所さん!大変ですよ「一体なぜ?ネットで売られる“手榴(りゅう)弾”」 2015.09.03


最近ネットオークションである物騒な武器が登場。
ちょっとした騒ぎになった。
それは…手りゅう弾?
(取材者)手りゅう弾?うん。
問題の手りゅう弾。
なぜか埼玉の河原に大量に埋められている事が判明。
掘ってる掘ってる何か!こういうの。
(取材者)あ〜!取材で浮き彫りになったのはかつてアメリカを震かんさせたタヌキの里の極秘計画。
(爆発音)何か物騒な話ですね。
ネットで手りゅう弾を売ってる…。
あんな危ない話なのに「ほら手りゅう弾」だって。
何?あの映像。
何?あの映像。
所さん所さん大変でございます。
ディレクターもびっくりしたこの話。
こちら。
ネットで売れる訳ないでしょ。
…訳ないと思ったんですよ。
ほら売ってるんです本当にネットのオークションサイトで手りゅう弾って書いて。
ああそうなの?これは逮捕しなきゃ早く。
よくよく調べてみるとですね火薬は入っていないという事なので爆発の危険はないと。
どうもこの手りゅう弾埼玉県のある河原に大量に埋められていたものと分かったんです。
一体何が起きているのか?さあスタッフお得意の想像でございます。
これ手りゅう弾といってもあれじゃないの?埼玉でハリウッドの映画の撮影が行われてスタッフが捨てて帰っちゃったとか…。
あのねえ。
じゃ…じゃあこれかなと。
あいつらかな?謎の組織が埋めてる。
この番組しょっちゅう出てくるけど…
(久保田)一回もない。
そう思ったんですけども調べてみると意外な真相今回も明らかになっていきます。
いきましょう。
所さん!大変ですよ。
ディレクターが向かったのは問題の手りゅう弾が大量に埋められているという埼玉県内のある町。
早速聞き込みを開始。
すみませんこんにちは。
(取材者)とりきてる?手りゅう弾は近くの河原に大量に埋まっているというのだが…。
早速向かってみたものの…。
すると!雨の中土を一心に掘り続ける怪しすぎる人物を発見。
(笑い声)こんにちは。
お話聞かせてもらってよろしいですか?恐る恐る声をかけてみると…。
入れ物が。
男性が指さすところにあったのは…これ食器の破片じゃないのか?こういうの。
(取材者)あ〜!
(取材者)陶器の手りゅう弾?これが手りゅう弾?手りゅう弾といえば戦争映画でおなじみの鉄で出来たあの武器の事ではないのか?
(爆発音)戦争の遺跡を巡るのが趣味だというこちらの男性によるとどうやら戦時中に作られ埋められたものらしい。
その事が最近骨董マニアなどの間でひそかに話題となり週末になると掘り起こそうという人たちがやって来るという。
陶器で出来たこの手りゅう弾。
でも一体…取材を進めるとその理由を知る人物に突き当たった。
埼玉県の歴史に詳しい博物館の館長によると…。
実は戦時中河原の近く広さ10万坪の敷地に巨大な軍需工場があったという。
そこで陶器製の手りゅう弾を生産していたらしい。
戦争が終わり進駐軍に武器の廃棄を命じられたため河原に大量の陶器製手りゅう弾が捨てられたという。
しかしなぜ金属ではなく陶器なのか?それを補うために…陶器製手りゅう弾の生産が始まったのは1944年夏。
戦争が終わる1年前の事だったという。
既に金属不足に陥り武器の生産がままならなくなっていた日本軍。
粘土さえあればいくらでも出来ある程度丈夫な陶器や磁器に目をつけたのだという。
ところがその威力については軍需工場で実際に作っていた人が戦後意外な証言を残していた。
(取材者)「陶製の手りゅう弾が爆発した事故もありました」。
(取材者)「戦場で大して役に立たないのではと思ったそうです」。
戦場で役に立たない武器?数日後この証言を裏付ける資料が見つかった。
どうも。
すいません。
30年以上日本軍の装備や武器に関する資料を集め分析している研究者。
見せてくれたのは終戦の5か月前1945年3月に出された…激戦地レイテ島で押収した日本軍の新しい武器について言及していた。
通常手りゅう弾は爆発によって金属の破片が周囲に飛び散り人を傷つける。
しかし陶器製手りゅう弾に金属製と同じ爆薬を詰めると爆発力が強すぎて陶器が粉砕。
粉状になってしまう事もあるため威力が弱い。
そのため日本軍はあえて爆発力の弱い爆薬を詰めたというのだが…。
アメリカ軍が兵器としての威力に疑問を持った陶器製手りゅう弾。
しかしその後も日本軍は備前や瀬戸など主な陶器の産地に終戦直前まで生産を命じ続けたという。
その数…。
(取材者)100万?なぜそんなに大量に作り続けたのか?謎を解く鍵となる資料があった。
この資料には終戦時どの地域にどんな兵器が配備されていたのかが記されているという。
(田)特別陸戦隊。
高知ですね。
これが陶製手りゅう弾になります。
手りゅう弾四型。
これが陶器製手りゅう弾を指しているという。
(田)数が3万4,178発。
6万1,720発。
(取材者)函館。
田さんの調べによると陶器製手りゅう弾が配備されていたのは少なくとも全国で7か所。
全て海沿いの町だった。
その目的は?
(取材者)本土決戦ですか?はい。
更に取材を進めると驚きの映像が見つかった。
アメリカの国立公文書館に残されていた当時のアメリカ軍の映像。
そこに映っていたのは…。
あの陶器製手りゅう弾を不思議そうに手にするアメリカ軍の兵士。
カメラに向け見慣れない武器を紹介しているようだ。
撮影された場所は沖縄。
沖縄戦であの手りゅう弾が使われていたのか?沖縄戦の資料が3万点以上保管されている平和祈念資料館で手がかりを探す。
すると…。
沖縄本島で20個以上の陶器製手りゅう弾が見つかっている事が分かった。
1945年3月沖縄への攻撃を開始したアメリカ軍。
艦船1,500戦車400両以上という圧倒的な兵力で3か月以上にわたり攻撃を続けた。
あの映像が撮影されたのは1945年4月8日。
アメリカ軍の上陸から間もなくの事だった。
その辺りの場所で戦後陶器製手りゅう弾を見つけたという人がいた。
失礼致します。
30年以上遺骨収集を行っているという男性。
その中に…。
この男性は犠牲者の遺骨のそばからこれまで10個以上の陶器製手りゅう弾を見つけたという。
このあと焼き物の里で衝撃の事実が発覚。
戦時中進められていた極秘の計画。
手りゅう弾を超える陶器を使った信じられない兵器の謎が明らかに。
(取材者)ああ〜…。
答えは陶器製手りゅう弾。
はあ〜。
でもあんまり効果がなかったっていう。
さあさあそれではですね実物をご覧に入れようと思って。
これ研究者の方特別にお借りしたので。
ご覧のとおり備前焼信楽焼有田焼など…。
いろんなとこで焼いてたんだ。
今でも焼き物で有名な所で作っていたんだっていう事なんですよね。
どうもこれは武器には見えませんね。
見えないでしょう?花瓶がヒントになったらしいんですけどね。
実際に。
(牛窪)そうなんですね。
(久保田)一輪挿しのようにも見えますけど。
ちなみにこれ作った方は後に人間国宝になっている。
(一同)へえ〜!そういう人が昔は兵器を作らされてたと。
今埼玉の河原でそれが時を経てたくさん見つかってるそうなんですが実はあの川を管理している埼玉県の方に聞くとそもそも川べりすぐの所なので危ないんですってあそこ。
それから近隣の住民の方にも迷惑が行くので掘るのは自粛してほしいっていうふうな事はおっしゃってたと。
ではこの手りゅう弾についてお話ある方。
(3人)はい。
では澤口さん。
(澤口)これは…こんなものでって思うかもしれませんけども…理性的に?今見たらこんな変なの…。
「駄目だこれは」っていうんじゃなくて負けたくないっていう感情でそれでその中の理性でやるんだ。
それがまたねむなしいとこなんですけど。
今鉄の代わりに陶器使って手りゅう弾作ったっていう話なんですけど…
(牛窪)これ。
貝を何かに使ってたんですか。
何だろうな?実はこれ…お鍋なんです。
貝殻で作られてたんですよね。
そのほかにも陶器製で言うと二宮金次郎の像とか郵便ポスト。
悲しい。
金属がなかったもんね。
家のお鍋までそうやって供出しなきゃいけなかった…。
(モーリー)戦争中アメリカ軍も考えてて…つまりコウモリの爆弾。
何?
(モーリー)コウモリですよ。
コウモリに爆弾をくっつけて輸送機に乗せて日本まで上空を運んだところで夜ね。
まくの?まくの。
コウモリ暗い所行きたがるから屋根裏とかにあちこち建物行って人間に見つからないうちにあっちこっちに行ってそこで時限式の爆弾を爆発させるっていう作戦だったんですね。
建物を圧倒的に破壊できるみたいな変な計算を想像上やっちゃったんですよ。
…で本気で政府もそれを検討したの。
コウモリなんか考えてたの?何かやっぱり戦争はね今から見るとおかしな判断ばっかりするもの…。
(久保田)本当に狂気っていうか…。
この陶器でさまざまな武器を作っていたという話はまだほかにもあったんです。
実はですねこのタヌキの置物で有名なあの町でそんな兵器を陶器で作るんですかというものをせっせと昔作っていた事が取材で明らかになりました。
いきましょう。
所さん!もっと大変ですよ。
ディレクターが向かったのは滋賀県甲賀市信楽町。
タヌキの焼き物で有名なあの信楽焼のふるさとだ。
こんにちは。
こんにちは。
NHKの小林と申します。
ここに陶器で作られたとは信じられない兵器が大切に保管されているという。
それは…。
(取材者)えっ?これ…。
なんと陶器製の地雷。
この陶器の中に火薬と信管を入れて地雷にしていたというのだ。
側面には信楽焼である事を示す「信」の文字が刻まれていた。
更に高さ60センチにも及ぶ対戦車用と考えられる地雷まで陶器で作っていたという。
700年以上前に陶器作りが始まったとされる信楽。
以来食器や火鉢などが盛んに作られてきたという。
しかし戦時中生産量は激減。
更に軍から陶器作りに欠かせない鉄製の機械を供出するよう求められたという。
このままでは産地の火が消える。
危機感を抱いた地元の人たちが目をつけたのが地雷だった。
一体なぜ?実は当時信楽では陸軍のため陶器製の湯たんぽを作りなんとか食いつないでいた。
この話に陸軍は飛びついた。
地雷探知機にかからない新兵器の開発を考えていたからだという。
1944年春ごろ。
10万を超える大量の地雷の発注を受けた信楽。
ところが既に若い職人は兵隊に取られ作り手が不足していた。
そこで駆り出されたのが12歳から15歳の子どもたち。
その数およそ1,000人。
失礼致します。
よろしくお願い致します。
実際に地雷作りをしていた男性が見つかった。
(杉山)これなんですわ。
(取材者)13歳…。
当時13歳だった男性は親元から離されシラミだらけの宿泊所に7か月間寝泊まり。
来る日も来る日も土を練り地雷型の陶器を作り続けたという。
こうして作られた陶器製地雷は数々の激戦地で実際に使用された記録が残っている。
硫黄島の戦闘に参加したある日本兵は陶器製地雷によってアメリカ兵が負傷し戦車も破壊したと証言している。
戦争中焼き物の里で作られていた謎の兵器。
信楽焼のギャラリーの一角に今もひっそりと展示されている。
地雷。
はあ〜!こういうのを流動性知能と呼ぶんですよ。
日本人が流動性知能ってやつが高いのは魚と箸のせいだといわれてるんですよ。
お箸?魚をいっぱい食べてDHAっていう物質が結構脳にいいんですけどもあともう一つは幼少期から箸を使うと流動性知能が高まって創意工夫をするようになるっていうデータが。
別なものにね。
別なのに使ってほしい。
兵器駄目。
でも今先生から流動性知能の話があったんですけれども実は…都内のホテルの回転式レストランなんですけれどもあの技術っていうのは実は戦艦大和の砲台を回す技術が転用されているといわれてるんですよ。
はあ〜。
富士山を皆さんに見せたいっていう事を創業者が考えて…。
随分平和利用したねこれ。
すごい。
それにたどりついた訳ですね。
まさに流動性知能ですね。
そうですか。
そっちに使われればいいんですけどね。
はあ〜。
(久保田)こういう訳で…。
うなるだけですよ。
(笑い声)2015/09/03(木) 22:55〜23:20
NHK総合1・神戸
所さん!大変ですよ「一体なぜ?ネットで売られる“手榴(りゅう)弾”」[字]

ネットオークションに手榴(りゅう)弾が登場して騒ぎになった。聞くと、ある河原に埋められているという。そして戦時中、アメリカを驚かせたある秘密兵器の存在が明らかに

詳細情報
番組内容
最近、ネットオークションに手榴(りゅう)弾が登場して、ちょっとした騒ぎになった。実は、その手榴弾、関東地方のある河原に大量に埋められているのだという。更に調べてみると、戦時中、アメリカ軍を驚かせた、陶器で造られた、ある秘密兵器の存在が浮き彫りに。一体、どんなものなのか?沖縄や硫黄島の激戦でも使用された、その陶器製秘密兵器に、兵器に詳しい所さんも仰天です。
出演者
【司会】所ジョージ,久保田祐佳,徳永圭一,【ゲスト】澤口俊之,モーリー・ロバートソン,牛窪恵,【語り】吉田鋼太郎

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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