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「愚考」と「身体感覚」のアバランス現象

 投稿者:アルベアメール  投稿日:2015年 9月10日(木)10時07分4秒
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  「愚考」と「身体感覚」のアバランス現象

明治大学の憲法学者青柳幸一氏の不祥事について読売新聞は「倫理観の欠如が招いた」と社説で

能書きを述べている。愚考である。

学者の世界は、常に「思い込み」と「信じ込み」の世界という「愚考」で生息しているのだ。身

体感覚による体感・体験が希薄だから「教え子」に性的エネルギーが向いてしまうのだ。「倫理

観」ということも思考による「思い込み」である。汚職・腐敗等は「思い込み」「信じ込み」で

はない「金が欲しい」という欲望であり身体感覚による反応である。自己コントルールが効かな

い。嗜癖行動として定着化しているのだ。学校の先生・お巡りさん・公務員・医師等の不祥事に

は、このような歪みが内在されているのだ。当然、彼らだけではなく、我々も含めてのことであ

る。たまたま不祥事にならないだけの人間がいるということだ。

理屈が通らない、道理が通らない、おかしい、変だ、事象の全ては「愚考」ゆえの現象である。

その背景に身体感覚の抑圧、欠如が厳然として在るのである。創価の腐敗、不祥事も同様なメカ

ニズムにより起きているのだ。そして人がいる以上、不祥事は無くならないのだ。

軽減税率の財務省の発表時の麻生の「めんどうだから」と、ここに日本人の愚考文化が象徴され

ている。今の人々の抱える「めんどうだから」が世界中を空気のように覆っている。

身体感覚の抑圧・欠如がもたらせている現象なののだ。

「依正不二」ゆえに人心も自然環境も「病んで」いるのだ。鎌倉時代の様相が写しだされている

のだ。時空を超えた世界が同時に今、進行しているのだ。「愚考」からの離脱、シフトは「身体

感覚」の活性化であり、身体感覚を「体現する事」なのだ。

「信心」とは「思い込み」「信じ込み」ではなく、「身体感覚」の「体現」でなければ、世俗化

した信仰者となるだけである。そして創価学会という教団は、既に世俗化した教団となっている

のである。ここが「わからない」と組織や幹部に期待し依存するだけの「思い込み」「信じ込

み」の「会員集団」としての働き作用となるだけである。

信仰、信心は、どこまでも自分自身の事なのだ。組織・幹部は宗教法人としての役割・行動なの

だ。

「思い込み」「信じ込み」という「愚考」と「身体感覚」の歪みの現象が起きているのである。

 
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