【青木泰樹】国債買い取りの限界


From 青木泰樹@経済学者

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●月刊三橋最新号のテーマは、「農協改革」。
マスコミや国会議員も語ることができない「亡国」への道とは?

http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_sv2.php

もし、あなたが、子供や孫たちに安全で豊かな日本を引き継ぎたいなら、、、
この恐ろしい現実を知ってください。

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自縄自縛。
日銀の「量的・質的緩和政策」の手詰まり感が強まってきました。
「2年で2%のインフレ目標を達成することを日銀が強くコミットし、その達成まで量的・質的緩和を続ける」と黒田東彦日銀総裁は2013年4月に宣言し、年間60~70兆円のベースマネーの増加を図りました(うち国債は年額50兆円の買取り)。

さらに2014年10月には物価の低迷を受けて、追加の量的・質的緩和策として国債の買い取り額を年間80兆円に拡大し、ETF(上場投資信託)等の危険資産の購入量を増やしたことは周知のとおりです。
正にコミットメントを実行したのです。振り上げた拳を下ろしたのです。
おそらく黒田総裁は、この追加策でインフレ目標2%を達成できると踏んでいたのでしょうが、現実は黒田シナリオ通りにはなりませんでした。

現況はと言えば、二年半をかけた170~80兆円に上るベースマネーの増加策によって、日銀の保有する国債残高がついに300兆円を突破しました(8月31日時点で306兆円)。
本年6月末時点で普通国債の残高は784兆円、財投債等を加えた内国債の残高は888兆円でしたから、おそらく現時点での日銀の国債保有比率は3割を超えているでしょう。
もちろん、民間保有の国債が日銀へ移し替えられているのですから、世間にはびこる謂れなき国債問題の払拭のためにも、それ自体は好ましいことです。
リフレ政策による「意図せざる最大の効能」と言えるでしょう。
しかし、如何せんペースが速すぎるため弊害も生じてきています。

日銀の買取りペースは、現在のところ、新規の国債発行額(40兆円余り)の倍ですから、純額で毎年40兆円超の国債が民間から吸い上げられることになります。
しかし、民間金融機関にとって国債は担保用として一定水準を保有する必要がありますし、また運用手段としても必要でしょう。
マイナス金利といった異常事態が生じない程度の、適正規模の残高水準は民間に残しておかなくてはなりません。
日本における国債のマイナス金利の発生は、日銀の「買い過ぎ」に対する警鐘に他なりません。

しかし、新規発行額を今後一定と仮定して、このままのペースで買い続けると、あと2~3年で日銀保有の国債残高は全体の5割を超すことになるでしょう
問題は、年間80兆円の買取り水準を引き下げることが前述の日銀コミットメントによってできないことです。
2%のインフレ目標の達成まで、それも一回限りではなく少なくとも2~3年間に渡って物価上昇率が2%を上回らない限り、買取りペースを落とせません。
黒田総裁の公約ですから嘘は許されません(岩田規久男副総裁の約束とは違うのです)。

さて肝心の物価上昇率の方はどうでしょう。
日銀の目標とするコアCPIは、今年度に入っても前年同月比0%台前半で推移してきましたが、7月はとうとう0%になりました。
エネルギー価格を除くコアコアCPIの方はかろうじて+0.6%でしたから、「原油安に物価上昇の足が引っ張られた」という日銀の言い訳が成り立ちそうですが、そうとも言えません。

コアコアCPIの算出に用いられる品目の中にも、原材料や部品を輸入に頼るものが多いからです。
その場合、コアコアCPIにも円安による輸入価格上昇が反映されることになります(生産コストの上昇を通じて)。
総需要が拡大する過程で、実質賃金の上昇を伴いながらコアコアCPIが上昇することは好ましいのですが、「4~6月期の需給ギャップはマイナス1.7%(名目で9兆円の総需要不足)」という内閣府の公表数値を額面通りに受け止めれば、7月のコアコアCPIのプラスもコストプッシュの可能性が高いと言えましょう。
実質賃金も低迷したままですから、食品や日用品の値上げは勤労者の懐を直撃しているのです。

それでも黒田総裁は強気姿勢を崩しません。自信満々です。
その理由を、最近の黒田総裁の講演資料8月26日ジャパンソサイティNY、および6月28日のBIS年次総会冒頭発言)を参考に考えたいと思います。
(資料1) http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2015/ko150827a.htm/
(資料2) http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2015/ko150629a.htm/

黒田総裁は、バーナンキ前FRB議長の「量的緩和の問題点は、現実には効果が認められるが、理論的には効果が説明できないことである」との言葉を引用しつつ、「もっとも日本に関する限り、量的・質的金融緩和は、理論的に効果を説明でき、現実にも効果を認めることができる政策であったと評価されると考えています」と述べています(資料1)。
バーナンキに比べ、黒田総裁の自信がうかがわれます。
しかし、私は理論の現実適応力の限界を認めているバーナンキの謙虚な姿勢に軍配が上がると思います。
言うまでもなく、現実経済には既存の経済理論で論理的に説明できる現象もあれば、そうでないものもあり、それらが混在しているのです。
既存の経済論理で説明不可能なことを無理やり説明しようとすると何らかの齟齬が生じます。

その具体例を黒田総裁の「量的・質的緩和のメカニズム」の説明から探ってみましょう。
彼は量的・質的緩和の主たる効果として「金利の引下げ(イールドカーブの押し下げ)効果」、「ポートフォリオ・リバランス(資産選択の再構成)効果」、および「人々の期待を抜本的に変える(期待インフレ率を引き上げる)効果」の三つを挙げています。
しかし、もう一つ隠された効果にして現実的には最大の効果があります。
それは円安効果です。
ただし、中銀の総裁として金融政策で為替操作を狙っているとは決して口に出せませんので黙っているのです。

さて、日銀が国債を大量に買えば金利低下は必然です。
そのプロセスを通じて民間金融機関に大量の現金を渡せば、各金融機関が資産構成を変えるのも自明ですし、TFTの大量買いが株価を押し上げるのも当たり前です。
その辺までは経済理論でわかるのですが、後の二つの効果が説明できないのです。
特に、「量的緩和によってなぜ人々はインフレ期待を抱くのか」の説明を欠いているのです(量的緩和によって大幅な円安になったことを経済理論で説明できないことは別の機会に譲ります)。

新貨幣数量説(マネタリズム)に基づけば説明できるではないかと思われるかもしれませんが、それを持ち出せないことを黒田総裁は薄々気付いています。
数量説的な説明では論理矛盾が露わになってしまうからです。
量的緩和はベースマネーを民間金融機関(民間金融部門)に渡す政策であって、民間非金融部門の保有するマネーストックを直接増やしているわけではありません。
実体経済(民間非金融部門)に直接カネを渡しているわけではないのです。
カネが実体経済の各主体に財やサービスの購入資金として、すなわち所得として渡らなければ物価は上がりようがないのです。
民間金融機関が超過準備として日銀当座預金に積み上げたベースマネーを「ブタ積み」と一般に言いますが、この現象(金融機関の行動)を既存の経済理論では説明できないのです(ちなみに私の提唱する動態的貨幣理論では説明できますが、ここでは触れません)。

そこで黒田総裁は、「インフレは究極的には貨幣現象である、ということは広く認識されていますので、巨額の通貨供給を行うことは、中央銀行のデフレ克服に向けたコミットメントを表す強いシグナルとなることでしょう」と述べています(資料2)。
何のことはない。
人々が数量説に基づいて量的緩和を捉える、すなわち量的緩和を実体経済へのカネの注入と誤解するはずだから効果があると言っているようなものです。
これは政策効果に関する論理的な説明とは言えませんね。

それゆえ期待を抜本的に変化させるための補足の理屈が必要になるのです。
それが強力なコミットメントということです。
日銀が言うのだからそうなるのだと。日銀を信じるのだと。みんなが信じれば、それは実現するのだと言っているのです。
この説明が論理的か否かは読者のご判断に委ねましょう。

冒頭の量的・質的緩和策の手詰まり感とは、正にこのコミットメントに日銀が縛り付けられているという意味で
現在は、目標の達成時期を一年ほど後づれさせ時間稼ぎをしているところです。
一応、黒田総裁は追加緩和について含みを残しておりますが、これ以上の量的緩和は難しいでしょうから、残された選択肢は質的緩和の多少の拡充程度しかないと思われます(確かにそれは株価対策にはなるでしょう)。

リフレ政策の二つの手段、すなわちマネタリーベースの拡大による「量の持つシグナル効果」と、日銀のコミットメントによる「人々のインフレ期待の上昇」のうち、量の方は限界に達したと言えましょう。
現行水準の量的緩和が精一杯とすれば、黒田総裁のできることは強力なコミットメントを発し続けることだけです。
しかし自信たっぷりの発言だけでは無理があります。

誰もが分かることですが、黒田総裁の目指す2016年度前半はおろか後半にずれ込んでも2%インフレ目標に到達しない場合にコミットメント戦略は頓挫してしまうのです。
この場合、「コミットメントを実現するための断固たる行動」、すなわち追加の量的緩和策をしなければならないのですが、それが出来ないのです。
さすがに国債を年間90兆円も、100兆円も買うわけにいかないでしょう。
国債市場が干上がってしまうからです。

量的・質的緩和の限界が明らかな以上、政府は国土強靭化のための持続的な財政出動も同時に推進すべきでしょう。
「政府が(建設国債を)売り、日銀が買う」ことによって、実体経済も成長し、国債市場もバランスがとれるのです。

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