私の桃が腫れました

こんにちは。

いつもお世話になっております。実は。



私はおっきな扁桃腺持ちでー。

お腹出して寝てたら風邪ひいてー。

扁桃腺が、えらい腫れてー。

熱が出た。



今日はこれで、ごめんなさい。

季節の変わり目。皆様もご自愛くださいませ。

コメントありがたく拝見しております。
お返事、少しお待ちください。ごめんなさい。



いつも応援いただきありがとうございます。今日と明日は多忙のため会社を休めないのが辛いところ。子供の頃なんて39度の熱でも平気でしたが、駄目ですねー。ふぅ。
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蟇股と簑束と大瓶束とお菓子。但馬国式内社中嶋神社

こんにちは。


起きてっ。


中嶋神社。


真っ赤な本殿は、国の重文。


境内説明板(クリックで拡大)。

なぜ重文指定されたかといえば、

①建築年代が明白


但馬領主・山名氏により「1423~1428年建築」と棟札写しから明白。


②構造が珍しい


二間造は、重文では6件。

③パーツが素敵


本殿には、箱入り狛犬。


本殿木鼻で叫ぶぞうさん。

まぁ~、ほんと、素敵なパーツねー(≧∇≦)

ではなく。


本殿の妻側(建物の横側、三角形の部分)の構造。


二本の虹梁(横向きの梁)と屋根を支える大瓶束と簑束。


【大瓶束(たいへいづか)】

〈例:酒垂神社/1438年建築(棟札による)〉


中嶋神社と同年代に建築された酒垂神社本殿。重文。


ころん、っとしたものが「大瓶束」。(酒垂神社)


力持ちです。(名草神社・三重塔)


【簑束(みのづか)】

〈例:現・名草神社の三重塔/1527年建築(出雲杵築大社に建立)〉


出雲杵築大社の1661-1673年の神仏分離の折りに但馬国帝釈寺(日光院)へ譲渡。

建立は、尼子経久。


初層階に、


とまと 簑束。

「間斗束(けんとづか)」という短い束の上部に、装飾の付いたものが「簑束」。

「間斗束」に植物の装飾彫刻が施されるようになるのは、鎌倉時代の頃から。

※「束の間」の「束」は、「間斗束(けんとづか)」のこと。



中嶋神社本殿。妻側。



中嶋神社では、大瓶束・簑束に渦巻きの模様。
ここが、「美麗な装飾」(境内説明板による)で貴重。


【蟇股(かえるまた)】

当初、構造材と装飾材兼用だった「蟇股」は、建築技法の向上で不要になり、装飾は日本独自の発展を見せます。

装飾専用となると、棟梁が自由にデザイン出来る為、視線が集まる場所でもあり次第に華麗になります。

後には、大工の棟梁から、専門の彫刻家の範疇へと移行します。
丹波・但馬・丹後に広がる中井権次一統の彫刻の登場です。

全国的には左甚五郎作の蟇股は「伝」を含め多数。
日光東照宮の「眠猫」は、蟇股にあります。


〈蟇股いろいろ〉


高野山、金剛三昧院の多宝塔。1223年建立。

蟇股が構造材で、装飾はない。



酒垂神社本殿、正面。1438年建立。

蟇股の外側に装飾。


同。蟇股の彫刻。


現・名草神社の三重塔。1527年建立。

蟇股と簑束、華麗に変身。簑束は、とまとになりました(違)。


梵字の装飾。読めん。


金剛三昧院境内の三所神社。1578年頃建立。

蟇股、華麗に変身。


柏原八幡宮の三重塔。1815年建立。

中井権次一統が中心となり建築。蟇股がどえらいことに。


はいはい、中嶋神社ね。

ここ、中嶋神社では。


彩色が施されています。


さて。



祭神「田道間守」は

「非時香菓(トキジクノカグノコノミ)をとってこーい♪」との垂仁天皇の勅命により「常世国」に渡り、橘を持ち帰りました。


帰国時に既に崩御していた垂仁天皇に殉死した田道間守です。

果物は「果子」と呼ばれていた事から、
田道間守を祀る中嶋神社は


別名、「お菓子の神社」に。


どこか悲しげな狛犬さん達が


ちょっと、元気出してっ。


お待ちしてます。


こんな会話が聞けるかもしれません。


お菓子の神社、中嶋神社。

とても明るくて素敵なお社でした。

おしまい。


中嶋神社
《住所》兵庫県豊岡市三宅1


参考文献
中嶋神社/現地説明書

兵庫県神社庁HP「中嶋神社」
http://www.hyogo-jinjacho.com/data/6322083.html


いつも応援いただきありがとうございます。灼熱の中の訪問でしたが、中嶋神社はとても勉強になる社殿の建築と、かわいい狛犬、興味深い由緒のお社でした。お祭りの時はお菓子がいっぱい並ぶのかなー。自販機でポカリんを買って一気飲みして、次回へ走ります。
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中嶋神社本殿は珍しい二間造。比較例と能舞台

こんにちは。


社殿を囲む「社叢(鎮守の森)」の木々が低めなので明るい中嶋神社。


おやつにありつけないまま、うろうろしております。


そうね、食べ過ぎたらぶたさんになるもんね。


ため息つかないでくれますか。


ご挨拶がまだです。


少し見える、二間造の本殿。


建物概要(クリックで拡大)。


建物三連星。


境内の様々なものが、お菓子団体からの奉納。


赤い本殿は、国の重文です。


重文だからすごーい、というより、何で重文なのかが大事なんだろな。

ふむ。

①建築年代が明白


棟札写しにより、建築期間は1423年~1428年と判明。

但馬領主、山名氏により建立(境内説明板より)。


②構造が珍しい


本殿正面。正面が「二間造」な点が、珍しい。

寺社建築で「二間」とは、柱の間が二つということ。

寸法の「間(けん)=約1.8m」とは違います。


柱の間が奇数だと、真ん中に扉などが納まります。


名草神社・三重塔は、三間造。


山門等も多くは三間造ですね。南丹市/九品寺・大門。


現・名草神社の割拝殿。五間造。真ん中は通路。

左右二間分はそれぞれお部屋。向かって右が護摩堂。


正面から見た面を「桁間」、奥行きを「梁間」といいます。

※簡単に、正面五間、側面二間でオケーです。


正面三間。何となく落ち着く。賽銭箱も落ち着いてます。


数えてみると面白いです。


酒垂神社本殿は一間造でした。


偶数では、どちらかに片寄っておさまりが悪い。

双方を開口部にすると、ど真ん中に柱が来ます。じゃまー。


中嶋神社は、二間造。

「重文で二間造は6棟しかない」(説明板参照)そうな。

祭神と配祀神の二神が社殿の新築当時には既に存在していたので、
二間になったとか。


背後から見ると一目瞭然。

※両脇は、脇障子。柱ではないので、カウントしません。


書写山圓教寺の西谷「三之堂」は、すごかった。


常行三昧堂。正面9間(内部10間)、側面2間。


食堂。画像は切れてますが、正面15間。


食堂。側面4間。


大講堂。正面7間、側面6間(でかすぎて撮影出来ず)。

見事にみなさん、正面の柱の間が奇数です。


おなかすいた?


能舞台は、「三間四方」です。

こっちは、寸法の「間(けん)=約1.8m」の方。なぜなら。


舞台を見るのに柱が並んだら邪魔です。

で、「三間四方」なのは、舞壺で。


点線から右が舞壺。板目が異なっています。

お囃子が並ぶ場所の板目は横向き、舞壺は縦向き。

「三間四方」ですから、1.8m×3=5.4m、の正方形。

この寸法は安土桃山時代に確立し、現在まで守られています。



一般的には、四隅の柱を含めて三間四方(白線括弧部分)。内三間。

名古屋能楽堂のように、柱の内側で三間四方だと、柱の太さの分、広くなります(赤線括弧部分)。これを、外三間といいます。

これが素人には結構な差で。


福知山市/一宮神社の能舞台。

内三間の舞台でお稽古して外三間の舞台に立つと、
歩数を体で覚えているので、「あらー。柱まで届かないわー」となり。

先生に「ちまちますな!(訳:小さく舞っては駄目よ)」と叱られます。


「すみばしら」付近を「すみ」といいます。

「すみ」は必ず左足で止まるきまりです。

なので、舞台が広がると微妙に歩数が増え、もたもたしてしまうのです。

無論、わが師匠の一声は「ばたばたすな!」です。


③パーツが素敵


おやつを食べないといけないので、今日はここまで。

つづく


中嶋神社
《住所》兵庫県豊岡市三宅1


参考文献
中嶋神社/現地説明書

兵庫県神社庁HP「中嶋神社」
http://www.hyogo-jinjacho.com/data/6322083.html


いつも応援いただきありがとうございます。京都の三十三間堂は、柱の間が33。大きな寺社建築で、ひとーつ、ふたーつ、っと数えるのも面白いです。中嶋神社の本殿は、赤が印象的な建物ですが、いささかきれい過ぎて戸惑いました。お菓子の神様を祀るお菓子の神社ですが、お菓子の屋台があるわけはなし。木陰でちびちびとお茶飲んで、溶けかけた飴ちゃんを頬張るのでした。
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His Master's Voice。中嶋神社の忠犬狛ちゃん

こんにちは。


中嶋神社。

私、反省してます。

但馬、丹波、丹後をうろつくことが多いと、狛犬さんが、似ているんです。

出雲丹波型の狛犬さんに分類されるそうで。


あー、また、おっきいちゃんだわぁ~と、眺めておりました。

でも、


幸せな子とか(篠山市/追入神社)


こちょこちょしないといけない子とか(丹波市/兵主神社)


よーしよしよしよし、な子とか(養父市/名草神社)


飴ちゃんゴーロゴロな子とか(養父市/名草神社)


ぐらまぁーな子とか(綾部市/石田神社)


お獅子みたいな子とか(丹後半島/浦嶋神社)


子狛ちゃん。(丹波市/兵主神社)

子狛ちゃんぱらだいすぅ~なのはこのタイプの子達で。


ツンデレちゃん。(豊岡市/伊福部神社)


ご心配ありがとう。(舞鶴市/宮谷神社)


好きぃ~。(舞鶴市/宮谷神社)


好きぃ~。(綾部市/阿須須岐神社)


なので、中嶋神社では狛犬さんを愛でたいと思います。


さるぅ~♪こまんたれぶ?


お、お、お賽銭ね。はいはい。

まさかのフランス語狛ちゃん。



どうかしましたか。


そうね、せっかく橘を持って帰ってきたのにね。


そんな悲しそうなお顔しないでー。


こ、こ、これは・・・じゃぱにーず・ニッパー!

ニッパーとは。

お裁縫道具じゃなくて。

「Victor」の、蓄音機の前で小首を傾げて聞き入る白黒わんこ。

原画は、1889年にイギリスの画家フランシス・バラウドによって描かれたフォックス・テリア。


くー。

(引用)「フランシスの兄マーク・H・バラウドは「ニッパー」と呼ぶ非常に賢いフォックス・テリアをかわいがっていましたが、彼が世を去ったため、彼の息子とともにニッパーをひきとりフランシスが育てました。
たまたま家にあった蓄音器で、かつて吹き込まれていた兄の声を聞かせたところ、ニッパーはラッパの前でけげんそうに耳を傾けて、なつかしい主人の声に聞き入っているようでした。

そのニッパーの姿に心を打たれたフランシスは早速筆をとって一枚の絵を描き上げました。」(引用終り)(『Victor』HPより引用)


聞こえる?聞こえる?


(引用)「亡き主人の声を懐かしそうに聞いているニッパーの可憐な姿は、円盤式蓄音器の発明者ベルリナーを感動させ、彼はこの名画をそのまま商標として1900年に登録しました。それ以来この由緒あるマークは最高の技術と品質の象徴としてみなさまから深く信頼され、愛されています。」(引用終り)(『Victor』HPより引用)



聞こえる?


・・・こら。お鼻で返事すな。

きっと他の狛犬さんも、忠犬さんに違いない。


木製の神殿狛犬さん。箱入り狛さん。


こら。

もー。


木鼻のぞうさんはいいのー!

もぉー。


やせたよー。

頑張れ、狛ちゃん!


中嶋神社
《住所》兵庫県豊岡市三宅1


参考文献
中嶋神社/現地説明書

兵庫県神社庁HP「中嶋神社」
http://www.hyogo-jinjacho.com/data/6322083.html

「ニッパー」『Victor』HP
http://www.jvcmusic.co.jp/company/


いつも応援いただきありがとうございます。中嶋神社の忠犬狛犬さんがあまりに愛しくて、周りをぐるぐるしながら見つめてしまいました。よーしよしよしよし、したくなるいじらしさ。やはり和犬はいいですねー。おいでおいでー。
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天湯河板挙、鵠(くぐい)をゲット。垂仁天皇の臣下は右往左往

こんにちは。


お菓子の神社、中嶋神社。兵庫県豊岡市。

祭神の田道間守命は、垂仁天皇の勅命により、「常世国」へ
あるものを探して幾星霜。


ようやく帰国したときには、垂仁天皇は崩御あそばし。


田道間守命は嘆き悲しみ、殉死。

この時、田道間守命が探したものは、
「非時香菓」(ときじくのかぐのこのみ)。


そうねー。あなたが持ち帰ったものは、


橘でした。


笑ってあげて。

果物を「果子」と称していたことから、田道間守命を祀るこの神社は、お菓子の神社。


祭神は田道間守命。


配祀に、天湯河棚神(あめのゆかわだなのみこと)。


安美郷中の四社(有庫神社・阿牟加神社・安美神社・香住神社)を合祀し総社として「中島神社五社大明神」と称した頃があり。

後に、各神社を分離移転。

安美神社(祭神・天湯河棚神)のみ相殿に奉祀したようですが、「由縁沿革詳かならざる」(社伝)で。

現存する本殿は、1423年から1428年に造営。


中嶋神社本殿。柱の間がふたつ。二間造。

この時点で既に二間造の形になっている事から、安美神社(祭神・天湯河棚神)の合祀は1423年以前の事と推察されています。


【天湯河棚神、鳥をさがす】

中嶋神社の配祀神、天湯河棚神(あめのゆかわだなのみこと)のお話。
(『日本書紀』では天湯河板挙/あめのゆかわのたな)

垂仁天皇には、三十歳を過ぎても声を発しない子・誉津別命(ほむつわけのみこと)がいました。

ある日。


鵠(くぐい)という鳥が、ふぁさーっと飛び。


・・・飛んでください。

その時。

歴史は動いた 物言わぬ皇子・誉津別命が



「なんだこりゃー(これは何物ぞ)」


と言葉を発したのです。

垂仁天皇はとても喜び、「あの鳥をとってこーい」と勅命。


(但馬国/養父神社の狛狼)尻尾にかたつむり。

天湯河板挙は、鳥を追って東奔西走。



ついに、出雲国、もしくは但馬国で捕らえ、献上。

誉津別命は鳥と仲良し。物を言う皇子となりました。



天湯河板挙は、この功により鳥取造に。
鳥取部・鳥養部・譽津部を賜ったのです。

さてこの、「鵠(くぐい)」という鳥。


豊岡市といえば、これ。


鵠(くぐい)とは、コウノトリの古い呼び名なのでした。



そして、天湯河板挙がコウノトリを捕らえた所を眺める場所、「三宅」に合祀以前の安美神社(祭神・天湯河棚神)は鎮座していたといいます。


それにしても。


「非時香菓」(ときじくのかぐのこのみ)も


鵠(くぐい・コウノトリ)も

「とってこーい」の垂仁天皇様、どこか憎めないお方でございます。

つづく


中嶋神社
《住所》兵庫県豊岡市三宅1


参考文献
中嶋神社/現地説明書

兵庫県神社庁HP「中嶋神社」
http://www.hyogo-jinjacho.com/data/6322083.html


いつも応援いただきありがとうございます。お菓子の神社は、豊岡市名物に係わる神様も鎮座。これがコウノトリを焼き鳥にしましたわ、なんてお話じゃなくてよかったよかった。この中嶋神社の祭神二人は、共に垂仁天皇のために尽力したんですねー。片方は、間に合わずにお気の毒でした。
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Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

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