73年前に撮影されたある一家の写真。
太平洋戦争の混乱の中一夜にして家族は命を落とします。
生き残ったのはただ一人。
9歳の少年でした。
少年が体験した戦争。
それは140人以上が命を絶った旧満州での集団自決でした。
親も兄弟も息絶える中ある偶然が9歳の少年を救いました。
(取材者)これ満州へ行った時の…?あの日の出来事から70年。
一人向き合い続けてきた家族の記録です。
花輪拳さん79歳。
10代で勤めたパン工場で今も働いています。
一日8時間。
仕事をしている間はあの日の事を忘れていられます。
昭和17年。
拳さんは暮らしていた旧豊村から開拓団として中国東北部の旧満州へ移住しました。
移住した165人に与えられたのは現地の農家が受け継いでいたという肥沃な大地。
大豆やトマト大根などが驚くほど育ちました。
拳さんは当時6歳。
兄弟6人と共に一家で開拓団に参加しました。
養蚕農家の父豊作は家族のため移住を決めました。
平和な暮らしが一変したのは3年後の昭和20年。
ソ連軍が満州に侵攻し戦況は悪化。
そして日本が敗戦。
その日から拳さんが暮らす分村は危険にさらされるようになりました。
侵略を受けてきた現地の人々が銃を手に村を襲撃。
その数は村民の倍近い300人に及びました。
そして2日目の夜。
追い詰められた村の本部から連絡が入ります。
これから村民全員で集まり集団自決するという知らせでした。
村外れに暮らしていた拳さん一家。
急ぐ父に連れられ本部へ向かいます。
なぜこんな夜更けに集まるのか。
目的も知らぬまま歩いていた拳さん。
背後にふと気配を感じます。
拳さん一家が夜道を急ぐ頃本部には既に140人ほどが集まり異様な空気が流れていました。
線香がたかれ酒をあおる大人。
「日本人らしく潔く死にましょう」。
部屋に積まれた木箱には200本のダイナマイトが入っていました。
拳さんたちが本部にあと1キロまで近づいた深夜0時ごろ。
大きな音を耳にしました。
村外れに暮らしていたため命を長らえた拳さん。
しかしその数時間後の出来事に70年近くうなされる事になります。
目を閉じれば浮かぶ頭に当てられた銃口。
本部の爆発を知った父は近くの学校に家族を連れていきました。
幼い子どもたちのためここで夜を明かしてから集落へ帰ろうと決めたのです。
教室の片隅で体を寄せ合い眠りについた直後でした。
(窓ガラスが割れる音)一家に緊張が走ります。
校舎は銃を持った現地の人々に囲まれました。
逃げ道はなく隠れる場所もありません。
そして父がつぶやきました。
父は子どもたちの頭を優しくなで始めます。
そして持っていた銃を向けました。
(銃声)敵に殺されるくらいなら自分の手で。
家族の自決を決めたのでした。
父は最愛の子どもたちを順に手にかけていきます。
兄姉そして妹。
最後に父の大きな手が拳さんの頭をなでました。
しかし…。
弾は出ませんでした。
その後混乱する記憶の中目を開けると父はこめかみを撃たれ息絶えていました。
弾切れという偶然で一人だけ生き残った自分。
その意味を教えてくれる人はどこにもいませんでした。
帰国後祖母のもとで育った拳さん。
あの夜の出来事に気持ちの整理がつかぬまま暮らしてきました。
(取材者)これはみんなお子さんとか?あの時銃弾が放たれていれば生まれてこなかった命。
死んだ父や兄弟はあの無念を知られたくないのでは…。
妻にさえ事実を話しませんでした。
しかし子や孫に囲まれ70年近くたった頃拳さんは答えにたどりつきます。
拳さんは4年前平和を願う講演会などで体験を語り始めました。
あの悲惨な戦争を二度と起こさないよう自分の体験を多くの人々に伝えていく役目が私にはあると思います。
本当にありがとうございました。
どんなにつらい記憶でもそこに家族がいます。
拳さんの一族の墓には父や兄弟の遺骨は納められていません。
遺骨は今も旧満州のどこかに眠っています。
目に見える家族の証しの代わりに拳さんは語り続けます。
あの夜の小さな偶然と生き続けてきた70年です。
(笛の音)週末の昼下がり公園に笛の音が響きます。
ちょっと遅くなってごめんね。
今日ね。
おじさん忙しいからちょっと遅くなっちゃった。
2つ目の物語は山梨最後の紙芝居師。
この道50年の小倉功さんです。
はい続いて「はてなんでしょう」。
レパートリーは500。
お話だけでなく手作りのクイズも披露します。
(小倉)武田信玄じゃないぞ。
答えは伊藤博文。
そのくらいの事は紙芝居見て勉強しろ。
子どもたちの笑顔に人生をささげてきた小倉さん。
今年新たな試みに挑みます。
5月あるイベントまで1週間。
打ち合わせているのは老人ホーム。
戦後70年目の今年初めてお年寄りを相手に紙芝居を披露します。
この今の平和があるのは今いる70代80代90代のお年寄りが頑張ってきたから今の平和があるんだから。
小倉さんの活動拠点は自宅のプレハブ小屋。
800を超える作品を保管しています。
今回のイベントに合わせこれまで一度も使った事のない昭和30年ごろの作品を2つ選びました。
昔ね…「黄金バット」によく似た仮面かぶってるけど山梨県ではとても人気があった。
少年イチローと悪の科学組織との戦いを描く「ロボットゼンマ」。
妹ユキコなど家族が狙われる大ピンチを怪人ゼンマが必殺レーザー光線銃で救うSFです。
もう一つは「竜の卵」。
江戸の町で顔に謎のぶつぶつが出来る病がまん延。
この奇病をはやらせ効かない祈とうで荒稼ぎする悪徳祈とう師に若侍が挑む時代劇です。
10年前に亡くなった父も紙芝居師。
戦前から活動しアドリブを駆使する話術は山梨一といわれました。
(取材者)じゃあお父さんかなりお子さんたちに人気だった…?
(小倉)どっかの路地裏でやったのだけどこんなに子どもが集まって見に来た。
父から受け継いだ紙芝居と学んだ芸でお年寄りに挑みます。
お年寄りにね…笑かす笑ってもらいたい。
腹の底から入れ歯が外れるくらい笑ってもらいたい。
「竜の卵」。
この話は…。
いよいよ練習開始。
イベントで2つの作品に使える時間はそれぞれ15分です。
しかし昔の紙芝居には問題が…。
捕まえて懲らしめてみせます。
これで第1回が終わり。
「ロボットゼンマ」最初からやろうと思うと51巻まであるから第1話から第51話までやってるとなると2時間半から3時間かかっちまうから。
紙芝居が娯楽の王様だった昭和30年ごろ物語は長編が主流。
子どもたちはお話の続きに胸躍らせながら路地裏で紙芝居師を待ちました。
古きよき時代から70年。
今回はやむなくお話のサビだけを使う事になりました。
紙芝居の山に埋もれるうち裏側に書かれた父のメモに目が留まりました。
赤鉛筆でせりふにアレンジが加えられています。
例えばゼンマが潜水艦にさらわれた男性を助け出すシーン。
もともとの台本は……ですが父のせりふでは……と生き生きとした描写に変わっていました。
アドリブで客を魅了した父の綿密な仕事の跡。
小倉さんもアレンジを効かせるシーンを探します。
目をつけたのは「竜の卵」でぶつぶつ病にかかった娘に祈とう師がでたらめな呪文を唱えるシーン。
もともとのせりふは「アチャラカカンダロンカビラア。
アチャラカカンダロンカビラア」。
このままでもよさそうですが小倉さんはもっといかがわしさが似合うせりふに変えたいと思っています。
今の子どもたちに見せる場合だと……とか言いながら振りをつけてやったりすると結構子どもたちもウケたりするけどお年寄りにね「ダンソンフーザキュー」なんて言っても何の事だかちょっと分からない場合もあるから。
「ラッスンゴレライ」くらいならお年寄りも分かってもらえるかなと。
小学5年から父の横で紙芝居を見てきた小倉さん。
父が語る「ロボットゼンマ」で大好きだった場面があります。
円盤でゼンマが登場するこのシーン。
父がつける勇壮な高笑いに引き込まれました。
(小倉)ロボットゼンマが登場する頃おやじの高笑いがとても人気があったから昔のおやじのようにうまく高笑いができるかどうか。
その笑い方も今から研究しなきゃならないから。
いよいよ本番当日。
老人ホームのホールには紙芝居の黄金時代を生きた50人のお年寄りが集まります。
開演20分前。
待ちきれない人が…。
(小倉)ちょうどね亡くなって10年たつんですよ。
ここにおやじが。
いるいる。
ねえ全くねえ。
あれして下すって。
涙が出る。
もう長い間ね…。
小倉さん年取らんじゃん。
アハハ!
(拍子木の音)懐かしい拍子木を合図に1時間のショーが始まります。
(拍子木の音)「ロボットゼンマ」。
「ロボットゼンマ」の始まりです。
物語は妹のユキコがさらわれる場面から。
あれ?名前をアケミちゃんに変えました。
山梨のお年寄りに多い名前を使ってイメージを膨らませます。
「おいアケミちゃんを返せ!」。
「おまんとになアケミちゃんは返さんぞ!あの子はな俺たちのな宇宙の島へ連れてくだ」。
「そんな事言わんでアケミちゃん返してくれよ。
このピストルで撃っちまうぞ」。
そうすると後ろの方からシルバーロボットがギギギギギギギギ!「うわ〜誰か助けてくれ!助けてくれ!」。
アケミちゃんを助けに行った主人公が捕まるとお待ちかね高笑いでゼンマの登場です。
円盤の周りを取り囲むと上の扉を開けて出てきたのは黄金ゼンマであった。
「おいお前は誰だ!一体誰だ!」。
そうすると黄金ゼンマ「ワハハハハハ!ワハハハハハ!お前たちを悪を懲らしめに来たぞ!ワハハハハハ!ワハハハハハ!お前たちこの3人を…」。
気持ちは少しずつ路地裏で熱狂していたあのころへ。
続いて待ってました!「竜の卵」です。
・「どんな話になるのやら」・「お後は見てのお楽しみ」さあ小倉さんの勝負どころ。
「げんのしょうこう」なる悪徳祈とう師がでたらめな呪文を唱えるシーンです。
「わしが今お祈りするから」。
そしてげんのしょうこうが声高らかにお祈りをしてやりよった。
ありがたい般若心経に流行のギャグが続くでたらめな呪文です。
「こうしてやるぞ!タ〜ン!」。
そうするとげんのしょうこう高らかに宙を舞って地面にたたき落とされた。
また次の機会にお楽しみ〜。
(拍手)小倉さんがつむぐ物語の世界で目いっぱい広がった想像の翼。
(取材者)お父さん今日のやつ見たら何て言いますかね?紙芝居が娯楽の王様だった頃からもうすぐ70年。
(小倉)あたし幼稚園?何組なの?あたしはウサギ組!何組?ウサギ組!ウサギ組なの?おじさんライオン組。
おじさんライオンで食べちゃうぞ。
わあ〜!時代や暮らしが変わってもそこにはいつも輝く笑顔があります。
2015/09/07(月) 15:15〜15:45
NHK総合1・神戸
ろーかる直送便 ヤマナシQUEST 山梨リレードキュメント[字]
山梨県内の2つの物語をつづる「山梨リレードキュメント」。今回は、戦後70年と向き合う2つの現場。▽一発の銃弾の記憶と生きる70年。▽最後の紙芝居師の挑戦に密着。
詳細情報
番組内容
山梨県内の2つの物語をつづる「山梨リレードキュメント」。今回は、戦後70年と向き合う2つの現場。(1)家族とともに移住した旧満州で「集団自決」に遭い、親も兄弟も失いながら、ある偶然によって生還した9歳の男の子。戦後70年近く語られなかった家族の真実とは。(2)親子2代、甲府で子どもたちに紙芝居師を披露する小倉さん。戦後70年目の今年、亡き父の紙芝居を使って初めてお年寄りを相手に紙芝居を披露する。
出演者
【語り】古野晶子
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ニュース/報道 – その他
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