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最善の智慧を出し合うことが同心円であり、どちらか一方通行では上下関係です。創価学会は対話を重視する宗教団体であり、同じ目線であってこそ同志というものです。もちろん最終的な決定権は、上位役職者が有していますが、人間主義の組織においては、「納得」が大事になります。
広布と人生を語る一巻より
「全員が広宣流布のために、ほんとうに納得し、調和することを『異体同心』という。」
権力とは「決定権」を指します。そういう意味において、役職には権力が伴います。幹部には組織上の決定権があり、誤った判断をしたのなら会員が苦しむことになります。また、権力は魔性ですから、自分が偉くなったと錯覚し、傲慢になっていく人間もいます。これは恐ろしく、役職が高ければ高いほど、増上慢という魔との闘争になります。幹部に対して厳しい指導があるのは、まさに道を踏み外さないためであり、「役職の危険性」を自覚することが創価学会幹部入門編といったところです。
組織の機構上、上意下達になりがちですが、その体制をただちに変えることはできないでしょう。なぜなら日本は元々官僚国家ですから、そういう組織体系が染みついています。だからといってそれに甘んじていても何の成長も発展もありません。創価学会で何を学ぶのか。それは「気配り」であり人の振る舞いでしょう。厳しく言うのであれば、気配りができないこと自体が傲慢であり、ましてや自由や思考を縛り、「幹部の言う通りにすればいい」などと思っていたとしたら、そこからは創造的人間や全体人間は輩出することはできません。
今の創価学会に、「本当の納得」を生み出す土壌があるのか。そこが問われています。まだまだパワープレイが横行し、異体同心の団結を妨げる土壌となっているように思います。決定権のある幹部の、話を聴く姿勢なくして、団結などありえないのです。それでも何とか団結していこうという健気な信心の学会員も多くいますが、その思いに応えることができない幹部は失格といったところでしょう。
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