悪役令嬢に転生した後、本編に入る前に色々やらかしてしまいました。
悪役令嬢に転生したけど、フラグとか抜きで攻略キャラに会いに行きました。
「ふおおっ………いたぜ………奴だ………!」
西の果てにあるどっかの王国、その第三王女(9歳)に転生した私は、日々のお稽古やらお勉強やらを抜け出し、城下町の酒場を訪れていました。あー未成年飲酒とか大丈夫なのかよと思ったそこのアナタ、私転生前は30代のOLだったから無問題。
赤い顔のおっさん達をかいくぐり、がやがやごちゃごちゃした喧騒の中、隅っこのテーブルに座ってウーロンハイ一杯で粘ること数十分。ついにやってきました! 店の入り口からふらりと入ってきたあの子は、おぼつかない足取りで傭兵団の仲間に肩を貸されて歩いてきます!
「おいおい、大丈夫かロイ?」
「うるせぇなぁ………ほっといてくれよ………」
「そんなわけにもいかねぇだろ! ほら座れ! 今日は全部奢ってやっから!」
中央のテーブルに座らされた、赤髪隻眼のロイ・カラーザット君は、やってきた店員さんに何も頼まず、ただぼーっとしています。着ている鎧っぽい服は傷付いていないもののボロボロで、もう何日も着替えていないみたいです。
代わりに側に座った傭兵達が、ロイ君の分もまとめて頼んでいます。すぐに店員さんが持ってきたビールを飲みながら彼を励ましますが、彼は全く聞いちゃおりません。
「いいじゃねぇかロイよぉ! たがか恋人に振られたくらい! 俺なんかもう十回は振られてんだぜ?」
「………………………」
「そうだそうだ! それに片目失ったって、もう片方がありゃ充分じゃねぇか! うちの団長だってガキのころから隻眼だけど、めちゃめちゃ強いじゃねぇか!」
「………………………」
「たくっ………まぁ呑め呑め! 嫌な思い出なんか全部呑んで忘れちまえ!」
傭兵団の仲間は懸命にロイ君の気分を戻そうとしておりますが、彼はずーっと押し黙ったままです。ただビールを無言で喉に流し込むだけ。何を言っても無駄だと悟ったのか、仲間達はそっとしておくことにしたみたいです。
ロイ君の気分が優れないのも当たり前。なぜなら彼が失ったのは恋人ではなく母親だからです。極端な話彼氏や彼女なんて何人でも作れますが、母親は一人しかいませんからね。
ましてやロイ君はまだ10歳。剣の腕前は一人前ですが、まだまだ一人はさびしい年頃。そんな彼は生まれてすぐに父親を魔物に殺され、さらにはつい先日目の前で母親に捨てられ、すがりつこうとしたら片目を抉られ殺されかけられたのですから。
傭兵団に話した「今まで付き合っていた恋人に振られ、やけっぱちに魔物の巣につっこんだら返り討ちに遭った」なんていうのは真っ赤な嘘です。仲間達に知られた後も、彼は母親に捨てられたトラウマを一人抱え込んだまま、七年後にヒロインと出会うその日まで暗く生きていくのです。
え? なんでそんなにロイ君のことを詳しく知ってるかって? いやいやそんなん当たり前でしょ? だってこれ前世でプレイした乙女ゲーの設定だもん。そりゃ未来予知も余裕ですよ。
なんの因果か主人公ではなく、その子をあらゆる手段でいじめまくる悪役令嬢三姉妹の三女に転生した私。まさに生まれながらの予言者ですよ。あらゆる出来事は既に予測しております。
だけど今は攻略キャラの過去を掘り下げる、いわゆる回想シーンって奴の時代。ヒロインはまだ王国に来てすらいなくて、今はただストーリーに沿って、攻略キャラのアイアンディティ(意識高い風)を構築してる最中です。
分かってるんだったらなんかしてやれよ、とか思ったそこのアナタ。道の真ん中で泣いている幼女とか見たら助けちゃうんでしょ? で不審者扱いされて通報→確保コースと。悲しいけどこれが現実です。
こういうのに下手に手を加えない方がいいんです。そもそもここはゲームの世界で、私もアレン君もしがない登場人物の一人。というか私は本来こんな酒場には来ません。今もお屋敷でお勉強してなきゃいけないんですホントは。
ゲームの世界に入っちゃうなんて異常事態、経験したことないから言えるんです。こういうのは何もせずに傍観するのが一番。下手に手をだして未来が変わっちゃったら、どうなるか分からないんですから。
それに将来主人公がロイルートに入れば、彼は見事母親を影で操っていた魔物を倒して、幸せなハッピーエンドを迎えられます。今は辛いけど、いずれは救われるんです。主人公が入ってくれれば。
入ってくれなかったら………確か普通に傷抱えたまま傭兵やって終わりです。他ルートに入った時の攻略キャラって基本空気だから分かんないけど、確かそうだったはず。
ちなみに他キャラのルート次第では、私殺されたり没落したりで酷い目に遭いますからね。空気になるルートの方が返って安心できる。その一つであるロイルートには、是非主人公に入ってもらいたい。
そのためには非干渉・非接触・非会話が一番。元々絡みも全くありませんから、この位に留めた方がいいです。そう思って私はウーロンハイを飲んだまま、悲しみに暮れるロイ君を見守っていようと思った………
のですが。
「あーあ………こいつ泣き疲れて寝ちまったよ………」
「やっぱまだまだガキだな………まぁこういう経験は貴重だし、いいんじゃないか?」
テーブルの上に突っ伏していたロイ君。泣いているのを見られないようにする為かと思ったみたいですが、どうやら傭兵団の皆さんにはバレバレだったみたいです。
その内酔いも回ってきたのか、静かに寝息を立てていました。傭兵の一人が抱えあげて見れた顔は、とっても可愛い&カッコいいです。流石は乙女ゲーの攻略キャラの一人。
「静かに寝させてやりてぇけど………流石に邪魔だな………」
「どっか空いてるとこに置いときゃいいだろ。」
「そうだな。どこか良い場所は………あった。」
「へっ?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまいました。。だってロイ君を抱えた傭兵は、なぜか私の方を見て笑ったんですから。
そのまま彼はすたすたと近付いていきます。(待って待って、私そんな影薄い………!? そりゃ転生前は合コンでも置いていかれたりとかしたけど………!)そう思って軽くパニくっていた私ですが、実際には見えていないわけではありませんでした。
「よう嬢ちゃん、ここ空いてるかい?」傭兵は私の反対側の席を指差して言います。
「えっ、あっはい、アイテマス。」話しかけられた私は、キョドりながらも答えます。
「そうか、んじゃちょっとでいいから、こいつの面倒見てやってくんねぇか?」彼は私の返事も聞かず、ロイ君をどさりと寝かせてしまいます。
「えっ、あっはい、ワカリマシタ。」転生前では喪女だった私は、キョドりながらも答えます。
いや喪女関係ねーわ、何やってんだよ私は。そう思った時には、すでに傭兵さんは元のテーブルに戻って行ってしまいました。
何やってんだよ私は――――――大事なことなので二回言いました。未だにスースー眠っているロイ君ですが、その距離はさっきよりずっと近くて。つむじとか見えます。
両手はぬぼーっとこっちまで伸びてます。細くて綺麗な反面、傭兵らしくあちこちが傷付いています。本編が開始する頃には、きっと太くてたくましい手になるんだと思います。
一番ではないけれど、ロイ君は私の乙女ゲーキャラ・ベストランキングの中ではかなり上位に入る存在です。その彼が今私の目の前で、すやすやと眠っているのです。
我慢できるわけ、ありませんでした。私はテーブルから立ち上がり、ロイ君の赤い髪にそっと手を伸ばします。彼の頭をなでなでした瞬間、つっぷしながら甘えた声をあげました。
「………おかぁさん………」
「………………………」
寝言です。そんなの分かってます。というかこれゲーム中のイベントにあります。魔物に取り憑かれる前の優しいロイの母親は、よく彼をこうやってなでなでしていたのです。
主人公がたまたまロイ君の頭を撫でた時に、恥ずかしそうにしながら彼が打ち明けるのですが………ぶっちゃけこれやりすぎたら、間違いなくフラグ立ちます。
「だけどまぁ………寝てるし大丈夫だよね?」
「おかぁさん………なんで………なんでぇ………」
ロイ君は夢の中でも、大好きだったお母さんに苦しめられています。魔物に乗っ取られて心を失い、王国に行ってしまったロイ君の母親に。
私は少しでもロイ君の夢がいいものに変わるようにと、頭を優しく撫で続けました。なでなでなでなで………周りのお客が変な目で見てるけど、私は全く気にしません。
「おかぁさん………………」
「よしよし………大丈夫だからね………」
「………………………」
「いいこいいこ………お母さんはここにいるからね………」
「………………………………………」
(寝言言わなくなったな………落ち着いたのかな?)
「誰だよお前。」
「通りすがりの喪女です。」(引き攣った声)
「もじょ………? 何だよそれ。ていうかここどこ? 皆は………」
身体を起こしたロイ君は、きょろきょろと辺りを見渡してます。起きた時には死ぬかと思いましたが、無言になったときに手を離した為、なんとか気付かれていないようです。死ぬかと思った(二回目)
「あの、貴方途中で寝ちゃったみたいで。後ろのテーブルで皆さん飲んでますよ。」
う、うなされてたみたいですけど、大丈夫ですか?」
「うるせぇなぁ………お前には関係ねぇだろ………じゃあな。」
むすっくれた表情のロイ君は、立ち上がって皆さんが飲んでいるテーブルに戻っていきました。完璧に誤魔化しつつ、さりげなくフォローが成功しました。
マジで死ぬかと思いましたが(三回目)、どうやら上手くいったようです。この程度ならロイ君は私のことなんかすぐに忘れて、元の暮らしに戻っていくでしょう。
ふぅ、と一息ついた後、私はそろそろと立ち上がります。元々小さい身体だし、おっさん達の中を忍び込むようにそろそろと歩き、傭兵団の皆さんには気付かれていません。
カウンターでどんぶり勘定で会計した後、私は酒場を出ました。城下町は夕方になっていて、夕日に映える街道は綺麗です。着ていたフードを深く被って、自分の目立つ金髪を隠しながら歩き始めた数秒後。
―――――――――――「おいっ!! 待てよっ!!」
ロイ君の怒り狂った声に押されて、思わず私は立ち止まってしまいました。ここで全力で逃げれば、まだ赤の他人でいられたのに。
私の肩を掴んで強引に振り向かせたロイ君は、真っ赤な顔して震えています。そして私の胸倉を掴んで、威嚇するように脅してきました。
「お、お前………俺の頭、撫でてたのか………!?」
「ア、ハ、ハイ………」
「今度そんな勝手な真似したりとか、寝言バラしたりとかしたら、ぶん殴ってやるからな………」
「ワ、ワカリマシタ………」
最早足ががくがく震えて、私はまともな返事が出来ません。ロイ君は可愛い子供とはいえ、本編では一、二を争う戦闘力なのです。その気になれば私なんか簡単に殺せてしまいます。
私がいたテーブルから傭兵団の皆さんが見えるということは、傭兵団の皆さんも当然私の様子が見えています。おそらく私がロイ君を撫でていたのを見て、戻ってきた時に伝えたのでしょう。それで恥ずかしくなってきたと。
本編開始前での退場を覚悟した私ですが、ロイ君は許してくれました。手を離して後ろを向いた後、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、そっと呟きました。
「………………あの………慰めてくれて、ありがとな………………」
「ハイ!」
「うるせぇバカ! さっさとどっかいけ!」
それだけ言ってロイ君は酒場へと戻っていきました。ちなみに最後のセリフは、前述のヒロインに撫でられるシーンで言う言葉です。どっかいけとか言ったくせに自分が移動するのかよwwwとか突っ込まないで下さい。
………………………フラグ、立ってないよね………………………? 私は不安になりながらも、お屋敷へと戻っていきました。
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