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迷宮都市のアンティークショップ 作者:大場鳩太郎
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もふもふとした毛並みのキーホルダー(未鑑定)③

「釣りはいらん。駄賃にくれてやる」
『死の足音』嬢が金貨一枚をダンと叩きつけるようにカウンターへと置いた。ちなみに金貨は千ゲルンに相当するので、銅貨一枚もお釣りは出ないのだが今それを指摘しても彼女の耳には届かないだろう。

「世話になった。私はもう帰る」
 どすどす床を踏み鳴らすようにして出口へと向かっていく。

 フジワラとしてはこのまますっきりした気分で彼女を見送りたい気分ではあったが、まだ彼女を帰すわけにはいかなかった。
 これまでのやりとりはただの迷惑料込み嫌がらせみたいなもので、本題はこれからなのだ。

「お客様。その前に残りのお支払をお願い致します」
「何っ……払ったではないか!」
「ええビスケットの代金は頂きました」
「まだ何かあると言うのか?」
「前回、毒の手当の際に発生した解毒薬代、魔力薬代、それから耐毒のアミュレット使用料を請求させて頂きます」
「なっ……」
「全部でそうですね……十万ゲルンになります」
「十万……だと……!」

 『死の足音』嬢が悲鳴のような声を上げ、更に片足だけ履きかけていた足具でバランスを崩し盛大に転倒する。
 残念だがこれはれっきとした仕事なのである。

「ちなみにこちらは水増ししていない正規の値段です」

 金額の大部分は解毒薬が占めている。どんな猛毒をも後遺症すら残さない霊薬(エリクサ―)並の高品質で、八万五千ゲルンもする代物だったのだ。残りは魔力薬が一万二千ゲルン、アミュレットの使用料が三千ゲルンといったところだ。勿論端数は切り捨てにしてきりのいい額にサービスしていた。更に言えば彼女が壊した長剣の代金については屑同然なので請求していない。

 こちらとしても高い売り物を使用してしまった以上、彼女から代金を請求しなくては、師匠にどやされるどころでは済まない状況なのだ。

「くっ……分かった。世話になったのだから払おうじゃないか」
 『死の足音』嬢はよろめきながら再び立ち上がると悔しそうにそう言った。

 フジワラとしては意外に物わかりがよく内心ではホッとしていた。おまえを殺すとか言われて暴れ出すかもしれないと思っていたのだが、彼女は思っていたよりも器量のある人物なのかもしれない。

「だが待ってくれ。私にはそのような大金を返すあても金策をする余裕も今はない。だから証文を残すのでは駄目だろうか?」
「……ふむ」

 これはフジワラとしては、少し予想外な反応だった。

 『死の足音』嬢の事をある程度お金に不自由していない階級の人間であると踏んでいたからだ。
 根拠は彼女の所有物である全身甲冑や大剣、肌着の品質だ。手にとって見たわけではなかったがどれもが貴族や王族が使用しそうな手の込まれた意匠の施されている一級品なのである。それに彼女が迷宮都市の外からきた身分の高い人物であれば、出自を隠している理由も理解できなくもないのだが、読みが外れたらしい。

 ただ別に当てが外れたわけでもない。
 彼女が何者であれ元々、十万ゲルンもの大金を即金で揃えて貰おう等とは更々思ってはいなかった。

 きちんと落としどころは考えているのだ。
 フジワラは予定通り用意していた科白を切り出す事にした。

「畏まりました。ただお客様は探索者のはず。ならばダンジョンから回収したドロップアイテムで支払いとすれば良いではありませんか?」
「私はそんなもの――」
「例えばそのもふもふしたものでも構いませんよ?」

 フジワラが指さしたのは『死の足音』嬢の足元にある大剣。その握りにはもふもふした毛並みのキーホルダーがぶら下がっている。それは彼女をここに運んだ時から目をつけていたアイテムだ。扱いからして彼女がこれの価値を知らずに、ただの飾りとして扱っている事は分かっていた。
 だが毛の艶や色の特徴から判断するに満月兎フルムーンラビットの左後ろ足で間違いないだろう。『古き良き魔術師たちの時代』に乱獲されて絶滅した動物で、呪術などの道具として使用される部位である。

「こ、このもふもふは駄目だ。地下十一階で手に入れたお気に入りなのだっ」
「たぶん付与道具ですね。モノによっては十万ゲルンを超える売値になるでしょう」
「なっ十万ゲルン……そ、それはビスケット何枚分だ?」
「質問の意図が全くもって理解できませんが、五千枚です」
 『死の足音』嬢が目の色を変えて尋ねてくるので、フジワラは暗算をして返答する。
 勿論、単価は一枚二十ゲルンである。

「くっ……やむを得ん。持っていくがいい」
「有難うございます」

 よく分からないが納得してくれたらしい。
 フジワラは『死の足音』嬢より小さなもふもふのキーホルダーを恭しく受け取ると、早速鑑定を始めることにした。



「……ではこれは相場の五万五千ゲルンで買い取らせて頂いて宜しいですね?」
「ああ構わん」

 鑑定の結果、もふもふした毛並みのキーホルダーは『兎の後ろ足(ラビット・フット)(無印)』であると判明した。

 魔力と引き替えにささやかな幸運を呼ぶと言われている付与道具である。

 但しその『幸運』ははっきりと目に見える形で訪れるわけではなく、例えば『地面のぬかるみに足がとられ難くなる』『弓を射る精度が僅かに上がる』『暫くの間、空腹になり難くなる』などと言ったよく分からない案配なのである。故に使いどころが難しく有用性が疑われる為、探索者からは重宝されることはまずない。

 しかしこのアイテムは探索者以外の層に結構な需要がある。
 『兎の後ろ足』は古くから幸運を呼ぶ縁起物とされており、露天などを探せば付与道具ではないものが当たり前のように並んでいる。勿論、素人が作ったマガイモノよりも本職の手による品のほうが圧倒的に有難がられるし高値で取引されるのは言うまでもない事である。

 そして何を隠そうこれこそが『太陽を見上げるモグラ』亭の女主人に頼まれていたアイテムの条件にぴったりな品だった。兎は多産なことから安産祈願などのお守りとしても扱われているのである。
 早速、後で届けに行くことにしよう。

「だが十万ゲルンはいかなかったようだな」
「残念ながら品質がそこまで良くありませんでした。ただダンジョン探索の収穫としては上々のものでしょう」
「ぬう。初めて知った……。ダンジョンのアイテムというのはこんなにもお金になるものなのか」
「今まではどうしてたんです?」
「落ちているものを拾うなど卑しい行為だ」
「回収してこなかったんですね」
「だが……くっ……こんなことなら片っ端から拾っておけば良かった」

 今時ドロップアイテムを回収しない探索者も珍しい。遠征以前には『攻略組』などというスリルや名誉を求めてダンジョンの深くを潜ろうとする輩も多くいたのだが、彼女はそういう類ではないようにも見える。



「ぐう……だがまだ四万五千ゲルン程足りないな」
 『死の足音』嬢が髪の毛を掻き毟りながら手持ちの硬貨と睨めっこしている。

 彼女の財政状況では残りの支払いもかなり厳しいらしい。

 だが硬貨を入れていた巾着袋は一見するとよく形のものだが、卑竜(ワイバーン)の革を丁寧に加工したもので、留め金のボタンも純金でできている高級品だ。
 もしかしたら彼女は没落した貴族の娘で、探索者として出稼ぎに来ているとかなかもしれないと思ったが、それならば今までアイテムを回収してこなかった理由に説明がつかない。
 良く分らない人物である。

「ではこうしましょう。お支払いは後日で結構です」
「……いいのか?」
「はい。その代わり条件がございます」
「な、なんだ?」
 『死の足音』嬢が身を引きながら、詐欺師か何か怪しげなものを見るような目をこちらに向けてくるので心外なことこの上ない。
 誠心誠意、接客しているだけなのになあ。

「今後、ダンジョンで手に入れたドロップアイテムをすべてここに持ち込み、買い取らせて頂き、その代金を返済に当てて頂きます」
「……むう。そんな事でいいのか?」
「ええ。但し、必ず買い取りの前に鑑定を行わせて頂き、その料金分を差し引きさせて頂きます」

 こちらとしても鑑定はできるし、鑑定料は入ってくるので悪い話ではない。
 彼女はかなりの腕利きなのできっとダンジョンから価値のあるアイテムを見つけだして持ってきてくれるだろう。

「残りの額は数ヶ月もあれば返済できるでしょう」
「そんなに稼げるものなのか?」
「ええ。地下十階以上を潜る事のできるお客様程の腕があればこそですが」
「ならば承知した」

 彼女の同意を得たところで早速、一筆認めて貰う。
 まだ済んでいない代金を必ず払う旨を記してもらい、終わりに署名と拇印をしてもらう。

「これでいいいな」
「……有難うございます」
 フジワラは『死の足音』嬢から受け取った羊皮紙を確認して頷いた。

実は契約書に意味はない。彼女がどこの誰であるか知らない以上は踏み倒されてしまえばそれっきりの意味のない代物である。
しかしフジワラは彼女が決して約束を破ることはない事を理解していた。何故なら『死の足音』嬢はすでにこちらに担保となるものを渡しているのだ。正体と強さの秘密がそれである。
それから終わりのほうにある署名を見てはてと思った。
そこにあるアネモネ・L・アンバーライトという名前をどこかで見たような気がしたのだ。洗礼名であるミドルネームを持っているのでやはり貴族階級であることは間違いない。有名人だろうか。



「……さて、これでもう用はなくなった」
 『死の足音』嬢はそう言って全身甲冑を着込み始める。
こういう装備は大抵従者が手伝いながら時間をかけて身につけるものだが、彼女は慣れた手つきで次々に身体の隙間を覆っていく。

暫くして彼女はふと考えるようにこちらと見た後でこう言ってくる。
「私だけ名前を知られるのも癪だな。貴様、名前を教えるがいい」
「フジワラといいます」
「ふん変わった名前だ。いいだろう覚えておいてやる」

 彼女はそれだけ言うと、最後に兜を被り、ビスケットを頬張っていた少女から『死の足音』と呼ばれる屈強な探索者へと戻る。
如何なる環境が彼女にその術を覚えさせたのかは分からなかったが、ひとりで甲冑を纏うなどただの貴族の娘にできる芸当ではない。いくら『加護持ち』だからという理由では分からない何かが彼女にあることだけは確かだった。

それから『死の足音』嬢はフジワラに背を向け、ガシャンガシャンと甲冑を立てながら店から出ていこうとしたが、扉を半分開けたところで立ち止まりこちらに兜の覗き穴を向けた。

「……ところであのビスケットはどこで仕入れたものだ?」
「気に入ったんですか?」
「……不味くはない」
「『太陽を見上げる土竜』亭という酒場を御存知ですか?」

 それを聞いて『死の足音』嬢は忌々しそうな顔で舌打ちをする。
「あの下賤な者どもの巣窟か……」

 酷い言いようだが何か嫌な事でもあったのだろうか。まあただでさえ期待の新人として注目を浴びている上に、その正体について賭の対象にされている状況下から考えて、何も起きない方がおかしいだろう。

「では次回のお茶受けに御用意しておきましょう」
「ん」
 『死の足音』嬢が兜を小さく縦に揺らす。

 彼女を生かす為とはいえ、手当をしたのも解毒剤を使ったのもこちらの判断で行った事だ。その費用を請求するのは押し売りに近いところがある。
 だから彼女の気持ちが多少でも和らいでくれるのであればその程度のサービスはお安い御用だった。

 鈴の音が鳴り、扉が閉まるとフジワラは暫くの間、深々と頭を下げた。

「またの御来店、心よりお待ちしております」



 以来、『死の足音』嬢ことアネモネは常連客となり、大量のアイテムと引き替えにビスケットとカフェオレを食べにくるようになった。
 時折、怪我や体調不良の状態でダンジョンから戻ってくることもあり、そういう時は決まって治療をする事になる。

「ここは施療院じゃないんですけどね」
「うるさいさっさと傷を治せ」
「そういうなら大人しくしていて下さい」
「ビスケットを食べている邪魔をする貴様が悪いんだ」
「どこのお子さまですかまったく……」

 こうして孤独な全身甲冑とフジワラの交流が始まったのであった。



 鑑別書『ウサギの後ろ足ラビット・フット(無印)』

 『汝、信仰心なき博徒に告げる、血を五百二十滴捧げろ――さすれば世界は尽きるまで、賭けろ、運べ、廻せ、巡れ、そして与えよ、バーデンバーデンの車輪の如く』

 兎の左後ろ足の先を留め具に取り付け、携帯しやすいように加工したものがこれ。
 お守り(チャーム)の一種で、露店などでよく並んでおりますが、付与道具であるものは希でしょう。

 みなさんが御存知のように、古くより兎には様々な謂われがあります。
 例えば逃げ足の早さにちなんで、敵から逃げおおせる俊敏さが得られるとか。兎の赤ん坊は眼を見開いたまま生まれてくるので、魔除けとしての御利益があるとか。多産で非常に繁殖力が高い動物なので、多産と繁栄の恩恵を授かるとか(余談ですが、昔から胎児が母親のおなかを元気よく蹴る事を『兎の後ろ足ようだ』と表現するのはこれが由来です)。
 これらは古来より言い伝えられている迷信ですが、『古き良き魔術師たちの時代』の人々は真剣にその恩恵を授かろうとし、このアイテムが作製されたのだと言われています。

 ただこの付与道具は実際の効能を確かめることは簡単ではありません。何故なら得られるのは『幸運』、つまり目には見えない不確かなものだからです。
 ですがこれを使用する度に、代償とする魔力は確かに消費され、世界がその見返りである何らかの魔法を提供しているのは確か。
 探索者たちの報告によれば『地面のぬかるみに足がとられ難くなる』『弓を射る精度が僅かに上がる』『暫くの間、空腹になり難くなる』になどと言った地味すぎる効果ばかりが見られたようです。
 一説によれば使用者がその時最も必要としている手助けしてくれているとか。もしそれが正しいのであればダンジョンで、どうしようもない窮地に追い込まれた時には『ウサギの後ろ足』に頼るのもひとつの手かもしれません。
 以上が、『死の足音』嬢ことアネモネが『古き良き魔術師たちの時代』の常連となった経緯である。
 彼女の出自と、迷宮都市を大不況に陥れる事になった遠征事件との深い因縁についてはまた別の機会に語る事としよう。
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