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【社説】

根拠欠く安保法案 「違憲立法」は廃案に

 集団的自衛権の行使がなぜ必要か。審議が進むにつれ、根拠を欠くことが明らかになった。違憲立法と指摘される安全保障関連法案は廃案にすべきだ。

 法律をつくるには、その必要性や正当性を裏付ける客観的な事実、根拠が必要とされる。「立法事実」と呼ばれるものである。

 新たな法律が必要な状況でないにもかかわらず、政府の権限を強める法律ができれば権力による悪用、暴走を招きかねないからだ。

 特に、実力組織である自衛隊の活動にかかわる法律では、立法事実が厳しく問われるべきである。今回の安保法案はどうだろう。

◆非現実的で極端な例

 安倍晋三首相は、安保法案の柱である集団的自衛権の行使を必要とする理由として、二つの事例を挙げて繰り返し説明してきた。

 一つは、紛争国から避難する日本人のお年寄りや、母親と乳児を輸送する米艦船を防護する例と、中東・ホルムズ海峡に敷設された機雷を除去する例である。

 私たちはこれまで、二つの事例について、現実から離れた極端な例だとして集団的自衛権の行使に道を開く安保法案の立法事実にはなり得ないと指摘してきた。

 しかし、首相は米艦船防護の必要性について「この船に乗っている子どもたちを、お母さんや多くの日本人を守ることができない。この現状から目を背けていいのか」と繰り返し強調した。感情に訴えるこの説明は与党の衆院議員が法案に賛成する判断材料になったことだろう。

 しかし、この説明にも偽りありだった。中谷元・防衛相は米艦船防護が「邦人が乗っているかどうかは絶対的なものではない」と述べ、首相も同調したのだ。

 これでは日本人の命を守ることではなく、米艦船を守ることが集団的自衛権の行使の主目的になってしまわないか。

◆参院段階で説明一変

 中東・ホルムズ海峡での機雷除去も同様に、政府の説明が大きく揺れ動いた。

 首相は衆院審議の段階で、海峡が機雷で封鎖され、石油や天然ガスが途絶えれば「人が亡くなる、大変寒い時期には家や人を暖める器具が停止する危険性もある」と述べ、自衛隊による機雷除去の必要性を強調していた。

 ところが、参院審議の大詰めになって「現在の国際情勢に照らせば、現実の問題として発生することを具体的に想定しているものではない」と認めたのだ。

 政府が安保法案を必要とする根拠としてきた立法事実が、そもそも非現実的だったのである。

 こじつけのような理由で集団的自衛権の行使に道を開き、米国との軍事同盟を強化することが、果たして日本とアジア・太平洋地域の平和と安定に資するのか、逆に軍事的緊張を高めることにならないか、慎重な検討が必要だ。

 憲法九条は「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又(また)は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」ことを定めた。日本国民だけで三百十万人の犠牲を出した先の大戦の反省からである。

 その後、必要最小限の実力組織として自衛隊を持つに至ったが、他国同士の戦争に参戦する集団的自衛権は、国際法上、有してはいるが、行使は必要最小限の範囲を超えるため憲法上、認められないとしてきた。

 自民党を含めて歴代内閣が継承してきた憲法解釈であり、個別的自衛権しか行使しない「専守防衛」政策は、平和国家としての「国のかたち」でもあった。この解釈を一内閣の判断で変えてしまったのが安倍内閣である。

 国民の命や暮らしを守るのは、政府の崇高な役目だが、多くの憲法学者や「憲法の番人」とされる最高裁の元長官や元判事、政府の憲法解釈を担ってきた内閣法制局の元長官らが憲法違反と指摘し、必要性に乏しい法案の成立を認めるわけにはいかない。

 自民、公明両党は次世代の党、日本を元気にする会、新党改革の三党が求めていた、集団的自衛権行使の際には例外なく国会の事前承認を得ることなど、国会の関与を強めることを受け入れた。

◆平和国家傷つけるな

 しかし、法案の根幹部分は何ら変わらず、違憲立法の疑いが晴れたわけではない。野党の一部を取り込んで、「強行採決」の印象を薄めたいのだろうが、民主党、維新の党、共産党など主要野党の反対を押し切っての採決を「強行」と呼ばずして何と言う。

 与党の方針通り、法案をこのまま参院本会議で可決、成立させれば、戦後日本の平和国家としての歩みを傷つけ、将来に禍根を残すことになる。

 安倍政権は法案の瑕疵(かし)や説明の誤りを率直に認め、速やかに廃案を決断すべきである。

 

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