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博士が愛したクラウド上の「ワトソン」 がん医療を変える?〈AERA〉

dot. 9月8日(火)16時7分配信

 人のゲノム(遺伝子)研究が、がん治療を変えつつある。異常なゲノムを見つけ出し、その変異に応じた薬を患者に届ける「個別化医療」への挑戦だ。

 2013年初頭、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターの宮野悟センター長は、片思いに胸を焦がしていた。お相手は、対話が知的で洞察力に富み、たゆまぬ向上心も魅力だ。気にかかったのは、ユーモアに欠けるところくらい──。

 宮野さんが心ひかれたその“人”の名は「ワトソン」。米IBMが開発した最新のコンピューターシステムである。

「ひと目見て、これは、がん研究に使えるなと思ったんです」

ワトソンの実体は、人間が日常会話で使う自然言語を理解するクラウド上のソフトウェアだ。単に自然言語を扱えるだけでなく、導いた答えが妥当かどうか自ら検証し、学習していく。

 したがって学習するデータをアレンジすれば、さまざまな専門知識を持ったワトソンを生み出せる。宮野さんが直感し、IBMも開発に着手していたのが、がんの専門知識を蓄え、投与すべき抗がん剤を提案できる「ドクター・ワトソン」だった。

 なぜ、がん医療にコンピューターが登場するのか。宮野さんいわく、現在のがん治療・研究が「人知を超えた世界」に突入したことが背景にあるからだ。

 がんとは、傷ついたゲノムが誤った信号を出し、細胞増殖がコントロール不能になる病気だ。

 近年、ゲノムの内容を読み取る「シークエンサー」と呼ばれる機器の性能が飛躍的に向上し、数十万円程度の費用をかければ、1日〜数日間で一人の全ゲノム情報を読み取れるようになった。そこから見えてきたのが、がんという病気の複雑さだ。

 人の体は60兆個の細胞からなり、各細胞にあるゲノム情報はすべて同じというのが、これまでの生物学の常識だった。ところが、がん患者のゲノムを調べると、同じ人の中に、さまざまに改変されたゲノムが存在することがわかってきた。その数は数千〜数十万カ所になる。

 こうしたゲノムの変異ごとに、がんが“暴走”する仕組みは異なるため、それを抑える薬も異なる。そこで、どのゲノムの変異にどんな薬が対応しているかを調べるため論文を繰ると、大きな問題にぶつかる。

「ウェブでアクセスできる論文は2千万本以上。なかには間違った内容のものもある。さらに、14年はがん関連だけで20万本の論文が新しく発表された。データが膨大になり、研究者や医師の能力の限界を超えている。そこで、ワトソンに期待しているんです」(宮野さん)

 7月、宮野さんの2年越しの思いがついに実を結んだ。研究グループにワトソンが導入されたのだ。ワトソンは事前に膨大な論文やがん治療の指針などを読み込んでいて、入力したゲノムの変異情報に応じた抗がん剤をリストアップする。

「医師が数週間かかっていた作業を最短10分程度に短縮可能」

 日本IBMワトソン事業部の溝上敏文部長はそう話す。同事業部ソリューション担当の元木剛さんの見方はこうだ。

「人間の知的活動の範囲の拡大に貢献できると思います」

※AERA 2015年9月7日号より抜粋

最終更新:9月8日(火)18時32分

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