(蓬城静流)締め切り?
(猪野昭文)お約束では夕方までには頂けるって。
(静流)あぁそうだったかしら…。
ごめんなさいね。
(猪野)ええ…。
3時間ちょうだい。
わかりました。
(猪野)急かすような真似をして申し訳ありません。
(ステレオ)猪野です。
今蓬城先生のとこなんですけどたぶんテッペン越えますね。
(ドアの開く音)こんな面倒させて何のつもり?
(田橋不二夫)エレベーター使わなかっただろうね?
(静流)ええ…。
こういうつもりさ。
(米沢守)死亡したのは田橋不二夫。
死亡推定時刻は昨夜の9時から10時までの間です。
左胸に明らかな銃創が見られます。
(伊丹憲一)ここの住人か?正確にはここは事務所として契約されています。
その経営者だったようです。
(芹沢慶二)「オフィス蓬城」…?蓬城静流の個人事務所でした。
(芹沢)はぁ〜。
誰だ?それ。
有名なミステリー小説家ですが…ご存じない?本読まないっすから。
何…!?これが凶器か…。
田橋不二夫の右手に握られてました。
田橋の指紋と手からは硝煙反応も検出されてます。
ま物色された形跡もないしこりゃ自殺で決まりだな。
(亀山薫)って事はお昼前にここに来て田橋さんの死体を見つけたわけですね?
(加瀬信行)はい…びっくりしました。
その時玄関の鍵は?かかってました。
合鍵で開けて中に入ったら田橋さんがあんな事に…。
コラ!特命係が何やってんだっつうの。
おい。
(杉下右京)こちらの加瀬さんから状況を伺っていたところです。
遺体発見時玄関は施錠されていたそうですよ。
あぁ…じゃやっぱ自殺ですかね?どうして自殺だと?そりゃだって指紋の付いた拳銃に硝煙反応何より遺書まで残ってたんですから…。
(伊丹)おい!遺書?亀山君。
はい。
見せていただきましょう。
はい。
おいおいおい勝手に歩き回るんじゃ…ちょっと警部!「故あって自ら命を絶つこととあいなりました」「皆さまにはご迷惑をおかけしますが何卒お許しください。
田橋不二夫拝」どう見ても遺書ですね。
そのようですねぇ。
だから自殺だって言ってるでしょ。
拳銃を見せていただけますか。
わかりました。
こちらです。
ここ…。
そこだけ空ですね。
(米沢)そこに装填されているのが使用済みの空の薬莢なんですが。
これですね。
そうです。
その隣つまり次に撃つべき弾が最初から入ってなかった事になります。
ここ…。
妙ですね。
妙ですね?ちょっとよろしいですか?はい。
室内で以前と何か変わった事はありませんか?そういえば…ソファのとこにクッションがあったはずですけど。
クッション?どんな?これくらいの古いやつで…。
田橋さんが捨てちゃったのかな。
クッションですか…。
なくなったのは1つだけですか?はい。
こちらにあった?
(加瀬)そうです。
あの…!お願いします。
はい。
ここだけ1冊なくなっていますがいつからないのかおわかりですか?さあ…全然気づきませんでしたけど。
そうですか。
あの…ホトケの奥さんが…。
あ蓬城静流さんがお見えです。
(伊丹)ああ…。
(伊丹)失礼します。
この度は…。
主人は?今司法解剖に回してます。
拳銃で撃たれたって聞いたんだけど本当なの?はい。
状況から見て自殺の可能性が高いかと。
そう。
驚かれないのですか?どういう意味?ご主人が自殺をされた事あるいは拳銃を所持していた事奥様ならば驚かれて当然の出来事ばかりです。
ですが少しも取り乱したりされていない。
ひょっとして何かお心当たりがあるのではと思ったものですから。
別に…心当たりがあったわけじゃないわ。
ただ夫婦だからといって相手が何を思いどんな事を企んでるかすべて見通せるわけじゃないでしょ?なるほど。
ぶしつけな質問を失礼いたしました。
ねえ水をちょうだい。
あ…はい。
(加瀬)失礼します。
ぶしつけついでにもう1つよろしいでしょうか?何?昨夜9時から10時どちらにいらっしゃいました?
(伊丹)杉下警部…!あなた方もいずれお尋ねになるだろうと思いましてね。
それとも訊くつもりはありませんでしたか?いえ…まあ…。
どうぞ。
その時間なら自宅のほうで仕事していたわ。
アリバイなら証明する人間も必要でしょう。
だったら春陽出版の猪野って人に確かめるといいわ。
さすがはミステリー作家でいらっしゃる。
的確なお答えをありがとうございます。
あなたお名前は?警視庁特命係の杉下と申します。
そう…覚えておくわ。
恐縮です。
死因はやはり銃弾によるものですねぇ。
ええ…心臓直撃ですからねぇ。
ほぼ即死でしょう。
銃弾も体内から見つかってます。
着衣に付着していた未燃焼火薬から見てかなりの近距離からだと思われます。
えーと…こんな感じでしょうかね。
ああ…抵抗した痕跡もないしやっぱり自殺ですかね?「被害者の口の周辺に付着物」とありますが?はぁ…微量ですが水飴のようなものが。
水飴?念のため科警研に分析を依頼しておきました。
しかしご主人が亡くなられたというのに取り乱す様子もなく作風同様骨太というか肝の据わった女傑という感じでしたなぁ…。
蓬城静流ってそういう作風なんですか?未読ならお貸ししますよ。
この『殺意の色』シリーズなどは今読んでもガツンとくるものがありますよ。
すげぇ。
ファンだったんすか?失礼。
一時は「ヲタ」と呼ばれても過言ではないほどに。
一時という事は以前ほどではないという事ですか?もともと量産するタイプの作家ではなかったですしここ5年ほどは新刊は出ていませんでした。
(米沢)長いスランプではないかという噂耳にした事があります。
(猪野)最近先生のエッセーを続けてましたよ。
そうですか。
昨夜も先生の原稿をもらいに伺いました。
お伺いになったのは何時頃でしょう?えっと…8時過ぎ…。
あっそうだ!先生が仕事場に入られたのは8時半です。
その時間です。
(猪野の声)で書き上がったのは11時半過ぎでした。
(静流)出来たわ。
その間先生の姿をご覧になったり声をかけたりはされなかったんですか?ええ先生は集中するタイプですし。
じゃ部屋の中でずっと執筆を?ええ。
(角田六郎)あ〜忙しい忙しい。
忙しいなら来なくてもいいんですよ。
ひょっとして拳銃の出所に関して何か情報でも?鋭いねぇ。
淹れましょ淹れましょう。
見つけたよ。
売ったのは東州会の下っ端。
やっぱり暴力団絡みだったんですか?うんネットを使ったらしいけどねブツがブツだけに取り引きは直接手渡しだったみたいだな。
あ…それで?そいつの証言だと売ったのは半月ほど前。
相手は死んだ田橋不二夫で間違いないそうだ。
なるほど拳銃を用意したのも自分だったわけですね。
ああ…こりゃ自殺で決まりだな。
記者発表もその線で行くらしいし。
という事はご遺体はもうじきにご遺族の元へ帰されるでしょうねぇ。
うん。
今夜にも通夜をやるとか聞いたけど。
(読経)思ったより大きな会場じゃありませんね。
死因が死因ですからねぇ。
(田橋美津代)あんたが兄さんを殺したのよ。
(美津代)兄さんの前でちゃんと膝をついて謝ってよ…!
(美津代)私はあんたを絶対に許さないからね!わかってんのよ。
(猪野)お引き取りください。
行きましょう…行きましょう。
すいませんちょっとお話伺えますでしょうか?あ怪しい者じゃないですよ。
警察です。
田橋不二夫さんの妹さんでしたか。
(美津代)ええ…。
何年も兄には会ってませんけど…。
疎遠になったのには何か理由があったのですか?あの女のせいよ。
蓬城静流さんですか?
(美津代)そう。
人気作家でいくら稼ぎがあるか知らないけど兄さんだってちゃんとした勤め人だったのにそれを辞めさせてこき使いだしたのよ。
お兄様は事務所の共同経営者として蓬城静流の執筆活動をサポートしていたと伺っていますが。
そんなの嘘っぱちよ。
前に事務所のバイトの子に聞いた事があるわ。
あんまり根詰めてもよくないから少しひと休みすればいいじゃないか。
(静流)いらないわ。
食べると眠くなるの知ってるでしょ?昨夜から何も食べてないじゃないか。
ほら少しは食べないと。
ね?いらないって言ってるでしょ!!
(田橋)ああ…。
(静流)出てって!!気が散るの!
(美津代)あの女は兄さんの事よりも自分の小説や作家としての評判が大事なだけよ。
編集部の人もこう言ってたわ。
あの2人はまるでカマキリの夫婦だって。
それはあれですか…カマキリのメスが交尾の後用済みのオスを食べちゃうってそういう…。
そのとおりよ。
兄さんはあの女に食い殺されたの。
(読経)ねえ先生どこ行っちゃったの?
(亀山美和子)なるほどねぇ。
奥さんのほうが有名で稼ぎが良すぎると男はつらいものなのかもね。
まぁその点うちは安心だけどな。
(美和子)そうか〜?私だっていつか作家デビューしてベストセラー作家になっちゃうかもよ。
バカバカしいハハ…。
(宮部たまき)はいあん肝です。
見事に話題に合った料理ですねぇ。
はい?アンコウの中にはオスがメスに比べて極端に小さくメスの体に噛みついて寄生する種類がいるそうです。
あらそうなんですか知りませんでした。
メスの巨体に寄生するうちにオスは退化してやがてはメスの体に吸収されるらしいですよ。
えぇ〜!?それもイヤですねぇ。
(美和子)ピタッ!やめろ!お前。
(笑い)でも意外だったなぁ。
蓬城静流ってカマキリどころかおしどり夫婦って印象だったから。
え…どうして?うん前にね『帝都ウォーカー』だったかなグラビア記事に出てたんだよ。
毎年結婚記念日には老舗の温泉旅館で旦那と2人水入らずで泊まりに行くんだって。
まあいいわねぇ。
確か紅葉が見頃って書いてあったから今ぐらいの季節じゃなかったかなぁ。
うん…。
(静流)自殺と断定…?
(伊丹)ええ。
拳銃の入手先もわかりました。
そう。
警察は自殺の動機をどう見てるのかしら?遺書の文面からは具体的な内容はわかりかねまして…。
改めて奥さんに心当たりはないか…お伺いしたくて参った次第です。
こんな結末じゃあの人も浮かばれないでしょうね。
(加瀬)失礼します。
あの…また刑事さんが…。
失礼します。
突然お伺いして申し訳ありません。
お見受けしたところご主人の死が自殺と断定されたとお聞きになったばかりでしょうか。
ええ…今この刑事さんたちから。
ですが僕にはどうしてもそうは思えません。
杉下さん…だったわよね?だったらその根拠を聞かせてちょうだい。
何より気になるのは拳銃の銃弾です。
回転式の拳銃です。
銃倉には5発装填できますが実際に残っていたのは3発の未使用の銃弾と1発の使用済みの薬莢でした。
不自然だと思いませんか?最初から4発しか入ってなかったんじゃなくて?ですが問題は入っていなかった場所です。
使用された銃弾の隣つまり次に発射されるべき銃弾が抜かれていました。
抜かれた…?「入ってなかった」の間違いじゃなくて?さすがに言葉には敏感でいらっしゃる。
仮に抜き取られていたと仮定した場合どんな理由が考えられるかミステリー作家としてのご意見をお聞きしたいと思いまして。
さあ…私には皆目見当もつかないけど。
こんな仮説はどうでしょう?あの夜…。
やめてくれー!!
(銃声)ご主人を射殺した後それが自殺であるように見せかけるために偽装工作を行った。
ご主人の手に硝煙反応を残すために…。
(銃声)当然2発目の薬莢を残しておくわけにはいきません。
発射残渣をきれいに拭き取り最初から銃弾が入っていなかったかのように細工をした。
これならば銃弾の数が合わないという不自然な点も現場からクッションと百科事典がなくなっていた理由もすべて説明がつきます。
いかがでしょう?面白いわね。
だったらついでにその何者かがどこの誰なのかも説明してもらえるかしら。
マンションの部屋の玄関は施錠されていました。
したがって犯行が可能なのは合鍵を持つ人物に限られます。
バイトの加瀬さんはその時刻アリバイが証明されています。
あら…アリバイなら私だって…。
ここに来る前にお宅の周りをひと回りさせていただきました。
2階の仕事部屋からは…玄関を通らずに裏口から表へ抜け出す事が可能とお見受けしました。
アリバイにはならないってわけね。
だとしたら今の時点で私は最重要容疑者って事になるわね。
どうやら杉下さんは優秀な刑事さんのようね。
少なくてもこちらの凡庸なお2人よりは…。
参考までに聞かせて。
次はどんな手に出るの?セオリーからいえば動機探しでしょうか。
なるほど。
それが見つかったらすぐに知らせに来てちょうだい。
私には時間がないの。
失礼。
しかしさっきのあの態度怪しすぎますよね?確かに挑発的すぎる気がしますが彼女が何かを隠しているのは間違いないでしょうねぇ。
ええ。
あれ?こっちじゃないんすか?エレベーターの防犯ビデオには死亡推定時刻の前後住人以外の不審な人物は映っていませんでしたねぇ。
ああそうか。
じゃあ…非常階段。
はい。
おっと…あぁ…。
どっちにしてもこれ女性には無理っぽいですね。
よいっしょ…。
亀山君。
はい!あれが見えますか?はい…?あっ!すみません。
こちらのマンションの…?はいそうですけれど。
あ警察の者ですけども。
ああ…。
この車誰のかわかりますかね?ああ…亡くなった田橋さんのですけど。
どうもありがとうございます。
あの…何か?いや大丈夫です。
どうも…。
亀山君オフィスに鍵が残っているはずです。
はい。
ああこれなら楽勝です。
蓬城静流でも越えられますよ。
彼女が用意したに違いありませんよ。
スコップ!?あっブルーシート。
ロープ…何だ?カードで買い物をしたようですねぇ。
クレジット支払い…。
買ったのは田橋不二夫さんです。
えっ!?死んだ旦那のほうがこんなもん買ってるって…どういう事なんですか?どうやら見えてきたようですねぇ。
え…何がですか?動機です。
動機が見つかったのかしら?ええようやく。
だったら聞かせて。
では早速。
亡くなられたご主人はあなたの執筆活動をサポートするために常日頃から公私にわたり献身的にあなたを支えてこられた。
ですが仮にご主人が長年にわたって溜め込んだ鬱積が自分が虐げられているという被害者意識に変わりやがてはあなたへの殺意に変わったとします。
そしてご主人はあなたを殺害する計画を立てた。
脚立そしてロープやスコップ…ブルーシートなどをあらかじめ用意しておき…。
エレベーターも使わないで駐車場から入って。
頼むよお願いだから。
人目に付かないように仕事場から抜け出して自分の所まで来るようにあなたに告げる。
マンションであなたを射殺し翌朝までに死体をブルーシートとロープでくるみ山中に運び埋めてしまう。
あなたが行方不明となればご主人は当然失踪届を出す事になるでしょう。
ですが警察が乗り込んで調べてみてもあの夜あなたがマンションを訪ねたという証拠はない。
死体が見つからない限り殺人を立証するのは困難に近い。
でも私が失踪したらマスコミがさぞや騒ぎ立てるはずじゃないの?まことに言いにくいのですが…。
(笑い)何年もミステリーを書けずスランプに陥ったあげくの失踪。
ちゃんと理由も用意していた…そうおっしゃりたいのね?おっしゃるとおり。
7年間生死が不明の場合失踪宣告の申し立てが可能になります。
死亡が確定すればあなたの財産や著作権はすべて夫の不二夫さんが相続できます。
金の卵を産まなくなったアヒルなら殺したほうが得ってわけね。
ですがこの計画には1つ大きな穴がありました。
どんな理由をでっちあげようとも自分の妻を人目に付かないようにと部屋まで呼びつけるのは不自然極まりない。
普通の人でも怪しいと疑うに違いないのにミステリー作家のあなたがすんなりと従うとは思えません。
しかしあなたはあえてその計画に従ったのです。
何のために?計画を逆手に取りご主人を亡き者にするためです。
あぁちょっと待って。
それならどこかにあったはず。
待って見てみるから。
何かのきっかけでご主人の計画を事前に見抜いたあなたは…。
あとでかけ直すわ。
自分を殺そうと考えたご主人に逆に殺意を抱いた。
3時間ちょうだい。
(猪野)わかりました。
ご主人の計画をそのまま利用し自らのアリバイを作ったあなたは…。
(田橋)やめろ…や…やめてくれー!
(銃声)拳銃はご主人が用意したものです。
自殺に見せかけるのがベストの選択だと判断されたのでしょう。
これがあなたがご主人を殺す動機です。
うん…よく出来てるわね。
でもちょっともの足りないかしら。
言い逃れはやめましょうよ。
家宅捜索すれば…。
いえ…。
僕もそう思います。
えっ?どこがというのではありませんが推理をしていて何か詰めが甘い。
亀山君おいとましましょう。
え…いいんですか?このまま帰っちゃって…。
どうやら我々はまだ真相にたどり着いていないようです。
え…あ…。
あっ!?何でいるんだよ〜?そっちこそ何しに来たんだよ?うるせぇ!失礼しますよ。
(伊丹)事件当夜蓬城静流を自宅近くから現場のマンションまで乗せたというタクシーの運転手が見つかったんですよ。
自宅とマンションは30分足らずの距離です。
こっそり抜け出せば犯行は可能です。
ご主人殺害の参考人としてご同行願えますか。
仕方ないわね…。
早く済ませましょう。
何読んでるんですか?例の記事のインタビューの部分です。
執筆の苦労話に触れたところです。
「個人の頭の中だけでは大勢の読者の心を揺さぶるものは書けない」「経験に勝る取材はない」要するにやった事じゃないと書けないって事ですか?それに続いてもちろん冗談めかしの口調ではありますがこうも言っています。
「殺人犯の心理を100パーセント理解しようと突き詰めれば最後は実際に自分の手でやってみるしかなくなるかもしれない」と…。
まさかそれが動機で自分の旦那を…?死んだ田橋さんはあんたを殺そうと計画してた。
(芹沢)それに感づいたあなたは計画に乗ったふりをして逆に田橋さんを殺したんですね?それで終わり?
(伊丹)ええまあ…。
同じ話を2度聞くのは本当に退屈ね。
何…!?凡庸な人間に付き合う時間はないって言ってるの。
(ノック)
(中園照生)大変です!
(内村完爾)どうした?蓬城静流の取り調べを直ちに終了して身柄を釈放するようにとたった今弁護士が来て…。
弁護士…?
(中園)大手出版社の顧問も務めるやり手だそうです。
(弁護士)お送りします。
(静流)ありがとう。
(猪野)それじゃ先生。
ええ…。
(猪野)あもしもし今先生はご自宅のほうへ…。
俺も追っかけます。
猪野さん。
ちょっとよろしいですか?弁護士を手配されたのはあなたですね?ええまあ…それが何か?とても素早い対応ですねぇ。
蓬城先生がこちらに呼ばれてからまだ1時間も経っていません。
それは…。
先生からの指示があったから。
指示?指示をされたのはいつの事でしょう?おとといの夜ですよ。
(猪野の声)エッセーの原稿を受け取った時です。
(静流)ねえあなたのところ…顧問弁護士ぐらいいるわよね?ええもちろんいますけど。
私が警察に連れていかれるような事があったらすぐにその弁護士に動いてもらって出られるようにして。
警察って…。
何ですか?そんな物騒な…。
いいからお願い。
編集長…ダメなら社長に直談判して新作の長編おたくで出していいからって。
(猪野)えっ!?うちでですか?書いていただけるんですか?蓬城静流5年ぶりの新作よ。
どうしても書き上げたいの。
だけどいくら言いなりになる編集者だからってまるで自分が怪しいって白状するような真似しますか?我々は巧みに誘導されているような気がしてなりません。
蓬城静流にですか?彼女の作った物語にです。
物語?1つ確かなのは彼女が勾留され時間を長く取られるという事をひどく嫌がってるという事です。
そういえば…。
私には時間がないの。
ええ。
あの言葉です。
あっ!右京さんありました!診察券と薬です。
蓬城静流の本名ですねぇ。
恐らく彼女の代わりに田橋さんが薬の処方を受け取るために持っていたのでしょう。
これ何の薬ですかね?鎮痛剤です。
しかもかなり強力でごく限られた患者にしか処方されないものです。
それって…?
(携帯電話のバイブレーション)杉下です。
例の被害者の口の周辺の付着物の分析結果が出ました。
やはり水飴でしたが顔料の成分も含まれてました。
(米沢)「口紅の原料です」和化粧の紅ではありませんか?心当たりがおありですか?以前聞いた事があります。
荒れた唇に紅をさす時つやを出すために水飴を混ぜる事があると。
蓬城静流の作品には京都の花街を舞台にしたものもあります。
「その時に仕入れた知識かもしれませんねぇ」どうもありがとう。
右京さん紅ってどういう事なんですか?彼女の物語がすべてわかりました。
(ノック)
(ドアの開く音)あ先生刑事さんが…。
はぁ…間に合ってよかったです。
やっと…わかったようね。
ええ。
半年前あなたは末期ガンの告知を受けられた。
当然ご主人もご存じだったはずです。
ならばあなたの余命がわずかだと知っていたご主人にあなたを殺す動機はありません。
したがって自分を殺そうとしていたご主人をあなたが返り討ちにしたという仮説も成立しません。
ええだったら?ですがご主人が拳銃や殺人を連想させる品々を準備していた事は事実です。
ここで矛盾が生じます。
殺す気のない人間が殺人の準備をしていた。
ご主人がそんな真似をした理由はただ1つ。
あなたに最後の一作を書かせるためですね?
(ため息)さすがね…。
告知を受けた後あなたは恐らく死力を振り絞って最後の作品に取りかかった。
しかしようとして筆の進まないあなたを見てご主人はある決意をされたのでしょう。
そして立てたのがあの計画です。
拳銃を用意しあなたにアリバイを作らせあの夜誰にも見られないようにマンションまで呼び出したのもすべて…あなたに自分を殺させるためだったのです。
あの人の…精いっぱいのプロットだった。
君を…君を殺す計画を立てたんだ。
準備ももちろん整えた。
どういう事?でも…でも僕は失敗する。
逆に君が…君が僕をここで殺す。
さあその後君ならどう続ける?アイデアのため…?わざわざここまでする!?君の最後の一作のためなら命だって惜しくない!前にも言ったじゃないか。
最後には自分でやってみるしかないって。
バカな事言わないで!!あなたを殺せるわけないでしょう!どうして?あなたには…私の分まで長く幸せに生きてほしいの。
財産だって十分残るし著作権だってみんなあなたのものなんだから。
そんなものに意味なんてない!君が…君が告知を受けた時からずーっと考えてた。
想像してみたんだ。
君がいないあの家を君がいない時を君がいない…この世界を。
そこには…僕の居場所もない…。
あなた…。
(静流)やめて!君が書き上げるのを…む…向こうで待ってる。
あ…ああ…ああー!
(銃声)
(悲鳴)自殺…だったんですね。
正確には心中と呼んだほうがいいかもしれません。
あとの事はもうわかってるんでしょう?ええ。
ご主人の突然の行動にあなたはショックを受けながらもその遺志をくむ決意をされたのでしょう。
2発目…撃った弾の隣…。
(嗚咽)あたかもご主人が自殺ではなく自殺に偽装して殺されたように見せかけるために銃弾と百科事典クッションを持ち去ったのです。
待ってください。
どうしてこんな真似を?100パーセント自殺だって処理されたら私は犯人じゃなくなっちゃうじゃない。
そんな事あの人が許さないわ。
私は犯人として最後の時間を生きる必要があったの。
何に怯えどう逃げようかと必死で頭をめぐらせる。
それを小説に残すの。
そう決めたの私とあの人で。
それが故人の遺志だったわけですね?ええ…。
あなたならわかってくれるわよね?俺にはわかりません。
ご主人の事愛してたんでしょう?そのご主人が目の前で自殺してどうしてそんな冷静でいられるんですか?亀山君。
ご主人だってどうかしてますよ。
自分が死ねばあなたがどれだけ悲しい思いするかそれ考えたらそんな事絶対出来るわけないじゃないですか!もういいです!残念ですが…僕もご主人のした事を認めるわけにはいきません。
そう…。
人が自らの命を絶つ事で出せる答えなど決してないのですから。
もう少し早く…あなたのような刑事に出会えていたらあと2〜3作は書けたかもしれないわね。
「あと」というとひょっとして…?そう…。
ちょうど出来たところよ。
拝見します。
さあ行きましょうか警察に。
主人の死が自殺だとしても証拠隠滅の罪には問われるでしょ。
その前に…。
まだ何か?まだ書くべき事が1つだけ残っているような気がしたものですから。
え…?そう…そうね…。
よろしければ…。
ありがとう。
「蟷螂」ですか…。
気づいていたのでしょうねぇ。
自分たち夫婦の陰口さえも。
でもあえてそれをタイトルに残した。
彼女の矜持でしょうか。
周囲から見れば一方が他方を虐げたり自分のいいように使っているだけのように見えても当人たちにとっては互いに欠く事の出来ないそんな関係もある。
だから「幸福」…ですか。
行きましょうか。
2015/09/15(火) 16:00〜16:58
ABCテレビ1
相棒 season6[再][字]
杉下右京(水谷豊)と亀山薫(寺脇康文)の名コンビがあらゆる難事件に挑みます!豪華ゲストもお見逃しなく!
詳細情報
◇番組内容
第3話「蟷螂たちの幸福」
有名女流作家(荻野目慶子)の夫(江藤潤)が遺体で発見された。自殺で処理されるも右京(水谷豊)が不審に思い薫(寺脇康文)とともに捜査に乗り出す。
右京につきつけられた挑戦状!果たして捜査の結果浮かび上がった事実は…
◇出演者
水谷豊・寺脇康文・鈴木砂羽・高樹沙耶(益戸育江)
荻野目慶子・江藤潤
川原和久・山中崇史・山西惇・六角精児
ジャンル :
ドラマ – 国内ドラマ
福祉 – 文字(字幕)
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
映像
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32723(0x7FD3)
TransportStreamID:32723(0x7FD3)
ServiceID:2072(0x0818)
EventID:38338(0x95C2)