アメリカの実話をもとにした映画。
不正な株取引で逮捕された社長は捜査当局からある取引を持ちかけられます。
他人の犯罪を打ち明ける見返りに自分の罪を軽くする司法取引。
日本でも導入が議論されています。
厚生労働省の村木厚子さんのえん罪事件をきっかけに始まった刑事司法の改革。
賛成の諸君の起立を求めます。
先月、衆議院で可決された法案には取り調べの録音・録画とともに捜査の新たな切り札として司法取引の制度が盛り込まれています。
一方、自分の罪を軽くしようとするあまりうその供述が増えるのではないかという懸念も高まっています。
日本の捜査の在り方を大きく変える司法取引。
その課題を探ります。
こんばんは。
「クローズアップ現代」です。
無実の人が突然、えん罪に巻き込まれないようにするにはどうすればいいのか。
長年、密室の取り調べがえん罪に結び付くおそれがあると指摘され取り調べの録音・録画が求められてきました。
今、取り調べの録音・録画の義務化に向けた審議が国会で行われています。
録音・録画の対象となるのは裁判員裁判で裁かれる事件と特捜部など検察が独自に捜査する事件で全体のおよそ3%程度です。
捜査当局は取り調べが記録されることで容疑者から供述が得られにくくなると懸念しています。
そこで新たに導入されようとしているのが携帯電話の会話やメールの傍受の拡大そして他人の罪を話す見返りに自分の罪を軽くしてもらう司法取引です。
今夜、取り上げるのはこの司法取引です。
これまで日本では、自分のために他人を売るという行為は日本人の感情になじまないとして導入されてこなかった捜査手法です。
捜査に協力する見返りに起訴を見送る。
あるいは求刑を軽くしたりするいわば情報提供と罪の取り引き。
摘発が難しい暴力団や深刻化する詐欺グループの犯罪。
企業や役所が関わる談合や脱税事件といった組織犯罪で容疑者や被告から内部情報を引き出し事件の全容を解明できる効果があると捜査当局はしています。
ところが、この司法取引。
すでに導入されているアメリカでは重大なえん罪事件の原因の20%を占めると見られるという結果が研究者の調査で明らかになっています。
えん罪を防ぐために始まった改革が皮肉にも新たなえん罪を生む温床になりかねないという懸念。
司法取引を巡る矛盾の実態からご覧ください。
脱税や談合など企業犯罪も対象となっている司法取引。
都内の法律事務所には、今企業の法務担当者からの問い合わせが相次いでいます。
従業員が無実の上司を罪に陥れる事態を防げるのか。
社内規則で司法取引に応じないようにすることはできるのか。
司法取引によって会社の上層部まで事件に巻き込まれるのではないかと懸念しているのです。
かつて検事として捜査に当たってきた落合洋司さんです。
過去の経験から、司法取引は巧妙化する組織犯罪に対して有効だと感じています。
落合さんがかつて担当した暴力団による銃撃事件。
先に逮捕した2人の組員が事件の首謀者である組長の関与を打ち明けました。
これが組長の逮捕につながったため2人に対する求刑を軽くしたといいます。
落合さんは司法取引が制度化されれば初めから刑を軽くすると持ちかけることができるためより供述を得やすくなると考えています。
一方、司法取引によってうその供述が増えることが懸念されています。
なぜ司法取引がうその供述につながるのか。
詐欺事件で実刑判決を受けた男性が匿名を条件にうその供述をする心理を語りました。
男性はパソコンの架空発注で会社から金をだまし取った詐欺の疑いで逮捕されました。
2か月以上続いた取り調べの中で詐欺の罪は重いと警察から繰り返し告げられたといいます。
少しでも刑を軽くしたいと考えた男性は仕事仲間の指示でやったと供述したのです。
男性の供述は判決でうそと判断され仕事仲間は無罪となりました。
罪を軽くするためのうその供述。
かつて事件に巻き込まれた当事者が、新たなえん罪が生まれる危険性を語りました。
名古屋市の幹部職員だった村瀬勝美さんです。
部下から無実の罪を着せられました。
12年前に発覚した名古屋市の道路清掃事業を巡る談合事件。
予定価格を業者に漏らしたとして市の職員らが逮捕されました。
逮捕された職員の上司として記者会見で謝罪した村瀬さん。
ところが、この2週間後突然、逮捕されます。
部下が、村瀬さんも談合に関与していたとうその供述をしたのです。
村瀬さんは取り調べで検察官が語ったことばを記録していました。
判決では部下の供述は事実に反すると認定。
村瀬さんに無罪を言い渡しました。
うその供述で逮捕され休職を余儀なくされた村瀬さん。
無罪が確定したのは逮捕から5年後。
定年を迎えたあとのことでした。
村瀬さんは司法取引が導入されると無実の人が巻き込まれる被害が増えるのではないかと懸念しています。
今夜のゲストは、元裁判官で、司法取引の制度にお詳しい、一橋大学法科大学院教授の青木孝之さんです。
えん罪の被害者にとって、この受ける被害というのは、計り知れない、村瀬さんのことばから伝わってくるんですけれども、この司法取引、えん罪を生む可能性がある一方で、捜査当局にとって見れば、強力な武器にもなる、導入されようとしている司法取引、どのように見てらっしゃいますか?
司法取引に限らず、共犯者の供述は、例えて言えば、ハイリスク・ハイリターンの供述で、うまく本当のことを引き出すことができれば、共犯者という限られた範囲でしか知られていない真実を引き出すことができますし、逆に、あいまいな、あるいは不自然な供述、まがいものの供述が紛れ込んでしまうこともあるわけです。
人間には自己保存本能みたいなものがあって、どうしても自分の関与は小さく、人の関与は大きくという傾向がありますから。
極端な場合には、先ほどVTRにもありましたとおり、全く上司が関与していないのに、部下が、自分の罪を小さくしたい一心で、振り返ってみれば、そう言わざるをえないんですけれども、上司が関わっていますという、そういう供述をしてしまう危険性がある。
司法取引は、見ようによっては、そういうことを制度的に誘発をしかねない、そういうリスクを持っている。
ただ、正しく運用すれば、的確に犯罪を解明して検挙、処罰していけると。
先ほど、元検事の落合弁護士のことばにもありましたとおりですね。
そういう性質を持っている証拠であり、そういう証拠を引き出す制度であると、そう言っていいと思います。
ビジネスの世界でも、この司法取引の導入に向けての、何か戦々恐々としている様子も映っていたんですけれども、どういう影響が心配されているんでしょうか?
そうですね、先ほどのVTRの内容は、私個人にとっても、非常に印象的でした。
つまり、ビジネスの世界で経済活動をしておられる方々、ふだん、例えば殺人であるとか、薬物犯罪であるとか、そういったものとは無縁だと、恐らくご自身も思って、生活しておられる方々が、経済活動の行き過ぎという面において、誰かが自分の関与をしゃべったならば、自分もある日突然、例えば逮捕されてしまうかもしれない、その訴追する国家機関側のターゲットにされてしまうかもしれない。
そういう面を持っているということだろうと思います。
全く違う談合事件の取り調べ中に、もしかしたら、自分の名前がどこかで出てるかもしれないというようなおそれですか?
そういうことですね。
名古屋市の事案は、公務員の方の事案だったわけですけれども、まさしくVTRでおっしゃってたとおり、ネクタイ締めて、スーツ着て、毎日通勤している、普通の勤め人の生活が、そういった司法取引という制度が介在することで、いわば巻き込まれてしまう可能性があると、そういうことが言えるんだと思います。
その捜査手法、武器になりますけども、やっぱりそのえん罪を生む危険性があるということで、法務省は、こちらのような対策を取ろうとしています。
3つあります。
まずその、うその供述には罰則を設けること、そして司法取引の協議の場には、必ず弁護士が立ち会うこと、もう一つは、供述について、客観的な裏付けを行って、司法取引によって得られた供述であることを裁判で明らかにすると、この3点なんですけれども、これで防げますかね?えん罪は。
この3つの項目はですね、それぞれ一般論としては、間違ってはいないんですね。
ただ、どのような対策、防止策についても、どこまできちんと厳格にできるか、公明正大にできるかによって、限界があるのも事実でして、もちろん、警察や検察はプロの捜査機関ですから、例えば怪しげな供述がなされた場合に、それをうのみにするということは、通常なくて、当然、裏付けを試みます。
しかし、密室劇で共犯者にしか分からない事実関係が多い、非常に難しい事件があることも事実で、そういった事件では、どこまで裏付け、客観的な証拠で裏付けできるかという限界があるのも事実です。
あと弁護士の立ち会いも、じゃあ取り引きに入りましょうということで、協議が始まった場面には、立ち会うことができる内容の法案になっているんですが、その前段階のこの方が取り調べを受けている、自分自身の罪について、追及を受けている場では、どこまでそこの部分ですね、いわゆる録音・録画による記録化というのがされているのか、まだ制度的にも、運用としても不透明な状況にある。
だから、弁護士の立ち会いがどこまで抑止力として働くのかは、まだ運用を始めてみないと分からない面もあります。
あと最後になりましたが、罰則の適用については確かに虚偽供述をして、人のことをかたって、人を犯罪に巻き込む人が処罰を受けるのは、それはある意味当然のことなんですが、逆に、この罰則の適用を恐れて、いったんうその供述を始めてしまったら、いわば引っ込みがつかなくなって、最後までうそをつきとおして、事案の解明が一層困難になるのではないかという指摘なども弁護士会の一部なんかではされております。
だからそれぞれ一般論としては間違っていませんけれども、制度として、運用としてどこまで有効に機能するかは、まだ未知数の面があると、そういう状況だと思います。
この司法取引で得られた供述の信用性を、どうやって確保していくのか、司法取引をいち早く導入しているのが、アメリカですけども、その課題にアメリカも直面しています。
司法取引によるえん罪を防ぐ重要な手段の一つが、記録です。
アメリカで最も犯罪の発生件数が多いカリフォルニア州。
司法取引が盛んに行われています。
ことし3月ある事件の裁判をきっかけに司法取引を巡る不正が明らかになりました。
不正は殺人の罪で起訴された被告の捜査で行われました。
捜査当局は同じ拘置所に収容されていた男を協力者にして取り引きを行いました。
被告から事件に関する証言を聞き出し捜査当局に提供すれば見返りに、協力者の罪を軽くすると持ちかけたのです。
捜査に使うことを隠したまま協力者を接触させるのは違法な手段でした。
このやり取りを記録した音声が残されていました。
捜査当局の不正はこの音声記録が被告側に開示されたことで初めて明らかになったのです。
カリフォルニア州では司法取引による不正やえん罪が相次いできました。
検察は取り引きの過程を記録して透明化するとともに捜査に不利な証拠でも全面的に開示する取り組みを進めています。
専門家は司法取引に関するすべての過程を記録しておくことが不可欠だと指摘します。
今のリポートでは、アメリカでは、えん罪を防ぐうえで、司法取引が行われている過程を、透明化すること、記録することが非常に重要だということなんですけれども、ちょっと改めて伺いたいんですけれども、誰かの自分の罪を軽くしたいということで、情報提供をされたことで、ターゲットになった人にとって、この取り引きの過程が明らかになっている、記録されていることが、なぜ大事なんですか?
後の裁判で、事後的に検証可能にするためですね。
それに尽きます。
例えば、国谷さんの供述で、私が何か犯罪に問われているときに、裁判の場では、じゃあ国谷さんがどういう経緯で、どういう取り引きに応じて、私が何か犯罪に関係しているとか、犯罪の主犯格であるとかという供述したかを、私としては争うことになるんだと思うんですよね。
そのときに、全部密室劇の中で、とにかく取り引きに応じて、国谷さんは本当のことをしゃべりだしましたということだけで私は有罪にされることについて納得ができないわけです。
どういういきさつで、どういう話の流れで、どういうニュアンスで、そういうことばのやり取りがされたのか、どこまで確からしい話なのかということを確認することはもう、決定的に重要で、それを可能にするために、リアルタイムで記録を残していくと、それを制度的に、極力広い範囲で義務づけなければならないと、そういうことだと思います。
例えば、脅されて何か私が青木さんの名前を出したっていう場合や、自分から持ち出した、働きかけた場合、いろいろあるわけですよね。
それによって信ぴょう性、変わってくるわけですか?
そうですね。
そういう場合もありえるかと思います。
捜査当局がある程度の情報を持っていて、お前はこの事件について、何か知らないかと持ちかけ出す場合もあるでしょうし、逆に、被疑者や被告人のほうから、実はこんな話を持ってるんだけれどもということで、自分の罪を軽くしたいという意図でですね、持ち出す場合もあろうかと思います。
それはケースバイケースで、どちらが持ち出した話か、どういういきさつで持ち出した話かというのも、その話の信用性をチェックする一つの重要なポイントにはなるだろうと思います。
その司法取引の協議がどこまで記録されるかですけども、今、法案の付帯決議では、協議の概要について記録を作成することとなっているんですけども、これで十分ですか?
結論から言うと、これは本当に最低限の要請が付帯決議で付されたというだけで、十分とは言えないと思っています。
まず前提として、付帯決議には、法律的な拘束力はないということが一つですね。
それから、この1の記録を作成というんですが、これは先ほど、私が強調した、リアルタイムで例えば録音・録画という形で、後の言った言わないという水掛け論を防ぐために残すような性質のものではなくて、いわば協議が終わったら、そのつどですね、ある種の業務報告書のような形で、ペーパーにまとめておきましょうということがどうもイメージされているようです。
それで十分といえるのかということが一つ。
あと、ターゲットになった人の裁判が終了するまでは保管するというのは、まず最低限の当然の要請でして、例えばそのあともまだなお、例えば再審という形でですね、えん罪であることを争うようなこともあるわけですから、保管期間についても、まだまだ長く保管したほうがいいのではないかと、いろいろな検討の余地はあるだろうと思っています。
再審請求があったときに、記録がなかったということになれば、それは。
再審の道が閉ざされるわけですよね。
裁判が確定してしまったので、この記録はもう廃棄してしまいましたということになれば、そこの部分の解明は、闇に葬られることになってしまうわけですから。
えん罪を防ぐため、取調室の密室で行われるえん罪を、取り調べで、えん罪を起きることを防ぐために、新たな捜査手法が入る、でもその捜査手法の制度そのものが、えん罪を誘発する可能性を秘めている。
これからどうやって、これ、えん罪を防いでいったらいいんでしょうね。
そうですね。
まず話の出発点として、確認しておかなければならないのは、検察庁の不祥事などに端を発して、取り調べという場面、取り調べという手法に比重がかかりすぎているのではないかというのが、話の出発点だったはずなんですね、今回の件は取り調べに比重がかかりすぎているっていうんだったら、別の手法でということで、こういう話が出てきたわけです。
この話自体にも、危険は残っていますけど、あとはどれだけ高い意識を持って、捜査機関がきちっと厳格に運用するかっていう、そういう問題であろうと思います。
2015/09/02(水) 01:00〜01:26
NHK総合1・神戸
クローズアップ現代「えん罪は防げるか 司法取引で変わる捜査」[字][再]
今国会で審議されている司法制度改革の関連法案。捜査協力と引き替えに罪を軽くする、司法取引の制度が導入されるなど、捜査が大きく変わることになる。その課題を検証する
詳細情報
番組内容
【ゲスト】一橋大学法科大学院教授…青木孝之,【キャスター】国谷裕子
出演者
【ゲスト】一橋大学法科大学院教授…青木孝之,【キャスター】国谷裕子
ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
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