(テーマ音楽)失われていくふるさとの姿を記録し続けたアマチュアカメラマン増山たづ子さん。
カメラばあちゃんの愛称で親しまれました。
60歳を過ぎてから撮りためた写真はアルバムにしておよそ600冊10万カットにも及びます。
亡くなる直前までふるさとへ思いをはせシャッターを切り続けました。
大正6年増山さんはこの村の宮大工の家に生まれました。
勉学に励む一方で山深い自然の中の暮らしを愛する少女でした。
昭和11年同じ村の宮大工と結婚。
1男1女にも恵まれます。
しかし昭和16年夫は2度目の応召でインパール作戦へ。
生死不明と告げられます。
戦後夫の無事を信じて留守を守り続けた増山さん。
昭和52年にダム建設で村が消えるという計画が動き出すとカメラを手に取りカメラばあちゃんになりました。
村を記録するという強い決意。
生まれて初めて手にしたカメラで徳山村で生きる村の人たちのポートレートを写し始めました。
切迫感を笑い声で打ち消しながらシャッターを切り続けました。
(増山)よいしょっと。
よいしょっと。
その視線は花や樹木にも向けられます。
苦しい時悲しい時本音を語ったふるさとの友を失うという気持ちでした。
写真を撮り始めて6年目最初の写真集を出版し村の人たちに配りました。
しかしダム建設を巡って人々の間に亀裂が入り翌年村外への移転も始まりました。
家を壊しさら地にした人々。
それが補償を受けるための条件でした。
最後の祭りが行われた夜も増山さんはシャッターを切り続けました。
初めてカメラを手にしてから9年の年月が流れていました。
(神輿の掛け声)写しても写しても写しきれない。
村が地図から消えたあとも増山さんは活動を続けます。
移転先を一軒一軒訪ね声をかけ交流を続けました。
まめなか〜。
これ見てみろ。
あんたにもあげてあるやろこれ。
アハハハハ!いかにもうれしそうなこと。
うれしい〜。
覚えとるか?これ。
新たなポートレートも撮影します。
忘れた事はないぞ。
時々な時々電話するんよあんたのとこへな。
泣くなって。
せっかく楽しいのに泣いちゃあかん。
失われていくふるさとと人々の姿を記録し続けた増山たづ子さん。
ふるさとは心の宝とカメラを手に闘い続けた人生でした。
2015/09/05(土) 05:40〜05:50
NHK総合1・神戸
NHK映像ファイル あの人に会いたい「増山たづ子(アマチュアカメラマン)」[字]
故郷の村にダム建設の計画がもちあがるとカメラを手にとり、村の人々や自然を撮影し始めた増山たづ子。『カメラばあちゃん』の愛称で親しまれた、その思いが語られる。
詳細情報
番組内容
「故郷は心の宝だ」と消えゆく故郷の姿を記録し続けたアマチュアカメラマン・増山たづ子。昭和32年、故郷の岐阜県徳山村にダム建設の計画がもちあがると、増山はカメラを手にとり、村の人々や自然を撮影し始めた。撮影した写真は10万カット、アルバム数にして600冊を超える。『カメラばあちゃん』の愛称で親しまれた増山たづ子の思いが語られる。
出演者
【出演】アマチュアカメラマン…増山たづ子,【語り】鈴木奈穂子
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
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