捏造の構造分析 2 捏造の広がり

西川伸一 | NPO法人オール・アバウト・サイエンスジャパン代表理事

捏造についての総論の必要性

捏造構造分析にとってケース分析(この稿では小保方ケース)、すなわち各論は欠かせないが、研究者からメディアまで全員が各論だけにとらわれて、しかも「私の意見は正しい」と主張し続けた昨年の騒ぎを思い返すと、各論から離れて捏造の現状を冷静に把握する総論的思考が我が国には欠如しているように思える。とはいえ総論を展開するためには捏造についての調査が必要だ。総論に必要なデータはどこから集めるのか?心配することはない。捏造を分析した様々な論文は数多く発表されている。

捏造についての論文

昨年の騒ぎで、小保方さんを始め捏造を行うのは倫理観の欠如した特殊な人間というイメージが作り上げられていった。小保方さんが普通でなかったことは私もわかるが、この結論だと、一人でも「普通」でない人間を出さないように教育を徹底し、「普通」でない人の採用を控えるようにしようという差別的対策で話は終わりになる。しかし、捏造についての研究論文を読んでみると、捏造は稀な話ではなく、研究室でしばしば観察される普通の行為であることが理解できる。まずどのぐらいの研究者が、捏造と言わないまでもデータのごまかしをしているのか調べた論文を紹介しよう。この問題については1990年代から調査が行われいる。今回はエジンバラ大学のDaniele Fanelliが従来の論文をまとめて再検討(メタアナリシスと言う)した2009年PlosOne論文を紹介する。タイトルはズバリ「How many scientists fabricate and falsify research ? A systematic review and meta-analysis of survey data(どのぐらいの科学者が研究結果の捏造や改ざんをしているか?従来の調査データの系統的レビューとメタアナリシス)」(PlosOne May 2009, vol4, e5738)だ。すなわち、この調査結果は表に現れる捏造の背景にある人間の性(さが)を反映している。

2%がなんらかのデータ改ざんをしたことがある?

この研究では「捏造、改ざん、研究不正、研究のインテグリティー」といったキーワードで論文を検索し、リストされた3000近くの論文から、1)実際のアンケート調査結果が行われたこと、2)査読審査を受けた論文であること、を条件に絞り込み、集めた論文で示されたデータをそのまま、あるいは計算し直して使っている。特定の問題に焦点を当てこれまでの論文の結果を比較し、統計を取り直すことで、個別の論文より高い普遍性を得るために使われる方法だ。絞り込んだ論文が調査対象としていた分野は人文科学から医学までまちまちだが、医学、生物学系の研究者についての調査の割合が高い。

さて最初に調べられたのが、調査対象自身が研究不正を行ったことがあるかについての調査で、これについてデータを示していた6論文の結果は、0.4%-4.5%と論文によりバラついているが、平均1.9%の研究者がなんらかの改ざんをしたことを(匿名アンケートで)認めたという結果だ。ただ、「捏造をしましたか?」とか「改ざんをしましたか?」とかストレートに聞いた論文だけを集めると平均が1%に落ちる。同じ質問内容を、「変更したことがありますか?」とか「データをよく見せようとしたことがありますか?」と聞くともっと多くが認めるようだ。

10%以上の研究者は改ざんを目撃している?

次に、「誰かが研究不正を行っているのを経験したことがありますか?」という質問に関するデータを示した12の論文を調べると、5-33%(平均16%)の研究者ががはっきりとイエスと答えているのがわかる。全体を統計しなおすと14%が他の研究者の研究不正に気づいているという結果だ。面白いのは、もう少し婉曲的に「実験的に不十分な結果を使っていたと思うか?」と聞いた調査では、12-92%(平均46%)がイエスと答えている。単独の論文ではなく、複数の論文で同じような結果になっていることから、信頼性は高いと言える。細かい数字はともかくとして、なんと半分近くの研究者が、研究データのなんらかの改ざんが行われていることを経験していることになる。

我が国での調査はない?

私が把握する限り、我が国でこのような調査が行われ、論文として発表されたことはないようだ。昨年様々な学会で捏造問題の議論がなされたようだが、このような捏造の背景について議論は行われたのだろうか?学術会議や学会の声明文、学術会議から出された研究倫理教育の冊子を読む限り、この論文と同じ認識を共有しているようには思えない。ここで紹介した論文が指摘した現状は外国の話で、我が国の研究者は倫理性が高く、研究不正は特殊な人たちだけの問題なら幸いなことだ。しかし、小保方事件の最中、我が国の多くの研究者の論文での写真の改ざんや使い回しが指摘され、一般の方は驚かれたようだが、研究者の多くは十分ありうることだ思っていたのではないだろうか。実際、2006年Ethics,(vol12, 53-74)に発表されたSteneckの調査では、Journal of Cell Biologyに掲載された論文800編の内8編(1%)ではっきりと改ざんが見られたことが報告されている。

多くは改ざんデータ使用を思いとどまる。

最後に断っておくが、研究不正をしたからといって、その全てが論文に使われたわけではない。少し古い論文なので参考になるかどうかわからないが、Academic Medicine(vol 67,769-775)に発表されたカリフォルニア大学サンディエゴ校医学生物学の研究者についての調査では、4%がデータに細工をしたことを認めているが、その81%は論文にするときにはそのデータは省いたと答えている。すなわち、この抑制を飛び越した時、研究不正や捏造は論文として表に出る。次回は、改ざんデータの使用に至った論文がどのぐらい蔓延しているのか見ることで、この最後の一線を越え捏造へと走る動機の構造分析をしてみよう。

西川伸一

NPO法人オール・アバウト・サイエンスジャパン代表理事

1948年滋賀県生まれ。1973年京都大学医学部卒業。7年医師として勤めた後1980年ドイツ ケルン大学留学。1987年熊本大学医学部教授、 1993年京都大学大学院医学研究科教授を歴任。 2000年理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター副センター長。2013年、あらゆる公職を辞し、NPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン代表理事として様々な患者さん団体と協力して、患者さんがもっと医療の前面で活躍する我が国にしたいと活動を行っている。

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