(いななき)離して離して!いきりたつ馬に乗り出陣する現代の侍。
福島県の祭り…戦国時代さながらに騎馬武者たちが戦います。
野馬追は1,000年以上の歴史があるといわれています。
人々はいつしか祭りのために馬を育てその馬で出陣するようになりました。
地域の暮らしに脈々と息づいてきたのです。
野馬追は地域ごとに郷と呼ばれる集団に分かれ競います。
この夏原発事故によって今も故郷に戻れない住民から成る郷がありました。
各地でバラバラに暮らす68人。
小高郷の人々です。
かつて暮らしていた町は東京電力福島第一原発から20キロ圏内にあります。
南相馬市小高区。
1万2,000人以上が暮らしていました。
避難指示が出されたままの町。
今なお立ち入りはできても原則住む事は許されていません。
避難先で江戸時代から代々受け継いできた野馬追の旗を大切に守っている男性がいます。
離れ離れに暮らす故郷の仲間たちとつながり続けたいと参加しました。
30代の男性は小学生の一人娘が今年初陣を飾る事になりました。
小高郷の一員である誇りを伝えたいと考えています。
原発事故から5年目の夏。
野馬追を通じて何を確かめたのか。
故郷とつながる人々の姿を見つめました。
これより出陣とする。
出陣!オ〜。
(杯を割る音)オ〜!出陣!東京電力福島第一原発から20キロ圏内にある小高駅前の商店街です。
この場所は通常立ち入る事はできますが宿泊はできず今もご覧のようにほとんど人通りはありません。
周辺では除染が続けられていて町のあちこちにその廃棄物が置かれています。
相馬野馬追では相馬市から大熊町まで5つの地域ごとに郷を作ります。
この夏小高郷から参加した68人は全員故郷を離れ首都圏や新潟など各地でバラバラに暮らしています。
ふだんは会う事のない人たちが一年に1度野馬追のために集結するのです。
なぜこの祭りのために各地からやって来るのか。
野馬追に懸ける思いを見つめました。
原発から23キロ。
南相馬市の中心部に野馬追が開かれる会場があります。
年に1度行われる野馬追のために大切に整備されてきました。
各地から続々と人々が訪れ練習を重ねていました。
小高郷68人の一人…16歳の時から野馬追に出てきた小高郷きっての腕の持ち主です。
阿部さんは南相馬市周辺の復興工事に携わっています。
事故の直後一旦埼玉県に避難しました。
しかし自分たちの手で復興させたいと戻ってきたのです。
阿部さんは原発事故前小高区の中心部で暮らしていました。
今も高校のグラウンドには除染で出た廃棄物が置かれたままです。
自宅はその目の前にあります。
妻と3人の子どもと暮らしていたマイホーム。
事故の7年前25年のローンを組んで購入した大切な家に住めなくなったのです。
阿部さんは南相馬市内の会社の事務所に一人で寝泊まりしています。
埼玉に避難する家族と離れ離れの生活はもう4年以上になります。
月に2回片道3時間かけて家族のもとに帰る生活を続けています。
今年の春35年のローンを新たに組んで埼玉県にマンションを買いました。
ただいま。
ただいま。
・お帰り。
お帰りお父さん。
阿部さんの息子は高校3年生と小学1年生の2人。
パパもうお酒飲んでるの?飲んでるよ。
娘の日向子さんは野馬追が大好きな高校2年生です。
初陣は小学5年生の時。
去年も埼玉から駆けつけて活躍するなど父親に負けないほどの腕前になっています。
乗ってないの?何だ…。
今日も落っこったって言うなよ。
(裕真)うん落ちないんだから。
落ちてないの?落ちてないよそんなに。
落ちたの前提で話す。
阿部さんの妻文枝さん。
小高区の出身です。
夫や娘にとって野馬追が掛けがえのないものだと分かっています。
しかし子どもの学校や放射線への心配などから当分ここに残るしかないと考えています。
小高郷には自分の育てた馬で野馬追に出る日常を奪われた人もいます。
沿岸にあった自宅は津波で流されました。
2頭の馬を飼いこの場所から出陣していましたがその大切な馬も流されました。
鎌田さんは知り合いのつてを頼り相馬市に避難しアパートで暮らしています。
今年は小学4年生の一人娘依美奈さんが初めて野馬追に出る事になりました。
あっいいべした。
いいんじゃない?妻の陽子さんも南相馬市出身。
小さい頃から野馬追を楽しみにしてきました。
かわいいですね。
後ろだけ…。
(取材者)初めてですよね?
(陽子)初めてです。
原発事故が起きるまで自ら育てた馬で出陣する事を誇りにしていた鎌田さん。
故郷を離れ改めて自分が失ったものの大きさを感じています。
そういうとこはありますよね。
やっぱ。
野馬追のため馬と共に暮らす日常を取り戻したい。
鎌田さんは去年の夏小高区から離れた場所で再び馬を育て始めました。
昔からよく知る小高郷の仲間と一緒に共同で建てた厩舎。
シュッシュッシュッて。
仲間たちも鎌田さんと同じ思いを抱いていました。
野馬追で久しぶりに再会する地域の人たちに依美奈さんの成長した姿を見せたい。
小高郷の一員としての誇りを伝えようと今年の春から練習を重ねてきました。
(真吾)えっ?止めていいよ。
原発事故以来故郷に戻れない日々が続いてきた小高郷の人たち。
それが来年4月にも変わろうとしています。
南相馬市はその時の避難指示解除を目指しているのです。
埼玉県の家族と離れ離れで暮らす阿部裕真さんです。
家族を呼び戻し故郷小高区に戻るのか悩んでいます。
野馬追まで1週間のこの日。
妻文枝さんが埼玉県からやって来ました。
挨拶に訪れたのは小高郷の大将佐藤邦夫さん70歳です。
佐藤さんも小高区を離れ避難生活を送っていますが避難指示が解除されればすぐ自宅に戻るつもりです。
(文枝)せっかく学校近いしね。
阿部さん夫妻はその足で風を通しに自宅に向かいました。
文枝さんが中に入るのは3年ぶりです。
いやため息つくでしょだってあれ。
うわっすっげえクモの巣。
え〜何か台所汚いひ〜ちゃん…。
(裕真)しょうがないでしょ。
(文枝)かびてる!目の前にあれなんだもんね。
(取材者)テニスコートだけだったんですか?あそこのとこだけだったのに。
開かないこれ。
自分たちのように戻るのを躊躇する人がいる一方郷大将の佐藤さんのようにすぐにも住みたい人もいる。
別々の選択をしようとする人たちをつないでいるのが野馬追なのです。
いよいよ野馬追の日がやって来ました。
今も通常住む事ができない小高区。
その故郷に各地から人々が駆けつけここから出陣します。
娘の初陣を心待ちにしていた鎌田さん親子もやって来ました。
家族と離れて暮らす阿部さん。
久しぶりの仲間との再会です。
小高区内の神社で行われる最初の儀式。
出陣式です。
68人の仲間たちが勢ぞろいしました。
かつてこの地方を治めた相馬家の33代当主の次男が激励にやって来ました。
(ほら貝の音)
(いななき)参れ!参れ!5つの郷がそれぞれの威信を懸けて進むお行列が始まりました。
(ほら貝の音)南相馬市の中心部を郷ごとに隊列を組み進んでいきます。
(ほら貝の音)鎌田依美奈さんが父親と共に迎えた初陣の時です。
(取材者)依美奈ちゃんいよいよだけど頑張ってね。
騎馬隊鎌田依美奈!小高郷のお行列が始まりました。
佐藤邦夫さんは郷大将の印黄色いほろを背負って馬を進めます。
依美奈さんが乗るのは父と娘で大切に世話をしてきた馬。
(拍手)立派に成長した姿を地域の人たちに披露しながら行進します。
ご声援をお願い致します。
(拍手)依美奈さんの横にはついて歩く父と母の姿がありました。
鎌田さんは直前に馬が体調を崩したため急きょ歩いて参加しました。
立派にやり遂げた依美奈さんを地域の人たちが迎えました。
何年生になったの?ん?何年生?中2。
ご挨拶しな。
おお〜!どうしたんや?真吾か!ああ違う…。
あ〜疲れた。
かっこよかった。
はい。
ご苦労さまね。
ク〜ッ!てな。
(すすり泣き)
(いななき)お行列には阿部裕真さんの姿もありました。
しかしこれまではいつも一緒に行進していた娘日向子さんの姿がありません。
(いななき)実は母文枝さんと一緒に部活の全国大会に来ていました。
日向子さんは野馬追で磨いた腕を生かして馬術部で活躍しています。
今年の野馬追にも参加するつもりでしたが悩んだ末に諦めました。
文枝さんは大会が終わって駆けつければ間に合うかもしれないと声をかけました。
は?何で?大好きな野馬追に中途半端な状態で出たくないと言う日向子さん。
故郷に強い思いを持つ娘がいずれ帰りたいと言いだした時の事を考えると文枝さんは複雑な気持ちになります。
野馬追の会場では祭りのクライマックスを見ようと続々と観客が集まってきました。
一角では小高郷の陣屋が設けられていました。
郷の中でも腕利きが出る行事を一丸となって応援するのです。
阿部裕真さんが鎧を身にまとい出陣していきます。
背負うのは勇敢に突進するイノシシを描いた旗。
江戸時代から受け継がれてきたものです。
それぞれの郷の中で限られた武者が参加する甲冑競馬。
1,200メートルを郷の名誉を懸けて競います。
何度も深呼吸する阿部さん。
おお〜!甲冑競馬が始まりました。
阿部さん上々のスタートです。
(会場実況)ご観覧の皆様この風を切る旗の音をお聞き下さい。
これが古式甲冑競馬のだいご味であります。
旗を折りながら疾走します。
(会場実況)最後の直線は150メートルであります。
先頭が向こう正面から第3コーナーに向かっております。
(声援)ところが終盤思うようにスピードが上がりません。
(会場実況)ただいま1着ご到達。
大きな差をつけられての5着でした。
(拍手)実はレース中馬が足をけがしていました。
阿部さんこのあとの祭りには出られなくなってしまいました。
祭りが最高潮に達する神旗争奪戦が始まります。
甲冑競馬では振るわなかった小高郷。
なんとかして雪辱したい。
(打ち上げの音)
(花火の音)2本の旗が20回に分けて打ち上げられその旗を取り合う神旗争奪戦。
風を読み馬をいざなう手綱さばきが勝負を分けます。
(歓声)ほかの郷の武者が最も名誉である最初の旗を取りました。
は〜ちゃん取った。
きゃ〜!見ればよかった!一番旗取った。
わ〜!お父さんどこ…。
すごい。
旗を取る名手の阿部さんは眺めるしかありません。
次々とライバルたちが旗を取っていきます。
ほかの郷に負けられない小高郷。
このまま終わっていいのか。
突然阿部さんが郷の仲間の手を借りて鎧を身に付け始めました。
後輩の…イノシシの旗を手にして会場へと入っていきます。
小高郷の仲間から馬を借りられないか探し始めました。
馬を探し回る阿部さん。
(いななき)ついに見つかりました。
昔から先輩として慕ってきた唯野敏美さんが馬を貸してくれたのです。
(打ち上げの音)
(花火の音)阿部さんの雪辱戦が始まりました。
慣れない馬にもかかわらず見事な手綱さばきで馬を操ります。
残念!阿部さん!あと一歩!郷大将の佐藤さんや娘が初陣を飾った鎌田さんが必死に見守ります。
(花火の音)
(打ち上げの音)
(花火の音)残り6発。
水色の旗を狙い密集の中にいた阿部さん。
旗が落ちてきました。
旗はすぐ目の前。
密集から出てきたのはイノシシの旗!阿部さんやりました!
(会場実況)「小高郷阿部武者おめでとう!」。
(会場実況)「おめでとう」。
(拍手)郷大将の佐藤さんにうれしい報告です。
お〜おめでとう。
取れるって言った馬なんだもん。
取ってこないと…。
(拍手)しゃっぱぐれっかなって思ったけども「駄目だ!」って。
小高郷の仲間たちと勝ち取った一本の旗でした。
パパ?離れて暮らす娘の日向子さんが阿部さんと電話で話していました。
もしもし。
えっ何?どうだったの?ああまあでも…旗差したまま。
借りに…。
野馬追が大好きな夫と娘。
文枝さんはこの祭りが家族と故郷をつなぐ掛けがえのないものだと改めて感じていました。
祭りのあとほとんど人がいなくなった会場に立ち去り難く残っている人たちがいました。
小高郷の人たちです。
またバラバラになってそれぞれの地で暮らしていく仲間たち。
野馬追を通じて故郷とのつながりを確かめ合った原発事故から5年目の夏でした。
相馬野馬追が開かれた会場は住宅地が広がる南相馬市のまさに中心部にあります。
東京ドームおよそ4個分のこの広大な場所は年に3日間開かれる野馬追のためだけにあるといっていいほどの地域のシンボルです。
野馬追が人々にとって欠かす事のできない暮らしの一部になっている事を実感します。
今回の取材で最も印象に残ったのはどこで暮らしたとしても故郷とつながり続けたいという福島の皆さんの強い思いでした。
原発事故から5年目の今野馬追がそのために欠かせない要ともいえる役割を担っている事を考えますとそうした機会を人々の日常から奪った原発事故の爪痕の深さそして罪の重さをここに立つと改めて私は感じるのです。
2015/09/01(火) 22:00〜22:50
NHK総合1・神戸
NHKスペシャル 東日本大震災「故郷つなぐ相馬野馬追〜原発事故5年目の夏〜」[字]
福島県相馬地方で7月下旬に行われた「相馬野馬追」。今も原発事故によって避難を続ける住民たちが、ふるさとへの特別な思いを抱いて参加した。その密着ドキュメント。
詳細情報
番組内容
福島県相馬地方で7月下旬に行われた「相馬野馬追」。今年、今も原発事故による避難を続ける住民たちが、特別な思いを抱いて参加した。仕事のため、埼玉に避難する家族と離ればなれで暮らす男性。そして、元の自宅に住めず新たな土地で住宅を探す家族…。事故から4年以上たってなお、事故の影響に翻弄される住民たちだが、野馬追のときには一斉に集まり、ふるさととつながり続ける意味を確認する。祭りにかける人々の姿を追った。
出演者
【キャスター】鎌田靖,【語り】松岡洋子
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ニュース/報道 – 報道特番
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