生の『香華』っていうねあの名作をやらせてくださることになって。
お母さまで娘で。
母と娘。
3歳しか違わないのに。
学年は2つしか違わない。
そうそうそう。
私じゃあ学年一緒だ。
私31年だから。
あっでも1月だから1個上。
1個上。
私も2月だから。
目くそ鼻くそですよ。
うれしいな一番年下って。
久しぶり。
珍しいでしょ。
今日の『ボクらの時代』は共に芸能界を駆け抜けた同世代の3人が転機となった結婚離婚から突然の休業まで大いに語り合います
最初の休業は…。
降板事件ってあったじゃん。
自律神経失調症。
自分がもうしゃべれなくなっちゃった。
自信がなくなっちゃった自分に。
つらかったね。
芸能界にいてほしくなかった人だから。
まだでも離婚とかが平気な時代じゃなかったから離婚イコールかわいそうな人みたいに見られるのがすっごい嫌だった。
みんな結婚式に来た人たちが1年で別れるって賭けた。
だって強そうだもん2人とも。
うちの旦那もそっちに賭けてたって。
信じられないでしょ捨てられると思ったって。
信じられない。
美代ちゃんと仕事ないんだよね。
ないよね。
ない。
どこで知り合ったというか…。
歌番組とかテレビ。
まぁ歌番組いっぱいあったしね。
いじめられたことある?あるある。
ある?何かやっぱり新人だから分からないじゃない。
鏡が3つか4つしかなくてたまたま自分が早く入っちゃって。
今みたいにヘアメークさんとかいない時代で自分でやらなきゃいけない。
ちょっとした化粧バッグをそこの所に置いといたらそしたらもう上の方たちが何やってんのっていう感じで一番隅っこに…。
もう全然こっちの方にやられててえっ?と思った。
あっいけないんだこれはと思って。
私も本番前で衣装なくなったことある。
よく聞くそれ。
だからマネジャーがばーっと捜したらトイレに捨てられてた。
ひどい。
あと何かアイドルのときってすごい抑えられてた生活で。
マネジャーさんがずっと家まで送ってきてとか誰と付き合っちゃいけないとか。
友達のを聞くと変装して会ってるとか。
あぁそうだったのね。
今みたいに携帯がないからさ。
会うのだって大変よね。
歌番組の音合わせのときに並んだときに紙に書いたものちょっと渡す。
よくそういう話聞くけど。
マネジャーが向こうからすごい顔で見てるんだもんね。
給料が幾らとかさ聞かれるのが…。
それもしゃべっちゃいけないって言われた事務所から。
「給料の話はしちゃいけません」「何でですか?」「みんな見えを張って多く言うから」あぁーそういうこと。
全然だから知られたらまずかったみたいですよ。
ちゃんともらってる人はもらってたもんねあの当時。
ちゃんと世の中分かってる人は「おかしいと思います」って言えたことを私はずーっと分からないまま10万円で何年も来たから。
私も最初4万だったのかな。
私も最初ね映画1本7万だった。
よく覚えてる。
1カ月丸々やって7万。
惠子さんは映画。
映画でデビューだったの。
15歳で。
結構最初のころからすごい体当たり演技だったじゃないですか。
そういうものなの?わりと。
嫌っていう感じしなかったんだ。
いやーもうねそれはしかたがなくというか行き掛かり上。
撮影所の所長さんに呼ばれて「君これをやってもらいます」って台本渡されて。
「もらいます」なんだ。
もう命令。
上半身裸になってとかもうそれは…。
ホントに恥ずかしさの極致ってこういうのだなって。
足が浮いてる感じだった。
あとやっぱり私なんかは同じ高校生が…街を歩いて「あっ脱ぐ女優よ」って言われるのがすごくやっぱり…。
映画ってその役柄でやるわけだからね。
だけどやっぱりふとこんなに働いててってぐらいスケジュールだったでしょ。
あった。
一回もうあまりに休みもないしドラマがまたすごい時間かかってたのね久世さんで。
朝までリハーサルして本番。
だからもうほとんど家族よりもずっといたのね。
それ以外はその途中で歌番組行ってまた戻ったりとかやっててもうずっとお休みがないし。
やっぱ子供だから「今日は絶対行きたくない!」ってホントにベッドの脚に…。
しがみついて。
「嫌だ!」って言ったの覚えてる。
「絶対嫌!」っつって。
子供ながらにたまってたんだね。
でも親も何か「どうしようどうしよう」って。
分かるしかわいそう分かるし。
おろおろしてでも何かTBSの偉い人まで来だして家に。
マネジャー「何言ってるんだ!」みたいな感じだし。
そのころって子役さんとは違うからお母さまとかが一緒ってことはないんでしょ。
全然ない。
惠子ちゃんどうだった?映画終わって。
映画終わったら車に乗って。
関根恵子時代ね。
グラビアだとか取材だとか毎日その宣伝のために。
15歳からスター女優として多忙な日々を過ごしてきた高橋さんは20代のころに2度にわたって休業しました
その理由は何だったのでしょうか
最初の休業は…。
2度休業してるんです。
2度休業してんの?そうです。
降板事件ってあったじゃん舞台の。
その前に休業してるの。
えっそうなの!?うんそうなの。
ホントに辞めたかったんだ。
やっぱりこう疲れちゃったというか。
15歳から演じてる時間の方が長くて。
作られたイメージとかホントの自分って何だろう…。
あの時代って私もそうだけど自分で選べる時代じゃないもんね。
ないからね。
「はい次これ」だから。
自分を取り戻したいみたいな感じで一度全部…。
それ幾つ?22歳のときかな。
もう仕事を辞めて飛騨の山奥に2年間住んで。
そのときにはもう自分がホントに女優をやりたいのかどうかを見極めたいと思って離れてみようと思った。
どうでした?その2年間でいろんなことが見えた?見えたけどやっぱりもう血が騒ぐじゃないけれども…。
分かる。
そうなんだよね。
道を歩いていても「私はここにいるのよ」みたいな。
「見てよ」って。
「見てよ」って。
バス停…田舎のバス停だからちょっとした小屋みたいのがあるの。
そこに自分一人だけいて周りにお客さんがいるということをイメージして一人芝居みたいの始めちゃうわけよ。
舞台なんかやったことないのよまだ。
なのに…。
ここが舞台でこっちに客がいるのねってイメージして。
あぁ私…。
ちょっと病んでましたね。
アハハハ!だいぶ病んでるわよ。
ちょっと病んでるよね。
うんもうそう。
その後何年後だった?その後ねわりとすぐ…。
2年で帰ってきて。
飼ってた猫がいなくなっちゃって見つからなかったら始めようって思って舞台を。
東京へ帰って。
もう話も来てたから。
それで始めたんですけどそれが途中ですっぽかす結果になった。
だからちょっとそこがつながってるんだけども。
やっぱり病んでたんだね。
ちょっと病んでたね。
いやだってホントにね自律神経失調症っていう状態でしたよ。
失語症…失語症。
自分がもうしゃべれなくなっちゃった。
あぁそう。
自信がなくなっちゃった自分に。
つらかったね22〜23で。
22。
一回そういうふうに子供のころデビューさせられてる人ってちょっと大人の分別が分かったころに「これでいいの?」ってちょっとふっと振り返ったとき「まだやり直せるかな?違う人生」って思うよね。
このままでいいのかな?って。
思いましたよね。
美代ちゃん思わなかった?私はだから結婚という形に。
そうかそうか。
一回ピリオドを打ってるからね。
仕事も何やってるか分からないしちゃんとしたやりたいものはやらしてくれない。
もう何かもんもんとしてたしそういうときに王子様が現れたみたいな。
浅田美代子さんは国民的アイドルとして人気を集めていた…
美代ちゃんも一回ね。
だから私は結婚という形みたいな形で辞められたって感じ。
20?21。
若かったそんな若かったの?アイドルで結婚しちゃったんだよ。
それで28?27?で離婚してるから20代にほとんどのイベントは済ましたっていう感じ。
結婚離婚。
結婚離婚。
出産だけしてない。
してない。
まだでも今みたいに離婚とかが結構全然平気な時代じゃなかったから何か離婚イコールかわいそうな人みたいに見られるのがすっごい嫌だった。
そっか。
まだそういう時代だったのね。
今は全然ね。
今はもう逆に。
どこで出会ったの?最初は。
私はラジオだったと思う。
あっラジオか。
うん。
歌番組出ない人だったからラジオの番組に呼ばれていってって感じだった。
芸能人同士の結婚とかっていうの善しあしってあんのかな?どうなんだろう?まぁ若かったし私も若かったのがあれだけども芸能界にいてほしくなかった人だから。
ちゃんとおうちにいてほしい。
普通の女の子に戻ってほしい。
はいはい。
それがやっぱりたぶんそういうのもずっとたつと「あっ何か」っていう気にもなったりもしたりとかするし。
だからやっぱりそのときのいたときに知り合ってるわけだからやっぱりそういうふうにしない方がいいかもねと思った。
やっぱし周りも反対するしね。
例えば事務所的にもせっかく今21歳で…。
21歳でこうね。
一番さ今から女として花開くときに持ってかれちゃったみたいな感じはするよね。
じゃあ結婚してらした間はずっと全然やってない?うん。
7年やってない。
だからファンの子もそうじゃない?ファンの人たちも美代ちゃん!って言ったまま…。
だからすごいファンの子もああいう時代の子だから人生変えちゃった子いるじゃない。
いますよ。
例えば学校辞めてまで毎日ついてくる子とかいたんですよ。
そのたんびにここが痛くて。
この人の人生変えちゃうなと思って。
だからそういうファンたちは私結婚式呼んだもん。
そう。
すごいねそれはすごいね。
それはそんなに何百人ではないんでしょ?ホントにずっとくっついてる親衛隊みたいな。
色々ありがとうっていう感じで。
分かってくれた?分かってくれた。
何かいい話だねそんなのね。
聞いたことないよねそういうの。
そこまでねやっぱりファンの人のことを思っていて。
惠子さんは?結婚してるもんね続いてる。
奇跡。
みんな結婚式に来た人たちが1年で別れるって賭けた。
だって強そうだもん2人とも。
うちの旦那もそっちに賭けてたって。
信じられないでしょ捨てられると思ったって。
信じられない。
もう33年ですよ。
高橋さんの夫は…
高橋さんが27歳のときに出会い結婚しました
「どうして離婚しちゃったんですか?」
高橋伴明監督の新作『赤い玉、』
「この辺りがターゲットになりますかね」「俺にだよ」「できそうにない」「お仕置きせな」
先日開催されたモントリオール世界映画祭に出品されたこの作品に妻である高橋さんも出演
プロデューサーも務めたそうです
やっぱし女優さんと監督っていうケースは多いじゃん。
今までの往年のずっと…。
そうだね。
やっぱり女優にとっては尊敬できる職。
尊敬から入るんだ。
尊敬が基本にあるから。
いつ男と女になるの?そういうのって。
それはね…。
うーんその人によるでしょうけどならないで終わる人の方が多いわけだから。
尊敬する人だけどこの人を人生の伴侶としてっていうふうに思うわけでしょ?思ったのは…。
最初に打ち合わせで会って。
それは2度目だったんだけどやるって決めて打ち合わせで会ったときにあとはじゃあお二人で話してくださいってマネジャーが先帰っちゃって。
じゃあちょっと飲みながらっていうことになって。
全然映画の話じゃなくてお互いの身の上話になっちゃって。
それで何となくもう…。
「あっ結婚すんだな」結婚するとまでは思わなかったけれども…。
どうしてこの人にこんなに話してるんだろう。
お互いに。
こんな話を聞いてるんだろうと思いながらも何か出会っちゃったというか。
ちょっと女優さんってさたいがい男の要素あるじゃん。
まぁそう言われる。
女優さんの方が男っぽいよね。
そういう面でほら結婚ってやっぱりさ内面を知ってくれてる監督とはうまくいくのかなと思ったりするよね。
それはもう女優の中の男だっていうのはよく言われる。
でも監督はコントロールできちゃう主導権握れる立場でもあるわけだもんね。
うーんどうかな?家ではどうかな?そうかそうか。
家では惠子監督なのかな。
それはねフィフティフィフティ互角って感じですね。
もちろん男の人を立てますけれどもでも同じぐらいの感じじゃないってどっかで思ってるかな。
美代ちゃんは結婚とか次のことは考えなかったんだ。
何か結婚はあんまり考えなかったね。
恋愛はしたけど。
でも何か結婚ってなるとちょっと引いちゃってる感じ。
やっぱり束縛されるとかそういうのがあったのかな。
パートナーはどう?ホントにチャンスなくなる。
ワンちゃんのせいじゃないの?まず知り合わないから。
でももう私の生活が男性がいることが逆に変みたいな生活になっちゃったじゃん。
犬が5匹もわらわらわらわら家の中にいて。
いかんなと思ってるけど。
女は全部自分でできちゃうじゃないですか何だかんだ。
結構楽なんじゃない?一人でいる方が。
ここにまた何か他人が入ってきて気使ったりとかするのも…。
そう。
今からは無理だよね。
例えばすごい好きな人がいても楽しい時間終わったら帰ってってちょっと言いたくならない?ちょっとゆっくりしたいみたいな。
そうそうそうそう。
週末婚みたいなのがいいんじゃない?「はい出てきて」ってアラジンの魔法のランプじゃないけど「はい出てきて」「はい帰った」一番それがね…。
でもこれからさ年齢的に…全員が60過ぎてますけど。
過ぎてません。
えっ嘘。
美代子幾つ?私まだ来年。
でもさ自分が60になったって思わないでしょ?うん。
思わなかったよね。
いや思ってたわよ。
私はね30になったときは60代を見てたから。
偉いな。
10代のときは30代。
早く30代の大人になりたいと思ってた。
でもやっぱりお子さんいるしそういうのもあるかもね。
お孫さんもいたりとかして。
今はだから80代ぐらい見てるから。
どんな80代があんの?今。
あんまり変わんないと思う。
でも意外と私も友達60過ぎてる人すごい多いんですけどみんな楽しそうで。
希林さんとは?そう。
そうなの。
希林さんとさねっホントにめいっ子みたい…。
ホントいつも2人で一緒にいてさ。
この前も何か『越路吹雪物語』やってたときに来てくださって楽屋の手拭いとか渡すじゃないですか。
「ありがとうございました」って。
「あっいらない」言われてさ。
「いやいや記念だし」「いらない。
ごみになるから」ごみ。
希林さんらしいわね。
「寝間着にして」って言ったら「いやいらないから!」「顔なんか描いたのはもっといらないから」ホント物をもらったりするのが嫌いで60とかになったりとかすると…。
もうホントはっきり言われました希林さんに。
「あのね死んだとき迷惑だから周りの人が」そうなの。
なるべく。
もうなるべくちゃんと整理。
捨てるものは捨ててやんないとって。
「私なんか毎日やってるわよ」って言われて。
まぁでもそういう欲望ってのもどんどん薄れてきて自分のためだけに使うものになってくよね何かね。
子供がいれば子供に残さなきゃいけないけど。
でも私たちはもうまったく一人暮らしだけどすごいいっぱいいるのも楽しそうだよね。
大変だけど。
人も動物もね。
3代?3代。
母がねこの間あのうあの世へ。
あの世へ逝かれました。
逝かれまして召されちゃったけど。
ってことはもう今2代ってこと?3代。
それで3代なの。
4代だったのよ。
あっそうだったの!
ことしの7月7日七夕の日に同居していた母美代さんを亡くしたばかりの高橋さん
浅田さんは2001年に母順子さんをピーターさんは2002年に母清子さんを亡くしました
やっぱりお母さまっていう存在は特別でしょ。
そうですね。
どうですか?女同士って結構さ娘と母が結構対立することもあるじゃない。
ケンカしたらすごいよね。
あぁそう。
もうとてもじゃないケンカ…。
私なんかはしてたし。
でも結局いっつも結婚も離婚もあれしてくれたのはうちの母親だったし。
理解してくれる?結婚のときももう理解してくれたし離婚は離婚のときでも「そうなると思ったわ」って言われて。
お父さまの方が先に逝かれたの?そうですねうん。
…で結局私うちの母と住んでたから後半。
最期はちゃんとみとられた?いやーだから病気で2年間病院でやっぱり抗がん剤治療しかない急性リンパ性白血病っていう。
血液の病気。
だからそれでは2年ってすごい長かったらしいんだけどね。
でも今の治療法っていうか抗がん剤とかがもうみんな分かってるからちゃんと本人に告知しないといけない。
私は絶対その日そのカンファレンスルームに連れてかれてうわー絶対泣いたり叫んだりするんだろうなと思ったらもう淡々と話聞いてて「はい。
はい」「はい分かりました。
じゃあお願いします」って言ったのが。
だから私だったらもっと発狂してたかもしんないと思うし逆につらかった。
うちのママはね院内感染からC型肝炎になって肝臓。
肝硬変になって肝臓がんだったからそのままセオリーどおりのだんだん弱ってきたって感じだったんだけど。
熱海のねおうちにしょっちゅう来てたから露天風呂で一緒に風呂入ったりするんです。
どんどん背中とかがちっちゃくなっていって。
何かママってわりと大きなどんとした人だったのにそれがね何かさみしくなっちゃって体洗ってると…。
ちょっと入院しては出てこれたりするじゃない。
肝臓ってわりと長いからさ。
そうすると背中をこう洗ってるとさ「ママ」って後ろから抱き付きたいぐらい。
そんなことするとあれするから。
だからそういうのがちょっと切なかったかな最期はね。
そうだね。
つらいねいまだにね。
最近なんだよね。
そう。
ちょうど1カ月。
1カ月まだ。
7日なの。
七夕の日だったからちょうど1カ月。
じゃあまだ四十九日。
まだおうちにいる。
89歳で1カ月入院してて誤嚥性肺炎で入院して。
…で結局は心不全でもう最期はいろんな臓器が弱って老衰に近いんだと思うんだけども。
前の日まで笑ってたんですって。
お医者さん。
私はその前の日に舞台が終わって北海道の仕事が終わって。
何か夢を見たんですよ。
母が…。
夢なんか見たことないのにって。
何か気になるなと思って北海道からもうすぐ病院に行って。
ずーっと手とかさすって何時間がずーっといて。
うちの母もやっぱり太ってたのよ若いころはずっと。
だんだん痩せてこんなに痩せるかって。
筋肉も落ちちゃうしね。
脚とかもね。
ここ脚がねホントに…。
ぷるるんるんみたいな何かね細くなっちゃってね。
かわいそうだったな。
そうやってみんないつかはさ先に死が待ってるために今こうやって一生懸命生きてるわけだから。
ねっこんなこと話すと思わなかったね。
17で知り合ったとき。
思わなかった。
この間知り合ったときもね。
ねぇホントに。
でも若いころに出会うよりも今ぐらいで会ってよかったのかもね。
修羅場っていうことないけどある程度いろんなこと経験してさお互いのこと認め合える年代になって友達になるっていうのは結構長続きするかもなって思う。
そうね。
あら!
(従業員)失礼いたします。
(高橋・浅田)あら!あした。
(高橋・浅田)誕生日。
(ピーター)ありがとう。
すいません。
フー!フー!50歳ってことね。
65歳ってことよ。
それでは今日も素晴らしい一日を
2015/09/13(日) 07:00〜07:30
関西テレビ1
ボクらの時代[字]

高橋惠子×浅田美代子×ピーター

詳細情報
番組内容
これは、毎回、様々なジャンルで活躍する3人が集い、多彩な話題や事象を取り上げていくトーク番組です。出演していただくのは、学者、デザイナー、ビジネスマン、アーティスト、政治家、教師、映画監督、タレント…。一つのジャンルにとらわれることなく、今、旬で話題の人はもちろん、海外で評価を得ている人、大きな発見・発明を成し遂げた人、日本に感動を与えた人…、と多彩な顔ぶれ。
番組内容2
「日本のトップランナー」であり「先駆者」であり「成功者」でもある彼らが、何を語り、何を想うのかが番組の見どころです。また、この番組では司会者をおかず、あくまでゲスト達の、気負わないトークのみで番組を構成します。ある種、原点回帰とも言うべきシンプルな構成で、ゲストの顔ぶれと興味深いトーク内容を楽しむ番組。
日曜朝のリラックスした時間にフィットする、上質の番組をお届けします!
出演者
高橋惠子 
浅田美代子 
ピーター

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
バラエティ – トークバラエティ
趣味/教育 – その他

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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