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第11話 伝説の都、アトランテス (1)
《ふむ。なるほど、事情は分かった》
白く光る顎髭を触りながら、精霊王は頷いた。しかし、すぐ困ったように眉を下げる。
《だが、そう簡単に再浮上をする訳にもいかぬ》
「……だめですか?」
恭一郎は、頭上を見上げながら精霊王の顔を見つめた。表情から見るに、頭ごなしに拒否されているわけではなさそうだ。
《うむ。戻してやりたいのは山々だが。このアトランテス、浮上するには莫大なエネルギーを必要とする。何の見返りもなしにとあれば、一国の王として首を縦に振ることは出来ぬ》
「なるほど」
恭一郎は、納得したように口を閉じた。精霊王の言うことももっともだだ。これだけの大規模な奇跡。運営する上では色々とクリアしなければならないことも多いだろう。
《再浮上が一〇〇年後とでも言うなら、待つわけにもいくまい。送ってやる理由にもなる。が、四年後だ。待ってくれと言う他ない》
精霊王は、申し訳なさを念に含みながらヒョウカを見つめた。ここまで丁寧に断られては、引き下がるわけにもいかないだろう。どうしようと、恭一郎はアイジャと顔を見合わせた。
「うーん。こうなったら、一つしか方法はないだろうね」
「ですよね」
それしかないかと、恭一郎は腹をくくる。出来るかは分からないが、リュカも残しているのだ。四年後まで待つわけにはいかない。
恭一郎は、覚悟を決めた顔で精霊王を見上げた。
「精霊王様。見返りを用意できれば、浮上する理由になるわけですね?」
《む? まあ、そうなる。……まさか、主が何かアトランテスにもたらしてくれるとでも?》
精霊王が、少し驚いたように恭一郎を見つめる。こんな、奇妙なパーティーの中心に居るだけでも珍しいのだ。真っ直ぐに精霊王を見つめる瞳は、それ以上に面白い者だった。
恐怖。不安。焦燥。そんな、弱々しい感情が渦巻く中、目の前の何の力も感じない青年は、じっと己を見つめていた。そして、周りの少女達も彼を信頼したように眺めている。
《面白い。……して、何をしてくれるというのだ?》
「それは分かりません」
恭一郎の言葉に、ぴくと精霊王のこめかみが動く。しかし、恭一郎はすぐに言葉を続けた。
「何か、アトランテスでお困りのことはないでしょうか? それを見事解決できれば、浮上の褒美を貰いたいです」
《なるほどな。確かに、それが出来るならこちらとしても願ったりだ》
精霊王は、考える。この青年が言うとおり、アトランテスにも問題はある。しかし、精霊術の極みに存在するアトランテスだ。そこで解決できない問題を、そうそう解決できるわけもないだろう。魔法的、精霊的な切り札としては、あのエルフと氷の神のはずだ。確かに外の世界のものから見れば破格だが、このアトランテスの限界を超えるわけでもない。
《……可能性があるとすれば、外の風か。いや、このアトランテスはごらんの通り閉鎖的でな。故の問題も、もちろん存在する》
「というのは?」
どうやら、交渉自体は成功しそうだ。後は、その問題を解決するだけだと恭一郎は身構える。
《……娯楽だ》
「へ?」
困ったような精霊王の呟きに、恭一郎は間抜けな声を出していた。
どんな無理難題が飛び出すかと思えば、意外のも俗っぽい言葉である。
《その顔も無理もない。今、アトランテスが直面している問題。それは娯楽の枯渇よ》
「え、えと。それはどういう?」
精霊王の表情から見て、事態はかなり深刻なようだ。恭一郎も姿勢を正し、精霊王の説明を待つ。
《このアトランテスに居を構えて数千年。我ら精霊族は、精霊術の研究と研鑽に心血を注いできた。特に何か目的があったわけではない。真理への好奇心こそが、我ら精霊族の存在意義だ》
精霊王の話に、恭一郎は軽い驚きを覚えた。恭一郎のイメージでは精霊をいうのはどこか柔らかなイメージで、法術士に力を貸すだけだと思っていたからだ。
「……ん? ああ、精霊王の言っていることは地上でも同じだよ。アキタリアが誇る法術は、もともとは精霊の教えを体系化したもんだ。だからこそあの国は精霊を敬い、共に生きる道を選んだ」
アイジャの答えに、精霊王が軽く笑みを浮かべる。どうやら、アキタリアのことは知っているらしい。
《おお、アキタリア。その国のことは、昔迷い込んだ旅人より聞いたことがある。一度、その国の者とも会ってみたいものだ》
恭一郎は、ぎょっとして精霊王の言葉を聞いた。それはつまり、あの精霊大国のアキタリアの王族でもこの場所にはたどり着いていないということだ。今自分がどれだけ貴重な場にいるのかを改めて理解し、恭一郎の背中を冷たい汗が伝う。
《っと、話がずれたな。そう、昔は精霊術の研究こそが我らの唯一の望みだったのだ。……しかし、その均衡がある日崩れた》
「……と、いいますと?」
ごくりと、恭一郎は唾を飲み込んだ。いったい、何が起こったのだろうか。これは、自分の考え以上に深刻な問題だぞと、恭一郎は全身に気合いを漲らせ、次の一言に備えた。
《うむ。その、極めてしまったのだ》
「……え?」
《いや、だから。精霊術を。もうな、ないのじゃよ。新しく学ぶものが。ぜーんぶ極めてしもうた》
あっけらかんと言い放つ精霊王に、一同がぽかーんとした表情を見せる。
《もちろん、まだ解決できぬ問題はある。エネルギー問題とかな。だが、残る探求の対象は、精霊術の分野ではないのだよ。我らは、精霊術以外には全く興味がないのでな》
「そ、それはまた……」
何とも豪快な悩みだ。しかし、他ならぬ精霊王が言うのだから本当なのだろう。精霊術を極めてしまって、やることがなくなったのだ。
「それで、娯楽を」
《そう。まあ、まだ探求者として個々の実力を極めようとする者が大半なのだがな。いかんせん、若い連中が。もう、いまどき精霊術なんてふるーいってなもんよ》
「は、はぁ」
こころなしか言葉遣いがフランクになっている精霊王に、恭一郎は相槌を打つことしかできない。
《探そうと思えば、まだまだ探求の道などいくらでもあるのに。奴ら、もう充分じゃないですかーとか言ってんの。どう思う?》
「いや、それは。……いけないと思います」
《でしょ? 外の人もそう思うよね? でもね、精霊王考えた。これは仕方ないことじゃないかなって。若い奴らからしたらさ、ハードルが高くなりすぎてるのよ。それを頭ごなしにやらそうとしてもさ、反発するだけだって》
熱く語る精霊王の話を、面々は黙って聞いている。だんだんとヒートアップしていく精霊王の演説は、ついにラストの盛り上がりを見せたようだ。
《だからね。精霊王、すっごくすっごく考えた。そのとき、閃いた。娯楽。遊びがアトランテスには足りないんじゃないかって》
ようやく話が繋がったと、恭一郎はほっとする。そろそろ、この話も終わりそうだ。
《精霊王の時代はさ、精霊術を学ぶことが遊びだったの。でも、今の子達はそうじゃない。だったらさ、何か新しい遊びを作って、それと精霊術を混ぜちゃえばいいって。そしたらさ、若い子も精霊術を頑張り出すと思うんだよね》
恭一郎は、驚きながらも納得した。口調が急に変わったので驚いたが、要は精霊王の悩みというのはジェネレーションギャップだ。しかし、若い子の立場で考え、解決しようとしている精霊王は初め見たときよりも立派に映った。
《でも精霊王、昔の人じゃん? 遊びとか、よく分かんないの。だから、何か精霊術と親和性の高い、長く続く娯楽を提示してくれないかな?》
それが出来たら、浮上どころか更に褒美もあげまくりだよと、精霊王は話を閉じた。少しだけ期待した瞳で、恭一郎を見つめる。
金剛石の瞳で貫かれた恭一郎は、言いようのない高揚を胸に抱いていた。何とかしてあげたいと、素直に思う。
恭一郎の手が、胸の前へと付けられる。
出来るかは分からないが、やらねばならない。後ろの三人が、そっと恭一郎の背中に集まった。
「わかりました。その悩み、ねこのしっぽ亭にお任せください」
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