サンフランシスコは、夏の盛りを思わせる暑さに包まれていた。サンフランシスコ湾に寒流が流れ込むこの街では、9月の平均最高気温は23℃ほど。しかし、今日は例外的に暑く、日中の最高気温は31℃を超えた。まるでAppleの発表会の熱気が街中に広がったかのようなインディアン・サマーである。
米国時間9月9日、サンフランシスコ市内のビル・グラハム・シビック・オーディトリウムにて、Appleの新商品発表会「Apple Special Event」が開催された。同社では2014年から複数の新製品を一斉に発表し、そこに世界中の主要なジャーナリストや各国キャリア首脳などVIPを招待するようになった。とりわけ2015年はiPhone 6/6 Plusがグローバル市場で大成功を収めたほか、Apple Watchがウェアラブル市場に一石を投じたこともあり、その注目度はApple Watchがお披露目された2014年に勝るとも劣らないものだった。
音楽がフェイドアウトするとともに、万雷の拍手と歓声。ステージ上にあがったApple CEO(最高経営責任者)のティム・クック氏が、来場者に向けて高らかにピースサインを示す。いや、これはビクトリーサインか。
「今回も発表するものがいっぱいあるので、(業績の)アップデートは控えめにしておきたい」
2014年から、クック氏が新商品発表会で業績の数字を誇ることは減っている。今回も各OSのシェアや販売実績をひとつひとつ掲げることはなく、Apple Watchの現況について語り始めた。
「Apple Watchは(当初の品不足が解消されて)今夏からは店頭でも普通に購入できるようになった。また多くの人々に支持され、生活になくてはならないものになっている。我々のApple Watchの顧客満足度は、実に97%だ」(クック氏)
むろん、Apple Watchはまだ成長し始めたばかりの製品でもある。クック氏はApple Watch対応アプリが1万の大台を超えたことを示しつつ、watchOS 2.0ではより多くの新機能がサードパーティ製アプリで実現可能になるとアピール。その一例として、Facebook MessengerやiTranslate、GoProといったアプリを紹介。また医療用アプリとして、「Air Strip」のデモンストレーションも行った。これらネイティブアプリをはじめ多くの新機能が実装されるwatch OS 2.0は9月16日にリリースされる予定である。
さらにApple Watchの特徴は、(質感や色の異なる)ケースのバリエーションや革新的なバンド機構を持っていること。これを生かして、Apple Watch Sportの新モデルとして「ゴールド」と「ローズゴールド」が追加されたほか、新作のバンドを投入。さらにフランスの高級ファッションブランドのエルメスとのコラボレーションによる無印の新モデル「Apple Watch Hermes」を発表した。
Apple Watchは今のところ、ウェアラブル端末の可能性を模索しつつ、新たなライフスタイルを提案していく発展途上期にある。そのローンチはほかの時計型ウェアラブル端末と比較して好調といえるが、まだ成功の階段を上っている段階でもある。今回、クック氏がプレゼンテーションの冒頭にApple Watchを持ってきたことからも、“Apple Watchのエコシステム”にかける同社の情熱がうかがえた。
「今日、iPad史上で最大のニュースがある」
スクリーンの文字に合わせて、クック氏が厳かに宣言する。周知のとおりiPadは、ポストPC時代のコンピューターを定義するため、故スティーブ・ジョブズ氏が情熱を持って手がけたプロダクトだ。これまでのPCよりもシンプルで使いやすく、iPadは「1枚のガラスに触れるだけで、あらゆることが可能になる魔法のようなもの」(クック氏)を目指して作られた。そのiPadの歴史において、大きな転換点となりそうなのが、今回発表された「iPad Pro」である。
iPad Proは、iPad Air 2より78%大きい12.9型のRetinaディスプレイを搭載し、解像度は2732×2048ピクセル(264ppi)の合計560万ピクセル。光配向と呼ばれる新プロセスや酸化物半導体TFT、可変リフレッシュレートといった最新のディスプレイ技術が搭載されており、単純に画面が大型化しただけでなく、より均一で美しい表示を低消費電力で実現できるようになっている。
この大画面表示を支えるプロセッサ性能もパワフルだ。
新開発の「A9X」チップは第3世代の64ビット技術を採用し、先代のA8Xと比較して、全体的な処理能力を決めるCPU性能で1.8倍、グラフィックス性能を支えるGPU性能では2倍の高速化を実現している。この高性能によって、iPad Proでは4Kビデオの編集も楽々とこなすという。
「iPad Proの性能は、世の中に出回っているほとんどのPCをしのぐ。それでいて低消費電力の工夫を凝らし、バッテリー持続時間は10時間を確保した。iPad Proは先進的でパワフルなiPadだ」(Apple ワールドワイドマーケティング担当シニアバイスプレジデント フィリップ・シラー氏)
そして、大画面化に並ぶiPad Proの特徴となるのが、UIにおける新提案「Smart Keyboard」と「Apple Pencil」である。
前者のSmart Keyboardは、キーボード一体型のカバーだ。折りたたんだ時は従来どおりiPadの保護カバーとなり、開くとスタンドとキーボードの役割を果たす。これまでもiPad向けには多数のワイヤレスキーボードが発売されてきたが、Smart KeyboardはiPad Pro本体に専用の接続端子を用意し、キーボード側の充電や接続設定なしに“つなげばすぐに使える”のが特徴だ。キーボードショートカットなどもOSレベルで対応しており、純正品らしい使い勝手のよさがある。
そしてApple Pencilは、iPad Pro専用の入力ペンである。本体内に傾きや筆圧、摩擦力などを検出するための専用センサーチップを内蔵し、デジタルペンながらとてもなめらかで精緻な書き心地を実現した。またAppleならではのこだわりとして、「指によるタッチ操作とApple Pencilの入力は明確に区別して、両者を混在にした新しいUIデザインを作っている」(シラー氏)という。
Apple Pencilのデモンストレーションでは、メールなどApple純正アプリだけでなく、MicrosoftのWordやExcel、PowerPointに手書きメモや図形を書き加えるといった操作が披露されたのだが、それを見るだけでもかなり使いやすく生産性が高そうだった。
誤解を恐れずに言えば、2014年9月にiPhone 6/6 Plusが発売されてからのiPadは、その役割がやや曖昧なものになってしまっていた。スマートフォンであるiPhoneが大画面化したため、iPadの立ち位置が不明確になってしまったのだ。しかし今回、iPad Proで12.9型まで画面が大きくなり、Apple Pencilなど新たなUIにも対応したことで、再び「iPadのポジション」が明確化した。
iPadは“大きなiPhone”ではなく、“MacBookの代わり”でもない。「クリエイティブでありながら使いやすい、モダンなコンピューター」という異なるコンセプトが確立したと感じるのだ。iPadの方向性を明確化し、再定義したという点でも、今回のiPad Proはとても重要なモデルといえるだろう。
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