自民党総裁選は、安倍首相の無投票再選で終わった。立候補をめざした野田聖子氏は、必要な20人の推薦人を集めることができなかった。

 野田氏は党総務会長だった昨年春、集団的自衛権の行使を認める閣議決定を前に、政府の憲法解釈変更で進めようとする首相のやり方に「違和感」を訴え、党内議論の場をつくったことがある。

 きのうの出馬断念の記者会見でも「自民党には多様な意見があるんだと言ってもらえる舞台を作りたかった」と述べた。

 情けないのは、400人を超す国会議員がいるのに、こうした政策論争の場づくりを後押しする議員がたったの20人も集まらなかったことである。

 野田氏の推薦人集めに対し、安全保障関連法案の審議への影響を避けたい首相周辺や派閥からの締めつけがあった。

 右から左まで多様な民意をくみ取り、党内の議論に反映させる。今の自民党はそんな姿勢を失いつつある。かつての派閥全盛時代を懐かしむわけではないが、論争を封じ込め、それでよしとする政権党のあり方には大きな危惧を抱かざるを得ない。

 対立候補を封じた安倍氏の政権基盤は盤石にも見えるが、必ずしもそうではない。

 政権復帰時から上向いた経済とそれに裏打ちされた内閣支持率の高さが安倍政権を支えてきた。だが、世界経済の先行きにかげりが見え、歩調を合わせるように支持率が不支持率を下回るようになった。

 なによりも、大きな政策で民意の支持が得られていない。

 8月下旬の朝日新聞社の世論調査では、戦後70年の首相談話は「評価する」の40%が「評価しない」の31%を上回ったが、安保法案を今国会で成立させる「必要はない」が65%。川内原発の再稼働も49%が「よくなかった」と答えた。

 とりわけ安保法案には、国会審議が進むほど民意の反対のうねりが起きている。これを数の力で抑え付ければ、政権と民意の溝は広がるばかりだ。

 安倍氏はきのう、引き続き経済成長に力を尽くす決意を語った。そのことに異論はないが、経済の好調を推進力に、民意が割れる政策を強引に進める手法は限界に近づいている。

 総裁選が無投票で終わったことで、安倍政権は来週にも安保法案を成立させる構えだ。

 その前に、まずは民意とのねじれを正すことに、首相は心を砕くべきだ。どんなに党内を固めても、民意を顧みない政治はやがて行き詰まる。