野田哲也/Tetsuya Noda
日本版画界を代表する版画家の一人。東京藝術大学名誉教授。熊本県出身。
多色刷り木版と、写真をベースにシルクスクリーンというユニークな組み合わせを手漉き和紙の上に表現した「日記シリーズ」という作品群をドリット夫人との出会いから今日まで創作しつづけている。自らの作品については「見る人の想像力をくすぐるような、抽象的なもの、ミステリアスなもの、ユーモラスな要素が好き。同時に現実的な配置のなかにどれだけ抽象的な要素を盛り込めるかということを見せたい」と2014大英博物館での野田哲也展に際して語っている。
1965年 東京芸術大学大学院絵画研究科油絵専攻修了
1968年 東京国際版画ビエンナーレ; 国際大賞
1977年 リュブリアナ国際版画ビエンナーレ; 大賞
1978年 ノルウェー国際版画ビエンナーレ; 大賞
1980年 刷られた芸術:20年間の展望(ニューヨーク近代美術館)
1987年 リュブリアナ国際版画ビエンナーレ; 名誉大賞
2003年 「野田哲也の版画」(北京、中央美術学院美術館)
2004年 「ある人生の日々:野田哲也の芸術」(サンフランシスコ、アジア美術館)
2007年 「野田哲也-日記」展 (東京芸術大学大学美術館)
2008年 「アジアとヨーロッパの肖像」(大阪、国立国際美術館)
版画作品
※野田哲也の作品とその解説。解説は作家ご本人が解説してくれました。
Diary: Nov. 3rd '12, in Hangzhou, China
47.7×79.5cm
木版xスクリーンプリント Ed.11
蘇州で行われた国際版画展とシンポジウムに出席後、ぼくは杭州の友人の招待で杭州まで足を伸ばした。そこの名勝、西湖はどこから見てもすばらしい眺め。友人に感謝したいと思う。その友人の名は? ホテルの部屋のテレビに出てきたのであった。
Diary: Aug. 3rd '09
60.6 x 40.7cm
木版+スクリーンプリント Ed.20
小学一年生になった子供のいる家庭に、まるまるとのびのびと育つようにと願いをこめて蔓付きのすいかを贈る、というのは九州筑後地方の風習。このすいかを今年もぼくは久留米の知人からもらった。ぼくはもうまるまると育たない方が良いのだが・・。
Diary: July 10th '11
52.2x36cm
木版+スクリーンプリント Ed.20
庭に植えたアーティチョークは毎年この頃、花をつける。莟は食用になるが、食用となるといっても食べるところは花托とかよばれる莟の芯のところと萼の根元の部分のほんの少しだけ。原産が地中海沿岸だからか、妻は大好物。花も毎年楽しんでいる。
Diary: Aug. 10th '09
26.2 x 38.4cm
木版+スクリーンプリント Ed.20
野菜つくりはぼくの趣味。ちょっとした運動にもなる。肥料をやったり,草取りをしたり、ときどき少しは手間はかかるが、収穫のときは楽しい。トマトは根に近い方から少しずつ色づき始める。自家製は新鮮、味も格別。
Diary: July 9th '08, in Istanbul
91.5x58.8cm
木版+スクリーンプリント Ed.14
今や世界のあちこちの都市に高層ホテルが建設されている。この作品はぼくがイスタンブールで宿泊したホテルのバスルーム。大理石、ガラス、そしてタイルによるその部屋は一見冷たさはあるが、構成は見事で、何か豪華で都会的。近代モダニズム建築の典型を見るようである。
Diary: March 11th '08
61.7 x 32.8cm
木版+スクリーンプリント Ed.20
大分の椎茸栽培は有名である。知人の大分のご親戚から椎茸つきクヌギの原木をいただいた。この見事な椎茸には驚くばかり。植菌されているので、その後ぼくがどう育てるのか、というのは課題であったのだったが・・。
アトリエ風景
野田哲也は1968年、東京芸大を卒業してわずか4年後の東京国際版画ビエンナーレで国際大賞をとった「日記 1968年8月22日」と「日記 1968年9月11日」以来、その作風は今日まで変わっていない。
「一貫して題名が日付のある「日記」となっている通り、作品は常に、作者・野田哲也が直接かかわった家族や知人の肖像をはじめとして、日常的な光景や事物を直接記録したものである。しかも個人的な感情や思惑が介入しない写真の半への転写を基本的な方法としているのだが、必ず自分で撮影するという体験を通じて、対象と個人的につながっている」(岡田隆彦)のだ。
その技法は微妙に手を加えた写真を謄写ファクスにかけてスキャニングして、それを伝統的木版画の技法で木版刷りの背景に刷る。写真を取り入れた版画が受賞するのははじめてだったが、この後、こうした表現媒体を混合する技法は広く世界でおこなわれるようになった。
と同時にその手法は、主版が摺られ、その後に色版が別々の摺りで重ねられて行くという浮世絵の伝統技法に対し、野田は主版の代わりに自分で撮影した写真に手を加え、それを謄写ファックスで製版し、あらかじめ木版で背景や色彩の部分を摺った上に、浮世絵の摺りと同様に見当を使ってローラーで摺り重ねるという方法をとっている。
インタビュー(2014年4月15日)
−「先生、大英博物館での個展開催おめでとうございます。」
野田「どもども、ありがとう。よくあれだけ集めていたなあと思いますよ」
−「え、今の個展の作品は全部収蔵品で行われてるんですか?」
野田「全部ということではないけど、殆どそうだねえ。百数十点収蔵あって驚きましたねぇ。(笑)」
−「大英博物館いっぱい買ってくれていたんですねぇ」
野田「これなんだか分かりますか?実は今編集している野田哲也作品集Ⅴの限定版の為の版画の試し刷りです」
−「おお凄い。」
野田「実際の写真は、こんな感じです。」
−「この作品は何版何回摺りでしょうか?」
野田「どうだと思いますか?」
−「木版2版/3度摺り/シルク1版でしょうか?」
野田「木版2版4度摺り/シルク4版です。木版は2版しか使っていませんが、同じ版を使って莟のところのボカシ、めしべのところに白も摺っています。シルクが花の部分が2版、蔓や葉の部分に2版使っています。」
−「おお、これは凄い!花の色が違うどころか、なんだか元の写真は普通のスナップというか…ごちゃごちゃで、作品と全くベツモノですね。先生の目からはこういうふうに見えてるんですか?」
野田「実際、花の色はこの紫です。しかし、ピンクがかった感じもあり、また、紫の花の色の深み出すため、木版でまず薄いピンクを摺り、次にシルクも、1版目にピンク、その上(2版目)に紫を重ねています。」
−「花の部分は、写真製版も2色摺りということですか?」
野田「その通りです。
おっしゃる通り、元の写真は普通のスナップです。写真は何でも写ってしまうでしょう。必要でないところも・・。ですから、作品にするときは、不要なところは消したりして料理をし、自分の表現にするわけですね。」
−「おお、将に Nodaカメラ だ」
制作の工程を解説頂いた。
アトリエには摺り台、紙の湿す場所、干す場所、彫り台、プレス機とキチンとそれぞれの場所がある。それらの場所は80年代のNHK取材班が番組にした当時と少しも変わらない。
−「この湿し紙は?」
野田「水性木版画の技法では紙は湿して繊維を柔らかくして使います。そうした方が色がつきやすくなるからですが、湿すときは過去に失敗した作品も利用しているの。やはり何枚かは必ず失敗しますからね。紙を捨てるのもったいないじゃないの。」
−「今摺っているこのオレンジの作品、紫色の部分ないですよね?(しかし版木の両端に紫色の帯状の色面がある)」
野田「この紫の部分は別の作品の部分。その作品ではここしか必要ないからね(紫の部分を指さして)、中央の部分が広く開いてるので、この版木をオレンジの作品にも利用したの。もったいないじゃないの。」
−「先生の作品って彫りが物凄い浅いですね」
野田「歳取ったからねえ、体力がもったいないじゃないの(笑)だから、版木をキチンと保管しておかないと、板が沿ってきちゃうから時間をあけて、摺る時に汚れが出ちゃったりするんですねえ。」
たしかに、先生のアトリエの用具は専門的なものもあるが、インクのはこびは割り箸を利用するし、空き瓶などリサイクルしたものが非常に多い。ケニアのワンガリー・マータイではないが、こうした「もったいない」という精神がやはり野田先生の作品をより日本的にしているのかもしれない。版画家は芸術家的要素に職人的要素も要求されるため、この様にアトリエも常に整頓され、いつでも仕事がやりやすいようになっているのであった。
−「ところで、先生は版画は一年中通して制作されてるんですか?」
野田「冬は寒くてね。あまり、しませんね。ストーブをつけると湿した紙が乾燥して、うまく摺れないんですね。特に大きい作品は紙が乾くと、縮んで見当が狂ったりするんですね。」
−「あ、では先生の作品は冬のものが少ない?」
野田「そうかもしれないね、そういう数え方はしたこと無い。でも作品のタイトルは全部写真を撮った日にしてるからね」
−「なるほど。となると先生は制作は春から秋までということですか?」
野田「いや、夏もほとんどしませんね。暑いからね。紙を湿して使いますとすぐカビたりするからね。だいたい暑いからね、やりたくないんですね。」
−「なるほど、では今年も今将に制作のシーズンの真っ最中というわけですね。」
野田「この間、さっきの特装版の作品終わったからね、暫くは休憩。僕はもう歳だからね、この機械が壊れたら版画を辞めようとも思ってるんですよ。歳も歳だしねぇ。」
−「!」
野田「いやぁ、しかしね、機械はなにかあったらと思って今二台持ってるんですけれどね、一台はもうちょっと調子が悪いんだけれど・・。」
とコレクターが聞いたら卒倒しそうな事を言いつつまだまだ元気に制作を続けるとユーモアあふれる解答をしてくれた野田先生でした。
−「最後に先生、今の版画界で感じる問題はといえば?」
野田「やっぱりね、若い人が制作を続けるのが大変だというのは本当に問題だよね。僕の教え子で最後の助手をやった瀧将仁というのがいるんだけどね、彼は版画も抜群に上手いんだよ。しかし彼ですら今、版画休業中だ。それはね、やっぱり売れないから、作りたくても作れないというのもあるし、制作が時間をかけないといいものが出来ないからね。働きながらやるというのはほんとうに大変なことですよ。」
−「なるほど、瀧さんの作品はモダンな浮世絵的要素もあって素敵ですよね。是非また再開して欲しいです。」
野田「そうですね、僕も彼の新作を楽しみにしています。」
−「本日はありがとうございました。」
Daniel Bell氏による論稿
ダニエル・ベルは、野田版画の独創性について「3点に要約される。見事なまでに一環した主題、画面の組み立てと構成、そして意識的に浮世絵を範としながらも自分の創意を実現するために採用した斬新な技法」だと述べている