補足:ぼっち,非リア充,非モテ,コミュ障,喪女

黒猫
男のぼっちキャラはハードボイルド・孤高という方向に逃げられる。そもそもぼっちという状況が確実に成立するのは義務教育期間中すなわち高校までで、つまり特定の誰かと親密な人間関係を築く(=友達を作る)のが普通とされる集団生活を強いられている場合のみである。以降は友達いないとか一人というのは、全く珍しくない。社会に出ればみんな一人、つきあいのほとんどは仕事のためで、仕事から離れればもう他人。趣味のつきあいもあり得るけれど、友達というほど、趣味を離れても関係が続く人は稀。

#生きてゆくのに友達は必要ではない。ただ、もしいたら、その方が楽しい。

あとは、彼氏・彼女(みたいなもの)がいるかどうかということ。いずれかが居れば最低限の他者承認が得られるので、ほとんどの人は心の安定を保てる。おそらく子供のいる家庭があったら、家族と関係しない自分だけの友達なんて、多くの人にとってはむしろ不要だろう(と想像する)。

一方、女ぼっちキャラが最近注目されていると思う。
一例。
Angel Beats!の天使/立華 奏(そろそろどういう奴か忘れてる)
化物語の千石撫子(推定。KYでいじめられるタイプ)
僕は友達が少ないの皆さん(本当に困ってるタイプではなさそう)
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの黒猫(読んでないから知らないが好き)
私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!の黒木智子(こいつはすごい)

長門有希も入れるべきだろうか?ほぼAB!の天使とかぶるが、黒木智子的には「無口無表情キャラ」ということで別、ぼっちの持つ不足感が無い(=そもそも友達が必要でない。一人でいる事に問題を感じていない)という点で、ぼっちとは異なるようである。

ここで女ぼっちキャラの特徴を列記しておく。
・本当はちょっと寂しくて友達が欲しいけどいない自分を正当化するために友達なんていらないという態度を取ることがツンデレにつながる
・友達ができない/作り方がわからないという点で少なくとも軽度のコミュ障ではあるが、人間関係が不器用というのはむしろ持ち味であり、根本的にメンヘラー乃至基地外ではない
・とはいえ、外見がかわいい事が絶対的な必要条件(性格は”見ようによってはかわいい”)。黒木智子についても、今は外見的魅力はないけどうまくすればかわいくなる、という希望(本質に基づく将来性)が救いであり、これが本当にブス/デブだった文字通り「話にならない」

#なんか最近ぼっちキャラに憧れている自分がいる。


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人間嫌い4:理想的な人間関係とは

あずさマギカ
p.118
兼好法師は言う。
萬のことは、たのむべからず。 おろかなる人は、ふかく物をたのむゆえに、うらみいかる事あり。
この世のほとんどの不幸は、他人に過剰に期待することに起因するのではないかと思う。他人に期待することがなければ、他人を恨むこともない。
---
徒然草より。他人を100%信頼するのは失望のもと。裏切るとは限らなくても、人間は失敗する生き物だから。とはいうものの、では誰も信頼せずに生きるかというと、自分もまた思いがけず失敗することはある(というか多い)から、100%の信頼なんて、何に対してもできない。
ただ、信頼して失敗されても、ま、いっか、仕方ない、と思える関係なら、それで十分かと。お互いに。というかそれが目標かな。


p.151
家族や妻に対する漱石の態度は、わが国の古風な男の典型であるとすら言える。
(中略)
こうした家族主義的人間嫌いは、いまなおわが国の妻帯者の中に少なからず残存しているようである。彼は実存の深いところで妻に依存しているので、妻から切り離されて世間の寒空にひとりおっぽり出されたら生きていけない。そのことを妻もよく心得ていて、男のプライドってかわいいと思いつつ、下を向いて苦笑しながら「はいはい」と答えて、夫のわがままに付き合っている。こういう男は人間嫌いであっても、「家族に守られた人間嫌い」というひ弱な劣等品種である。
---
ストイックな人間嫌いからすると、無頼を気取っても誰か一人(例えば妻)の承認だけは必要な人=ひ弱な劣等品種と切り捨てているが、中島のように根っからの人間嫌い(ということにしておこう、妻子もいるけど家庭内別居というし)・狷介孤高でない限り、他者承認不要・自己承認だけで生きて行ける、という人は少ない。ごく少ない(*)。少なくとも、一度彼女や妻を持ってしまったら、そういう”身内”が一切不要というのはとても勇気のいる事。まぁ、勇気をもってがんばって冷たい変人になる必要もないんだけど。
少なくともそうでない限り、ハードボイルドで強面で無頼なんつっても、実はアニオタだったというくらいヌルく思える。
(*)後日考察します


p.186
こうして、互いに恩を計算しない関係、「あんなにしてやったのに、こんなにしてやったのに」という醜悪な不満を撒き散らさない関係を実現したいのである。
---
ようは、親切にしてやった直後に自分のちょっとした頼み事すら断わるような相手に対し不快感を持たず、相手も受けた恩義に気を使わず自然な心のままの対応ができる。そんな欧米的な、恩の貸し借りのない・理性的な・割り切った、もっと言えば事務的で自分勝手で冷めた関係は、確かにある種の気遣い無しで快適ではあるけど、まるで機械と付き合っているようでもある(僕もまたウェットなのか。海外では確かにそう感じた。それに、一応客商売らしき事をしているという事はコミュ障ではないのかもしれない)。それが理想とは思わないけど、あまりに報恩謝徳みたいな関係を強要されても息苦しい。全ての人間関係はその中間にあるとすれば、日本はもうちょっとドライになってもいいんじゃないか、ということだろう。


人間嫌い3:なぜ書くのか

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加齢により経験は増えるがどんどん能力は衰えるので、結果として失敗が減ることもあまりない。すなわちマトモに仕事ができるのは40代までかと思う。それ以降は惰性。

p.88
驚いたことに「いま、書くテーマが見つからなくて」と語る作家志望が少なからずいたことである。それなら、書かなければいいのだ。小説化とは、書かなければいられない人のことであり、書かなければ(他の何かが与えられても)生きることのできない人のことである。書くテーマが腐るようにあるから物書きになるのだ。多くの人に読んでもらいたいからこそ、多くの人に伝えたいからこそ、死に物狂いで最も効果的な文章を練り上げるのである。
---
卑近な喩えだが、書くことないならブログを更新する必要もないし、全然ないならブログなんて始めない・やめればいい。とにかく誰かに注目されたいなんて、バカな子供かと。
僕は基本的に、良いものは良い・悪いものは悪いという(主観的ではあるが)自分の評価に基づいた情報を発信し、またより多くの人が対象を評価することで(主観的ではあるが)正しい評価という情報が行き渡り、それにより世の中全体がより効率的になる(悪いものが消え良いものがより良くなる)のを目指していた。Amazonのレビューで数百人から高評価を得ている本があれば、おそらく誰が読んでも全然面白くない、ということはあまりないでしょう(Amazonで評価したことはほとんどないけど)。誰かが作ったシステムだと、食べログみたくやらせ投稿で嘘の(とは言えないまでも正しくない)情報が流れることがあるからあまり信頼できない。ブログならシュミが合わない人は来ない・見ないし、いかなる酷評でも削除されないし勝手な感じが良いかと。
でも最近は、”改善への義務感”みたいなものが脅迫観念に近くなってきているので、もっとテキトーにしようかと。テキトーに生きようかと。深く考える必要もないし、正しい事なんてないし、ただ言いたいから言うという程度に思っている。評価なんて主観、人それぞれの好きずき。飯もマンガも、そんなに真剣に議論するほどのもんじゃないし。


p.106
作家になること、それはいずれすべてが、(その存在までもが)忘れ去られることである。坪内逍遥や幸田露伴でさえ、もう新潮文庫にはない。たった三~四十年前の流行作家でさえ、ほとんどが忘れられている。いまや、小林秀雄や曾野綾子ですら、知っている学生は少数派である。たとえ時代の寵児になったとしても、たちまちのうちに消えていく。まさにカゲロウのような存在であり、それでも自分が書くことそれ自体に意義を見いだせなければ、とうていやっていける商売ではないのだ。
---
作家っていうと、昔はすごかったかもしれないけど、今じゃ雑誌やネットに文字はあふれかえっており、たまたま話題になれば本になることも珍しくないので、本が出れば作家とすると、作家の価値は落ちたね。
今よりずっと作家の評価が高かった昭和の時代の文学作品やその作家でさえ、もう忘れられている。本になれば作品は半永久的かと思いきや、意味無し論文と同様、データとしてどこかに保管はされてるのだろうが、人の目に付くことがなくなる。誰も関心を持たなくなる。おそらく、文字情報の量はここ数百年で指数関数的に増えているだろうから、個々の情報のもつ意味は無限に希薄化していていることだろう。
だから今の時代、永遠に語り継がれる文学作品を残そうとか、そういう物書きになろうというのはずいぶん空しい。
それでも書かずにはおれない人が書くのであって、文章なんて誰でも書けるんだから(自分のように)、それで食っていくということは、相当に人並み外れて時代に合った文章を書き続けられる、そんな人だけだろう。


人間嫌い2:地理的考察

見てるよ
p.83
実際に少年時代を過ごしたのは川崎であるが、田んぼと工場と小住宅の立ち並ぶ何の変哲もないその土地は「故郷」という名にはほど遠い。東京の郊外、例えば、所沢、座間、八王子、流山、我孫子、市原などで少年時代を過ごした者は、東京人でもなければ、といって地方人でもない「どっちつかず」を日々感じていることであろう。二十六歳を過ぎて移り住んだ鎌倉は、「鎌倉」とは名ばかりで山を崩してできた造成地であり、何の愛着も呼び起こさない。むしろ、行政区としては鎌倉でありながら、まったく鎌倉らしくなかったから、「鎌倉に住んでいる」とは言いにくかった。
---
東京といえば都心か下町か、それ以外の広大な土地に住む膨大な人はみな「どっちつかず」という事になるが、自分も含めてそういう意識はあまりない。自分の生まれ育ったあたりは23区内ではあるが外れで、川だの神社仏閣だの何らかのランドマーク(といったら言い過ぎだが若干の地理学的特徴)や地域性はあると思うが、本当に最近山を削って開発された住宅地、例えば田園都市線沿線から川崎市麻生区あたり、このへんはただ住宅地という他になくどこも似たような風景で住民のほとんどが移住者、という、よく言えば中立的で誰でも住みやすい、悪く言えば無個性で画一的、無味乾燥なベッドタウン(Wikipediaのこの項目における、地域例が興味深い。)で、そういう地域が故郷にはなり得るのだろうか。そういう所が出身だと、故郷への思いなどというものは希薄で、移住することに全くためらいが無いのではないか。


p.84
私が九州で生まれたと言うと、たちまち九州人という枠で見ようとし、「九州男児」というレッテルを貼ろうとする。「ほとんど関係ありません」といくら叫んでもわかってくれないのだ。大学の友達にも、土佐はいいよ、熊本は最高だよ、と目を輝かせて自分の故郷を語る者がいた。その後そういう土地を訪れてみたが、何の感動もなかった。彼らは、土佐や熊本は自分にとっては故郷だからかけがえのない土地なのであって、そうでない者にとってはただの平凡な地方都市にすぎないということがわからない、まったくのアホである。
こういう生い立ちによるのであろう、私はかつて住んだ土地に対する愛着がまったくない。たとえいままで住んだ土地がすべて壊滅しても、私はほかの土地を探して住むであろうし、そこでまずまずの生活を送るであろう(わが国には、京都や山陰や信州など住みたい土地が山ほどある)。祖国日本が地上から消失したとしても、とくに困ることはないであろう(ウィーンのみならず、ドイツ語圏のみならず、ヨーロッパなら、ポルトガルにも、イタリアにも、ベルギーにも、オランダにも住める気がする)。
---
外国人参政権は、特に外国人労働者を集めるためなどでなければ、無いのが当然で、というのは困ったら逃げてしまうような人々が国のあり方を決めて、その国を食い物にしてトンズラしたり大挙して押し寄せて他国に編入したりすると、先住民/原住民(日本であれば多くの普通の日本人)が困るからである。そういう意味で、中島のような故郷不要論→どこでも暮らせると言ったり、無責任な無政府主義者(cf.2012-05-04)は認めがたい。もちろん移住するのは自由だが、選挙権が与えられなかったり、先住民/原住民より低い権利でも文句が言えない、本来居て良い/居るべき土地じゃないんだから。
そうすると、ロマ(いわゆるジプシー)やユダヤ人など、そもそも居場所がない人たちはどうするか。仕方ないからどっかに永住して2~3代すればおそらくその国民になれるだろう、もしくはユダヤ人みたく無理矢理国を作っちゃうという手もある。

#アシュケナジー=偽ユダヤ人?
http://www.geocities.co.jp/technopolis-Mars/5614/yud1.html

#アシュケナジーとスファラディ
http://tanakanews.com/990528israel.htm
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_hd/a6fhd250.html

中島はドイツ語ができるからドイツ近辺に住む事に抵抗はないだろう(実際ウィーン在住に近い)。が、文化的にアメリカには住みにくいだろうね、言葉はできても。さらにアジアは似合わない。中東だったら仕事ができない(書く内容がNG)。
濃すぎる人間関係とか田舎過ぎて不便なため住む地域を変えることはあっても、生まれ育った国がその人にとって一番住みやすい。たまに日本語ペラペラで何十年も日本に住んでる日本好きの外人がいるが、ああいうのは例外で、子供の頃に培った習慣や土地勘はそう簡単に抜けない。
ということで、祖国を大事にするという思いは自然なものである。
強要はもちろん、教える必要すらないかもしれない。
だから、原発問題で関西あたり引っ越した人が「案外大丈夫でしたね」なんて戻ってきたら、それは国内であってもその地域を一度は捨てた人だから、地元民としては少々冷たい視線を投げてもいいと思う。


人間嫌い1:私は人間嫌いではない

ベッカム
『「人間嫌い」のルール』中島義道/PHP新書

またこの人の本を読んでしまった。でもやっぱり、ここまでひねくれていると面白いし、極端ゆえに我々が見過ごしているある種の真実を的確に表現しているように思える。


p.33、人間嫌いの分類学
(1)動物愛好型
(2)アルセスト型:理想主義者
(3)自己優位型:みんなバカだから嫌い
(4)モラリスト型:ダメな人間に面白さを見いだす
(5)ペシミスト型:鬱
(6)逃走型:世捨て人
(7)仙人型:悟っている
---
著者は3~5の合成で、ありがちなタイプと言っているが、僕もそうかもしれない。(というほど人間嫌いでもないかもしれない)


p.42、ラ・ロシュフコー
私は憐憫をほとんど感じないし、できれば全然感じないでいたいと思う。とはいえ、私は苦しんでいる人を助けるためにはどんなことでもせずにはおかないし、実際に私はあらゆることをなすべきだ、その人の不幸に大いに同情を示すことさえすべきだ、と思っているのである。というのは、不幸な人たちはじつに愚かなので、同情を示されることが彼らには無上の恵みになるからである。しかし、私は同時に、同情は示すだけに留めて、心にそれを感ずることは注意深く避けられるべきだと考えている。
---
必要な助けはするし同情も示すが心の底からあなたに同意するわけではない。という、いわゆる善人には持ち得ない、現実に即した潔さ、冷静、客観性がカッコ良い。本当の貴族である。
逆に、同情を受けて恵みとなる、その気持ちはわかるが、その瞬間に上下関係が確定し、助けを受ける弱い人となり、もはや対等な関係にはなり得ない。それが嫌なら厳しい状況でもOKと言え、それがプライド。プライドの無いことは、一見柔軟で自由に見えるが、逆に自分の利益のためならどんなえげつない事でもしうるという危険、無限堕落。生活保護不正受給とかね。

#だからプライド=自尊心があるなら、各々に仕方ない事情はあるにせよ、生活保護受給者であるなら恥ずかしく思うはずだし、逆に生活保護受給者を見下げる事は自然である。

p.65
人間嫌いといえども、このすべて(*)を頭では理解できる。だが、誠実さに対する神経が異常に発達しているので、こういう共感ゲームにコミットすることが無性に不愉快なのである。こうした自己嫌悪を避ける唯一の道は、世間の善人集団から距離をとることであるが、それは世間から距離をとることにほかならない。つまり、なるべく人と付き合わないことにほかならない。
---
(*)形ばかりの儀礼が人間社会に必要であるということ。
誠実だから、と言うと良い面ばかり見ている感じがする、単にワガママとも言えるし。ストイック≒偏屈。でも無意味な事は無意味、と子供のように割り切った考えは、個人的には支持したい。欧米の方が、理屈が正しければ納得して貰えるが、日本(やおそらくアジア)では、形式主義、前例やら慣習やら、考え方がずっと保守的ないしアナクロで、儀礼に参加しない=悪と見なされやすい。その分、古い文化が残存しやすいかもしれない。


p.81
それにしても、知的向上心の欠如を何一つ恥じることなく露出する現代の風潮は、あきれはて、恐ろしくさえなる。「おれ、難しいことはからっきし駄目だ!」とか「あたし頭悪いからわかんなーい!」と晴れ晴れとした顔で語る大衆たち。いや、この点に関しては、かなりの知的エリートも、われ先にと同じゲームを遂行する。エリートサラリーマンに向かって、デカルト、カント、ハイデガーなどの名前を出したとたん、「そういうの、まったくわからないですね」とにやにやして応答する。思いっきり反感を買う形で言ってみると、人生の根本問題をあっさり投げ捨て、日々の俗生活に埋没し、しかもそういう自分を軽くせせら笑って、それでいいと思っているのであろうか?
私は彼らが生き方として正しくないと言っているのではない。ただ、彼らが嫌いだと言っているのである。
---
中島はストイック(でとびきりへそまがり)なインテリゆえ、誰相手でも同じ土俵で戦えば異種格闘技戦にはなるけど議論はできる。が、議論にすらならない、話にもならない、相手にならないとなると、どうしようもない。否定する理論が通じないから、嫌いというほかない。
実際には、このうるさいオヤジと話したくないからみんなそう言って逃げているのだろうが僕も、どんなに仕事ができても人生とは何か、いかに生きるべきかという哲学(そんなもの生きるのに必要ないのだが)のない人間は薄っぺらく、話す価値もないと思う。


北海道の爽やかさは異様



一言で言うと、全館冷房のアイスクリーム状態。欧州に近い気候。に対し、雨でなくとも蒸す関東。
気楽。遊びとも仕事ともつかない、と言ったら嘘、ただ来ただけというか。やる事といえばラーメンくらいか。都内有名店みたく1時間待ちとかないし。東京はゴチャゴチャして人大杉、わけもわからん無数の有象無象と同列ウザい、という上から目線、失礼。
道も店も広い、それも良い意味で非日本的、非亜細亜的。広くても日本だからきれいに整備されてるし。店も十分、札幌の町は広すぎず、飯はうまいし。あと、最近の移民の土地だから土着感、田舎臭、排他性がない。アメリカ的かも。方言もあまりないしね、遠いのに。東北はよく知らない、仙台は比較的希薄だったけど。例えば九州なんて、関東人はたぶん10年住んでも地元的には相手にされないと思う。言葉もノリも違うし。関西人の東京コンプレックスと、京都人のプライド不完全燃焼感からすると、関東人が西に行くとマイナス印象スタートだろうなぁ。その点、移住とか疎開するなら北海道。ただし冷え性にはきついかも(冬)。


最近読んだ漫画とか

部屋
職場の自分の居場所に掃除が入らないため自分で定期的に掃除するというのはわりと新鮮な感覚。高校生以来か。はっきり言って面倒。


『おたくの娘さん』すたひろ/角川コミックスドラゴンJr.
主人公、26歳(若いな)の漫画家志望のおたく青年のところに、高校時代の恋人との間に出来ていたという娘9歳が突然来て同居。久しぶりに読んだストーリー漫画。といっても筋書きのしっかりした物語というわけでもなく、このアドリブ感というかドタバタ感というか行き当たりばったりなのはむしろ良いのかもしれない。絵もうまくないし。にしてもポンポン子供出来過ぎ。やはりというか最後はクレイマー、クレイマーみたいな。

『ブロッケンブラッド』塩野干支郎次/少年画報社YKコミックス
男子高校生が女装して戦う、いわゆる男の娘もの。まりあほりっくを思い出した。絵はかわいらしいがあまり面白いとは思わなかった。

『25時のバカンス』市川春子/講談社アフタヌーンKC
なんかネットで評価が高かったので。
絵とか上手い下手とか関係無い感じの叙情的、独特の雰囲気はおそらくかなり良いが、どうもあまり理解できなかった。

以下、本。

『少女不十分』西尾維新/講談社ノベルス
作家の自叙伝風小説、内容はネタバレ的にも説明しがたい。西尾的過剰な表現が煩わしく感じたら無理。単なる奇妙な話に終わっていないのは、さすがと思う。あと少女の存在感。

『遊びの品格』川北義則/中経の文庫
趣味的生き方の勧めのエッセイ、思ったほど内容がなかった。たまに妙に具体的な指南があるのは評価すべきなのか。特に大人の恋愛について。
個人的には、そういう表面的な事でなく趣味ならマニアと言われるほど入り込んでナンボと思う。例え誰にも認められなくとも。
他人の承認>自己承認となった時点で趣味の純粋性は失われる。


源氏パイは常識か

長女
平家パイ(三立製菓)

源氏パイに対応して同社が開発した商品。おそらく誰もが一度は食べたことのある源氏パイはパルミエ(仏語でヤシ。ヤシの葉に似た形のパイというが、似てない。ほぼ丸いハート形)で、翌年(昭和41年)放送のNHK大河ドラマ「源義経」にあやかろうと名付けられた商品。
http://nikitoki.blog.so-net.ne.jp/2007-03-09-1
で、平家パイだが、パイとバターの香ばしさにレーズンの高粘度食感(たまに歯に詰まる)と甘さ。まずくはないが、メジャーにならないだろうなって感じ。

#常識というのはおそらく10代までに形成される共通経験によるもので、つまり当時の流行、一般的なテレビ番組、スーパーで売ってる食品など一般的な物事を一通り経験しておかないと、大人になってから会話に困る(こともたまにはある)、過去を振り返って懐かしがるという遊びに参加できない。好事家からすると、薄っぺらい人になってしまう。そのため、例えばメジャーな菓子類は一通り子供に食べさせておくor自分で買って食べておく必要がある。


芸能人は使い捨て(劣化芸能人)

お化け
皆藤愛子については以前(どこかで)指摘した通りで、さらにトリンドル玲奈の劣化も確認されている。外人はピーキーで、20歳前後をピークに急落する。加藤ローサもそうだ、誰かが言ってたとおりアルパカみたいな顔してるな。

【どうしてこうなった…】アイドルの驚くべき変貌ぶり【劣化】
http://matome.naver.jp/odai/2127423035779898401

劣化芸能人の画像を貼るスレ(1~300)
http://www.ga-zoo.com/archives/18003

加齢は仕方ないが、とりあえず膨らんだりしぼんだりするのは良くない。米国人の多くとロシア人のほとんどは、20代後半から必ず不可逆的に激太りして土左衛門みたいになる。こういうのを見ると思い出すのは

九相詩絵巻
例えばhttp://www2u.biglobe.ne.jp/~itou/deki/dekixx/acontentX28.htm

美人は基本的に無個性で、ゆえに似顔絵が似にくいんだけど、ほんのちょっとの違いにこだわっても仕方ないかなと。数年で普通のオバサンになるし、その延長線上に九相図がある。

だからかわいくない人が人気のAKBは正しいと言う気もないけどね。漫画・アニメオタはそのストーリー性に意味を見いだしているが、アイドルオタクというものはわからない。彼らはおそらく旬のアイドルにしか興味がなくて、鉄道オタみたく古い車両も愛し続けるみたいなところがないから、時代・流行の最先端との一体感が重要なのかもしれない。

いずれにせよテレビばかり見てるとバカになる。(と僕らに言ってた世代は今、やることなくてテレビ見てる老人)
芸人も芸能人も使い捨て。


なるべくワタミに行かない理由

弾劾
カンブリア宮殿でのワタミ社長と村上龍のやりとり

ワタミ「『無理』というのはですね、嘘吐きの言葉なんです。途中で止めてしまうから無理になるんですよ」
村上龍「?」
ワタミ「途中で止めるから無理になるんです。途中で止めなければ無理じゃ無くなります」
村上龍「いやいやいや、順序としては『無理だから→途中で止めてしまう』んですよね?」
ワタミ「いえ、途中で止めてしまうから無理になるんです」
村上龍「?」
ワタミ「止めさせないんです。鼻血を出そうがブッ倒れようが、とにかく一週間全力でやらせる」
村上龍「一週間」
ワタミ「そうすればその人はもう無理とは口が裂けても言えないでしょう」
村上龍「・・・んん??」
ワタミ「無理じゃなかったって事です。実際に一週間もやったのだから。『無理』という言葉は嘘だった」
村上龍「いや、一週間やったんじゃなくやらせたって事でしょ。鼻血が出ても倒れても」
ワタミ「しかし現実としてやったのですから無理じゃなかった。その後はもう『無理』なんて言葉は言わせません」
村上龍「それこそ僕には無理だなあ」
---

その渡邉美樹という人間は典型的な成り上がりワンマン社長である(いずれ後述)。
現在日本の景気の悪さから、客を騙して儲ける→さらに社員からも搾り取るというビジネスモデルを実行、例えば欧米人なら即辞めるような労働環境でも、日本はスポ根・精神主義みたいなのを良しとする風潮があるから、がむしゃらに働く奴がいたりして、なんとか回っちゃったりするんだけれども。
これで死ぬ奴は死ねばいい、それだけの人間だから。生き残った奴だけ相手する。
そういう考えを個人として持つのは構わないけど、そういう社長のもとで働こうと思うか?
これは不条理な体育会系部活と同じで、それを良しとする奴隷制度好きのバカが集まるブラック企業と理解している。

仏教でバカは治るか

お前ん中ではな
『バカの理由(わけ)』アルボムッレ・スマナサーラ/サンガ新書

仏教本の多い出版社。著者はスリランカの仏教の偉い人で、同様の仏教解説本をたくさん書いている。

p.49
煩悩、心の汚れの中でもいちばん根本的なものが貪(とん。欲)と瞋(じん。怒り)と痴(ち。愚か)の三つだということで「三毒」と呼ばれます。
---
キリスト教の七つの大罪は
傲慢 superbia pride
嫉妬 invidia envy
憤怒 ira wrath
怠惰 acedia sloth
強欲 avaritia greed
暴食 gula gluttony
色欲 luxuria lust
3つくらいなら覚えられるのだが。キリスト教的には、愚かなのは罪ではないようだ。それとも、これらの大罪を犯す者は皆愚か者という定義なのか。

p.90
各生命によって概念が違うということ。そしてそれだけではなく、その生命にとっては自分が持っている概念こそが正しい、自分の主観が正しいということです。
---
自分は正しいと思うのは自然な事で、有名な画像にある通り、
「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな」(絵)
っていう事だけれども、皆各々正しいと思う事があり、同じではないから、
他の人からすると間違っている可能性はある。(続きは後述)

p.96
智慧とは、四聖諦を発見すること。
智慧とは、現象の無常、苦、無我を発見すること。
---
四聖諦とは
苦聖諦:生きることは苦の連続である
苦集聖諦:「生き続けたい」などの欲望への衝動的感情=渇愛のこと
苦滅聖諦:渇愛を無くし苦を消すこと
苦滅道聖諦:苦を滅した涅槃を実現する方法
なんか後半はっきりしなくなってくるけど、生きることは苦であると心の底から認識したら鬱になりそうだが。欲望を捨て苦を克服した先にあるのは?

p.105~106
ブッダの言葉
どんな災難、どんな災害、どんな恐怖、どんな危機も、愚か者・無智がつくる
---
バカはそれだけで有害である、という事は正しい。

p.110
無智を破る治療には二つの条件があります。(中略)「主観で判断しないこと」です。そしてもうひとつは「集中力」です。
---
って言っても、我々人間の認識は主観である。

p.116
認識するすべてのことには、絶対的ななにか、本質的ななにか、永遠不滅のなにかは存在しないのです。これは、見えるものだけのことではありません。六根すべて、眼耳鼻舌身意に触れるすべてのデータに同じことがいえるのです。これを発見すると、「もう無智がない」ということになります。
---
そういうわけで前述の通り、絶対的に正しいものはない。となると神は無いか、認識できない。
でも僕は若い時からずっと、絶対的なもの・永久なものを求めてきた、それこそがこの曖昧模糊とした世界の中で、唯一正しく信頼しうるものだから。でもそういうものは無い。おそらく絶対に、どこにも無い(あると仮定し安心するのが宗教)。無いものを求めていると鬱になる。だから正しいとか、より確かな事を追い求めるのはやめた方がいい。現時点で多くの人が認める事、その程度しかない。時代や場所が変われば正しい事なんて、いくらでも変わる。だから”だいたい”良ければ十分。

p.123
正しい認識を妨げるものが五つあるというのです。具体的には、「欲」「怒り」「昏沈睡眠(落ち込み・眠気)」「掉挙後悔(じょうここうかい。心の浮つき・後悔)」「疑(疑い)」です。
---
別の本にもある通り、興奮している時、逆に落ち込んでいる時は判断力が低下している。まず心と体の調子が整ってないと、何も出来ない。家庭が落ち着かないと仕事ができないし、仕事が窮地では遊んでも楽しくない。残念だけど僕は小心なのでそんな感じ。

p.139
われわれはわが身に対して、私のものに対して、執着があるから恐怖感を感じるのです。人が感じる恐怖感は執着の強度によって変わります。執着ああってもなくてもわが身は壊れて消えていくものだと、ありのままに理解すれば恐怖感に苛まれません。得体の知れないものに対して依存して信仰する必要はなくなります。
---
モノ(カネ)や人間関係に執着があると、それを失う恐怖が発生する。生活や健康も同様。何でもだ。死んでもよくなっちゃえば、何も怖くないけれども。

p.145~6
世間と調和して生きることが人の道だといわれて育てられました。私たちは必死になって世間と調和しようと頑張っています。世間に自分を合わせることに必死なのです。
(中略)世間とは何者ですか?われわれとまったく同じ愚者の集いではないでしょうか。貪瞋痴にまみれて生きている人々ではないでしょうか。ですから世間と調和することでは決して無智を破れないのです。世間と調和しなさいという躾を受けているから、人は無智を破れない性格の人間になっているのです。
---
「和を以て貴しとなす」が日本、と思ったら真意は違ってたりして。
世間に迎合したり付和雷同で多数派=one of them化して、その場しのぎの不安の希釈をしても、人生における根本的な問題の解決にはならない。
ありがちな表現だけど、自分らしく生きるしかない。

p.154
無理にでも慈悲喜捨の気持ちを育てると、心に智慧が育ちはじめます。
---
慈:仲良くしましょう
悲:困っている人を助けたい
喜:人の成功をまるでわがことのようにしてともに喜べる感情
捨:あらゆる事柄をすべて平等に見つめる冷静な感情
慈悲喜捨って、慈悲の心でボランティア、っていうのとは違うんだね。

さらに
瞑想が必要
善行為も漫然と行ってはいけない、常に客観的な理解を伴う必要がある
とか書いてある。

僕は特別、仏教に思い入れがあるわけじゃないけど、仏教は他の宗教よりも哲学的だね。哲学そのものと言ってもいい。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教はいずれもノンフィクションとされる神の物語であって、信じるしかないもの、のように思える。だからあまり興味がない。俺が絶対だ、俺しかないんだ、って言われてもなぁ、あまのじゃく人間はそう言われると、つい逆に行きたくなるもので。(でも遠藤周作はキリスト教徒)

この人の仏教の教えについて全面的に帰依するわけじゃないけれども、上記のように一部興味深い記述はあった。少なくとも養老孟司の『バカの壁』よりは意味がある。

執着は苦を生むけれども、全く執着が無いと、楽しみもないのではないかと思う。我々は感情の絶対値しか変えられないのか。


PAUL/ヴィドフラ/箱根ベーカリー

やきとり弁当
PAUL(cf.2012-3-11)

プチ・パン・オ・ミエル(レザン)\168
普通のレーズン入りミルクコッペ。うまいけど。

タルト・シュクレ\252
ザラメ付きの薄いパサパサパン、一部カスタードクリームっぽいのも。あんまり存在意義がわからない。

アングレーズ・ポンム\441
アップルタルト。リンゴの凝縮した旨さ、けど甘すぎず、かなりうまい。

アングレーズ・アプリコ\441
アンズの同上、しかしこちらは想定範囲内の味。

カトル・カール(1PC)\231
普通のプレーンなパウンドケーキ。


ヴィドフランス

カスタードシュクレ\168
中心の割れ目にホイップクリームがちょっと乗り、中はカスタードクリームかと思ったら、ほの甘いしっとりパン生地。全体に甘さ薄めというか、味が無いというか。

宇治抹茶&北海黒豆\179
豆っぽさよりも、抹茶とパリパリの香ばしさとクリーム。

はちみつクリーム\158
蜂蜜というよりも花の香りのクリームパン。

フルールショコラ\168
案外普通のチョコカスタードパン。

ツナスティック\168
見たとおりだけどやっぱりうまいツナパン。

宇治抹茶ミルク五色豆\158
甘い五色豆は上に乗ってるだけで、あとはほの甘い抹茶パン。

メロンパン\158
標準的なメロンパン、しっかり表面はカリカリでうまい。

カラメルチーズバー\168
麩菓子的な表面の香ばしさと中ほっこりチーズクリームの対比。

塩パン\95
ただの塩塗り全粒粉パンなんだけど、マクビティビスケット的塩香ばしさ。軽く焼いてそのままでもいいし、ジャムで甘辛も良い。ポテンシャル高い。

キッシュシャンピニオン\378
マッシュルーム他きのとほうれん草で十分うまいキッシュ、おそらくFLOでもこれを超えてはいまい、というかこれを有意に超えるのは相当困難そう。

ショコラワッサン\158
小さいが比較的高密度の生地に加え、φ1cm程度のしっかりしたチョコが貫通しているので食べ応えあり。当然パンとチョコの相性は最高。


海老名SA・箱根ベーカリー

海老名カレーパン\280、海老フライが挟まれた甘いカレーパン。出来たては香ばしい。
海賊カレーパン\230はイカ墨で真っ黒のカレーパンだが、味は普通。
リンゴパン\190、表面は真っ赤でもっちり、りんごっぽい。中はりんごのコンポート。
いずれも普通かと。


朦朧雑感

菊池直子香山リカ
WindowsXP SP3のシャットダウンが遅い

測ったら、終了オプション→シャットダウン/再起動/スリープまでと、
シャットダウン→電源切れるまで、いずれも2分以上かかるようになってしまった。
原因不明、User Profile Hive Cleanup Service、CCleaner、CHKDSK、不要そうな常駐を外す、いずれもダメ、変わらない。
Windows XP/Vista/7の裏技:シャットダウンに時間がかかる場合の対処法
http://nagabuchi.jugem.jp/?eid=405
で、以下のようにレジストリを変更

[HKEY_CURRENT_USER\Control Panel\Desktop]
"AutoEndTasks"="1"  デフォルト:存在しない (反応しないプロセスを自動終了する)
"HungAppTimeout"="1000"  デフォルト:5000(5秒) を1000(1秒)に変更
"WaitToKillAppTimeout"="5000"  デフォルト:20000(20秒) を5000(5秒)に変更

[HKEY_LOCAL_MACHINE\SYSTEM\CurrentControlSet\Control]
"WaitToKillServiceTimeout"="5000"  デフォルト:20000(20秒) を5000(5秒)に変更

をしたら、なぜか1回だけ
終了オプション→シャットダウン/再起動/スリープまでが瞬間
シャットダウン→電源切れるまでも相当速くなったが、次からはまた同じになった。
反応しないプロセスを無視しちゃってるから、しっかりアプリケーション等が終了してから終了しないといけないかもしれない。よくわかんないけど。

結局、同じHPの「シャットダウン時にバッチを実行」
http://nagabuchi.jugem.jp/?eid=235
にした。これを実行すると勝手に電源が切れるから、ダブルクリックしたらPCから離れられるという利点はあるけど、その後の「シャットダウンしています」は、やはり2分くらいかかる。

XPのPCとか使うなって感じだけど、まだ3年なんだよね、3年前でもわざとVistaでなくXPにして古いアプリに対応させたんだけど、XP自体がもう老いてる感じ。職場のPCなので自分で買い換えるのもなぁ、そんな高度な使い方してるわけじゃないし。
いずれにせよ、PCの不具合に何時間もかかるのは実に不毛、何も得るものがない。


時差

普通に夜は寝られるけど、なんかボーっとしてしまう。やっぱり時差に慣れるには約1週間かかる。時差のある地域への出張がしょっちゅう、なんて仕事でなくてよかった。こんな中途半端な体調では仕事もゴルフも今ひとつ。贅沢。


小指

左小指の先にバイ菌が入ったようで腫れて痛い、膿が溜まってきたので針を刺して排膿+抗菌薬で治りつつあるけど、それだけでキーボードを打つのも快適ではない、つまり長文を書きたくない、そういう作業をしたくない。
たったこれだけで、文章を書くのも嫌になるとは。
まずないけど、これがものすごくひどくなって小指の先を切断とかなると、以後、会う人ごとに事情を説明しなくてはいけなくなる。別に人相が悪いわけじゃないけど、筋者と思われても仕方ない。きっと、工場とかで小指をやっちゃった人はたくさんいて、みんなちょっと面倒というか気持ちのよくない社会生活を送っているのだろうね。少々造作が悪くとも、全パーツが揃っている事が一番重要なんだね。(片端フェチは除く)
ちなみに抗菌薬を飲むとお腹の調子もおかしくなる。しかしそれは普通のこと。


高橋克也容疑者(54)

監視カメラに写るので電車に乗れないからって、そんな近所に潜伏してたらすぐ捕まるでしょ。漫画喫茶や個室ビデオ店なんて誰だって思いつく、そんなところに居たらダメだよね。例えば半径10キロ以内の全駅の全監視カメラチェックなんて事実上不可能、よって数キロ歩いて電車で遠くに逃げないと。
市橋達也(当時28歳)は、事件直後に一度は警官に捕まったりしたが逃げ、自分で顔を切って整形したり、無人島生活したり(お笑い芸人の無人島0円生活なんてヤラセくさい遊びだ)、2年半も逃亡生活を送った。こいつは本当にすごいと思う。嫌いな言葉だがすごい根性ある。
でも、世間から逃げ隠れしながら生活って、きっと全然楽しくない。死にたくない、刑務所よりはマシっていうだけの、ささやかな自由しかない。


人生に失敗する18の錯覚

けつ
『人生に失敗する18の錯覚 行動経済学から学ぶ想像力の正しい使い方』加藤英明・岡田克彦/講談社+α文庫

素人向け行動経済学本。
興奮状態ではリスクに鈍感になる。当たり前の事だけど、平常状態と勃起状態におけるアンケートの回答の違いから証明されている。そして、自分は平均よりは上であると誰もが思っている、という自信過剰バイアス。わかる、偶然でも3回連続で勝負に勝てば、自分は特別な天才と思うだろう。
もちろん仕事は熱心さがないとできないが、逆に(適度に)関心が低いことが、冷静な判断につながる事もあると思う。


Category:朝鮮系日本人

秒速990メートル
Wikipediaにて。朝鮮系日本人は、両親の一方もしくは両方が朝鮮・韓国人にルーツを持つ日本国籍者もしくは、朝鮮・韓国国籍で生まれたがその後日本に帰化した人物を指す。とのこと。

孫正義:知らなかった。のは自分だけ?本当の成り上がりなんだねぇ。
錦野旦:とんねるずらのオモチャにされて本気で怒る、昔アイドルの終わった人ってイメージ。確実に頭は悪そうだね。
和田アキ子:どうだろう、僕が最も関心無いタイプなのでコメントしづらい。
松坂慶子:昔は美人だった人の代表みたいだけど、今はこんなに太ってもテレビ出れるんだーと思う。
松田優作:死んで伝説になったが、膀胱癌は治療したら治ってたかも?そうすると、ただのうるさいジジイになってそうだ。
美元:高嶋政伸との離婚騒動でも憚らずテレビに出て好き放題だが、悪妻っぽい話はよく出ている。この整形朝鮮人のどこが良いのかさっぱりわからないのだが、これと結婚できる人の気が知れない。これは完全に基地外としか思えない。

朝鮮系日本人、在日、そういう存在は居て当然、むしろ単一民族国家なんて稀、そういう閉鎖的な文化もむしろ息苦しいくらいだが、
●日本にいながら日本が嫌いで馴染もうとしない
●被害者意識があり、やりたい放題・無責任
ならば有害かなと思う。
被差別経験の有無にかかわらずハングリー精神があるとすれば、それは強い武器だろうね。朝鮮民族には「恨(ハン)」という気質があり、それは「恨み」「ルサンチマン」とは違いハングリー精神みたいなものという向きもあるが
http://d.hatena.ne.jp/uumin3/20060320
恨グリー精神とか言いたいのかもしんないけど、そんなにポジティブとも思えないんだけどな。火病もあるし、それと関連して言ってる場合もあるし。
http://japanese.joins.com/article/686/76686.html?sectcode=&servcode=

朝鮮は、中国には絶対かなわないけど、その分日本には負けたくないという気持ちがあるような気がしてならない。そういう朝鮮民族でありながら日本国籍というのは複雑。もっとも、両親がどこの出身であれ、生まれた時から日本人として扱われれば心は日本人なんだけどね。

#Googleマップでは現在、竹島は記載のない空白の島として表示される
#関係ないが写真はA-10搭載・GAU-8の30mm砲弾


伯林6:モテないし帰った


うちではいつもほぼ同じ朝食のくせに出先では毎日変化を期待してしまう。とにかくパンがうまいのは素晴らしい。ただバターをつけるだけで十分。
職場の土産でスーツケースが満杯、仕方なく手持ちカバン2個、面倒。
日曜日はほとんどの商店が休みなので蚤の市巡り。市内?数カ所でやってるのでバス電車でまわる。案外、電車の本数も多くあまり待たない、さすが都会。
蚤の市で売ってるのはガラクタが多く、あと本、服、食器、切手、コインなど何でもあり。Ostbahnhof北のが、東ドイツっぽくてやや良い。ロシア料理の安っぽい店でPELMENIというのを食べた。塩ヨーグルトワンタン、パプリカと香草がかかりピリ辛、4ユーロ、まあまあ。それほど食べる気もなかったが、フレンドリーなロシア爺さん?の手前、残しづらく完食。わりとさっぱり。
やはり旧東ドイツ地域には古く汚い建物が多い。そうでなくとも至る所で工事中、開発の余地があるとも言えるけど。
時間が余ったのでオープンカフェでケーキを食べる。こういうの、日本じゃ絶対しないよなぁ、自分でもあまりに不自然な状況に落ち着かぬ。クリーム付き苺ゼリーケーキはうまい、が、コーヒーが少ない。僕は400ccくらいは飲まないと飲んだ気がしない、それも外でコーヒーを飲まない理由の一つ。みんな、あんな二口くらいで飲みきれる量でいいの?高いし、同じくらいうまいのを家で淹れられるし。
柔らかく晴れた暖かい日曜の昼下がり、のんびりと往来を眺めながら飲み食いするのは確かに贅沢かも。小虫はちょっと多いけど、全然大丈夫なレベル。以前行った、ぶどう園の中庭?のレストランではひっきりなしに落下してくるアブラムシの防御に必死で味なんかわからなかった。
タクシーで空港へ。15分、20ユーロ程度。テーゲル空港(TXL)はFRAと同じくらい近くていい、でもやたら狭い。国内の地方空港レベル。もう移転するらしいが、必要だろう。
逆にやたら広くて歩かされるFRAの乗り継ぎ2時間は、軽く買い物したりルーレット/スロットマシンで負けたりして残ったユーロを巻き上げられるのに丁度良く、気が付けば搭乗時刻。
やっぱ飛行機長い。行き12時間に対し帰りは10時間と短い、さらに飯と映画2本であと4時間とか、でもそこで困る。確かにちょっとは眠いけど積極的に寝る時じゃない、何しろ飛行中は日本時間で全くの日中、ここで寝たら夜寝れず時差がひどくなるだけ。とは言えもう映画も本もきつい、情報を吸収する体力も気力もない。仕方なく音楽とか聞くが(幸い最新の777は各座席 にUSBが付いててiPHONE等の充電が可能、しかしUSBの他の使い方はわからない。っていうか各座席に電源があるんだけど、形が特殊なコンセント)、それではむくんだ下腿の不快を忘れる事は出来ず。一応、フライト用弾性靴下を履いてるが、何年も使ってるから効かなくなったのか、今日は著しい。
最後は、あの花をiPadで1話から見始め、最終話は家で見終えた。やはり素晴らしかった。


伯林5:モテないしお腹いっぱい



朝食に新鮮味はないし昨日の夕食後もたんまり甘味を食べたにもかかわらず、また食べてしまう。小フランスパンみたいなのにジャムにチーズにレバーブルスト。ペストリー。だが下手すると3食似たようなものになる。
外人はデブが多い。多分欧米人はアジアの10倍多い。特に女はある時期を境に爆発する。そういう臨界点がある。東欧からロシア人(少)女に顕著だが、おそらく、基礎代謝は減るのに摂取カロリーは減らないからだろう。肉というより脂肪塊。“はがない”の肉は好きだが。
知り合いに挨拶するのに順番待ち一時間以上は異常(っていうかやたら話好きなんだなこの人は、聞いてない事まで勝手に説明してるし)。どうせ仕事になんて、ならないのだから挨拶くらいしかする事ないし、しときたい。残念だが、能力もやる気もないのは納得してる。ゆえに仕事的には日陰在住を受け入れる。仕事の話はあまり出来ないにしても、いいじゃないかかつての仕事仲間だし。。。って、これは黒木智子がやめりゃいいのにゆうちゃんに連絡してしまうのと同じか?やはり他人を頼りにして傷つくのは自分。それが嫌なら黙ってても向こうからコンタクトしてくるようなコミュ力とか仕事の能力とかを持つしかない、自然な結果。いずれも自分が望んだやり方の結果。
英語については、ベルリッツの「I see...I see... (ええ、わかります、半分くらいは。まあ半分くらいはわかってないんですけど、ええ)」がいいとこ、内容によっては全然。み。こんなんでは仕事の議論は困難ダーナオシー。
街に出る。100番バスが便利、もうあんまり歩きたくないし。
ふと、謎彼Xの友達の眼鏡巨乳(丘 歩子)もいいなと。僕とは、いずれもヒロインの卜部美琴に興味があるという共通点があって、気が合いそうだ。好奇心旺盛な男女は好きだ。
否、それは今考えるべき事か?ま、べき事なんて、厳密には無いんだけど。
今度はKaese-Kirsch-Landkuchen(写真)をGALERIA Kaufhof上の食堂で。名前は微妙に違うが似たようなのをもう4個くらい食べた。もういいだろう。大したものじゃないが、日本ではほとんど見た事がない。くどいが、上のガリガリとさくらんぼの甘酸っぱさ、全体に甘過ぎないのが良い。Latte Mcchiatoはただの甘くないコーヒー牛乳だった。
本当は広場のオープンカフェみたいなとこでビールにケバブが一番うまそうだが、日中ビール飲んで昏倒した事があり、一人でそれはまずいかと。だいたい、毎日食い過ぎで朝も菓子パン全種類とか食べて、お腹空いてないんだ。
博物館島横のフリマ、見るのはいいけど欲しいなと思う物は一つもない。ほぼガラクタ市と思っていいかも。まだパリあたりの方が、地元民用っぽいけど、ここは観光客向けっぽい。
もう足が疲れて歩くのが辛くなってきたので、まだ3時だがホテルへ。どうも、例えばよほどダラダラでもしない限り、旅行日数が長いほど疲れが溜まってくる。都市観光はどうしても歩くから、そんなもんかな。リゾートで、一日中プールサイドやビーチにいれば別だけど。ただし、この場合もがんばって泳いだりしてはいけない。う~ん、旅行で疲れないようにするのって、大変だなぁ。
帰りにスーパー、やはりEDEKAは品揃えがいい。Dr.OetkerのDIAET Woelkchen Vanille-Geschmackは低カロリーだけあってほぼ無味。Woelkchenは小さな雲の意。DANONEのQuark-Joghurt Creme Stracciatellaは甘酸っぱい、チョコ小片入りヨーグルト。期待通りの味。Stracciatellaは卵とじスープもしくは、チョコチップアイスのチョコがより繊細なやつのこと。muellerのMilchreis zimtはいい感じにシナモン風味の旨味。
いずれも似たような商品はいくつかの会社が作ってる。



伯林4:モテないし疲れる


疲れが取れない。ま、別に眠ければ昼間も寝てていいのだけれど。
面倒だが日本人だし買い物とかする。それはそれで結構移動距離が長い。ブランド店では典型的金持ち中国人、金正男みたいのがあーだこーだ買ってる、是非、彼らは日本人でないと理解して欲しい。しかしこの手の人は驚くほどみんな同じ系統に収束している。スポーツ刈りデブで派手なブランド品を身につけて、若い奥さんと親戚みたいな取り巻きを連れて買い物。
明日帰るくらいで丁度いいのだが、明日もまだここ。是非やりたい事はない、あるとすれば時間を無駄に使ってのんびり電車で郊外とか行きたい。この街は、その気になれば美術館博物館は多いし公園動物園水族館と、色々あるけど毎日そんなのもなぁ、行けても一日1~2個所、それ以上毎日は続かない。
Potsdamer Platz近辺は、以前とだいぶ違う印象。ここ数年でだいぶ開発が進んでる。なんかアメリカみたいな、すなわち日本にも最近出来たような真ん中吹き抜けのショッピングセンターがあったり。
料理はまずくはないけど、あまりうまいとも思わない。とりあえず甘味、Mohn-Streusel-Kuchen(写真)みたいなの好き、ガリガリ+しっとり食感。あとVanilla+Sahne、0,19ユーロ、はコスパ最高。スプーンないから直接吸った。


伯林3:お酒は16になってから



なんつーか朝食ビュッフェもだいたい食べ尽くして和食希望、ないけど(ホテルによっては、ある)。
現代美術館、2時間弱。疲れるよ、美術館博物館の類は、歩きっぱなしだから。なんで外国まで行って美術館、しかも現代美術かというと、
1. 街は、買い物でもしないと案外やる事がない。特にここは観光スポットも少ないし、色々行って見てもふーんで終わる。
2. 普通の美術、絵なんかは本やネットでも見れる。現代美術は三次元に展開してるのが多いので、行かないと楽しめない。
3. 現代美術は知識不要のインパクト勝負の一発ネタで先にやったもん勝ち。だから学問的美術・芸術というよりもエンターテイメントと思ってる。
と、単純に面白いのが多いから、欧米の大都市に行って時間があればわりと行く。古典絵画とか、退屈だし、壺とか土器なんて何が楽しいのかと。印象派から後は見れるので、近代美術というべきか。
目抜き通りを練り歩き、買い物少々。結局多分5キロ位歩いて、さらに疲れた。そういやシカゴのマグニフィセントマイルも、何マイルも歩いた。帰りにKarstadtの地下でKirsch Streuselkuchen、甘さ控えめでうまい。
夜は付き合いの会食で、あまりうまい酒にならなかった。
長いな、贅沢だけど、同じホテルに5泊って普通しないね、観光なら次のとこ行ってるし。(観光を)あまし頑張らないでのんびりやらないと疲れる一方だ。仕事?だから、外国でまともな仕事出来るほど、出来る男じゃないっつーの。



伯林2:バベル17



5時間位寝て早朝覚醒、そんなもんだろう。朝食はうまい、パンとハムソーセージとチーズとジャム、卵焼き、軽く野菜。だから食べ過ぎる。
街は本当に欧州の都会というだけで面白みがなく、観光地も少ない。工事中だらけ。
仕事はつまらない、興味ないのと理解できないのと。誰のせいでもないけどね。余計に眠くなる。が、ホテルに帰るわけにもいかず。一番困る、やる事ない状態。
結局のところ、普段の日常の仕事が効力を持ち、こういうたまの出張で何かがぐっと進むとか、何かを得る事はないなと。つまり意味ないのは当然。
そんでも最低限、かつての仕事仲間(というか上司とか)に会う。話半分わかる、が、みなさん忙しく、僕の興味のあるどうやって来たの?ベルリンはどう?って話なんかできず。そもそも英語力が低過ぎるから贅沢は言えぬ。自分でも不思議なほど、何言ってるか、分からない。英文を、ちょっとは読んだり書いたりしてるのに、簡単な会話もままならぬ。ある種の失語症?と言うほどでもない、普段しない英会話が年1~2回の旅行の時にうまくできる方がおかしい。これでも英語だけで暮らした時期もあるのだがそんなの無意味、ダメな奴はそれでもダメ、という残酷な現実を実感し、また伝えたい。
夕飯、カリーヴルストは、うまいのはうまい。やっと、ケーゼシュペッツレ食えた。ヴァイツェンも良かった。



伯林1:カールスラント三人娘はどこ?



久々の、というか初めてに近い無目的な旅行、出張なのだが。物欲がなくなったのか趣味がなくなったのか、欲しいものがない。靴は去年のノーザンプトンで十分打ち止め感が得られたし、別に見たいものも食べたい物も飲みたいビールもない。ビールは飲みたいが、それは別の話。
一人旅ならまだいい、孤独を味わい人生の終わりを考えておくのは有益だ、でもそうでもない、かと言って仕事もないお供出張、気楽ではあるが無意味な仕事(と主観的に感じること)には戸惑う、自分は今一体何をしているのだろう?と。
カールスラントは久しぶり、と言いたいところだが2年前に1泊した。たまに料理とビールが懐かしくなる、それを満たすならより最適な街はたくさんあるが、ベルリンはどうか。一回しか来た事がなく、あまり良い思い出もなく、いかにもな古い街並みも自然もない(あるとこにはあるけどね)、雑多で特徴のない都会に思える。それならパリやロンドンの方が味がありそうな気がする。
よそう、どだいヨーロッパの街を語れるほど知ってるわけでもないし、個人的な印象など誰も興味ない。そもそもこの旅行覚え書きも、一時的転地による自分の心境変化を記録するのが目的であって、他の人の旅行の参考には、ならないんだから。
具体的には、今のところ問題ない。朝6時に家を出て予約しといたタクシーで駅まで行き、空港バスで2時間半ぼ~っとしてれば成田に着いて、フードコートでカレーを食べて、777の3-3-3シートの通路側で隣に人がいないという快適。隣に人がいないエコノミーはビジネスと同等。満席の真ん中を想像するとぞっとする。
でも機内でやる事が無いのは相変わらず、生理的に耐えられるのはハワイ迄の7~8時間で、以降は毎回嫌になる。僕は多動に天邪鬼が合併した障害者なので、やる事もなく狭いところに押し込められると発狂したくなる。せめてネカフェ程度の広さのプライベート空間ならよいが、それはファーストクラスで100万位かかりそうな非常識、やっぱ移動って大変だ。そう考えると世界は狭くなんてなってない、チャリで行ける範囲より遠くは実感しにくい別世界。実は北海道や九州といった地続きでない土地に日本語を話す日本人が住んでることも、疑ってかかるべきと思ってるんだ。
もう本2冊読んで映画1本見て、情報入力に疲れた。ほぼ9時間経過。あまり堅い内容のは、この軟禁状態と、思わず頼んでしまった白ワインで腑抜けた脳には辛いし。さらに、いずれもあまり面白くなかった。熱中できる面白さって稀だし瞬間的。
iPHONEで書いている。iPadは大きくて、見られたら嫌だし。しかもタッチペンでこんな百済ない文を書いてるのはバカっぽ過ぎて痛過ぎる。私がモテない~のような痛さに耐えられるのは20代まで、この歳の痛さは致命的に黒タグ。
また飯、数少ない時間を潰せるイベント、こんなに動かないんだから食う必要なんて無いんだけど、腹は確かに減る。しかも、まずくはない。もっとまずい物は、世の中にたくさんある。日本時間22時に軽食のようなもの。
ミュンヘンに着いた、15時、明るい、相変わらずEDEKAがある。このまま街に出たいところだけど、乗り継ぎ。
テーゲル空港から市内は近いのでタクシーが便利、20ユーロくらい。飯食って22時には暗くなってきた。ヘレスに白アスパラがウマー。当然疲れた、明日はどうかな。
カールスラント上空ではミーナ隊長も、トゥルーデもハルトマンも確認できず残念。

中華まん探訪(終)・中華街編など

nick&ann
小龍包と肉まんの明確な違いって何だろう?小龍包は小さくてスープ入り、たまに焼いてある、その程度か。意味的な違いはというと、肉まんは皮を具と同様に楽しむもの、小龍包は全体のバランス、といったところだろうか。で焼売は具を楽しむもの。

#中村屋の中華まんキャラクター”ニックとアン”は、やなせたかしだったのか~


【中華街26店】
江戸清
有名店。豚まん\500、値段だけあってやたらでかい、半分で十分、それでも割高だけど。皮はやや薄めでべとべと、具はやや薄味だけど単調ではなく食べやすい。
クルミ入り黒ゴマあんまん\480(冷蔵)の皮は白ごま入りで厚さ・密度的にも存在感あり。真っ黒いあんは完全に胡麻あんで、適度に油っぽく、通常のこしあんとは違った風味と軽さ。クルミ入りで歯ごたえも面白い。やはり、一人で食べるにはでかい。
他にも種類は多い。店舗も4つくらいある。

皇朝
「世界チャンピオンの肉まん」とのこと。肉まん\90、確かに小振りだけど一単位は小さく安い方が助かる。皮は普通、具の旨みは味噌によるものらしいが、醤油や味の濃さでなく旨みを出しているのは良い。

西遊記
対してこちらは「中国料理世界大会・金メダリストの店」。楽天でも売れてるらしいが、なんかパチモンくさい。フカヒレ饅頭\360、皮はちょっと厚めで普通、具は醤油でなく薄塩味みたいで大人しめだが、肝心のフカヒレは春雨みたいなのが少々入ってたかな程度で、これなら肉まん\180にしとけばよかった。

華正楼
冷蔵。肉まん\400はわりと普通、具は地味目で味は濃くないが旨みはある。
あんまん\400の皮はしっかり・高密度、あんはやや胡麻風味で、水飴っぽくなく食感のある正統なこしあん。賞味期限は2日程度だった。

同發
冷蔵。荳沙包(あんまん)2個\630の皮はやや厚め、具は水飴っぽい。
叉焼包(チャーシューまん)3個\630は小さめの割に皮は厚め、しかしきめ細やかでうまい。具は八角(スターアニス)の香りと甘めの本格中華味、もちろん肉の旨みもしっかりで、うまい。
豚肉包(肉まん)2個\630、皮は甘めで厚め、具は薄味の挽き肉と玉ねぎ少々。丁寧な感じはするが、そのままでは明らかに薄味でからしや醤油を付けたくなる。

龍翔
冷蔵。肉まん\300の皮は無味だが厚めでフワフワ、具の刻みは結構粗く旨みが十分、皮がその旨みを引き立てる。
あんまん\300の皮は同じ、具はシンプルなこしあんで、まるで紅白饅頭のように淡白。

聚楽
冷蔵。肉まん\300は皮厚めで無味、具はしいたけと竹の子中心に普通。
あんまん\300も同様にしっかりした皮、具はくるみ入りの濃厚なごまあん。

耀盛號
冷蔵。阿媽(アマー)肉まん3個\1050の皮は厚めでふわふわ、具はサイコロ状の豚肉とキクラゲ中心に甘い香りの中華スパイス(紅南乳=紅腐乳とのこと)が面白い。

重慶茶樓(じゅうけいさろう)
冷蔵。近所のスーパーで、肉まん3個\580、有名店にしては意外に安い。皮ふわふわ、具は普通の塩豚まんで味は濃くなく旨みはしっかり。

聘珍樓
冷蔵、個別包装。菜包(やさいまん)\367、そのままレンジで加熱すると皮ほっこりしっかり、甘め。具は豚肉も入るけど小松菜、玉ねぎ、たけのこ、くわい等で薄味だが歯ごたえはいろいろあり。でもやっぱりちょっと味気ない。
海鮮肉包(海鮮にくまん)\409、皮は同様、具に海老が入ってたりやや貝の香りがするけど、基本は豚肉と野菜であまり変わった感じはしない。
豆沙包(あんまん)(小)3個\504、小さいが皮しっかり、具はやや水飴で香りが相当甘く(実際甘いが)。

萬珍楼
冷蔵、個別包装。肉饅\450、皮は厚めでプリプリでうまい。具は肉っぽいが味薄め。
餡饅\400も皮は同様、具はやや水飴っぽく胡麻風味のない普通のこしあんで普通にうまい。

四五六菜館
冷凍、個別包装。 肉まん\300(くらい?)の皮は無味、具は普通に醤油味。皮がちょっと厚めの他は、全体にコンビニのと大差ない感じ。

大珍楼
冷蔵、個別包装。肉まん\300の皮は甘めでしっかり、具は醤油なしで野菜の甘さでさっぱりバランス良い味、肉団子ないしつくね風。
あんまん\300の皮はさらに厚めで弾力があり面白い。あんは甘さ控えめの水飴様で風味は薄い。

頂好食品
冷凍。肉まんは普通、具は野菜の甘さで味薄め。
あんまんの皮はしっかり、具は濃厚なこしあんで普通にうまい。いずれも300円くらいだったと思う。

老維新
冷凍、個別包装。いずれも小振りで皮は薄め、パンダまん\300の具は一見普通のこしあんだけど、風味はココア~カスタードクリーム。
パンダ肉まん\300の具は細かくすり潰されており醤油味で旨みを感じる。パンダの肉ではない(と思う)。

横浜大飯店
冷凍、肉まんは個別包装。専務の肉まん\350の皮は普通、具は食べ慣れた醤油味で普通にうまい。
専務のあんまんプチ3個\315は皮しっかり具は普通のこしあん、特徴はやや塩っぱい皮か。あんの隠し味はピーナツバターのようだが、全く感じない。

香港飯店
肉まん\230の小型のプチまん\80は普通に皮ほっこり、具はチャーシュー片がゴロゴロ入った肉の旨み。

公生和
冷蔵。名物フカヒレまん3個1200円、皮はねっとり、具は線維質の挽肉とフカヒレというか春雨のような。味は肉っぽいが薄いので醤油付けて丁度良い感じ。

酔仙酒家
冷蔵、個別包装。チャーシューまん\300、皮はざっくり厚めで相当甘い、それだけでも食べられる感じ。具は赤いゼリー状のタレとサイコロ状のチャーシュー片が少なめに。この赤く甘く不思議な香りは耀盛號の阿媽肉まん同様、紅南乳?
肉まん\300の皮は甘めだが特別厚くはない。具は野菜の甘さが出た肉団子風だが味は濃くない。
あんまん\300も皮は同様、具は普通のこしあん。
チャーシューまん以外は普通の印象。

上海豫園(しゃんはいよえん)
冷凍。肉まん4個\1050の皮は他のより薄めでふわふわ感はない。具は竹の子のざっくり食感が強い醤油味の肉団子。
なつめまん5個\1050は小柄な涙滴型、皮はふわふわ感あり、あんは水飴っぽく果実っぽい風味、わりと普通だけどこれがなつめ餡なのか。中国料理世界大会の点心部門チャンピオンの店とのことだが、特に良さは感じられなかった。

雅秀殿
冷凍。究極の豚まん3個\1050、皮はふわふわで厚め、具は少なめで竹の子・椎茸の食感と醤油味で濃い目の味付け。肉の旨みも出ており味の濃さで差別化を図るつもりかもしれないが究極というほどの違いはない。
究極の中華あんまん\350の皮は厚めでふわふわだがパンのように疎。具はやや胡麻の香る普通の水飴系こしあん。重くなく食べやすいのは良いが、中華まん好きとしてはより密でしっかりした皮を期待してまう。

北京飯店
野菜まん\350はちょうど上海豫園のなつめまんを大きくしたような形。皮はふわふわ、具は白菜・椎茸・竹の子・春雨・キクラゲ・にんじん・海老等、漬け物のような薄塩味なので醤油をつけてもいいかもしれない。普通に肉まん・あんまんの積もりで食べると食べた気がしない程度の無味。
桃まん\510も皮ふわふわ、具はナツメの黒あんとのことで、普通に水飴っぽいこしあんだけど、どこか蜂蜜系というか果実風味のようなものも若干感じる。あんいっぱいでずっしり。
五目肉まん\410の皮は厚めでふわふわ、具はその名の通り竹の子・椎茸・青菜そして肉片がゴロゴロで多彩な感じ。味は比較的普通に醤油。
あんまん\410はずっしり。皮は厚めでしっかり、具は胡麻っぽくない水飴っぽいこしあんで、あんまんとして実に標準的。

おみやげ専門店 楊記
肉まん3個\680、あんまん3個\680。いずれも真空パックで賞味期限は2週間程度。肉まんの皮は厚さ普通だが噛むとネトネトな感じ。具は醤油味の肉団子。
あんまんの皮は厚めでしっかり、具は普通のごま風味のこしあん。特に肉まんの皮の粘度は、やや歯切れ悪くもある。

萬福大飯店
冷蔵。肉まん\300の皮はふわふわで厚め、具は椎茸・竹の子・玉ねぎのやや荒切り食感が面白い。味は大人しめで醤油っぽくないのがそれっぽい。
あんまん\300の皮も同様、典型的に厚くふわふわで、具は胡麻風味なしの水飴系こしあん。普通と言えばごく普通だが、悪くない。

大三元酒家
冷蔵。肉まん(中)\260の皮は高密度でやや厚め、具は挽き肉・椎茸・竹の子がやや粗めで食感に貢献、味は薄い醤油。
あんまん(大)\260も皮は同様で厚め、具はややごまっぽい水飴系こしあん。

横浜大世界
冷凍。DASKAオリジナル肉まん4個\1050はかなり小さく、普通の饅頭程度の大きさ。皮は甘めで薄め、ぷりぷりの粘りが特徴的。具はジューシーな挽き肉と玉ねぎで、味は濃くないが旨みはしっかり。
あんまん4個\1050も同様、具は普通のこしあん。いずれも551蓬莱に近い気がする、でもニンニクはほとんど感じない。うまいけど高い。


【番外】
王府井(わんふーちん)
正宗生煎包(マサムネサンチェンパオ)という焼き小籠包の店、テイクアウトか家で温めるお土産。ミックス生煎包\820は次の3種類が2個づつ入ってる。
正宗生煎包:基本。箸で穴を開けてすすると中のスープ熱々、具は豚肉の旨み、パリッとした皮の香ばしさ、いずれも楽しめる。
ヒスイ生煎包:緑色をしており、具はネギを中心に野菜、だけど物足りなさは無い。
フカヒレ入り生煎包:フカヒレの食感の加わった正宗生煎包。
味と食感、具と皮とスープ、いろいろ楽しめる贅沢。味自体は、驚くほど変わったものではないけれど。


【追補】
崎陽軒
肉まん3+あんまん2で\500
コンビニサイズより小さいが適度なセット。いずれも皮の厚さは普通だが粘りっぽい。肉まんの具はしいたけと竹の子がゴロゴロ入っており、挽き肉は薄めの醤油味で標準的、からしと醤油が合う。あんまんの具は普通のこしあんで松の実入り、普通。

こじま(長崎)
冷蔵、近所のスーパーにて。角煮まん\315のコの字型の皮は甘め、厚くはないがふわふわ感あり噛むと粘性。厚さ1cm程度の角煮は柔らかく、脂多めだが適度な甘醤油味で肉のうまみあり。少なくとも値段分の価値はある商品。


【まとめ】
4月は中華まんばかり食べていたけど、正直言って、そう飛び抜けてうまいのとか、変わったのって無いね。
あるとすれば、中華街だと同發の叉焼包と耀盛號の阿媽肉まんくらいか、いずれも中華スパイスが面白い。有名な江戸清、皇朝は悪くないけど特別ではない。あんまんは当たりもハズレも少ない。
あと、どこがオリジナル/自家製で、どこが仕入れて売ってるだけなのか、よくわからない。ただ、おそらく華正楼、同發、重慶茶樓(重慶飯店)、聘珍樓、北京飯店といった有名店・大型店は自社生産っぽいけど、どうだろう。華正楼と同發は正統派っぽい。北京飯店は種類も多く、土産物というよりも実用的に店頭で売る気があって中華まんに力を入れている感じがする。お土産用の個別包装になると、保存性は良いけど高い。
だいたい中華まんを売っている店が多すぎて、結局どこで買うべきかわからないけど、たまに土産的に買うなら有名店のでよいかと。実用的に、食事用ならレストランでなく売店である頂好食品、耀盛號あたり。店構えと値段は比例するが気がする。


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