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カノコイ7~はてしなき出発(たびだち)/あの子とあの娘の物語 作者:リーフレット(传单姐)

第三部 ワイドスクリーン・バロック大戦争 大虚構艦隊よ、確率の海原へ! はてしなき旅立ち!!

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とどいた呼び声と決死の想い

 ■ 機械知性の集合無意識
 大脳の神経系(シナプス)も集積回路も突き詰めれば荷電粒子の流れである。ならば、それらはヒルベルト空間に類似した写像を結ぶのではないか。
 機械/人間の知性が集合無意識を共有する可能性がある。マナサスギャップの想いはそこに通じている。
 避難民たちは当面の生活基盤を築きつつあった。利便性のため病院船や工作船を一カ所にまとめる停泊地が必要となる。
 レーテ―支流、アムレス川の河口付近にポート・アムレスの街が開かれ、アムレス港が建設中である。
 マークトゥエイン号の錨地に地球脱出教団の地獄総本山が祭られ、戦略創造冥界軍の鎮守府も置かれた。
 冥界軍万煙谷(カトマイ)軍港。
 五隻の戦艦モンタナ、オハイオ、メイン、ニューハンプシャー、アラバマが停泊している。
 護岸では艦隊ガールズたちがスカートを全開にして涼んでいる。
「ねぇねぇ! メイン、いま何か聞こえなかった?」
 しっかりした年長の女が隣のツインテール髪に訊いた。
「モンタナの聞き間違いじゃないの?」
「いいえ、メイン。わたしははっきり聞いたわ」
 ジャンパースカートの田舎風娘がきっぱりと否定する。
「オハイオの田舎には空耳と言う言葉はないようね」
 キツネ目の学級委員長風が陰険な口調でなじる。
「アラバマはもっと田舎ですけど第六感という用語はありますわよ」
 最後の一人がしれっと言う。セーラー服の裾からカーキ色のミニスカートをのぞかせている。
「じゃあ、メインとニューハンプシャー以外はみんな聞こえたのね?」
 モンタナの問いに二人がうなづく。
「マナサスギャップ先輩です。はっきりそう言いました。助けて……って」
 オハイオが涙を浮かべ、ジャンパースカートの裾をきゅうぅっと噛む。紺プリーツとスコートの二重層から、ライム色のアンスコが覗いている。
「マナさんは何万年も前に召された筈でしょ?」
「ニューハンプシャーの癖に何にも知らないのね。教団の招魂計画は聞いてるでしょ? あの声が本当なら軍神と一緒に蘇ったのよ」「だけど、アラバマ。けっきょくフーガ師は失敗したっていうじゃない」
「もともとは革命政府の研究成果よ。ナタリアに渡ってないはずがないじゃない? どんだけ鳥頭なの、委員長の癖に」
「うっさいわね」
「ひゃん! いいんちょがあたしのスカートめくった〜」
「やめなさいよ! 二人とも」
 モンタナが仲裁した。「とにかく、マナ先輩が蘇った事は間違いないわ。問題は彼女の居場所。十中八九、ナタリアよ」
「どうするんですか? まさか、私達だけで」
 オハイオが不安そうな顔をしている。
「そんな勝手なことはできないわ。尊師様に相談しましょう」
 モンタナはアンダースコートをめくって、ブルマの内ポケットから携帯水晶を取り出した。
 ■ Definitely something a little different
「ねぇ、僭主さん。提案があります」
 航空戦艦アストラル・グレイスから空母グレコに緊急入電した。
「何だ? 報酬は後で清算すると言ったぞ。それ以外の重要案件なら聞こう」
 ディレクターチェアにふんぞり返っていたラブラドルは身を起こした。メガホン片手にすっかり監督気分である。
 グレイスは、シェイクスピアの稲穂号討伐作戦を具申した。ペンローズ号と戦力が拮抗している今なら、オーランティアカの姉妹二隻で戦力バランスを崩せる。
 らみあ側でなく、稲穂を叩く理由はマリアの油断を誘うためと、姉妹自身の私怨による。稲穂号はどう頑張っても移民船の域を出ない。いくら重武装し、いくら装甲を固めても、船じたいの剛性が戦艦のものとは根本的に違う。戦うための船ではないのだ。
 デストロイド指数は姉妹二隻あわせて最低でも十六。充分に殺れる。そして、味方に付くとらみあに思わせ、ペンローズ号も始末する。
「任務のためなら娘をへーーきで孤島に捨てる女性ですもんね。娘も娘よ。男にだらしないから、簡単に再婚されちゃう」
「その相手が、よりによって、自分の妻が造った人工生命体よ!」
「「ばっかみたい!」」
 オーランティアカの姉妹はシアやマリアをディスりまくる。
「あのらみあとかいう痴女も食わせもんよ! 四万年間、ヘタレたまんまの無気力男に肩入れするんだもん」
「ああ、名前を口にするのも汚らわしいわ。あんな馬鹿女の養女になったわたしも頭がどうかしてるわ! 聞いてるの? そこの軍神、かっこワラ括弧とじ」
 サンダーソニアにまでボロ糞に言われ、コヨーテは奥歯を鳴らした。
「いいだろう! 確率大洋到着まで時間が少しある」
「「出撃を許可してくれるんですか?」」
「ああ、ウォーミングにちょうどいい。思いっきり暴れてこい。ただし、時間までに必ず戻れ!」
「「了解」」
 二隻の航空戦艦はシトラスのそよ風をなびかせて、超空間に消えた。

 ――ああもう、誰か聞いてないの? 誰でもいいわ! ねぇってば、どうして聞いてくれないのよぉ!
 マナサスギャップはキリキリと歯を鳴らした。

「おい、そこのお前!」
 彼女の異変に憲兵が気付いた。
 つかつかとケージに歩み寄り、小窓を開ける。つるりとしたハゲ頭に銃口を突きつける。
「べ、別になにも……」
 マナサスギャップは震えながら首を振る。ポトポトとケージの底にぬるま湯が溜まる。
「銃を極端に怖がるということは銃殺を恐れているのだな? 何を企んでいる?」
 僭主がプラスチック製のメガホンで捕虜の頭をポンポンと叩く。
「い……ぃぇ……」
 虚しく否定するのが精いっぱいだ。太腿の間をボトボト流れる雫に涙が加わる。
「フムン、よかろう。単に撃ち殺すだけでは芸がない。あれを持ってこい」
 ショウ議員はラブラドルに命じられて、憲兵たちを促した。
 ほどなく、茶褐色に泡立つ水槽が運ばれてきた。大人が二人横たわれそうなバスタブより一回り大きい。ゴボゴボと醗酵した泥沼のように大小さまざまな泡が生まれては消える。
「きゃあ、ごめんなさいごめんなさい。わたし……」
 通路の奥からセーラー服姿の少女が引きずられてきた。スカートがくしゃくしゃに丸まり、むき出しになったヒップは二重ライン入りの紺色ブルマが張り付いている。モビック・ハンターだ。
「ぎゃあ!」
 少女は髪をつかまれ、無理やり水の中に落とされた。ボコボコと激しく液体が波打ち、あたり一面が水浸しになった。
 泡は大の字をかたどっていたが、しばらくしてバスタブの中央に集まった。サッカーボールのように丸くなる。やがて、泡が消えて徐々に姿をあらわした。
 ギョロリとした一つ目の深海魚らしき生き物が棘の様なヒレを震わせている。
 ミシャア! そいつが牙を剥いた瞬間、四方八方から量子機銃が打ち込まれ、瞬時に爆散した。
 ぴちぴち、と水槽に肉片が張り付いて、はねている。
「うぎゃああ」
 マナサスギャップは恐怖のあまり、鼻水を垂らして号泣する。
 ショウ議員は大爆笑している。「これは何だと思う? 新鮮な確率津波だ。変身願望を満たしたい馬鹿どもが、これを浴びていた。ヒーローになれたのは一握りだ」
「ふーはっは! 前座の余興にこいつで遊んでやろう」
 僭主は、あごをしゃくって「やれ」と指示する。
 屈強な女憲兵四人がマナの四肢をガッチリと押さえ込む。三人の兵士が彼女の口と心臓と下腹部に銃を向ける。
 あわれな艦嬢(マナ)は放心している。
「もちろん、すぐに生き返らせてやるさ。案ずるな。あと何回おなじ責め苦に耐えられるかな?」
 面白がるショウの背後にはマナサスギャップそっくりの女の子が漬けられている。
「や、やめろぉ!」
 コヨーテは遂に沈黙を破った。
「そうかい!」
 僭主がうなづくと、間もなく水しぶきと断末魔が聞こえた。
 ■ ポート・アムレス
「ダメだと言うなら、あたしたちだけで行きます! 止めても無駄ですよ!」
 モンタナたちは決死隊を募って尊師に直訴した。
 もちろん、セムは即決で却下した。
「方舟の最期を見ただろう。獰猛なオーランティアカの姉妹が牙を剥いている。わざわざ飛び込むこともあるまいて」
「ラブラドルも、らみあも、機械生命体にとりつかれているんですよ!」
「どうしようというのだ。おそらく姉妹も憑依されておろう。いや、ことによるとマナサスギャップも手先かもしれん」
「あの思念が罠だとおっしゃるんで?」
「彼女は機械だ。プラトニックオーシャンの罠でないと誰が保証できる?」
 モンタナは言い負かされて黙り込む。
 すると、ニューハンプシャーが加勢してくれた。どういう風の吹き回しだろうか。
「お言葉ですが、シアさんだって、機械知性だった頃もあるです。フランクマン帝国の総統にベッドで射殺されて、戦艦ゲティスバーグのAIに宿った。そして、マナ先輩や私たちの御先祖、艦隊ガールズを発明された」
「『小さな女の子のためのメフロンティアお話えほん』にも書いてありますよね?! わたし、持ち歩いてるんです!」
 アラバマがスカートをばっとめくって、ブルマのギャザーから文庫本を取り出す。
「……しょうがないわね」
 尊師セムは黒髪を書き上げて、にっこりと笑みを浮かべた。
「「「尊師さまぁ♪」」」
「「「だ〜〜い好き」」」
 わっと艦隊ガールズが取り囲んだ。
 ■ 出陣
「祝 出征! 鬼畜映画断固発禁・言論弾圧緘口令・検閲焚書破り捨て破れかぶれ艦隊(題字:メディア・クライン)」
 どよよ〜〜んと港町に墨書が掲げれている。
 中央作戦局長、達筆すぎる。
 モンタナを筆頭格に艦隊ガールズの五隻が旗艦となり、地球両極のテランスミッタを破壊する。陽動および後方支援には木星・霊峰クロノスで増産した戦力があたる。
 地球脱出教団の地獄大陸避難後はもぬけの殻と化していた霊峰であるが、破り捨て艦隊のために再稼働した。
 もちろん、八大先端文明を瞬殺できるオーランティアカの姉妹にはかなわないだろう。
 しかし、確率変動の神は不可能を許さないお方だ。何もせず負けるより、わずかな可能性にかける方がいいに決まっている。

「安心しなさい。留守は守っているから」
 研究がたけなわで持ち場を離れられないフーガが、通信モニター経由でアラバマを励ます。
「わたしが帰ってこなくても灌漑計画をやり遂げて下さいね」
 アラバマは目を潤ませる。
「こらぁ! フラグ立ててるんじゃないわよ。あはは」
 フーガは噴き出した。
「じゃあ、へし折ってくださいね!」

 三途の水面に無数のバーニャがきらめいた。

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