「ミリオンダラー・ベイビー」(原題:Million Dollar Baby)は、2004年公開のアメリカの映画です。F・X・トゥールの短編集を原案にポール・ハギスが脚本を担当、クリント・イーストウッド監督・製作・主演により、痛切なドラマの中に、孤独な女子ボクサーと、不器用な老トレーナーの絆を描いています。公開時74歳のイーストウッドによるこの作品は、3000万ドルの低予算(うち1200万ドルがプロモーション費用)と37日という短い撮影期間で製作されながら、その独自性と完成度を高く評価され、全米で1億ドルの興行収入を記録、第77回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞の主要4部門を独占しました。
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監督:クリント・イーストウッド
脚本:ポール・ハギス
原案:F・X・トゥール「Rope Burns:Stories From the Corner」
出演:クリント・イーストウッド(フランキー・ダン)
モーガン・フリーマン(エディ「スクラップ・アイアン」デュプリス)
ジェイ・バルチェル(デンジャー)
マイク・コルター(ビッグ・ウィリー)
ルシア・ライカ(「青い熊」ビリー)
ブライアン・オバーン(ホーヴァク神父)
ほか
【あらすじ】
フランキー・ダン(クリント・イーストウッド)はボクシングの止血係からトレーナーとなってロスでジムを経営、多くのボクサーを育てましたが、安全のため慎重な試合しか組まず、不器用な説明不足が災いしてチャンスを求めるボクサーに逃げられ続けていました。その不器用さは家族との関係にも災いし、実の娘ケイティからは何度手紙を出してもすべて送り返されてきました。アメリカ中西部のトレイラー・ハウスで貧しく荒廃した家庭に育ち、亡き父以外に優しくされたことがないマギー・フィッツジェラルド(ヒラリー・スワンク)は、ボクシングを頼りに不遇な人生から抜け出そうとフランキーのジムの門を叩きますが、女性ボクサーは取らないと追い返されます。
マギーがジムに入門できたのは、フランキーが大事に育てたビッグ・ウィリーに逃げられた時でした。フランキーは最初、マギーのトレーナーになることを拒みますが、フランキーの旧友で元ボクサーのエディ「スクラップ・アイアン」デュプリス(モーガン・フリーマン)が彼女の素質を見抜き、同情します。ウェイトレスの仕事をかけもちしながら毎日ジムに通い、これが最後のチャンスと残り少ない時間をすべて練習に注ぎ込むマギーに打たれたフランキーは、次第にコーチを初め、トレーナーを引き受けます。
フランキーの指導の下、腕を上げたマギーは試合で連戦連勝、階級を上げたウェルター級でイギリス・チャンピオンとのタイトルマッチに届くまでに成長、娘に拒否され続けるフランキーと家族の愛に恵まれないマギーの間に、実の親子より強い絆が芽生えます。アイルランド系カトリック教徒のフランキーは、背中にゲール語で「モ・クシュラ」と書かれたガウンをマギーに贈りますが、意味を聞かれてもはぐらかします。タイトルマッチの後も勝ち続けてモ・クシュラがマギーの代名詞ともなり出した頃、フランキーは反則を使う危険な相手として避けてきたウェルター級チャンピオン、「青い熊」ビリー(ルシア・ライカー)との100万ドルのビッグ・マッチを受けることに決めます。
試合はマギーの優勢で進みますが、ラウンド終了後にビリーの反則パンチで倒され、マギーはコーナーの椅子で頸椎を骨折、全身麻痺になってしまいます。フランキーが怒りと自己嫌悪に苛まれる一方、治癒の見込みがないまま壊死した足を切断したマギーは「観客の声が聞こえるうちに死にたい」と、フランキーに安楽死の幇助を請います。フランキーは、自殺を企てるほど苦しむマギーへの想いと宗教的戒律のはざまで苦悩しますが、「モ・クシュラ」に込めた気持ち(愛する者よ、お前は私の血)をマギーに伝え、その人工呼吸器をはずして看取ると、ひとり姿を消します。
低予算、短期間の撮影で、これほどまでの映画を作り上げたクリント・イーストウッド監督の力量には舌を巻く以外にありません。この脚本には数年間、映画化の支持者がつきませんでした。プロデュサーが長年の友人やパートナーに話を持ちかけても、「白髪の老人ふたりと女子ボクサーの話を誰が見るんだい?」と断られましたが、唯一、クリント・イーストウッド監督だけが「暗いが、ゴージャスだ」と理解を示しました。恐らく、この時点で、監督には映画のイメージが見えていたのではないかと思います。
タイトルからアメリカン・ドリームを連想しますが、それは映画の2/3で見事に裏切られます。最初の1/3はマギーがフランキーに弟子入り、試合に出る様になるまで、次の1/3で試合に連勝、一気に駆け上がり、そして最後の1/3は全身麻痺で突き落とされます。類を見ない、ドラスティックな展開ですが、それを破綻寸前のぎりぎりで押しとどめているのが、翻弄されつつもそれに抗う二人の絆です。光を求めれば、陰に突き落される。陰を恐れれば、光に当たらない。そんな二律背反の相克の末、フランキーは宗教上の戒律を犯してマギーの安楽死に手を貸すことになります。
フランキーが姿を消した朝、試合に出る前に先輩に打ちのめされてジムを去った男が、「誰でも一度は負ける」と言って戻ってきます。クリント・イーストウッド監督はこの映画でアメリカン・ドリームを描きたかったと語っていますが、それは決して光だけの物語ではない。結局のところ、アメリカン・ドリームも光と陰が織りなす様々なドラマのひとつに過ぎず、光と陰は何処にでもあり、それにどう対処するかは、各人各様なのです。原作の短編集は、敗者のその後や、女プロボクサー、セコンド、興行師などリング内外のドラマや、敗北し転落していく姿も描いていますが、クリント・イーストウッドは、一編の映画の中にそうした人生の光と陰を凝縮しています。
マギーが実の父親を回想するシーンで、監督の娘モーガン・イーストウッドがチラリと出演していますが、恐らく親子の愛のあり方もひとつではない。宗教上の戒律を犯して街にいられなくなったフランキーが、マギーが実の父親と良く行った彼女の故郷の食堂で、大好物のレモンパイを待つシーンでこの映画は終わります。そして旧友のスクラップのナレーションが、この映画はフランキーの娘ケイティに父の姿を伝えるスクラップの手紙であることが明かします。
この映画の見どころのひとつが、トレーニングや試合のシーンですが、ビリーを演じたルシア・ライカは、アムステルダム出身の元女子キックボクサー・プロボクサーで、キックボクシングの戦績が37勝0敗、ボクシングの戦績が17勝0敗と無敗を誇り、「女子最強の格闘家」、「世界で最も危険な女性」と評された女性です。彼女のコーチにより、ヒラリー・スワンクは10キロ近い筋肉をつけ、撮影に臨みました。が、実際、ヒラリー・スワンクは素人離れした動きをしています。続々と出演する女子ボクサーも、彼女のツテなのか、本物っぽい人ばかりです。
フランキーとのトレーニング
試合では連戦連勝
「モ・クシュラ」と織り込まれたガウン
ビリーとの戦いは優勢だったが・・・
反則技により全身麻痺
舌を噛み自殺をはかる
マギーが亡き父とよく行った食堂で、大好物のレモンパイを食べるフランキー
「ミリオン・ダラー・ベイビー」の原案となった短編集
F.X.Toole「Rope Burns: Stories from the Corner」
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