コンピューターが生物のように学習する方法をIBM東京基礎研究所の研究員が実証

スパイク時間依存可塑性で学習する「動的ボルツマンマシン」を開発。論文がNatureオンライン誌に掲載

2015年9月16日

IBM東京基礎研究所の研究員恐神貴行と大塚誠による研究論文「Seven neurons memorizing sequences of alphabetical images via spike-timing dependent plasticity」(日本語訳:スパイク時間依存シナプス可塑性により文字画像の列を記憶する7つの神経細胞)が科学誌「Scientific Reports」(Nature Publication Group; URL: www.nature.com/articles/srep14149)に掲載されたことをお知らせします。

これまで人工ニューラルネットワークは長年にわたり、パターン認識の手段として研究されてきました。そのような中、深層学習の技術が台頭し、人工知能の研究が再び注目されてきています。

同論文の元となる研究は、生物ニューラルネットワークで知られている「スパイク時間依存可塑性」(以下STDP)によって学習するプロセスを、コンピューターで再現、実証したものです。本実証に当たって、ニューラルネットワークのひとつ「ボルツマンマシン」を発展させた「動的ボルツマンマシン」(以下DyBM)を開発し、STDPの性質を有する自然な学習を可能にしました。本研究によって、コンピューターがより生物に近い学習を行うことを実証しています。

生物の神経細胞の学習則には、1960年代に提唱されたヘブ則*がよく知られています。ヘブ則に対してはボルツマンマシンなどによる基礎理論が確立しており、この基礎付けがヘブ則に基づいて学習を進める現在の人工ニューラルネットワークの成功につながっています。これに対して、生物のニューラルネットワークでは、ヘブ則をより精緻にしたSTDPに基づいて学習が行われていることが1990年代頃から確認されてきました。STDPに対しては、人工ニューラルネットワークに応用するための基礎理論が確立しておらず、これまで工学的な応用につながっていませんでした。

*ヘブ則:ある神経細胞が別の神経細胞を発火させる関係にあるとき、その神経細胞同士の結合が強まる法則

DyBMは、STDPを工学的な応用につなげるための、基礎理論を与えます。DyBMは、ボルツマンマシンと同様に、神経細胞と神経細胞間をつなぐシナプスとから構成されます。ボルツマンマシンとは異なり、DyBMは各神経細胞の発火の履歴に応じて決まる量を保持しており、これによってSTDPを特徴付ける長期増強や長期抑圧の現象を実現します。

たとえば、7つの神経細胞からなるDyBMにアルファベットのイメージ「SCIENCE」を用いて学習させます。DyBMは何度も学習を続けるうちに連続するパターンを記憶し、異常となる箇所を検知します。この学習を複数回続けて行うと、DyBMはやがてこの「SCIENCE」を認識、再現するようになるのです。

本研究成果は、国立研究開発法人科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業CRESTにおいて得られたものです。

なお、本研究はコグニティブ・システムを実現する次世代の非ノイマン型コンピューター応用への重要な布石となることが期待されています。

論文の詳細はこちらをご覧ください。

タイトル:Seven neurons memorizing sequences of alphabetical images via spike-timing dependent plasticity
(和訳)スパイク時間依存シナプス可塑性により文字画像の列を記憶する7つの神経細胞
著者名:恐神貴行、大塚誠
雑誌名:Scientific Reports
URL:www.nature.com/articles/srep14149
関連ブログ
URL:http://ibmresearchnews.blogspot.jp/

恐神 貴行(おそがみ たかゆき)
IBM 東京基礎研究所 シニア・リサーチ・スタッフ・メンバー。現在は、国立研究開発法人 科学技術新興機構が進めるCREST(戦略的創造研究推進事業)の政府プロジェクトのグループ・リーダーを務めています。恐神のグループは、「ビッグデータ統合利活用のための次世代基盤技術の創出・体系化」領域における「複雑データからのディープナレッジ発見と価値化」のための研究の一環として「ディープナレッジを価値につなげるための意思決定最適化技術」の開発を行っています。恐神は、機械が人間の個性を学習しながらより良いサービスを提供するための逐次的意思決定の理論を開発、応用しています。恐神は、1998年に東京大学で電子工学の学士号を取得後、2005年8月にカーネギーメロン大学でコンピューター・サイエンスの博士号を取得しています。

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