土葬されたイスラム教徒たちが眠る墓地で祈る日本ムスリム協会名誉会長の樋口美作さん=山梨県甲州市塩山牛奥の文殊院
山中にある墓地建設予定地の手前に立つ建設反対の看板=栃木県足利市板倉町
日本に住むイスラム教徒の間で墓地不足が深刻だ。土葬のため、地域住民から理解を得られず、行政の許可がなかなか下りない。土葬に嫌悪感を抱く人が増えたのと、2001年の9・11テロの影響でイスラム教徒への偏見が強まったためという。外国人が約10万人、日本人が約1万人と推計される国内イスラム教徒の多くが日本で永眠の地を求めている。
「新墓地建設 絶対反対!」。栃木県足利市板倉町の小高い山の入り口を看板が囲む。200メートルほど入った所に、東京都豊島区南大塚にモスク(イスラム礼拝所)を置く宗教法人日本イスラーム文化センターが墓地を作ろうとしている。
同センターは2008年春、板倉町の住民に墓地建設について説明した。約990平方メートルに75区画を作る計画だ。遺体はイスラム教の教えに従って土葬する。
住民は反発した。説明から10日ほどで72人分の反対署名を集め、足利市と同センターに提出した。理由として挙げたのは、土葬であること、イスラム教であること、自然を壊すこと。住民の一人は話す。「この地域は閉鎖的な考えの住民も多く、異宗教に理解が浅い。住民の心の中を乱さないでほしい」
近くの女性(87)は「宗教のことはよくわからないけど土葬が嫌だ」という。一方で、建設予定地の近くに先祖の墓がある男性(62)は「日本人も外国に移住し、墓を作っている人はたくさんいる。反対はできない」と話す。
足利市環境政策課には、住民663人から建設反対の署名が届き、同センターからは建設を求める約600人分の嘆願書が届いた。同課は昨秋と今夏の2回、同センターに「許可するためには地元の理解が不可欠」と伝えた。
担当課長は「墓地の建設は、人家から100メートル以上離すことなどを定めた県の条例には違反していない。しかし、土葬を受け入れられない住民の感情もわかる。両者にとっていい方法を探りたいが、前例がないので困っている」と話す。
日本に住むイスラム教徒の多くは1980〜90年代、パキスタンやバングラデシュ、イランなどから労働者として来日した。一部は日本人女性と結婚するなどして定住し、結婚した女性の中には改宗する人もおり、国内のイスラム教徒は大幅に増えた。
今年3月、早稲田大学(東京)で開かれた第2回モスク代表者会議。全国のイスラム教徒たちが議論した課題の一つが「墓地の不足」。遺体を防腐処理して母国に帰し、土葬することもできるが約80万円かかるという。
同センターなどによると、現在、国内でイスラム教徒向けの霊園は山梨県甲州市と北海道余市町の2カ所だけ。
甲州市塩山牛奥の霊園は仏教の寺「文殊院」にある。1963年、日本ムスリム協会(東京都渋谷区)が土地を買い、南アルプスを見渡せる山の上に造った。約150人が眠る。しかし、住職の古屋和彦さん(45)は今年5月、「これ以上、イスラム教徒の墓を増やすことを総代に説明できないと感じている」と、同協会名誉会長の樋口美作さん(74)に打ち明けた。
墓は予想以上の早さで増え、墓地は4800平方メートルになった。古屋さんは最近、「土葬の盛り土を見るのが怖い」「農作業の後、近くを通りたくない」という声を聞くようになった。埋葬から数年間は土が徐々に沈むため、数回にわたり土を盛る。その様子を気味悪がる声も上がっているという。
半世紀前、同協会を受け入れたのは古屋さんの父である先代住職。樋口さんは「地域で信頼のある住職が墓地の必要性を地元の人に説明してくれたからできた。自分たちだけでは難しかっただろう」と話す。
「家族のためにも、日本で土葬できる墓地を探したい」。東京都江東区のカリド・ビラルさん(45)は「日本のイスラム教徒の仲間たちの多くが願っている」と話す。
2人の子どもにとって母国は日本だ。「私や妻が亡くなった時、日本に墓地がなければ子どもと離れることになる。パキスタンに住んだことのない子どもたちにとっても墓地不足はいずれ大きな問題になる」と心配している。(斉藤寛子、佐藤孝則)
◇
〈墓地の建設と土葬〉土葬を含めた墓地の建設には知事の許可が必要で、市町村長に権限が移譲されている場合が多い。土葬は墓地埋葬法では禁止されていないが、東京都や大阪府は条例で公衆衛生などを理由にほぼ全域で禁止している。禁止していない自治体でも、墓地の狭さや美観などを理由に認めないことがある。