Quel est ton souhait?-貴方の願いは?-

 ダミアンは喫驚の声を上げた。此の紙面の国の言葉は独特な訛りと自国では発音し無い言葉とが複雑に交じり合い、多様な言語を習熟しているダミアンさえ辞書を手にしなければ難読だと言うのに。事も無気にニコラはスラスラと紙面を読み上げている。

「私は仕事上各国を飛び回っていますからね。私が知る限り、扱えない言語は無いと自負しております」

「すげぇ自信だな。…なぁ、ニコラ。お前此の侭此処に居てくれねぇか?王宮の奴等も喜ぶだろうし、俺も色々と助かるんだが」

 ダミアンは涼しい顔を崩さずニコラへ告げたが、内心彼の心臓は破裂しそうな程高鳴っていた。自からこの様な事を相手に頼むのは初めてだったのだ。

 しかしニコラはそんな彼の願いに、困惑気に眉を寄せた。

「有難う御座います。…ですが、それは出来ません」

「何でだ?」

「…申し訳ありません。私、部屋へ戻りますね」

 薄く笑ったその顔を、今でも忘れる事が出来無い。それは陽光の様に穏やかな彼の微笑みとは掛け離れた、どこか疲れた微笑だった。


 窓から差し込む仄青い月光が、ベッドの上に複雑な陰影を作り出している。読書灯すら灯さず、差し込む月桂のみで本を読んでいたニコラは、相変わらず明るく輝く外の景色にぼんやりと目を向けた。

「俺だ」

「…はい、どうぞ」

 扉をノックする音と共に掛けられる声。ニコラは窓の外を眺めたまま短く返す。布擦れの音が耳に届き、カチャリとゆっくり扉が閉められる。

「…ニコラ」

 震える声を隠す事無く彼の名を呼び、座っているニコラを後ろから抱きしめた。お腹の辺りに左腕、胸の辺りに右腕。きゅっと抱きしめられた背中に心地良い重さを感じた。ニコラは彼の右腕を手に取りながら、優しく問い掛けた。

「ダミアン、どうされました?」

 彼の行為を払い退ける理由も、拒絶する理由も今のニコラには無かった。唯時間が止まった様な静かな部屋の中、確かに感じられる彼の温もりが部屋の空気との温度差を明らかにさせた。

「此処に居ろ。…ずっと俺の側に居て欲しいんだ」

 緊張とニコラが此処から去ってしまうと言う恐怖に、震える手で縋りながら願った。

「ねぇ、ダミアン」

 首を後ろに回して顔を上げれば、ダミアンの顔が其処にあり、悲しみを越し悲痛な色を浮かべていた。何だ、と言う様に首を傾げたダミアンにニコラは薄っすらと笑みを浮かべて見せた。

「私の事が好きなのですか?」

「…なっ!そんな事…っ」

 驚き、思わず抱きしめていた腕を解いた刹那、ダミアンの顎を捉えたニコラはそっと唇を重ねた。

「…んっ」

 唇を重ねるだけのキス。唯それだけなのにも拘わらず、頭が真っ白になり身動き一つ取れ無くなる。しかし何とか彼の胸をぐっと押し、顔を離せばダミアンを見詰めるその扇情的な瞳に、目を逸らす事が出来無くなってしまう。

 口元を押さえ、涙目の侭ニコラを見れば、してやったりと言わんばかりにその口元を僅かに上げていた。

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