がん休眠療法のご紹介
がん休眠療法とは、がんの本質と抗がん剤の本質に基づき、抗がん剤治療の目的を従来の『がんを少しでも小さくする』ことから、『少しでも長く、がんが大きくなることを抑える』ことに変更することです。つまり、がんと長く共存することを目標とします。
具体的には、抗がん剤の量を、従来のヒトの限界量から人間として継続できる量に変更します。これは、本来存在する個々の適量を重視した方法です。 アルコールに例えると、従来の抗がん剤治療は、通常の人が飲めるであろう限界の量を無理に飲ませるのに対し、がん休眠療法では、一人ひとりがほろ酔い加減になるような量を求め、それを継続していくという治療です。
現在の標準治療は、ウィスキーボトル一本を飲める人にしか恩恵がない治療です。もともと飲めない人や、体を壊したり、高齢などにより飲めなくなった人には、抗がん剤治療自体を受けることができないのです。がん休眠療法は、そのような患者様にも治療が可能です。しかも、それは消極的な治療ではなく、本質的な治療であるのです。
以下、Q&A形式でがん休眠療法について簡単にご説明いたします。
Q1.そもそも抗がん剤とはどんな薬か?
Q2.抗がん剤はなぜ苦しいのか?
Q3.抗がん剤の適量になぜ個人差があるのか?
Q4.がん休眠療法と標準療法や低用量化学療法との違いは?
Q5.がん休眠療法はどのような患者様に適しているか?
Q1.そもそも抗がん剤とはどんな薬か?
細胞は、分裂しながら増殖していますが、この分裂を種々の方法で阻害するのが抗がん剤です。そのため、図1に示すように、分裂する細胞ならがん細胞だけではなくどんな細胞でも障害します。がん細胞を障害すれば効果と呼びますが、正常細胞(骨髄、毛髪、消化管粘膜)を障害すると副作用(白血球減少、脱毛、下痢、嘔吐など)と呼ぶにすぎないのです。つまり、抗がん剤とはがんの薬ではなく、がんを含め分裂・増殖している細胞すべてを障害する薬剤なのです。
したがって、抗がん剤は一般に分裂・増殖速度が速い細胞ほど効くということになります。がん細胞が最も分裂・増殖が速いと思われがちですが、実は図2に示すように意外と遅いのです。ちなみに、白血病の細胞は、通常のがんに比べはるかに速度が速いため、抗がん剤がよく効くのです。
Q2.抗がん剤はなぜ苦しいのか?
抗がん剤治療は苦しい治療として知られています。実は苦しいのは、抗がん剤のせいではありません。それは「投与量」のせいです。 前述しましたように、抗がん剤はヒトの限界の量を投与しています。しかも個人差はまったく無視されているのです。
例えれば、個人差がかなりあることが分かっているアルコールを、初めて飲む人に最初から限界量であるウィスキーボトル一本を飲ませるようなものです。苦しい量を投与するのですから、苦しいのは当然ということになります。さらにアルコールが弱い人は、苦しいどころか危険にさえなるのです。
このことを理解していただくには、現在抗がん剤の量がどのように決定されているかを知っていただくのが一番の近道だと思います。
図3にその方法を示します。まずはがん患者様の中から、高齢者を除き、心臓、肝臓、腎臓などに問題なく、また栄養状態も良好な患者様を3人選びます。この3人に安全と思われる量を投与します。誰にも限界の副作用(レベル3か4)が出なければ、次の段階で新たな3人に増量して投与します。これに対し3人中2人で限界の副作用が出たらそれが「最大耐用量」となります。もし3人のうち1人に出た場合は、患者様をもう3人増やして計6人に投与し、6人中3人に限界の副作用が出たら、それが「最大耐用量」となり試験は終了となります。6人中2人以内なら、新たな3人に次の段階で増量します。このように限界に達するまで試験が続けられます。
ここで得られた「最大耐用量」、あるいは一段階下の量が、その抗がん剤の投与量となります。通常、わずか10〜15人程度の患者様で決まり、第一相試験で決まった投与量が第二相試験以降も使用されていきます。途中で変わることはありません。
以上のように、抗がん剤の量は、がん患者様の中でも元気な人を対象にして決められた量です。高齢者や心臓、肝臓などに異常がある患者様にはあてはまらないのは言うまでもありません。最近では、抗がん剤治療は標準療法しか施行されなくなったため、高齢のがん患者様では手術は可能な方でも抗がん剤治療はできないと言われることも少なくありません。
Q3.抗がん剤の適量になぜ個人差があるのか?
アルコールを飲める量に個人差があり、その原因が図4に示すようにアルコールの分解酵素の多少によることがよく知られています。さらに分解酵素の個人差は、一人ひとりの遺伝子のわずかな違い(遺伝子多型と呼ばれています)が原因であることも分かっています。同じ量のアルコールを飲んでも、人によってアルコールの血中濃度が異なります。警察のアルコール検問では、この血中アルコールを測定し、ある数値を超えると酒気帯び運転として検挙されるのです。
抗がん剤もアルコールと同様のしくみで個人差が生じます。また抗がん剤の種類によっても分解酵素が異なりますので、ある抗がん剤には強く、ある抗がん剤には弱いという場合もあります。抗がん剤の個人差は、実験的には5〜50倍と報告されています。
私の実際の治療でも、3〜5倍程度の個人差がありました。このあたりまえに存在する個人差を無視することは、大きな問題であることは明らかです。 警察の検問でも使用している血中濃度を、現在の抗がん剤の標準療法ではなぜ無視しているのかについては私にも理解できません。恐らく、どう個人差を求めていくかが明らかではないため、仕方なく個人差には目をつぶっている状況にあると思います。
もう一つの問題は、同じ人でも、高齢によって、アルコールが飲めなくなることがしばしば見られることです。これは、高齢によりアルコール分解酵素が少なくなり、アルコールを分解できなくなるため、若い時に飲めた量が飲めなくなったと考えられます。ちょうど良い量(血中濃度)が、若い時と高齢時で異なるだけのことです。同じことが、抗がん剤にも言えるのです。確かに高齢者に標準量の抗がん剤を投与すると副作用が強く出る率が高くなります。そこで高齢者には抗がん剤治療がなされないという状況になっているのですが、上記のように理論的には高齢者では必要な量が減少しているだけのことです。つまり、量をうまく調節すれば同じ効果を出すことが可能なはずです。
Q4.がん休眠療法と標準療法や低用量化学療法との違いは?
がん休眠療法は低用量化学療法とは異なります。違いは抗がん剤の投与量です。標準療法は、生命に危険がおよぶ限界の量、低用量化学療法は、誰に投与しても危険はないと思われる量が投与されます。さらに、この量には個人差はまったく考慮されておらず、標準療法では10〜15人程度で決定し、低用量化学療法にいたってはもともと指標もなく、それぞれの医師の経験によるものです。これに対し、がん休眠療法の投与量は、継続できる最大の量を、許容できる副作用の程度を指標に、一人ひとりにあった量を決めるというものです。
アルコールに例えれば、標準療法はウィスキーボトル一本、低用量化学療法はビール一杯をすべての人に飲ませるようなものです。前者では泥酔して病院に担ぎ込まれる人も少なからず出てくるでしょうし、逆に後者ではまったく酔わないと不満を漏らす人が多く出ると思います。これに対し、休眠療法ではすべての人がほろ酔い加減になる量を、ビール一杯からウィスキーボトル一本まで調べながら飲んでもらうという方法です。しかも、それを調べるのは簡便、かつ短期間で行えます。もともと個人差があるものに対し、個人差を考えないことが問題なのです。 図5に標準治療と休眠療法の比較を示します。
Q5.がん休眠療法はどのような患者様に適しているか?
がん休眠療法は、標準の抗がん剤治療で完治したり、抗がん剤により消失する可能性が大きい白血病など一部のがんを除いた、ほとんどのがんに適応すると考えらます。
しかし、それぞれのがんには標準療法が存在し、それを上回る方法かどうかはまだ不明です。したがって現時点では、種々の理由により、標準療法が受けられない患者様に適していると思われます。
具体的には、
- 高齢者や種々の合併症などで、初めから標準療法が適応できない患者様
- 標準的抗がん剤治療は副作用が強く、標準療法が続けられない患者様
- 抗がん剤治療の副作用が怖くて拒否されておられる患者様、などです。
特に高齢のがん患者様には、高齢ということだけを理由に抗がん剤治療が行われないという状況になっております。これはアルコールを飲める量が減ってきたから、もうアルコールを飲む資格はないと言われていることと同じです。しかし、以前より少ない量で酔うようになっただけのことです。
抗がん剤でも同じことが言えます。若い時よりも少ない量で効果が出る可能性が高いのです。少なくとも、標準量が投与できないという理由で抗がん剤治療自体が行われないという状況には大いなる疑問があります。
このページで解説しました抗がん剤治療のしくみを理解していただければ、こうした理由で抗がん剤治療をあきらめる必要はまったくないということをご理解いただけると思います。
【参考図書】
高橋 豊著:高橋 豊の今あるがんを眠らせておく治療(主婦の友社、2010年刊)
高橋 豊著:がん休眠療法(講談社、2000年刊)
【がん休眠療法が取り上げられた主なマスメディア】
NHK ためしてガッテン(2002年)
テレビ東京WBS (2002年)
テレビ朝日スーパJチャンネル (2003年)
日経新聞 (2001,2003,2004年)
朝日新聞科学欄「直言」 (2003年)
読売新聞「医療ルネサンス」 (2006年)