これまでに、ヨルダンのザアタリ難民キャンプからは西洋諸国のセレブや要人の訪問のニュースが何度かあったと思うが、レバノンはどうだったろう。記事には、キャメロン首相が訪問したのはシリア国境から1マイルも離れていないベカア渓谷に設営されたUNHCRの難民キャンプだと書かれている(ベイルートから英軍のチヌーク・ヘリで飛んだそうだ)。キャンプの敷地内でキャメロン首相は、カメラの前で英国が、シリア周辺国の難民キャンプからさらに2万人を受け入れるという方針を再確認しながらも、要は「シリア周辺国の難民キャンプへの金銭的支援をさらに積極的に行なうことによって、難民のみなさんが命を賭して危険な旅路に踏み出さずにすむようにしていきたい」ということを言っている。英国の外交といえば「ユーフェミズム」と「二枚舌」だが、難民危機について話し合うために14日に予定されているEU加盟国内務相会合では、ドイツなどが提案している「難民受け入れの各国の割り当て」には反対する方針で、その会合の前に首相が直接(ザアタリ難民キャンプのような「整った」キャンプではなく)ベカア渓谷に赴いてこういう発言をしたということは、なかなか強烈だ。
というわけで、今日14日にEU各国の内務相が集まってこの「難民危機」への対応を話し合うことになっているが、それを前にした13日、8月下旬から特別措置をとり、ダブリン・レギュレーションを一時停止してシリアからの難民を受け入れてきたドイツがついにパンクした、というニュースが流れてきた。それも単に「ドイツがパンクした」だけではない。「ドイツがシェンゲン協定を一時停止した」という。現在のEUの基本的な理念(英国目線だとイマイチわからないのだが)に関わる部分で、ずいぶん思い切ったことをしている。
ドイツがシェンゲン協定を一時停止(2015年9月13日)
http://matome.naver.jp/odai/2144216492412643101
難民が欧州に入るルートにはいくつかあるが、今とりわけ注目されているのは、トルコからギリシャに渡った人々が、バルカン半島の西半分にある国々を通過して、ハンガリー、オーストリアを経てドイツに入るルートである。オーストリアから国境を超えてドイツに入って最初の大都市がミュンヘンだが(鉄道のターミナル駅がある)、ミュンヘン駅は市内の施設からあふれた人が通路などで寝ていて、写真を見るとまるで災害時の避難所だ。
ドイツが国境検問を復活させたことで、ドイツに来る前に難民たちが通過する国々の対応が注目された。つまり、オーストリア、ハンガリー、セルビア。このうちセルビアはEU加盟国ではないが、ハンガリーとオーストリアはEU加盟国でシェンゲン・エリアである。
特にハンガリーは、数日前に極右政党ヨッビクとつながりが強いテレビ局の女性カメラマン(というのも変な表現だが)が、駆けてくる難民に足を引っ掛けて転ばせたり、蹴ったりする光景が別の取材者によって撮影されており、世界的に非難を浴びる(すぐに解雇)ということが起きていて、注目は集まっていたと思う。
Twitterでハッシュタグを見ているうちに、ハンガリーのIndex.Huというメディアの記者、Szabolcs Panyiさんのアカウントを知った。
https://twitter.com/panyiszabolcs
Panyiさんは英語で書いてくれるので、ハンガリーの言葉(マジャル語/ハンガリー語)がわからなくても大丈夫だ。というか、EU域内の共通語は完全に「英語」になっているので(EUの偉い人のステートメントなども英語で出されるし、EUの偉い人のTwitterもだいたい英語)、英語が読めなければ情報が入ってきづらいだろう。今回、改めて「英語」の強さに感じ入っているのだが、現地で現場で話されているのは英語でなくても、情報として流通ルートに乗るときは必ず英語を伴っているというEUのあり方は、生々しくてすごいと思う。
ともあれ、「難民危機」への関心が高まったのは、この9月に「溺死した子供の写真」が出た後らしいが、バルカン半島から中央ヨーロッパへの人の移動というのは常にあったし(それはカネになるので、マフィアも絡んでる。オーストリアで乗り捨てられた冷凍車から71人が死体で出てきた件も、ハンガリーを含むバルカンのマフィアによるヒューマン・トラフィッキング、密入国の話だ)、難民の移動もずっと報じられてきていた。今年6月にはこんな記事がある。
ハンガリー、移民流入阻止へ柵を計画 セルビア国境
2015/6/19 23:38
【ウィーン=共同】ハンガリーは19日までに、急激に増加するシリアなどからの移民の流入を阻止するため、セルビアとの国境約175キロに高さ4メートルの柵を設置する計画を明らかにした。ハンガリー通信などが伝えた。近隣諸国から冷戦後の新たな「壁」と批判する声も上がっている。
オーストリア通信によると、ハンガリーに流入した不法移民は2012年に約2千人、14年に約4万3千人に上り、今年は既に約5万4千人。出身国はシリアやイラク、アフガニスタンが多く、トルコやギリシャ、マケドニアを経由し、大半がセルビアから入国した。
ハンガリーのシーヤールトー外務貿易相は「国民を移民圧力から守る。これ以上我慢できない」と強調した。
一方、欧州連合(EU)欧州委員会の報道官は「欧州の(冷戦の)壁が崩れた後に、再び壁を造るべきではない」と批判。ハンガリーの隣国、オーストリアのフィッシャー大統領も「間違った方向に進んでいる」と不快感を表明した。
……
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM19H4B_Z10C15A6000000/
冷戦時代の終焉を知ってる人なら、きっと誰でも、「汎ヨーロッパ・ピクニック」を思い出すだろう。ベルリンの壁の崩壊に至ったあの「鉄のカーテンの撤去」を。
1980年代後半になると、ソビエト連邦のペレストロイカとともに、東欧における共産党独裁の限界が明らかとなった。社会主義労働者党内でも改革派が台頭し、ハンガリー民主化運動が開始され、1989年2月には憲法から党の指導性を定めた条項が削除された。5月には西側のオーストリアとの国境に設けられていた鉄条網(鉄のカーテン)を撤去し、国境を開放した。これにより西ドイツへの亡命を求める東ドイツ市民がハンガリーに殺到、汎ヨーロッパ・ピクニックを引き起こし、冷戦を終結させる大きな引き金となった。また6月には複数政党制を導入し、社会主義労働者党もハンガリー社会党に改組された。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%BC
この皮肉を前に、どう反応したらいいのか、わからない。
元々、なぜEUに加盟しているのかわからないくらいに「反EU」な態度を示しているハンガリーだが、「開かれたEU、ヨーロッパ全体(汎ヨーロッパ)」への扉を開けたのもまたハンガリーだった。
ハンガリーのジャーナリスト、Panyiさんは、オーストリアもまた国境を閉じるということを伝えている。昨日、Faymann大統領は「国境は閉じない」と言っていた。結果的には、それは「嘘」になった。
Just in: #Austria-n Interior Minister Johanna Mikl-Leitner: "We will do border controls just as Germany". So that means Faymann is a liar.
— Szabolcs Panyi (@panyiszabolcs) September 14, 2015
ハンガリーにはセルビアからどんどん難民たちが押し込まれてきている(セルビアは、自分のところには居させたくない。EU圏内にとにかく送り込んでしまいたい)。
5353 #refugees entered #Hungary on Monday until 12:00 police say. On Sunday the total number was 5809. Seems #Serbia is pushing them through
— Szabolcs Panyi (@panyiszabolcs) September 14, 2015
EUについて、私はずいぶん「建前」を吹き込まれている世代だが(「統一通貨ユーロ」の導入など、リアルタイムで見てきたし、ドキュメンタリーなどもずいぶん見た。うちにはまだどこかに、旅行で使い残したフランス・フランやイタリア・リラの硬貨がある)、それが音を立てて崩壊しているのが今だ。
音を立てて崩壊していくのは、「ベルリンの壁」だけでよかったのに。
「壁が取り払われていくこと」を賞賛していた米大統領バラク・オバマは、この光景をどう思って見ているんだろう。
<08米大統領選挙>オバマ氏演説に20万人、ベルリン
2008年07月25日 09:56 発信地:ベルリン/ドイツ
【7月25日 AFP】米大統領選挙の民主党候補指名を確実にしたバラク・オバマ(Barack Obama)上院議員は24日、訪問先のドイツ・ベルリン(Berlin)で20万人を前に演説し、米国と欧州諸国は人種や信仰などの壁を壊さなければならないと呼びかけた。
戦勝記念塔(Victory Column)前で行った演説でオバマ氏は、人類は「1つになる世界」をつくらなければならないと語った。
また、「われわれ全員にとって最大の危険は新たな壁がお互いを分裂するのを許すことだ」とし、2003年の米軍主導のイラク侵攻以来、分裂が続いている欧州諸国と米国の関係に言及し「大西洋の両岸に位置する昔からの同盟国の壁は存続してはならない」と語った。
さらに「人種と民族、先住民と移民、キリスト教徒とイスラム教徒、ユダヤ教徒の間の壁は存続してはならない。こういった壁はわれわれが壊さねばならない」と述べた。
「壁を壊す」とは、1987年にロナルド・レーガン(Ronald Reagan)元米大統領がベルリンで、旧ソ連のミハイル・ゴルバチョフ(Mikhail Gorbachev)書記長(当時)に呼び掛けた言葉。
……
http://www.afpbb.com/articles/-/2422336
英国では、労働党党首となったジェレミー・コービンがシャドウ・キャビネットを組閣している。外務にはヒラリー・ベンが残った。ヒラリー・ベンはトニー・ベンの息子だが、トニーとは異なり、ブレアライトである。コービンが基本的に「EUなんてものは資本家だけが得をするシステムだ」的な伝統的フリンジ左翼の主義主張の人である一方で(25年前だったら「親ソ」と説明されてたと思います、そういう考え方は)、ヒラリー・ベンは明確な「親EU」の人だ。コービンが「EU離脱の可能性も否定しない」立場である一方で、ベンはこのような態度である。
Hilary Benn rules out Labour campaign for an out vote in EU ref - His quotes in full, and analysis - http://t.co/jIRR8R5Ve1
— AndrewSparrow (@AndrewSparrow) September 14, 2015
「メシウマ」しているのは、今ある(見えない)「壁」をそのままにしておくか、強化すべきだと考えているナイジェル・ファラージだ。
If Hilary Benn statement that Labour will back staying in EU in all circumstances is true, it is extremely disappointing.
— Nigel Farage (@Nigel_Farage) September 14, 2015
欧州大陸が「押し寄せる難民」にあたふたすればするほど、ファラージのメシはウマくなるだろう。
これが、2015年。
※この記事は
2015年09月14日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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