Masahiko Kishi
岸 政彦
龍谷大学社会学部准教授。1967年生まれ。関西大学社会学部卒業、大阪市立大学大学院文学研究科単位取得退学。博士(文学)。研究テーマは沖縄、被差別部落、生活史、社会調査法。
岸 政彦さん(龍谷大学社会学部准教授)
誰しも自分の存在や人生を記述し尽くすことなどできない。だからといって切れ切れの記憶だけをよすがに生きているわけでもない。どちらともつかない中を生きているのが普通の人の暮らしかもしれない。今回、登場いただく岸政彦さんは、人びとの語りを著作の中で取り上げている。「普通の人生」を取り上げる意味とは何なのだろうか。
人の生い立ちや日常生活の語りのことを、日本では生活史、英米圏ではオーラルヒストリーと呼んでいます。これは社会学だけではなく人類学や歴史学の中では通常の方法です。
始まりは1920年代のシカゴ学派と呼ばれる社会学の一派に求められます。社会学者たちが、当時のシカゴに入ってきた外国人移民の暮らしを調査しようとした際、移民たちに関する統計データが存在しない。そもそもどれくらいの人口がいるかもわからない、という事実に行き当たりました。移民の実態を調べるために、とりあえずインタビューをしたり、彼らのしたためた手紙や手記や移民に関する新聞記事を集めるようになりました。そこから得られたデータをもとに彼らの暮らしぶりを分析し始めたのです。それが出発点です。
その後、ライフヒストリーを聞き取ることによって、マイノリティーや労働者たちの研究が進みました。彼らの暮らしはデータに残りにくいのです。あるいはデータではつかめないものが多い。
たとえばセクシャルマイノリティーや摂食障害者などは、そもそも日本にどれくらいの数がいるか、正確なところはわかりません。母集団がわからないのですから、そのうちの何割かの集団の傾向だとか平均収入はいくらだとかもわかりません。それでも何らかのことを知ろうとすれば、当事者に聞くしかありません。
翻っていえば、記録に残すことそのものが権力だと言えます。そのため社会学や歴史学ではライフヒストリーは力を持っていない人、記録に残らない人を対象にすることが自然と多くなりました。
そうですね。おもしろい人に会うと、つい「インタビューさせてよ」と言ってしまいます。だからマイノリティーの聞き取りをしているというより、「この人はおもしろいな」と思う人が結果としてマイノリティーだったと言えます。
どうして声をかけるのかといったら、人の話を聞くのが好きとしかいいようがありませんね。人に会って人生を聞く。そういうときは、引きずり込まれる感じがします。
これまでやってきた沖縄での調査でも、例えばタクシーの運転手さんなんかに話を聞くわけです。いたって普通の人ですが、本土へ渡って稼いで沖縄に戻って、そのあいだに結婚して離婚して破産してとかあって、そうした、生まれてから現在にいたるまでの話を聞いていると、やはり人生っておもしろいなと思ってしまいます。
僕は物語にはならないディテールにこそいわゆる「本質」があるとも思っていないんです。実際、たくさんのディテールを集めて分析して、一貫したストーリーにまとめあげる作業をこれまでにもしてきましたし。
ただ、いろんな現実の描き方があるわけです。分析した結果として構築される統一したストーリーもあれば、断片的な物語もある。物語にならない断片もおもしろい。現実の記述の仕方の可能性を自分は広げたいのだと思っています。
おそらくこの先忘れてしまう、流してしまうようなエピソードや風景に何かを感じ、切り取っているのだと思います。
僕はスナップ写真が好きで、昔から飲み会や散歩とか折々に写真を撮っています。そういうのが6万枚くらいあります。
中には出張先のホテルの部屋を撮るというシリーズがあります。特別なホテルではなく、狭い安い宿です。部屋に入って荷物を降ろしてまずしていたのが、写真を撮ることです。
そうです。どういう感覚かというと、たとえば先日泊まったホテルの部屋の壁に絵がかかっていたんです。ありふれたインテリアです。よく見るとプリントではなく手描きでした。署名はなく2007年とだけサインされていました。
若手の無名作家に大量に注文したであろう絵。適当に描かれた、誰も目に留めない絵です。それを写真におさめました。そういう何かを切り取る感覚です。
そこに「かけがえのなさ」みたいな意味づけはしないし、撮った写真を後から見ることもありません。どこにでもあるろくでもない絵に美があるとは思わない。しかし、この無意味さは美しいなとは思います。そういうのを切り取って残したいのでしょう。
けれども、繰り返しますが、その無意味さが現実そのものだと言いたいわけではありません。ただ切り取って残さないと流れて消えてしまうとは思っています。
日本中に何百万室とあるビジネスホテルの一室のひとつにたまたま泊まった。そこでの出来事にひっかかりを覚えるんです。
まったくそうです。ふたたび出会わないかもしれない方が語った、二度と聞けないかもしれない人生の語り、というものが好きなんです。
僕は沖縄や被差別部落に関する調査をしていますが、そうした現場に関わる人の中には、つながって生きているネットワークや共同性だとかをロマンチックに描く人がいます。もちろん、僕も調査で関わる人びととのつながりは何よりも大切だし、実際に継続してずっとおつきあいしていますが、自分の物語のなかでは、そうした共同体のロマンチックな思いを相対化し、そこで生きている個別の人びと、個人を描きたいと思っています。
人びとの横のつながりを過剰に理想化して描きたがること、とでも言えばいいでしょうか。そういうことへの嫌悪感があります。沖縄や被差別部落のコミュニティーのあり方を「近代社会への抵抗」みたいに言う人もいますが、そうやって理想化することに抵抗感があるのです。
人のつながりや出会いはそれほどロマンチックなものではないでしょう。それに出会えばいいというものでもありません。人と相容れないほうが人生では多いのですから。むしろ人はわかりあえない。
けれども、あるとき僕がインタビューしている最中に、その家の飼い犬が死ぬという出来事が起きました。僕もインタビューされている相手も知って同時にびっくりする瞬間がありました。
わかりあえないけれども、同時にびっくりしたということは起きました。それを「出会い」と言えるかどうかわかりません。同時に驚いたけれど、何も共有していないかもしれない。美しいエピソードでもない。ただ、何かは起きた。それは確かでそれが印象に残っているのです。
普通に生きている人のほうがおもしろいし、僕は普通でいいと思っています。猟奇的な出来事やエキセントリックな例、都市の闇などにまったく関心が持てないです。社会の枠から逸脱したところに「本当がある」とか「そのとき本当の自分が現れる」とか。そういうことにも興味がないですね。
かつて風俗嬢に電話でインタビューしたことがあります。名前も顔も知りません。相手の方は「知っている人にはこんな話はできないし、話したこともない」と言っていました。僕とのあいだに深いつながりがなかったからこそ聞けた話でしょう。
人と人は、つながればいいというものではない。わかりあえばいいものでもない。同時に絶対に他者はわかりえないというのでもない。むしろいまほど他者理解が必要な時代はないと思います。
話を聞いたからといって、その人の本質がどこにあるかはわかりません。ただ、「この人はどこから来て何をしているのか」。その単純で意味づけなどできない話に強くひかれます。それを書き留めているのだと思います。それが僕にとっての「他者理解」なのかもしれません。
皆さん、ご自身では「語るに値しない人生ですよ。もっと成功した人に聞けばいい」と言われます。でも、語りを聞くと、ほんとうに、人それぞれの個別の人生というものがあります。
他人に自分の生い立ちや人生を語る、ということは普通のことではなく、とても特殊な状況における特殊な行為です。生い立ちを聞くのは、特殊なことであると同時に、「暴力的」なことだと思います。聞く方も語る方もしんどい。誰しもが自分の話を聞かれたいかどうかわかりません。ただ、「話を聞いていただき、ありがとうございました」と、特に高齢者からインタビューの終わりにあたって言われることが多いです。
そういうことを指してでしょうか。「語りを聞くことにカウンセリング効果がある」という人もいます。僕はそれはおこがましいと思っています。
けれども事実として聞いた後に「ありがとう」と言われることも多いので、その言葉を聞くと、その方とのあいだに、なにかの「交換」があったのかな、とは思います。話を聞くのは緊張するし、気が重いけれど、「話を聞いていただき、ありがとうございました」と言われたときは、達成感というか大きなものをもらった感じがします。息をつめて水中をずっと潜っていた。ようやく水面に出て息を吸った、そんな感じです。
そうですね。聞けば聞くほど壁を感じます。わからないことのほうが多い。他者を理解すること、理解したと思えることは暴力です。たいていはマジョリティ側の暴力です。出会いは傷になることもあるのです。他者との関係性はいつも矛盾があるのだと思います。
だからといって、他者を理解しようとすることをやめてはならない。特にいまの時代は他者に対する想像力を手放してはならないと思います。そのために、地道に一人ひとりの語りを聞く作業を、今後も続けたいです。
[文責・尹雄大 撮影・黒澤めぐみ]
Masahiko Kishi
岸 政彦
龍谷大学社会学部准教授。1967年生まれ。関西大学社会学部卒業、大阪市立大学大学院文学研究科単位取得退学。博士(文学)。研究テーマは沖縄、被差別部落、生活史、社会調査法。
主な著書に『断片的なものの社会学』『街の人生』『同化と他者化──戦後沖縄の本土就職者たち』など。
【岸 政彦さんの本】
『断片的なものの社会学』
(朝日出版社)
『街の人生』
(勁草書房)
『同化と他者化:戦後沖縄の本土就職者たち』
(ナカニシヤ出版)