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第一章 本編ダイジェスト
次にカイルが意識を取り戻したときそこは見慣れた、そして二度と見ることのできない滅びた故郷の自分の部屋のベッドの上だった。
そしてもう会えないはずの幼馴染のリーゼが自分を起こしに来た時、これがいまわの際に見ている夢だと思ったカイルはリーゼを力の限り抱きしめた。
混乱するリーゼに構わず抱きしめ続けていると段々覚醒してきた頭で違和感を感じ、確認するかのように背中にまわした手で尻を揉みしだき更に『元気』になった股間を押し付けてしまったカイル。
青ざめたリーゼに思い切り殴り飛ばされる痛みによって完全に目が覚めた後呟く。
「あれ……? これ夢じゃなくね?」
そしてその手にはあの赤い宝石を握りしまたままだったことに気づいた。
その後同じく幼馴染で悪友のセランとも会い、カイルは自分が若返っておりここが魔王を討ち取ったあの日より四年前だと気づく。
この状況を説明できそうな人物として浮かんだ母で大魔道士でもあるセライアの元に行き彼女とも再会できた。
そしてセライアに時を超える魔法が確かに存在することを教えてもらう。
しかしその為には途方もない魔力や特殊な触媒が必要でほぼ不可能だと説明された。
だがカイルは確信できた。
あの赤い宝石が『神竜の心臓』といわれる伝説の宝石で時間移動を可能にする唯一の触媒であり、魔力は大陸の人族半分を生贄にすることで確保できる。
この時間移動は魔王がおこなおうとしていたことで、もしかしたら『大侵攻』そのものが過去に戻るためにおこなわれたのかもしれないのだと。
その日の夕方、街外れの丘でリーゼと一緒に夕日を見ながらカイルはこの奇跡のような平穏をかみ締めていた。
だがカイルだけは知っている、今から三年後に『大侵攻』が起こりこの平穏は終わりを告げると。
そして隣にいるリーゼも『大侵攻』の起こった日、この街が滅んだ日に自分の腕の中で死んでいった事も思い出す。
それだけで全身の血が逆流するかのような怒りと絶望が襲ってくる。
夕日を見ながら誓う、あんな思いはもう二度としたくない、だから世界を救うと。
「俺が、必ず、どんな手を使ってでもだ!」
カイルは世界を救う決意をした。
それを見ていたリーゼにこいつ突然何を言っているんだ? と青い顔をされて心配されたのには気づかなかったが。
◇◇◇
翌々日世界を救うと誓ったはいいがその方法を悩んでいるカイル。
いくら考えても事前に『大侵攻』そのものを防ぐというのは不可能だった。
ただ人族をまとめ結束させることが出来れば少なくとも魔族と互角で充分対抗できると、直接魔族と戦ってきたカイルは確信できていた。
だがその肝心の人族をまとめる方法がみつからず悩見続ける。
いい考えが浮かばず、気分転換もかねて剣を振り現在の戦闘能力を確かめることにした。
その結果身体の身体能力は大きく落ちていたが、魔力の方は上がっていることに気づく。
原因はわからないが強くなる伸びしろは増えたと単純に考えるカイル。
その際、剣の師匠でセランの養母であるレイラに見つかり強さを怪しまれるが何とかごまかし心を入れ替え修行にはげみたい、そう言ったら気持ち悪がられた。
その日の晩御飯時にカイルは母やレイラ達に質問をする、人族の中で国家や種族に関係なく影響力を持つ者は誰かをだ。
いくつか挙げられるがその中で『大侵攻』までになれそうなものは、人族全体に影響を及ぼせそうな存在は英雄しかなかった。
世界を救って英雄になるのではなく、世界を救う為に英雄になる。
順序が逆だがそれしか方法はない。
「英雄になる。それしかないな」
おかわりをよそいながらカイルは固く決意する。
そしてそんな決意を固めるカイルを母やリーゼ達は生暖かい目で見守っていた。
◇◇◇
翌日カイルは効率よく英雄になる計画をたてていた。
セランにどうやって英雄になるつもりだ? と尋ねられ英雄に必要なものは金と人脈と運だとカイルが答える。
そしてそれらは自分のこれから起こる出来事を知っている、未来の知識を有効に生かせばなんとかなると考えていた。
その為には手段は選んでいられない事もわかっていた。
「俺は……英雄になるためならどんな手も使う。たとえ卑怯卑劣な手段でもな!」
それ本末転倒じゃないか? というセランの突っ込みは気にせず、どちらにしろこの田舎街で出来ることはないとカイルは旅立つ事を決めていた。
◇◇◇
旅にはセランのみを連れて行くつもりだった。
リーゼは絶対についていくと言ったが、カイルは危険が伴うだろうこの旅に彼女を連れて行きたくはなかった。
「お前には俺におかえりと言ってほしいんだ」
カイルはそう言うとそっとリーゼに口付けをして反論を封じ、何とか納得させることに成功した。
だが二人で街を歩いていると思いがけない再会をする。
エルフで魔族との戦いのなかでカイルの心の支えとなってくれていた、そして恋人でもあり魔王との戦いで命を落としたウルザだった。
彼女を見たときカイルは思わず彼女の真名『エクセス』と口にしてしまい問い詰められる。
真名とは魔法的な名前で魂と直結しており、エルフのような精霊魔法を使う者はこの真名をつかって精霊と【契約】し精霊魔法を使えるようになるのだ。
だが魔法の呪文に組み込むことによって抵抗不能になってしまうため名づけた両親や伴侶ぐらいしか知らないのだ。
前の人生では将来を誓い合った仲だが、今はまったくの初対面で他人であり真名を何故知っているかという事は言えないし、言ったとしても信じてもらえないだろう。
そこでカイルは真名を知っている理由は話せないが、変わりに【契約の応用】の儀式をしようと提案する。
【契約の応用】は真名を使い約束を守らせるという儀式で、反故にすれば死ぬという強力なものだ。
これで『ウルザの真名を他言しない。悪用しない』と約束することで何とか納得してもらうカイル。
だが儀式をおこなうには満月が必要があり、次の満月は約半月後でカイルは明後日にはこの街を出発することになる。
ほとんどなし崩しでウルザも仲間となり、一連の流れを見てやっぱり信用できないとリーゼも絶対ついていくと言い張る。
こうしてカイル、リーゼ、ウルザ、セランの四人で旅立つこととなった。
◇◇◇
まずカイル達が向かったのはジルグス国北の国境にあるサングルド山脈。
そこには千年前に滅んだ人族史上最も栄えた古代魔法王国ザーレスの『魔法王』と呼ばれたシルドニア・ザーレスの伝説の大迷宮があると言われていたが今まで誰も見つけてはいなかった。
前の人生においてそこを攻略した事のあるカイルではあるが、今普通に挑めば命がいくつあっても足りないとわかっていた。
ならどうやって攻略する? というセランの質問にカイルはなんでもないように答える。
「簡単さ、掘るんだよ」
◇◇◇
カイル達は迷宮の裏手にあたる場所でキャンプをして、裏側から掘り進める事にする。
優秀な精霊魔法の使い手であるウルザの力を借り順調に掘り進め、数日で最深部の宝物庫へ到達した。
宝物庫の中は正に宝の山で国が複数買えるほどの財宝、更には魔法金属や薬草など貴重な素材も山のようにあった。
そしてカイルはここでまた一つの再会をする。
それは宝物庫の奥の台座にある剣、ザーレスの魔法技術の結晶ともいうべき魔剣で、その剣の宝玉には『魔法王』シルドニア・ザーレスの一部が移されており魔法生命体の一種で少女の姿でカイルの前に現れる。
シルドニアの役目はこの財宝を得るに相応しい人物かどうか判定するというもので、剣を手に取ることで発動する心を読む魔法により、シルドニアはカイルが時間移動をしてきた事を知る。
そして人族の滅亡がかかっているのでは仕方ない、とシルドニアはカイルに協力を約束する。
◇◇◇
迷宮を攻略したカイル達は次に王都マラッドへと向かう。目的は買い物だった。
王都で一番の、おそらくは大陸全体でも有数の店に行き金で手に入るものでは最高級品の装備を買いあさる。
カイルの城が買えるほどのドラゴンレザーの鎧をはじめとした武器防具、更に攻撃魔法を封じ込めた魔石や、治療の効果のある魔法薬もあるだけ買い占める。
「命が金で買えるならそれこそ安い物だ」
ちょっとした街くらいなら買えるのではないかという買い物をしたカイル達を店員達は唖然とした顔で見送った。
宿をとったカイルはリーゼ達が王都見物に行ったのを見計らいシルドニアにこれまでの事、そしてこれからの事を相談をする。
古代魔法王国の知識を持つシルドニアは相談にはうってつけだったからだ。
シルドニアが言うには一番の懸念だった本当に未来を変えられるかどうかだがこれは問題なく変えられるとのことだった。
そしてカイルの魔力が上がっていた事も説明する。
シルドニアの説明では正確にはカイルが過去に遡ったのではなく、この世界にこれからの記憶と経験を持つカイルの魂と『神竜の心臓』が来たとの事だ。
その為元からこの世界にいたカイルの魂と融合、強化されたことによってカイルの魔力があがったのだという。
このまま魂が馴染めば天変地異をもおこすといわれる特級魔法を将来使える可能性があると知り、自分がもっと強くなれるかもとわかったカイルはまた一歩英雄に近づいたと確信した。
翌日すぐにマラッドを出発するカイル達。
次の目的地は東の国境沿いにある交易の盛んな都市アーケン、そこで名声を高めるに丁度いい事件がおこるからだ。
◇◇◇
アーケンへと向かう街道の途中の宿場町で丁度満月になる。
本人も忘れかけていたが、ウルザがカイルと真名を他言しなという【契約の応用】をすることとなった。
実はエルフにとってこの儀式は結婚とほぼ同じ意味を持ち、ウルザはなんで会って半月の男と……と文句をいいつつも、少しずつではあるカイルに好意をもちつつある自分には気づこうとはしなかった。
【契約の応用】の儀式自体はすぐに終わったがカイルは前回と、魔王との決戦前夜にした時と同じようにウルザにそっと口付けをする。
一瞬だけ身を任せようとしてしまったウルザだったが我に返り当然ながら怒り狂う。
口付けは結婚の意味合いを持つときのおまけのようなもので、儀式自体には必要ないのだがカイルからしてみれば恋人同士だったこの間まで日常的にしていた行為だったので、同じようについしてしまったのだ。
「ああ……なるほど、つまりこれは不幸な事故と言うやつだな?」
当然そんな言い訳が通用するはずもなく、ウルザが新たに契約したサラマンダーに焼かれることとなった。
翌日アーケンへと向かう街道で、やや焦げたカイルはリーゼとウルザを見ながら二人への気持ちについて考え込む。
リーゼとウルザ、共に愛して将来を約束し結婚を考えながら死に別れた二人で不誠実とわかっているが、正直に言ってどちらも好きなのだ。
悩むカイルはとりあえずの結論をだす。
「俺にはあの『大侵攻』に備えると言う使命があるんだ! 世界の運命がかかっていると言うのにこんな事で心を乱されている場合じゃない! 個人的なことは後回しだ!」
世界を救うという大義名分のもと先送りと言うある意味最低の結論をだして自分をごまかした。
◇◇◇
アーケンに到着すると街の様子が騒がしい。
どうやらジルグス国の王女で『ジルグスの至宝』と言われ国中から慕われているミレーナ王女が来ているとの事で、早速見に行くことにするカイル達。
王女が訪れるという大地母神カイリスの神殿では王に仕える近衛騎士達が護衛についていた。
その中にはカイルのかつての仲間でこのジルグス国でも最高の騎士と言われている第二騎士隊長のゼントスもいた。
そして現れたミレーナ王女は噂にたがわず美しく、笑顔で周りに手を振っている。
彼女こそがカイルの目的で、記憶では彼女は明日の移動中に魔獣のヒドラに襲われ死亡するというものだった。
その危機に助けに入りミレーナ王女を救うことで名声を得ようというのがカイルの作戦だった。
もし本当にミレーナ王女の安全を考えるのなら事前に警告なりをするのが一番なのだが、それでは意味がなく信じてもらえるかどうかすらわからない。
「悪いが利用させてもらう……」
カイルは罪悪感を心の隅に追いやりながら王女を見ていた。
◇◇◇
翌日の早朝密かに出発するミレーナ王女をそっと尾行するカイル達。
魔獣の襲撃を警戒していたが、近衛騎士を連れず街の衛兵のみを連れた少数で外れの街道を進み、その先は小さな村しかなく行き止まりになるなど色々と不審な点がある。
しばらくすると突然御者が剣を抜き周りの衛兵に襲い掛かった。
すぐさま駆けつけ、その不審者を片付けたカイルだったが、丁度ヒドラまで乱入してくる。
ヒドラは強力な魔獣で下位ドラゴンに匹敵するといわれているが、多少苦戦するものの魔石を利用しヒドラを一対一で倒すカイル。
そして馬車の中で眠らされていたミレーナ王女をおこし助け出すことに成功する。
アーケンから近衛騎士達の騎馬がやってくると言われこれで計画通りだと思ったカイルだったが、ミレーナ王女がすぐさま逃げるように言い一緒に馬車で逃げることとなった。
逃げる馬車の中でミレーナ王女はカイル達に説明する、この暗殺の実行犯は近衛騎士第二隊隊長のゼントスで更にその背後にはミレーナ王女の兄でありながら側室の生まれのため王位継承権の低いカレナス王子がいると。
つまり王位継承権をめぐる暗殺だと言うのだ。
考えてみれば王女の死としてこれほどわかりやすい理由もないのだがその可能性をカイルはまったく考えていなかった。
カイルは前の人生でカレナスともゼントスとも会っており、二人を知っていたために、あいつにそんな真似できるはずがないとあいつがそんな真似させるはずがないと頭から信じ込んでいたのだ。
「知っていたが故の失敗か……」
王女の死は魔獣による事故、これを疑っていなかったのは完全な失敗だった。
◇◇◇
とにかくミレーナ王女と共に王都に戻らなければそれこそ王女暗殺犯にされかねないということがわかり、なんとか脱出する手段を考える。
このまま馬車で街道を逃げてもこの先の村で行き止まりになる。
そこで何よりも厄介なゼントスがアーケンで待機しているのがわかったため、カイルは大胆な手に出る。
それは引き返して追って来る八十からの騎馬を突破してアーケンまで戻るというものだった。
当然ながら無茶な案としてミレーナ王女には反対されるがカイルには勝算があった。
事前に買っておいた攻撃魔法を込めた魔石、それを投げつけるというよりもばら撒くといった方法でのごり押しの突破だった。
魔石は高価なものなので、そんなものを大量に所持しているとはまったく予期していなかった近衛騎士達は、魔石によって文字通り蹴散される事となった。
後はこのままアーケンの街に逃げ込むだけ、と余裕が出てきたカイル達だったが、当然と言うべきか、やはりと言うべきかそう上手く事は運ばなかった。
途中で馬車の車輪が壊れ使いものにならなくなったのだ。
馬に乗って進むことは可能だが当然先ほどまでより遅くなるし、馬車そのものがなくなり防御の面でも不安が残る。
ぐずぐずしていれば先ほど蹴散らした騎馬の残りが再度追撃してくるし、この先に入るかもしれない待ち伏せと挟み撃ちともなれば最悪だ。
それを避けるにはここに追っ手の足止めをしなければならず、王女の護衛が最優先である以上残るのは少数、一人だけになる。
「という訳で頑張ってくれ」
カイルはぽんとセランの肩を叩いた。
カイルの言葉にあっけにとられるセランだが、結局一人残されることとなる。
騎士達の何とか無事だった残り三十人ほどが追いついてくると、セランは白旗を作り土下座して必死に命乞いをする。
だが目撃者は一人たりとも生かしてはならないと厳命されている騎士達はセランに刃をむける。
◇◇◇
その頃ウルザは何故セランを見捨てたとカイルに詰め寄りまたリーゼにも平然としている事に腹を立てていた。
だがカイルはその心配はないと言う。
「たしかにセランには魔法の才能もないし、性格も人として根本的なところが腐っているかのような性格だ。だが剣に関しては類い希な、いやそんな言葉では言い表せないほどの才能を持っている。そしてそれにおごらず常に努力を怠らない。剣に関してのみ言うならあいつは俺をはるかに超える天才だ」
◇◇◇
泣き、みじめに命乞いをしていたセランが突如として牙をむく。
それまでの態度は全て油断させるための布石に過ぎず、侮り警戒をゆるめた近衛騎士達にセランは襲い掛かる。
油断をしていた騎士達はほとんど抵抗も出来ないまま一気に十人近くが斬り殺された。
更に馬を潰し追撃できないようにした後、不敵に騎士達に笑いかけるセラン。
そんなセランを見て騎士達は得体の知れない、まるで未知の生物にでもあったかのような恐怖を感じる。
そして精神を立て直される前にセランはさらに追撃をする。
こうして近衛騎士第二隊はほぼ壊滅する事となった。
◇◇◇
その頃アーケンでは追っ手にやった部下が全滅したと魔道具で知ったゼントスが一人討って出る。
そしてそれを知ったカイルもまた一人で迎え撃つこととなった。
ゼントスと対峙したカイルはまず降伏を勧める。
絶対に降伏しないとわかっていても言わずにいられなかったのだ。
本気で自分を助けようとしているカイルに怪訝な顔をしつつもゼントスは剣を抜く。
カイルも仕方ない、とばかりに剣を抜きぶつかり合う
前世において頼りになる仲間でありカイルの魔法剣士としての見本でもあったゼントスとの戦いがはじまった。
戦いは一進一退で、剣の技術はほぼ互角だが力や速さといった単純な身体能力はゼントスが上だった。
だがカイルはゼントスとの戦い方をよく知っており、武器の方もシルドニアという伝説クラスの剣を持っている。
何より自分より格上との戦いに慣れているカイルにゼントスは手を焼いた。
後がないのは自分の方と気づいたゼントスが捨て身の、命をかけた攻撃にでる。
◇◇◇
ゼントスが剣を下段に構え、前傾姿勢で突進してくる。
完全に防御を捨てた、相討ち狙いとも言える攻撃で、下手な防御は無駄だと悟ったカイルが突きの攻撃態勢で迎え撃つ。
互いに剣の間合いに入る直前、ゼントスは更に身を低くすると同時にカイルは突きを放つ。
カイルの心臓狙いの突きが左肩を大きくえぐるがかまわず踏み込むゼントス。
カイルが剣を引き戻そうとした瞬間、ゼントスが柄頭でカイルの剣を大きく弾き上げる。
両腕が上に大きく弾かれ、何とか剣は飛ばさなかったがほとんど万歳の状態までになるカイル。
そしてゼントスの目の前にはがら空きになったカイルの胴体。
左斜め下からの斬り上げ、ゼントスの技量なら鎧ごとカイルの胴体を両断できる。
頭上からカイルの剣が迫ってくるのはわかるが、先に自分の剣が届くとわかるので全力での攻撃だった
刃が胴に当たり、確かな手応えを感じたあと――鈍い金属音と共に剣が真っ二つに折れた。
ゼントスは目を見開き思わず上を見上げると、ほとんど目の前まできた刀身と悲しみを両の目にたたえたカイルの顔が見えた。
◇◇◇
カイルがわき腹の鎧の下に予め仕込んでおいたのは血のように赤い『神竜の心臓』。
岩だろうが鋼鉄だろうが斬り裂くゼントスの斬撃も、神話の時代から存在する伝説の『神竜の心臓』には傷一つ付けることはできなかった。
何度も戦ったことがありその実力を知っているカイルは、ゼントスが捨て身できた場合自分では勝てないとわかっていた。
だからこそ殺される前提で、そこから逆転出来る方法をゼントスと戦うかもしれないとわかってからずっと考えており、それがこの方法だった。
皮一枚ずれれば体が真っ二つになっていただろうに、何でそんな無茶なまねをと肩から心臓付近まで斬られ今にも命が尽きそうなゼントスがか細い声で訊く。
「そんなのお前の腕を信頼していたから出来たに決まってるだろ。お前ならあの攻撃で確実に俺の命を奪うと確信していた」
心から信頼している、と生真面目とも言えそうなカイルの言葉にゼントスは薄く笑った。
その後、最期に消え入りそうな声で何かを呟き、ゼントスは息を引き取った
「すまない……俺は……どんな事があろうとも、何を犠牲にしようとも守りたい奴等がいるんだ」
カイルが後ろを振り返る、そこにいるだろうリーゼやウルザ達の顔を思い出しながら。
「だが死んで欲しくない者の中にはお前もいたんだがな……二度もお前の死を看取る事になるとは……あばよ、戦友」
傷ついた体と、そして心を引きずりながらカイルはリーゼ達の所に戻っていった。
アーケンに戻りミレーナ王女の命令でカレナス王子を捕縛し、王女暗殺という大事件は失敗に終わった。
◇◇◇
王都マラッドについたカイル達はミレーナ王女の父、レモナス国王に会う。
レモナス国王は王女を助けてくれたことをカイル達に感謝する。
そしてミレーナ王女からこの一件をそのまま公表すれば大醜聞となるため事故として発表しようという案が出て、そう処理されることとなった。
ミレーナ王女とカレナス王子がサネス村に慰問に向かう途中ヒドラを含む魔獣の群れに襲われ第二近衛騎士隊の多くが死傷、カレナス王子も重傷を負い近隣諸国にも名が知られていた騎士ゼントスも戦死する。
不幸中の幸いは通りかかった旅の者、カイル達の活躍によりミレーナ王女が無事だったことだろう。
今回の事件は表向きはこう発表されることになり真実を知るものは極一部のみとなった。
カレナス王子は怪我の療養の名目で静養地の地方に送られ、いずれ怪我から併発した病気にかかりその地で一生を過ごすことになるだろう。
そしてそんな魔獣の群れから王女を救ったカイル達の活躍の評価は高まった。
本来なら功績として騎士の位も望めただろうがカイルはこれを辞退したため、代わりに聖ランデネール勲章というものを授かる。これは数百年前にジルグスにいた聖人の名をとった勲章で、一般人が受け取ることのできる最高位の勲章だ。
ミレーナ王女はカイルに騎士になってもらいたかったようだが英雄になるという目的がある以上、責任と義務を負う事となる騎士の地位はかえって邪魔になるからだ。
そして宮殿にてカイル達に勲章の盛大な授与式がおこなわれることとなる。
これが後に『人族の希望』『剣と魔を極めし者』『好色英雄』等、様々な二つ名で呼ばれる事となる大英雄カイル・レナードが初めて歴史の表舞台に登場した瞬間だった。
この時からカイルという英雄の、新しい英雄譚が始まった。
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