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Picaresque Online 作者:曖昧
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プロローグ

 夜空が抉り取られて生まれたような満月の下、空に一番近い場所で六人の男女が顔を突き合わせていた。
 風除けも何もない吹き曝しの屋上に五芒の星を描くように五つのソファーが配置され、その中心に一つ、計六つのソファーが置かれている。

「さて……今日、この日、最後の一つが埋まって六つ数は満たされたわけだけど……」

 今日埋まった最後の席を除けば一番序列が上に当たるであろう"焦熱"の主が切り出す。
 肩で切り揃えた銀の御髪とガン開きの瞳孔が特徴的な金色の瞳を持つ一見すれば美しい童女。
 が、ここに居る時点で、焦熱の席に座っている時点でロクデナシであることは確かだ。

「一体、何が起こるのかしらね?」

 世に広く知られているオンラインゲームのセオリーからは随分と外れているのがこのゲームだ。
 逆に何も起こらなくたって不思議ではない。
 まあ、それならそれでこの場に居る全員はそこでゲームを辞めてしまうだろうが。

「肩透かしって可能性もあるんじゃなかと?」

 坊主頭にサングラス、二メートル近くはあろう屈強な肉体を持つ男が猜疑心を丸出しにして答える。
 この六人の中では一番強そうではあるが、生憎と序列は最下位。
 とは言え、この場に居る面子は彼――等活の主を見下しているわけではない。
 一番最後に椅子を取った序列一位に軒並み敗北しているのだから誇れるわけがないのだ。

「そもそもからして六なんですか? だって八大地獄になぞらえているのでしょう?」

 この集まりに懐疑的なのは衆合の主だった。
 目にかかる前髪にグルグル眼鏡、更には三つ編みと言う野暮ったい姿の少女で一番華が無い。
 顔立ちは良いので焦熱の主は何度か着飾るように言ってみたのだが衆合の主は拒否している。
 理由は一番落ち着く格好で居たいから、だそうだ。

「等活、黒縄、衆合、叫喚、大叫喚、焦熱、大焦熱、無間の八つ。
ほら、六人しか居ないじゃないですか。最下層の彼が加わりはしましたが二つ空きがあるのでは?」

 この場に居る六人の面子は八大地獄になぞらえた称号を所持している。
 それはそのまま勢力の名に使われていたりもするが、まあ今は置いておこう。

「T=〃ヵゝらイ可度м○言ッτゑU〃ゃω」

 衆合の言葉を否定したのは、彼女とは対極に位置する少女だった。
 一言で言えばギャル、二言で言えばチョイウザ系のギャル。
 これもまた容姿は良いのだがその他の面で足を引っ張り過ぎている。
 が、これでも衆合より序列が上である叫喚の主だ。

「……その馬鹿っぽい喋り方止めてくれませんか?」
「はいはい。ジョーダンだっての。大つく地獄の名を冠するのはあたしと焦熱のだけど含まれてるのよ」

 焦熱地獄や叫喚地獄の中にそれぞれ大焦熱地獄や大叫喚地獄が含まれている。
 だから数としては六で合っているのだ。

「初耳ですけど?」
「だっけ? まあ良いじゃん」

 ケラケラと笑う叫喚の主に衆合は苛立ちを隠さない。

「――――ふざけないでください」

 瞬間、叫喚の肉体をあちこちから見えない圧力が襲う。
 叫喚は特に抵抗することもなくベキベキと折り畳まれて遂には手の平サイズの箱にまで圧縮される。
 が、すぐに何ごとも無かったかのように元の形に復元される――血痕すら残さずに。

「落ち着けい! 小童共!!」

 そう二人を叱り付けたのは女の子と呼ぶには厳しい年齢の女だった。
 女の子が赦されるのはギリ二十代前半までで彼女はリアルだと三十二らしい。
 どう考えても女の子ではないと言うのが残る五人の共通見解だ。
 さて、そんな彼女は偉そうにしてはいるがこの中では二番目に加入が浅い。
 与えられた称号も黒縄で、この序列としてはケツから二番目だ。

「そもそも我らはこのように顔を付き合わせることも無かったであろうに」

 そう、互いに存在こそ知っていたし小競り合いもやっていた。
 が、こうして直に顔を合わせて話し合うのは一部を除き今日が初めてで情報の共有などなされてはいない。
 ゆえに叫喚の何度も言ったと言う言葉はあまりにも的外れだ。

「つーかそれは良いけどさ、おばちゃん何その格好? あたしらは……まだ普通だけど完全に場違いじゃん」

 白けた様子でツッコむ叫喚。
 そう、黒縄はどう言うわけか平安絵巻に載っていそうな十二単を着ているのだ。
 ぶっちゃけ呪いの日本人形みたいでちょっとアレだ。

「ゲームの中でくらい好きに傾いても良かろうが」

 等活は黒いスーツ、叫喚はリアルでの制服をそのまま反映したと言う着崩したブレザー。
 衆合は野暮ったいセーラー服、焦熱はゴシックなドレス。
 そして最後のニューフェイスも至って普通のジャージ姿。
 確かにこの中では一番、黒縄が浮いている。もうビックリするくらい浮いている。

「どちらさんも落ち着きなすって。それよか、あんたは何ぞないんですか? おいらの頭でしょうがい」

 等活が話を振ったのは彼らの中心に座る新入りにして、五つの地獄を殺し五つの地獄を束ねる少年だ。
 最下層である無間の名を冠する彼は見た目だけで言うならば例に漏れず整っている。
 等活も厳つくはあるが、これはこれで整っていると言えるので何の問題も無い。

「頭……頭?」

 全員が雑談を止め、無間に注目を集める。

「……」

 彼は――――うとうとと舟を漕いでいた。だがそれもしょうがないだろう。
 時刻は午後二十三時三十分時、健全な十六歳である彼はとうに寝る時間だ。

「起きてつかぁさい! ちょ、頭!?」

 等活が近付きゆさゆさと身体を揺するとよ無間は今にも途切れそうだった意識を繋ぎ直すことに成功する。

「ふぅ……あのさ、僕、高校生なんだけど」
「いや、あたしもだし。つーか、今日日小学生でも起きてる時間だっつの」
「おいは……まあ、何時もっちゅーわけじゃのうが、起きてられんこともなか」
「私も本を読んでたら夜が明けたとかザラですから」

 無間、叫喚、等活、衆合の四人は学年こそ違えど同じ高校生だ。
 大人と呼べるのは黒縄ぐらいで、焦熱は……見た目通りならば発育不良の中学一年生ぐらいだろう。
 何にせよ、無間以外の者達はこの時間まで起きていても平気らしい。

「不真面目な人達ばっかりだよ。で、何だって?」
「六つの席が埋まったのだし何かが起きるんじゃないかって話題よ」

 絡み付くような情愛の視線を向ける焦熱。
 が、そんな秋波と呼ぶには些か以上に邪悪さを感じさせるものを向けられている無間は何処吹く風だ。
 気付いていないわけではない、気付いているし、その上でどうでも良いと思っているだけ。

「そうは言われても……僕、オンラインゲームとかこれが初めてだったし……」

 困った顔をする無間。彼もプレイしていく中で人からこのゲームは少々趣きが違うとは聞いていた。
 とは言え普通の、有り触れた例を知らぬ無間からすれば判断材料が無いのだ。

「フッ……誰もそのようなことは期待しておらん。
ただのオンゲであるならばわらわも少々以上に知っておるゆえな」

 システム的な面でもそうだが、それ以外の部分でもおかしいことが多々ある。
 例えばそう、プレイ中にリアルに戻って攻略サイトなどで調べてみようと思ってもログアウトすれば綺麗に忘れてしまうなど。
 オカルト的な何かが働いていると思われる現象もあるので誰もセオリー通りに行くとは思っていない。
 だからこそ、その個人が持つ発想でものを考えようと言うのだ。

「え? 何おばさん、そのナリで廃人とかだったりするわけ?」

 アバターを作ることも出来るが、種族に人間を選んだ場合はそのままリアルの姿が反映される。
 そしてこの場に居る六人の種族は全員が人間だ。
 ゆえに意外だった。歳食ってはいるが、黒縄は美人だ。美人が廃人と言うのは少々……。

「フン、廃人などと言う単語を知っている時点でそなたも怪しいであろうが」
「いや、あたしはこっち来て勉強したの。部下の子達に聞いてさ。あたしも無間と同じで元はシロートだし」

 むしろこの場ではオンラインゲーム経験者の方が少数派だ。
 無間、焦熱、叫喚、等活の四人はこれまでゲームと言うものにすら無縁だったのだから。
 別に金銭的な問題ではない。単純に趣味の方向が違っただけ。

「あ、でも馬鹿にしないでよ? 今は違うわよ? あれでしょ? ボットーとか課金とか?」
「BOTなんて見たことないし課金要素もありませんよこのゲーム」
「おいとしては疑問なんじゃが、ゲーム内のもんをリアルの金で買うゆーんは……のう?」

 そんな素人丸出しの人間が最高位の称号を手に入れるのだから面白い。
 興味が無い人間ですら楽しいと思わせ、没頭させてしまう魔力があるのだ。

「ぬう……そなたら、よくそれで此処まで来れたのう……ああいや、常道が通じんわけだし不思議でもないか」

 試されるのは前提知識の有無ではない。その生き方であると黒縄は予想している。

「と言うか、あなたはどうなのかしら黒縄。何か予想とかないの?」

 ソファーの脇に備え付けられている小さなテーブルの上にある皿からクッキーを一摘み。
 この時間帯、リアルでならば多少は考えてしまうがゲームの中なので気にする必要は無い。

「……」
「何よ、おばさんも無いんじゃない。それでよくもまあ、人にどうこう言えたわね」
「ねえねえ焦熱。僕にもクッキーくれない?」
「ええ、喜んで。これ、私が焼いたのよ?」
「ふーん」

 普通、美少女の手作りと言えばそれなりにそそるものがあるだろう。
 が、無間にとっては誰が作ったかよりも甘いかどうかが重要だった。
 何せ彼はリアルでそのうち糖尿になるんじゃね? と言われるほどの甘党だから。

「あら、どうしたの衆合?」

 怪訝な表情をしている衆合に意味深な笑みを向ける焦熱。
 衆合は一瞬だけ躊躇するものの、すぐに自身が抱いていた疑問を吐露する。

「いえ、血とか髪とかその……あれな液とか入ってそうだなぁって」
「フフフ……さぁて、どうかしら?」

 焦熱の笑みがさらに深くなる。
 衆合は他人の性癖に踏み込んでも良いことはないと頭を振りそれ以上の追求を止めた。

「え、食べるの!? 食べちゃうの!? こんな会話あった後でさ!」
「甘くてクッキーの味がするなら別に良いよ僕は」

 バリバリとチョコチップクッキーを噛み砕く無間はまるで気にしていない。

「ところで無間さん。一つ、よろしいですか?」
「何?」
「あなたは、その、どうやって無間の称号を手に入れたんでしょうか?」
「どうも何も君らも知っての通りさ」

 語るまでもない、むしろ分かり切ったことだ。
 何せ衆合らが無間を認めているのはその名を手に入れたからではないのだから。

「その前提がおかしいんじゃ。良いか? 最下層に至るならばそれまでの層を突破すれば良い。
確かに道理じゃ。しかし、それならばわらわ達にもそのチャンスがあったはずなのだ。
五つ揃うのが無間への条件だったとしても、揃ってからしばらく時間があった。
わらわが黒縄の称号を手に入れたのは一年ほど前で、そなたがプレイし始めたのは数ヶ月前。
それだけ時間があれば、わらわも他の者らにもチャンスはあった。イベントの開始が告げられたはずであろ?」

 そう、黒縄だけではなく他の地獄を冠する者達も考えてはいた。
 自分以外の地獄の名を持つ者達を殺せば無間に至れると。
 現に等活、黒縄、衆合の三人はそのために戦力を整えていたのだ。

「いいや、わらわ達だけではない。他の多くのプレイヤーも気付いておったはずじゃ」

 ある意味で無間に至るやり方は一番分かり易いと言っても良い。
 何せ他の五人はどんな条件で自身の称号を得たのかすら分かっていないのだから。
 好き勝手やっていたらある日突然、メッセージウィンドウが浮かび上がり称号とそれに付随するものを手に入れたのだ。
 達成感もクソも無い。唐突過ぎるほとに唐突過ぎて呆気に取られたのは黒縄だけではない。
 それはさておき、無間の称号を得る条件はかなり予想し易いものだ。
 だと言うのに、数あるプレイヤーの中から無間の名を得たのはこの少年。それがどうにも解せない。

「が、聞くところによると無間よ。そなた、初めてログインして数時間とせずにイベントへの足掛かりを手に入れたそうだな?」
「聞くところによるとって言われてもねえ……」

 そもそもからしてこの場に居る面子は殆どが初対面に近い。
 そりゃ戦った時に顔は見ているし、実力のほども分かっている。
 が、よくよく考えなくても無間は焦熱を除けば殆ど縁が無い。戦闘の際に会話を交わした程度の間柄だ。
 だと言うのに黒縄はえらくグイグイ迫って来る。

「誰も彼もが水面下で、無間の称号を狙わんと動いておったはずなのに何故そなただけ……」

 黒縄は軽く嫉妬している。彼女はゲーマーの思考に近い。
 より良い装備を、より良いアイテムを、より良い称号を手に入れたいと全力で楽しんでいる。
 が、得られたのは黒縄と言う序列の低い称号だけ。
 足掛かりとしてはそれで十分だと思っていた、いずれは無間を手に入れるのだからと。
 しかし蓋を開けて見れば無間の称号は得られず黒縄止まり。

「それがそもそもの間違いなのよ、黒縄」
「どう言うことじゃ焦熱?」
「と言うか誰も彼もがそんなだから手に入れられなかったんじゃない?」

 焦熱は別に無間なんて称号を狙っていたわけではない。
 彼女がこのゲームをプレイしているのは楽しいからと、それともう一つ理由があってどちらも称号なんてものには無関係だ。
 なのである意味第三者と言える。そして、だからこそ気付けることもあるのだ。

「このゲームは殆ど無法、だけど唯一絶対の法があるじゃない」

 無法でありながら法を謳う、矛盾しているが矛盾ではない。

「あなたや多くのプレイヤーはそれを遵守しなかった」

 それだけの話だ。難しいところなんて何一つとして無い。
 無間の名を手に入れた彼はただただ在るがままに小賢しいことなんて考えなかったから最下層の名を手に入れただけ。

「だけど彼は遵守した――――己が情動に忠実であれってね」

 それこそが、ピカレスクオンラインにおける絶対唯一の法である。
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