国際報道2015

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[BS1]月曜〜金曜 午後10時00分〜10時50分

特集

2014年7月2日(水)

シンガポール “言論の自由”めぐる論議

東南アジアのビジネスの中心地シンガポール。経済成長の背景には、建国以来、国民の生活を統制し経済を最 優先させてきた、政権与党による一党支配がある。しかし最近、政権のトップダウンの運営に対して、一部の市民がインターネットや公の場で異を唱え始めてい る。シンガポールでいま何が起きているのか。言論の自由をめぐる論議とその背景に迫る。
出演:吉岡拓馬(シンガポール支局長)

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有馬
「今日(2日)の特集。
堅調な経済成長が続く東南アジア・シンガポールの意外な現実です。」

黒木
「こちらは独立以来、25年にわたって首相を務めた建国の父、リー・クアンユー氏。
そして10年前から首相となった息子のリー・シェンロン氏です。
シンガポールは、長期にわたる一党支配のもと、経済発展を最優先に掲げたトップダウンの政策で急速な成長を遂げてきました。」

有馬
「しかしその過程では、野党やメディアを押さえ込んだり、デモや集会を原則禁止にするなど、国民の言論や政治活動の自由を制限してきた実態があると指摘されています。
こうした経済成長最優先の政府のやり方に公然と批判の声があがり始めているということです。」

シンガポール 経済最優先への反発

経済発展を最優先に掲げる都市国家シンガポール。
今、政府が推し進める開発のあり方に疑問の声が上がっています。

国の発展の土台を築いた人たちが多く眠る中華系墓地。
ここに8車線の高速道路を建設し、渋滞を緩和する計画が突然、発表されました。
住民からは反対の声が上がりましたが、政府は国民の同意なしに工事を開始。
今後、4,000基近くの墓が取り壊され、別の場所への移転を余儀なくされます。

開発に反対してきた市民
「本当にこれしか解決方法がなかったのでしょうか?
私たちの考えを政府と共有する機会がなく、本当にがっかりです。」

国民の反発をよそに政策を実行する政府に不満が広がっています。
去年(2013年)開かれた反政府集会には、およそ4,000人が参加。
デモや集会が厳しく規制されてきたシンガポールでは、建国以来、最大規模のものでした。
参加者たちは、政府が経済成長のために大勢の外国人を受け入れたことで教育費や住宅価格が上昇し、生活が苦しくなっていると訴えました。

集会の参加者
「誰がお金を稼いでいるのか!」

集会の参加者
「我々だ!」

集会の参加者
「みんなにお金を分配しろ!」



シンガポール ネットで広がる政府批判

こうした政府への批判を加速させているのが、インターネットです。
掲示板には、首相や与党を公然と批判する書き込みが見られるようになりました。

フェイスブックなどでの呼びかけを見て集会に参加したロイ・ヌーンさんです。

ロイ・ヌーンさん
「インターネットを通じて、多くの人たちが政府とは違う考えを持っていることがわかった。」

公営団地で両親や兄姉と暮らすロイさん。
ブログを通じ、シンガポールの社会問題について自分の考えを発信してきました。

注目したのは、働く全ての国民に加入が義務づけられている年金基金です。
基金の運用の詳細は国民に知らされて来ませんでしたが、ロイさんは実態を自ら調べて発表しました。
ロイさんは、政府は基金の運用で高い利回りを得ながら、国民に還元していないと主張。
さらに、政府が基金を不正に使っているのではないかとリー・シェンロン首相に疑いの目を向けました。
ブログへの関心は日を追うごとに高まり、2年間でアクセスは300万回を超えました。

すると、今年(2014年)5月、リー首相の弁護士から書面が届きました。
ブログは、首相が犯罪に関わっているかのような根拠のない疑いをかけたと非難。
この後、ロイさんはリー首相から名誉棄損の罪で訴えられ、裁判で負ければ、多額の賠償金を支払わなければならなくなりました。

ロイ・ヌーンさん
「政府と話し合いを持ちたかったのに、かなわず残念です。」

勤め先の病院からも、規範に反する行動があったとして解雇されました。
こうした対応にも屈せず、活動を継続することにしたロイさん。
ネットを通じて支援を求めると、国内外から900万円近くが裁判費用として寄せられました。
先月(6月)、ロイさんの呼びかけに応じて、およそ2,000人が集まりました。
ロイさんは、今こそ政府に対して国民が声を挙げるべきだと訴えました。

ロイ・ヌーンさん
「国民の声に耳を傾け、それに応えるのは政府の義務だ。
国民の問いかけを政府が阻むのは間違っている。
我々シンガポール人にも権利はあるのだ!」




「サンキューロイ!
サンキューロイ!」

参加者
「私はロイを支持する。
我々には言論の自由があるんだ。」

インターネットの普及によって抑えきれなくなった政府批判。
シンガポール政府は、「一市民にも首相にも、名誉を守る権利がある」として徹底して争う姿勢を示しています。



変わり始めた社会

有馬
「取材した吉岡記者に聞きます。
私がいた2年前までは、ちょっとこういう集会考えられなかったので、正直驚きました。
シンガポール社会、変わり始めているんですね?」

吉岡記者
「建国の父、リー・クアンユー元首相は『何が正しいのかは我々政府が決める。国民がどういうふうに思うのかは気にする必要はない』と豪語していました。
今、集会に参加する人たちは『物事を決めるのは国民であって、政府ではない』と口々に話しています。
以前のシンガポールを知る人にとっては、隔世の感があるのではないでしょうか。」

有馬
「ありますね。
隔世の感あります、これ。」

吉岡記者
「政府に反発する野党指導者を提訴して政界から追い落とすという手法は、リー・クアンユー元首相がよく使った手法なんです。
国民は、今、リー・シェンロン首相がロイさんを提訴したこと、かつての強権的な手法と重ね合わせて見ています。

しかも、その相手というのは、野党指導者といったような政治家ではなくて、ごく普通の一般市民。
このことからロイさんへの共感とか支持というものが広がっています。
ただ、忘れてはならないのは、今回のリー・シェンロン首相の判断を支持する人たちも少なくないということです。
それは、こうした人たちは、このシンガポールがこれだけの発展を遂げたのは強権的な手法があったからこそだというふうに、ある意味割り切っていまして、ロイさんのような活動を批判的に見ています。」





国民の批判に政府は

有馬
「こうした批判に対して、シンガポール政府はどう対応しているんでしょうか?」

吉岡記者
「インターネットが普及した今、政府批判を完全に押さえ込むことはできません。
政府は、批判はある程度容認しながらも、一線を越えたところでは厳しく対応するという姿勢のようです。
VTRで紹介しました反政府集会というのは、実は、原則シンガポールでは集会やデモというのは禁止されているんですけれども、街の中心部にある広場の一角だけは、政府の許可を得れば集会を開くことができるということになっているんです。
ご紹介した集会もすべてこの広場の一角で行われました。
このことから、私が話をした政府高官は『国民の不満が爆発しないようにガスを抜いているんだ』というふうに話していました。
つまりは、経済成長の恩恵を受けている国民の大多数は政府を支持していて、政権の足下がぐらつくような事態にまでは至っていないと、少なくとも政府は見ているように感じます。」

黒木
「それにしても、シンガポールはやはりビジネスがしやすい国というイメージですけれども、その内側でこうした事態が起きているとは、大変意外な気がしたんですけれども、どうでしょうか?」

吉岡記者
「経済が極めて開かれてる一方で、その国内政治は抑圧的だと、これまでもたびたび欧米のメディアなどから批判がされてきました。
というのは、この政治と経済の関係というのは、コインの表と裏の関係にあります。
つまりは、シンガポール、水さえ輸入に頼る資源のない小さな国が、この国際社会の中で生き残っていくには経済発展しかその道がない。
その経済成長を実現させるには、一党支配による安定した政治が必要なんだ、ということをシンガポールの指導者層はそういった信念を持っています。
つまり、政策を効率的に素早く、長期的な視点から実行していく上では、こうした市民社会であるとか、野党の声に耳を傾けている暇はない、という考えのようです。
しかし、つまりは政治を経済発展の手段に位置づけている、ということが言えまして、これがシンガポールが開発主義国家と言われる理由と指摘されています。
しかし、リー首相親子を支持する人たちの多くも、これまでやってきた、取ってきた手法が、今後も通用するとは考えていないようです。
シンガポールは来年(2015年)、建国から50年を迎えます。
この半世紀で急激な経済成長を導いてきた開発主義の発展モデル、これは今、曲がり角を迎えています。」

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