未来へ残すべき人類にとっての宝物。
九州から来年世界遺産を目指しているのが…
でも世界遺産というには小さくて素朴すぎる感じもしますが…
しかし教会に秘められた歴史を知れば命を懸けて信じるものを守りぬいた九州人たちのひたむきな思いが見えてくるのです
今夜あなたも世界遺産候補の魅力が分かるはず
始まります!
さあ「世界遺産への道」第2弾。
今回は来年夏に登録が期待されている「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」です。
取材に当たった世界遺産ハンター武藤キャスターです。
よろしくお願いします。
世界遺産ハンター武藤です。
ムトゥです。
よろしくお願いいたします。
(ゴリ)明るい!今回も世界遺産という事でまずは皆さんちょっと上をご覧下さい。
世界遺産これは現在登録されている世界遺産の数々なんですよね。
その数1,000資産以上あるんですけれどもその中には教会であったり修道院も数多く含まれているんです。
例えばこちら。
バチカンのサンピエトロ大聖堂。
これですねそもそもは4世紀に建てられたものが原型になって今の形になったのがおよそ400年以上前と。
重機とかもない時代にあれだけの巨大なものを人の手で造ったのがすごいよね。
そういったすごい教会たちと共に今回名を連ねようとしているのが我らが九州の「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」です。
どうですか?これ14の資産が集まって。
教会だけじゃないんですね。
そうなんですよ。
島であったり城跡なんかもあるんですけれど。
先にサンピエトロ寺院見せられたんでちっちゃ!ちっちゃい?
(川田)地味!地味な感じが。
地味とかおっしゃってますね。
先に派手なの見させられたからな。
そうでしょうそうでしょう。
でも歴史をひもといていくとこれですねこの見え方ガラッと変わりますんで。
そうなんですよ。
大浦天主堂も出てまいります。
この鍵となる歴史ですね。
教えて頂く方こちら。
この方です。
先生!はい金谷俊一郎です。
今週も来ました。
よろしくお願いします。
(一同)よろしくお願いします。
なぜね今これらの遺産これが世界遺産に登録されようとしているのかっていうのは歴史を分かれば分かるんですね。
実はこのキリスト教の歴史のキーワードというのが3つございます。
こちらでございます。
まずは布教と繁栄。
次は禁教と弾圧。
そして最後復活。
この3つで世界遺産の魅力というのが見えてくるわけなんです。
さあそれではまず最初の布教と繁栄からなんですけどもこちらをご覧下さい。
はいゴリさんこのシルエット誰だと思います?あの…もうちょっとヒントもらっていいですか?こんなに見せないもんですか?
(金谷)ヒントいきましょうか。
モザイクじゃなくて真っ黒ですよこれ。
人かどうかも分からないです。
寺院じゃないんですか?これ。
(金谷)これはですねじゃあヒント出します。
日本人じゃないです。
いや分かんないですって。
何ですか?これ。
(金谷)外国の人です。
山の上に木が1本だけ生えてるようにしか見えない。
(金谷)これ人です。
人です。
じゃあもう正解見せます。
正解はこちらでございます。
あ〜!
(金谷)1549年に日本にやって来て九州からキリスト教を広めた人物なんですね。
(川田)でもちょっといいですか?突然布教しようと思ってもみんなすぐ受け入れないじゃないですか?
(金谷)そうなんですよ。
実はそう思うかもしれませんけど日本のキリスト教すごく瞬く間に広まっていく。
その背景には戦国大名たちの下心があったわけです。
下心?はい下心というのはこちらでございます。
これは何の絵かといいますと南蛮貿易を表す絵なんです。
実はポルトガルとかそういうヨーロッパの人たちはこの貿易貿易でもうけさせてあげるからだからキリスト教やろうよ。
そういう事を引き換えにキリスト教を広めていく。
(一同)へえ〜。
でもこんな衣装で髪形も全然目の色も違う人たちが来たら最初やっぱ怖かったでしょうね。
(金谷)怖かったですけどでもその人たちの持ってるものがすごく魅力的なものが多かったわけです。
ちなみにどういうものかというとこういうものですね。
絹織物とかいろいろございますけどもそれ以外にも珍しいものはい。
(川田)虎・くじゃくは生きてる虎・くじゃくですか?
(金谷)これは剥製もありますし一部生きてるものもあったと言われております。
欲をくすぐったんですね。
(金谷)そうです。
こういうような品々でいわゆる大もうけできる。
それから先進の情報が入るという事で大名は南蛮貿易を盛んにやっていくわけなんです。
その中で広まっていく。
そういうきらびやかだったり華やかな世界に魅了されて布教が広まっていったという事なんですね。
今回はその南蛮貿易で繁栄した場所に武藤さんが。
そうなんです。
布教と繁栄の象徴となる遺産が残る長崎県の南島原に行ってきました。
雲仙の麓に広がる…
伝来したキリスト教がいち早く広まった場所です
末永さんでいらっしゃいますか?こんにちは。
こんにちは!はじめまして武藤と申します。
末永と申します。
地元の歴史研究会の末永さんが早速世界遺産候補を案内してくれました
末永さんもうすぐですか?実はですねすぐ右手になります。
えっこれが世界遺産に?
え〜っと…。
武藤さんの実家の裏山と一緒にされたら困ります。
これが南島原の繁栄の中心となった…
その歴史を物語る貴重なものが見られると末永さんが連れていってくれたのは…
あ〜!あっあっあっ!中にちゃんと石の階段が!
一見何の変哲もない石段ですがよ〜く見ると大きな秘密がありました
墓石?はい。
…を使ってあります。
一番左の下から5段目。
階段に描かれている文字。
それは五輪塔など墓石に記されている「梵字」です。
この城のあるじ有馬晴信はキリスト教を受け入れキリシタン大名となりました
そして仏教徒だった民衆を一斉にキリシタンに改宗しその信徒たちの墓石で階段をつくったと考えられています
…というのが大きな背景の一つにあります。
南蛮貿易で繁栄を極めた城跡からは金箔をあしらった瓦なども出土しています。
当時この城を訪れたポルトガル人の言葉です
当時の最先端の文化が城下町にもあふれていたといいます
この黒いのも…。
そうですね。
有馬の…南島原市に…
「セミナリヨ」とは子供たちの学校。
英語の「セミナー」の語源になったポルトガル語です。
日本で最初に開かれたセミナリヨで学んだ子供たちが教科書でもおなじみのあの「天正遣欧少年使節」です。
セミナリヨで学んだあとヨーロッパに向かい当時のローマ法王に謁見しました
天正遣欧少年使節聞いた事あります。
ちょっと待って下さい!あれ?まさに今話に出てた…
(末永)そうです。
有馬歴史研究会では毎年夏に史実に基づいた本格的なセミナリヨを再現しています。
そしてこのセミナリヨで学んだ子供たちが今年驚きのニュースをもたらしました
(末永)南島原市の中学生です。
派遣をしたというのはえっどこに派遣されたの?えっ今何て言った?
実に430年ぶりとなる日本からの使節をローマ法王は大歓迎。
それに対して子供たちは法王にあるお願いを書いた手紙をちゃっかり渡してきたんだそうです
どういった手紙を?実際に法王に会ってみてどうだった?どっちの手で握手したの?右手で。
え〜えっ!ちょっと教えてよ!ローマ法王の手って…。
シワシワって…。
更に当時の南島原の繁栄を再現したものがあるというのですが…
すごいもの?開けますね。
失礼します。
…あっ!
待ち受けていたのは怪しげな方々。
一体誰ですか?
イタリアの宣教師の方。
こういったイメージだと思います400年前は。
歴史研究会ではこうした南蛮人の衣装も研究して再現しています。
ちなみに皆さんご職業は中学校の英語の先生だそうです
(歌声)
この歌は400年以上前この城下町で歌われていたという聖歌です
10年ほど前から町の子供たちで歌い継いでいます
これ何語なの?ラテン語?ええっ?覚えた。
聖歌ってラテン語なんですか?
イベントなどを通じて南蛮文化にじかに触れてもらう活動をしてきた歴史研究会。
世界遺産登録されれば地域の魅力を更に発信する大きな力になると期待が高まっています
そして更なる南蛮文化の再現がこちら。
当時存在していた材料と調理方法を調べ上げ…
ガレッジと金谷先生味の感想お願いしま〜す!
という事でスタジオに南蛮料理ご用意いたしました。
すご〜い!すごい!作って下さった方今日はすてきなお衣装で。
南島原・有馬歴史研究会の門池修さんです。
門池さん今日はどうもありがとうございます。
(一同)ありがとうございます。
その当時の料理ですよね?そうなんですよ。
再現して下さって。
早速皆さんよかったら召し上がって。
(一同)いただきます。
どれぐらい前の料理方法?400年前。
400年前!味付けもじゃあ。
味付けも。
400年前は多分これぐらいの味付けを食べてたと。
これは…お肉?牛肉です。
いただきます。
おいしい!非常に薄味です。
ほんとに…あれこれ何かかかってます?
(門池)彼らはスパイスを求めて来た分がありますので東南アジアのスパイスを使っております。
すごい塩とかこしょうがピリッとくるわけじゃなくて何かだしにつけて煮込んだような感じの味付けですね。
優しい甘さはあります。
やっぱり脂肪分多いから酢をたくさん使う。
ワインビネガーを使ってつけ込んでます。
(川田)ごはんもちょっと薄味な感じが。
全体的には本当は…ほとんど塩漬けの肉とかそういうのを食ってるから陸にあがった時は軽いものがいいかなと考えてますよね。
(金谷)りんごも甘いですね。
(門池)お砂糖は貴重品だった。
そうですよね当時は。
(門池)砂糖を使ってます。
400年前もグルメなんですね皆さん。
(門池)手に入らないものを欲しがる時代ですから。
だからやっぱりキリシタン大名たちもきらびやかなものだったりこういうおいしいものというのが来るとやっぱりどんどん欲も出てくるから貿易しようってなりますよね。
という事で門池先生どうもありがとうございました。
(一同)ありがとうございました。
(チャイム)はいはいはい。
それじゃあ皆さん戻りまして授業を続けますよ。
お願いしま〜す!さあ先ほどまで繁栄の姿を見てきたわけですけどもここで大変な事が起こるんです。
それが次江戸時代。
禁教と弾圧でございます。
本格的にそれが厳しくなるのは江戸時代からでこの最初の将軍徳川家康これが全国に禁教令キリシタン禁止の命令を出していくわけなんですね。
先生でも何でわざわざ禁教令というのを出したんですか?実はキリスト教の精神というのが神の下に人は平等であるという考えでこれはやっぱり江戸幕府を長続きさせるうえであまりよくないんじゃないかという事で厳しく禁止をしたと言われてるわけです。
そういう事か。
そして更にこちらの方ご覧頂きたいと思います。
はいゴリさんこれ何でしょう?はい?遠い…何か石ですか?鉄ですか?何か彫られてますね人が。
あっイエス・キリストですか?
(金谷)そうですそうです。
実はこれは踏み絵といいましてこれを踏ませる事によってキリシタンでない事を証明させるというものなんですけどもこの踏み絵だけではなくさまざまな事が行われるわけです。
例えばこちらの絵。
これ雲仙での様子なんですけどちょっとこの辺り大きくして頂けますか?はいこれは雲仙のお湯を使ってこれ拷問。
いや〜!
(金谷)キリシタンをやめろやめろやめろという事で拷問を続けるわけです。
熱い!ちょっとえぐい絵ですねこれ。
(金谷)こういうような事を受けたので人々は我慢ができなくなってとうとう1637年こちらあの有名な島原の乱。
我慢しきれなかった人々がこれを暴れるわけでございます。
天草四郎とかが出てきますよね。
(金谷)そうです。
これが起こった背景にはそういう事があったわけなんです。
しかしこれも幕府によって弾圧される。
潰されてしまう。
そして更にその7年後1644年には実はこの地域にいた最後の神父が亡くなってしまい幕末までキリシタンは隠れて信仰を続ける事になったわけなんですね。
それがいわゆる「カクレキリシタン」という事なんですね。
という事で今回そのカクレキリシタンの事を武藤さんが取材したんですよね。
そうなんです。
カクレキリシタン皆さん聞いた事ありますよね?
(一同)はい。
実は現在もその信仰を守り続けているカクレキリシタンの方がいらっしゃる事ご存じですか?今も!?もう出てきていいじゃないですか。
今もいらっしゃるんです。
という事で私カクレキリシタンの方に会いに長崎県の平戸に行ってまいりました。
カクレキリシタンとは一体どのようなものなのか
長崎県平戸の生月島ではカクレキリシタンの方々が今も信仰を守っています
あ〜立派なおうち。
こんにちは。
川崎さんでいらっしゃいますか?よろしくお願いいたします。
この地区のカクレキリシタン信徒のまとめ役をしています
失礼いたします。
わっわっ…。
真ん中は?こちらは?これがカクレキリシタンのマリアさまですか。
(川崎)はい。
着物を着た女性が子供を抱く姿を描いた掛け軸…
マリアとイエス・キリストが描かれたものと考えられカクレキリシタンのご神体とされています
この島のカクレキリシタンたちは教会には行かず神父もいないまま独自の信仰を貫いてきました
そうなんですか?ええ。
はいよろしくお願いいたします。
川崎さんは毎日朝夕2回ほとんど欠かす事なく祈りをささげてきました
(祈る声)
この祈りの言葉はもともとはラテン語で地元では「オラショ」と呼ばれています
長いものでは40分にも及ぶ祈りの言葉も書き残せば身の危険につながると代々口伝えで残されてきました
いや〜ちょっと私がイメージしていたものとはちょっと違ったんですけれども。
どちらかというと「般若心経」みたいな感じの。
そうですよね。
そうなんですね。
カクレキリシタンは地区の住人同士で小さな信仰組織をつくり集団で儀式を執り行う事を代々の習わしとしてきました。
御前様を祭るのはまとめ役の家
祖父や父が熱心に祈る姿を幼い頃から見てきた川崎さん。
信仰を続けるのは先祖への思いだと言います
こうしたカクレキリシタンたちの聖地が今回世界遺産候補になっています
生月島から3キロにある小さな無人島中江ノ島
信仰を捨てる事を拒んだヨハネ次郎衛門は「ここから天国はそう遠くない」と言い残したといいます。
キリシタンのなきがらはそのまま海に捨てられました。
信徒たちはこの島を聖地とあがめ岩の間から染み出る水を聖なる水として大切にしてきました
この近くにもう一つの世界遺産候補があります。
安満岳です
江戸時代潜伏したキリシタンたちが信仰したと言われる山です
その安満岳である巡礼ツアーが行われました
企画者の一人元カクレキリシタンの谷山久己さん
毎年多くの人が島を去る中後継ぎ不足に直面しカクレキリシタンの信仰組織を解散せざるをえなかった谷山さん
20人ほどの一般の人たちに向けてかつて行ってきたカクレキリシタンの儀式を公開する事にしました
谷山さんたちはオラショを披露しました
(オラショを唱える声)
谷山さんたちがこうしたツアーを行ったのは先祖に対するある思いからでした
案内してくれたのは組織を解散した元信徒たちで10年ほど前に建てたという小さなお堂です
石碑の隣…あれがうちの方で大きい方が隣の地区のお堂なんですね。
あっ!これは…。
お堂にはまとめ役の家に祭るべき御前様がしまい込まれていました。
先祖から脈々と受け継がれてきた信仰が今途絶えようとしています
うわ〜きれい!全くイメージと違いましたね。
もう何か違うものになってますよねキリスト教とは。
独自の信仰なんですね。
どうでしたか?武藤さん行ってみて。
自分がイメージしていたものとは全く違うものだったんですけどもおじいさんだったりお父さんが受け継いできたものを守っていきたい先祖を思う気持ちそこに意味があるんだなという気がしました。
キリスト教を信じるというよりも先祖崇拝に近いというか先祖の思いを無駄にしたくないというそういうバトンタッチをずっとしてきたような450年の感じがしましたね。
その弾圧を受けて潜伏したあとどういった歴史をたどっていったんですか?その後。
江戸時代ずっと潜伏を続けていたカクレキリシタンの人たちに一筋の光が見えてくるわけなんです。
それがこちら。
1854年の開国でございます。
ヨーロッパの人たちが来ます。
ああこれでキリスト教OKになるかなと思うとなりません。
ならないんです。
そしてそのあと江戸幕府は間もなく滅び明治の時代を迎えます。
さすがに明治になると…と思ったんですが明治政府も引き続きキリシタン禁制を出して禁止していく。
この時代に最後の厳しい弾圧が行われてしまうんですよね。
厳しい弾圧の中で皆さん何とか信仰を守りぬこうという事でちょっとこちらをご覧頂きたいんですよね。
これ天草のカクレキリシタンの方のおうちにあった柱の一部なんですけれどもこの中にですね…これ信仰の対象のメダルが入っているんです。
外からは見えない形で守っていたという事なんですけれども。
信仰の対象だけではなくて自分たちも見つからないようにするために皆さん移住したりするようになるんですよね。
こちらご覧頂きたいんですけれども例えば長崎のカクレキリシタンの皆さんは離島であるこの五島列島に移住していく。
より離れていって隠れていく。
見つからないようにですね。
見つからないようにどういうふうな形をとっていたのか象徴的な場所に私今回行ってきたんですよね。
こちらなんですね。
船でしか行けない場所なんですけれども五島のある島なんですけれどもここなんですよね。
外からはあまり見えないんですが洞窟に中になっているんです。
キリシタン洞窟と呼ばれている場所なんですけれどもここにですね明治の初めごろ3家族12人がおよそ4か月間この洞窟の中で生活をしていたんです。
実際私行ったんですけどもう人が住めるような場所ではないんですよね。
自分たちの便利な生活を優先するよりも信仰の方を優先するわけですね。
そうなんです。
まず見つからずに信仰を貫くというですね。
この4か月つらいなあ。
でも結局この方々も朝食の薪で起きた煙ですねそれが漁船に見つかって捕らえられて厳しい拷問にあう事になるんですよね。
ここまでしたのに…。
そうなんです。
でもここまでして信仰を皆さん貫くというですね。
先生いつじゃあ復活が起きるんですか?実は開国と同時に外国人宣教師がたくさんやって来ます。
それで最初に建てられますのがこちら大浦天主堂でございます。
ここで誰もが想像しなかった奇跡の復活が起こるのです。
奇跡の復活を祝う150年の記念行事が行われたので私行ってまいりました。
さあオランダ坂いつも観光客でにぎわっているこの場所なんですけど…すごい人ですね。
たくさんの人がお見えになっています。
この日は3,000人近いキリスト教徒が全国からやって来るという特別な日でした
(歌声)
「宗教上の奇跡」と言われるその出来事はちょうど150年前の3月17日この大浦天主堂で起きました
それはまだキリスト教が禁じられていた江戸末期。
居留する外国人のために長崎に建てられた大浦天主堂。
神父プチジャンに日本人の女性たちが近づきこう言ったと伝えられています
信仰を守りぬいた信徒がいた事に世界は驚きました
この奇跡の舞台となった大浦天主堂はもちろん世界遺産候補となっています
その後時代が変わり信仰の自由が認められると信徒たちは各地に教会を建てていきました。
長崎から船で1時間半世界遺産候補の教会が五島列島にもあると聞き訪ねました
おっ!
地元のバス会社が運営する巡礼ツアーです
五島の教会は島に点在するので船で向かいます
今から久賀島まで行くんですけども大体20分ぐらいで着きます。
案内をしてくれるのは五島出身のキリスト教徒の方です。
五島には4か所の世界遺産の候補があります
最初に見えてきたのは…
大浦天主堂に次いで明治に造られた木造の教会…
一見瓦屋根の単なる民家にも見えるんですが…
失礼しま〜す。
すごい…。
また立ち直った。
(平山)こういう教会を建てて表していったという事ですね。
分かります?あそこ。
鹿ですか?あっほんとだ。
鹿がたくさんいますね。
うわ〜!関係者の方でらっしゃいますか?ハハッ。
あっあの建物?何かれんが造りの。
瓦屋根が…あっ…それぞれ違うんですよ。
世界にある教会よりはもう地味ですけれども見た感じ。
でもやっぱりもうみんなが思いで守ってきたつないできたっていうこの信仰の思いに世界遺産という登録をあげたいです。
もうそれこそやっぱり世界の奇跡なんですよ。
250年も守りぬいたって。
それを我々が知る事がやっぱり世界遺産認定につながってくると思うのでそういうのを知っていこうという事ですよね。
もう皆さん行きたくなりますけど。
で教会はあくまで祈りの場ですので是非ルールを守って大声を出さないとかですねルールを守って行って頂きたいなというふうに思います。
ちょっと今回最初オープニングは地味だねなんて言ってたけど内容知れてよかったな!歴史を見ていくとガラリと変わりますね。
すごい。
あの五島列島にあんなに教会があるっていう事僕知らなかったんで。
それぞれ違いますので。
今回金谷先生武藤キャスターありがとうございました。
(一同)ありがとうございました。
世界遺産登録ほんと我々祈ってますよ。
頑張りましょう。
決まるか決まらないかが?来年の夏ですね。
来年の夏ですか。
是非ともみんなで祈りましょう!2015/09/09(水) 15:15〜16:00
NHK総合1・神戸
ろーかる直送便 きん☆すた▽世界遺産への道“長崎の教会群とキリスト教関連遺産”[字]
シリーズ「世界遺産への道」。第2回は「長崎の教会群とキリスト教遺産」。来年、世界遺産登録をめざす歴史的な遺産の数々、その魅力と奥深さを楽しく分かりやすく伝える。
詳細情報
番組内容
16世紀のキリスト教の伝来から、信仰を禁じられた厳しい時代をくぐり抜け、独自に発展してきた長崎・熊本のカクレキリシタン文化。人々の思いが積み重なってきた歴史をやさしく解説し、今も残る歴史遺産を訪ねて旅する。「信徒発見」からちょうど150年の記念日に行われた大浦天主堂のミサ、五島列島の教会群など、驚きの歴史と文化の情報から楽しい観光情報まで、その魅力と奥深さを伝える。
出演者
【ゲスト】金谷俊一郎,【司会】ガレッジセール,雨宮萌果,【出演】有馬歴史研究会…門池修,武藤麻美
ジャンル :
バラエティ – 旅バラエティ
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
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