広州=延与光貞
2015年9月13日22時38分
世界中でスマートフォン(スマホ)の配車アプリによるハイヤーの利用が広がり、客を奪われた既存のタクシーとのあつれきが強まっている。中でも、客が一気に配車アプリのハイヤーに流れ、各地で混乱が起きているのが中国だ。タクシーのサービスへの不満がもともと強いことが背景にある。
■多くが自家用車で参入
河南省鄭州市で5月下旬、タクシー運転手が、配車アプリを使うハイヤーの窓ガラスを割る事件が起きた。運転手仲間によると、タクシーが道端にいた客を見つけて「どこまでですか」と声をかけたところ、「隣のハイヤーに乗るからいいです」と断られ、ハイヤーに対して逆上したという。仲間が加勢し、大通りは騒然となった。
運転手仲間は「車を壊したのは悪いけど、ずっと空車で走っていて、やっと見つけた客を奪われた気持ちになるのもわかる」と同情する。天津市でも同月、何らかのトラブルにより、タクシーとハイヤーが路上でにらみあう騒動が起きた。
米国発の配車アプリ大手「Uber」(ウーバー、中国名・優歩)が中国で営業を始めたのは、昨年2月。都市部を中心に普及が進み、タクシー運転手の収入は激減した。
「以前は月6千元(約11万円)は稼げたけど、今は4千元(約7万5千円)程度。このままじゃ、生活できなくなる」と高校生の子を持つ広州市のタクシー運転手(39)は嘆いた。広東省深圳市では、稼げなくなった運転手の「集団離職」が報じられた。
タクシー業界では、不公平な競争を強いられているという不満が強い。
タクシーに乗るには3年程度の運転経験が必要で、試験もある。勤務時間は固定され、売り上げの一定額は会社に納めなければならない。その額は地域や会社で異なるが、広州では月8千元(約15万円)前後だ。配車アプリのハイヤーにはそうした営業の条件がなく、多くが自家用車で参入。副業で働く人も少なくない。
「渋滞がひどい時間帯はもうからないから休む。それでも週に5千元(約9万円)は稼げるね」と話すのは、本業が社長付き運転手という広州市の男性(36)。空き時間を利用して営業している。シェアを伸ばしたいアプリ会社からの補助金で、客が払う料金の倍以上を得ることもあるという。
■背景には運賃水増し・乗車拒否
配車アプリの普及が進んだ背景には、既存のタクシーへの不満がある。中国のタクシーは客待ち、流しが中心だ。経済発展で需要は増えているのに、台数規制でタクシーが増えず、なかなかつかまらない状況が常態化していた。トラブルが起きた鄭州市では約20年間、約1万台のままだった。
行き先によって乗車拒否に遭ったり、距離をかせぐために遠回りされたりすることは日常茶飯事だ。空港や駅に並ぶタクシーがメーターを使わずに通常より高い料金を提示することも珍しくない。車が古くて汚い、運転手のマナーが悪いという声も多い。
だが、配車アプリは運転手と客の双方が納得して契約が成立するため、タクシーのように目の前で乗車拒否に遭うことはない。料金もアプリ上で事前に提示され、不当に高額な請求をされることがない。タクシーより安い大衆車から高級車まで客が自分で選べるため、少し高くても快適に移動したい富裕層に受けた。
「トヨタのカムリだとタクシーの3割増し。でも乗り心地がいいので週3、4回は乗る。車内もきれいだし、水やお手ふきをくれる車もある」と広州市の広告会社員(29)は話す。
シェア争いで配車アプリ間の競争は激化する一方だ。「滴滴快車」は全国12都市で5月末から週1回、15元(約280円)以内なら1日2回まで無料のキャンペーンを実施。初日の利用は中国全土で200万回を超えた。ウーバーも運転手に補助金を出し、契約車両を増やそうとしている。
■市民は歓迎、当局強く出られず
中国には以前から、日本の白タクに当たる無許可のタクシー「黒車」が存在し、空港や駅での違法な客引きが横行していた。自家用車を使った配車アプリのハイヤー営業について「黒車と同じだ」という批判がくすぶるが、明確に違法とする法規制はない。
中国メディアによると、北京、上海、広州市などの交通部門は「配車アプリを使った自家用車によるハイヤー営業は黒車と同じ」との認識を示し、一部で取り締まりを実施した。
ただ、市民の歓迎ぶりのため強く出られず、混乱に拍車をかける形になっている。アプリの全面禁止にまでは踏み込まない一方、ハイヤー側から反発を受け、取り締まり中だった当局の担当者が取り囲まれるといった事態が起きている。
4月には広州市で、5月には四川省成都市で、ウーバーの事務所が地元当局の調査を受けたものの、その後も営業は続いている。
アプリ会社側は、「運転手には一定の研修や保険契約を義務づけており、自家用車ではなく営業車とみるべきだ」などと反論。ただ、事故時の補償額がタクシーより低いなどの問題点も指摘されている。ウーバー上海地区の担当者は中国メディアの取材に、「価格は明朗で、車も高級。『黒車』ではない」と答えた。
混乱を受け、監督官庁の交通運輸省などは年内にも、配車アプリについてのルールを定める方針だ。(広州=延与光貞)
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《配車アプリ》 運転手側と客側がともにスマホに導入して使う。客がアプリ上で現在地と行き先、車種などを指定して近くで利用可能な車を探し、予約してハイヤーとして利用する仕組み。距離や所要時間を考慮して料金の目安が自動的に計算され、支払いには電子マネーやクレジットカードを使う。配車アプリを提供する会社は自前の車を持たず、契約した運転手と客を結びつけて手数料を稼ぐ。日本でも、大手のウーバーなどが本格参入している。
運営方法は国ごとの規制状況により異なるが、多くの国で既存のタクシーの客が減っている。今年は5月にメキシコ、6月にフランス、7月にブラジルで、ウーバーへの抗議として、タクシー運転手が道路を封鎖するなどした。
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朝日新聞国際報道部
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