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殺人者の人権
祖父母殺害、少年が拘置所で告白 公園暮らし、壮絶な生い立ち
去年3月、埼玉県川口市で祖父母を殺害して現金を奪った当時17歳の少年の控訴審判決が、4日に言い渡されます。事件の背景に、母親が育児放棄し、公園での生活を強いられるなど、少年の壮絶な生い立ちがあったことが浮かび上がってきました。
横浜市内の公園。4年前、少年は母と幼い妹と一緒にここで暮らしていました。今、少年は東京拘置所にいます。接見室で祖父母を殺害した当時の心境を語り始めました。
「やるしかないって、どうやって生活するんだって、正当化してました」
両親は幼い頃に離婚し、10歳までは、埼玉県のアパートなどで暮らしました。しかし、母親は・・・
「お母さんは夜中に帰ってくる。派手な格好して」(近所の人)
「(カーテンの)隙間から外眺めていて、暗いところで、お母さんいないんだなと思った」(近所の人)
水商売をしていた母親は、少年にひどい言葉を浴びせた上、1か月間、帰らないこともあったといいます。それでも母親は、少年にとってかけがえのない存在でした。
「気持ち悪い、近寄らないでと言われても、母が目に入る場所にいないと不安だった。幼いころ、母がサッカーの相手をしてくれたのが一番良い思い出です」(少年の手記)
やがて母親はホストだという男性と再婚。2人は定職に就かず、一家はアパートを出ます。金があるときはラブホテルに泊まり、なくなると公園で野宿。そんな中、母は少年にとって妹となる赤ちゃんを産み、少年は学校にも通わず、必死に育てたといいます。
「生きているのがただただ辛い。何も見えない、全く消えない闇の中にいた」(少年の手記)
少年は祖父母や親戚に借金をして回りました。“殺してでも借りてこい”母親から、そう命じられていたといいます。
14歳のとき、少年はついに助けを求めます。自ら役所に生活保護を求めたのです。一家は簡易宿泊所に落ちつき、児童相談所が支援して、少年はフリースクールにも通い始めました。
「(友達と)交わりたいなという気持ちがよく分かった。普通の暮らしをしてさえいれば、恐らく学校に戻れて集団の中でも活発な子でいられた」(フリースクールの責任者)
しかし、普通の暮らしは叶いませんでした。2か月後、母親が「鳥籠の生活は嫌だ」と宿泊所を引き払ってしまったのです。役所や児童相談所は少年の居所をつかめなくなり、支援も届かなくなりました。
そして、その日が来ます。2014年3月。17歳になった少年は母親に命じられ、川口市の祖父母の家に。
「もう戻れないからね、本当に出来るんだよねと、何回も何回も(母に)言われました。お金、お金、お金、そう考えていました」(少年が記者に宛てた手紙)
借金を断られると、少年は包丁で祖父母を刺して殺害。現金8万円を奪いました。
「地域社会が彼を支えきれなかった。大人社会の問題が非常に大きい」(フリースクールの責任者)
一審、さいたま地裁は、犯行を思いとどまることは十分にできたとして、去年、少年に懲役15年の判決を言い渡しました。
しかし、少年と面会を重ねた専門家は、母親との特殊な関係性をもっと重視すべきだといいます。
「(母親が子どもに)お金をどこからか工面してくれることを依存していた。少年はお母さんの期待に応えたい という気持ちが非常に強かった。お金を持って来てあげれば、自分は母に見捨てられないことを信じることができる、非常に強い共依存の関係にあった」(理化学研究所脳科学総合研究センター・黒田公美氏)
母親の強い支配から抜け出せない特殊な心理状態だったというのです。
少年側は、少年院で教育すべきだとして控訴。控訴審判決は今月4日、東京高裁で言い渡されます。
「お金は、母とをつなぐ鎖のようなもの。判決はどうでもいい。でも、自分と同じような境遇の子がいたら救ってほしい」
(03日18:15)
パターンや経緯は違っても
こういう事件は昔から幾つもあった
結論から言わせてもらえばだね
14歳のとき、少年はついに助けを求めます。自ら役所に生活保護を求めたのです。一家は簡易宿泊所に落ちつき、児童相談所が支援して、少年はフリースクールにも通い始めました。
「(友達と)交わりたいなという気持ちがよく分かった。普通の暮らしをしてさえいれば、恐らく学校に戻れて集団の中でも活発な子でいられた」(フリースクールの責任者)
しかし、普通の暮らしは叶いませんでした。2か月後、母親が「鳥籠の生活は嫌だ」と宿泊所を引き払ってしまったのです。役所や児童相談所は少年の居所をつかめなくなり、支援も届かなくなりました。
これ
ここんとこ
ここが問題
なんで役所が
生保求めてきた子供に
ネグレストの母親と同居させたままにしてんだ?
ってこと
母親が引越すからって
学校に通わせない母親に
子どもを同行させるか?
ってこと
居場所がつかめなくなり、支援が届かなくなりました
って
アホかと
どんだけ間抜けな展開なんだ?
ってこと
当たり前
自分で支援も求めない親
子どもを学校に通わす義務も
養育の義務も放棄しているのに
こういうのをね
タダのリーマンでしかない事務的公務員に任せるからこうなる
裁判所と警察と連携した「権限」を持った「専門家」をチームにして設置
都道府県を超えた活動が出来る国家公務員の特殊部隊のような立場が必要
支援を求めてきた段階で
調査確認審査をして
専門家が裁判所と警察と連携して判断を下し
親から子どもを「保護する」
親が何を言おうが、子どもが親を庇おうが
専門家が「感情」ではなく、現実を判断する事
こういうね
共依存な親子には
強い法的な力の手段が必要になる
昔ね
映画であった
タイトルが思い出せない
80年代のアメリカ映画
3人の幼い兄弟妹が
散々両親に車で連れまわされた挙句
捨てられる
幼い兄は
空き家に住み着き
幼い弟と妹を必死に育てる
近所の家々に配達された牛乳を盗むので
住民から警察に通報が入り
張込みしていると
小さなお兄ちゃんが
牛乳を盗んでいくわけ
警官がこっそり後をつけると
空き家に入っていく
兄が再び出ていった後に
家に入ると
幼い弟と妹が兄の名を呼んで振り返る
というシーン
三人はそこで保護され
三人の名前や持ち物から身元を調べ
専門のカウンセラー?が
三人を一緒にしておくのはよくない
だったかな?
そういう理由で、別々の施設に送ることに
そのことを知ったお兄ちゃんは
裸足で二人を乗せた車を追いかけるの
「連れて行かないで」
って
泣き叫びながら
大絶叫で
数年後
小さかったお兄ちゃんは
養父母に引き取られて大学生になっていた
その卒業式だったかな?
やさしい養父に、アルバイトでためたお金で腕時計をプレゼントするシーン
養母はそれを見て
漸く?息子になったのね、とか何とかいって喜ぶんだけど
養父は
「気を使ったんだよ、これは、育ててもらったお礼としてくれた」というようなことを言う
実の子になり切れない事を
養父母に語るんだ
「自分は弟と妹を探す」と
彼らこそ、自分の「家」であり「家族」なんだと
彼らを探すために、養父母の家を出るといい
そういう養子の気持ちを理解して
親になり切れなかった寂しさがあるが、快く送り出してくれるやさしい養父母
立派な青年になったお兄ちゃんは
施設に問い合わせても居所を教えてもらえなかったり
成人して漸く両親の事を聞き出したら
麻薬中毒か何かで、ろくでもない死に方をしており
養子に出されたところから逃げ出していた弟を、漸く見つけたり、
妹の居所を教えられないが、妹が会いたいというのなら連絡をくれるように取り計らってもらえることになったりと
相当頑張って
3人揃って再会する感動のハッピーエンドな映画
逃げ出していた弟は
小さなドラッグストアで働いていて
小さい時と変わらず帽子をかぶっているのを見て
「相変わらず帽子かぶってるんだな」って
お兄ちゃんが声をかける
最初は・・??
となっていた弟が
自分の小さい時を知っている人がいる???と
漸く、生き別れの兄だと気付いて感動の再会に
ところが
心待ちにしていた
連絡をくれると思っていた妹から「拒絶」の回答が
結局は
幼かったために苗字に記憶が無くて、拒絶をしたが
兄の名前の部分だけは記憶があって、もしかしてと思いだしての再会劇
妹は既に結婚して、
あの頃の
生き別れたころの妹と同じくらいの幼い女の子を連れていた
空港のロビーで再会を果たすシーンは実に感動的
仕切りのガラスが邪魔でずーっと出入り口まで
窓ガラス越しに見合わせながら走る兄と妹
三人でがっしりと抱き合うラストシーン
それなのに
タイトルが全く思い出せない
ホームがついたような・・・
実話をモデルにした映画だったと記憶するが
ここに出てくる施設が厳しい
保護した子供に、子どもの内は絶対に親の情報を公開しない
幼い内に引き離した方が良いと
兄弟もバラバラに
何故なら、三人揃って引き取ってくれる養父母なんていないから
幼い内に引き離しておいた方が良いから
という理由だったはず
高校生の時だったかな?見たの
アメリカってシビアだーって思った記憶があるもの
実親と一緒に暮らすのが何より幸せ
なんて日本的定義なんかゼロ
実母だろうが、どんな理由があろうとも
育児放棄したり、犯罪を犯した親を
全く信用しないのがアメリカ
だって
ネグレストは繰り返されるのがわかるから
話を戻して
この17歳の少年は
ずっと育児放棄されて
学校にも通えずに野宿させらて
幼い妹の世話までしてた
どうして
そんな親と一緒にさせているのか
これが
日本社会の摩訶不思議までの
実親絶対至上主義
もう十何年か二十年くらい前だったか
当時小1の男の子が
母親に育児放棄と虐待で保護されて
施設で暮らしていたところに
母親から引き取りたいと申し出を受けて
子供が嫌がるのを無理やり親の元へ送り出し
結局、数日後、言うこと聞かないとか
施設に還りたがったという理由で
母親に殴り殺され、簀巻きにされて海に捨てられたのを通行人が発見したという事件があった
また
幼い長女を殺して懲役刑に服し
出所して二児をもうけて
また2人目を殺す
なんだろうね
子どもを殺していても、
子どもが嫌がっても、
育児放棄の虐待母を尊重する日本の社会
この17歳の男の子
母親に愛されたくて
捨てられたくなくて
共依存する
社会性ゼロの母親から離れられない状態を
専門家が
見極めて判断下して
泣いても喚いても引き離すべきだった
あの映画のように
だが、日本は長年親子心中という
欧米では、第一級殺人罪の日本特有の文化的犯罪を認めてきた
そこに根強くある「親絶対主義」社会
子どもは親の所有物的史観がそこにあるのだろうか
この事件の少年の犯行は
犯罪をそそのかす母親の欲望に従った
日本特有の「親絶対主義」そのものだ
判決にあるように
自分で思い留まる事が出来たはず
というのは
「親」にこそ当てはまる事
自分の所有物のように子どもを振り回し
育児放棄してきた行為に加え
子どもに借金を依頼させる行為
そういう行為を
思いとどまる能力の無い母親の罪は
育児放棄だけが問われるのだろうか
この少年は
幼い妹を育てるような
人としての本能をちゃんと持った子だったと思う
フリースクールでも
ふつうに友達とかかわり合いたいという
能力を持った子だったと担当者は語っているのだから
正常な発達能力のある子供だったと思う
こういう子が起こした事件こそ
「育った環境の悪さ」が影響してると言えると思えるのではないだろうか
親子関係の環境の悪さから、共依存になってしまったのだろうと
そういう子どもと
酒薔薇やネバダのようなサイコパスと一緒にしてはいけないし
サイコパスを社会や家庭環境の所為にしてはいけない
この少年の起こした行動の結果は、社会悪であったことは確かだが
親を捨てることも
親と離れることも出来なかったことこそ
家庭環境と社会の責任だったと私は感じる
少年の最後の言葉がそれを言い表している
「お金は、母とをつなぐ鎖のようなもの。判決はどうでもいい。でも、自分と同じような境遇の子がいたら救ってほしい」
なんと切なく
そして
心のある言葉だろうか
この子にとって「刑期」という時間の長さは何の意味もなさない
社会に放り出されたところで
自立して生きる術も持ち合わせず
いっそ、長い刑期の方が、
与えられ守られた環境で生きていくことが保証されたことになるのかもしれない
もし
この少年の更生を考えるのなら
自分と同じ環境に置き去りにされている子供たちの
救援活動に関わる仕事こそ
心の救いとなるのかもしれない
これからの日本社会が
「人権」を唱えるのなら
こういう不遇な子供が大人になった時に
どれだけ支援できるか
本当のやさしい社会とは
本当の人権を考える社会とは
そういう事が出来る社会ではないかと思う
シャンプー的持論だが
権利などの
人権は求める物ではなく
認めるものだという言葉の意味が
ここにある
なぜなら
社会や周囲が
「認める」ことは
魂の「救い」そのものだからだ
お金でしか母親の関心を乞えなかった
この少年の魂を救うのは
少年自身に
人の魂を救える機会を与える事
それが
本当の人権社会ではないだろうか
去年3月、埼玉県川口市で祖父母を殺害して現金を奪った当時17歳の少年の控訴審判決が、4日に言い渡されます。事件の背景に、母親が育児放棄し、公園での生活を強いられるなど、少年の壮絶な生い立ちがあったことが浮かび上がってきました。
横浜市内の公園。4年前、少年は母と幼い妹と一緒にここで暮らしていました。今、少年は東京拘置所にいます。接見室で祖父母を殺害した当時の心境を語り始めました。
「やるしかないって、どうやって生活するんだって、正当化してました」
両親は幼い頃に離婚し、10歳までは、埼玉県のアパートなどで暮らしました。しかし、母親は・・・
「お母さんは夜中に帰ってくる。派手な格好して」(近所の人)
「(カーテンの)隙間から外眺めていて、暗いところで、お母さんいないんだなと思った」(近所の人)
水商売をしていた母親は、少年にひどい言葉を浴びせた上、1か月間、帰らないこともあったといいます。それでも母親は、少年にとってかけがえのない存在でした。
「気持ち悪い、近寄らないでと言われても、母が目に入る場所にいないと不安だった。幼いころ、母がサッカーの相手をしてくれたのが一番良い思い出です」(少年の手記)
やがて母親はホストだという男性と再婚。2人は定職に就かず、一家はアパートを出ます。金があるときはラブホテルに泊まり、なくなると公園で野宿。そんな中、母は少年にとって妹となる赤ちゃんを産み、少年は学校にも通わず、必死に育てたといいます。
「生きているのがただただ辛い。何も見えない、全く消えない闇の中にいた」(少年の手記)
少年は祖父母や親戚に借金をして回りました。“殺してでも借りてこい”母親から、そう命じられていたといいます。
14歳のとき、少年はついに助けを求めます。自ら役所に生活保護を求めたのです。一家は簡易宿泊所に落ちつき、児童相談所が支援して、少年はフリースクールにも通い始めました。
「(友達と)交わりたいなという気持ちがよく分かった。普通の暮らしをしてさえいれば、恐らく学校に戻れて集団の中でも活発な子でいられた」(フリースクールの責任者)
しかし、普通の暮らしは叶いませんでした。2か月後、母親が「鳥籠の生活は嫌だ」と宿泊所を引き払ってしまったのです。役所や児童相談所は少年の居所をつかめなくなり、支援も届かなくなりました。
そして、その日が来ます。2014年3月。17歳になった少年は母親に命じられ、川口市の祖父母の家に。
「もう戻れないからね、本当に出来るんだよねと、何回も何回も(母に)言われました。お金、お金、お金、そう考えていました」(少年が記者に宛てた手紙)
借金を断られると、少年は包丁で祖父母を刺して殺害。現金8万円を奪いました。
「地域社会が彼を支えきれなかった。大人社会の問題が非常に大きい」(フリースクールの責任者)
一審、さいたま地裁は、犯行を思いとどまることは十分にできたとして、去年、少年に懲役15年の判決を言い渡しました。
しかし、少年と面会を重ねた専門家は、母親との特殊な関係性をもっと重視すべきだといいます。
「(母親が子どもに)お金をどこからか工面してくれることを依存していた。少年はお母さんの期待に応えたい という気持ちが非常に強かった。お金を持って来てあげれば、自分は母に見捨てられないことを信じることができる、非常に強い共依存の関係にあった」(理化学研究所脳科学総合研究センター・黒田公美氏)
母親の強い支配から抜け出せない特殊な心理状態だったというのです。
少年側は、少年院で教育すべきだとして控訴。控訴審判決は今月4日、東京高裁で言い渡されます。
「お金は、母とをつなぐ鎖のようなもの。判決はどうでもいい。でも、自分と同じような境遇の子がいたら救ってほしい」
(03日18:15)
パターンや経緯は違っても
こういう事件は昔から幾つもあった
結論から言わせてもらえばだね
14歳のとき、少年はついに助けを求めます。自ら役所に生活保護を求めたのです。一家は簡易宿泊所に落ちつき、児童相談所が支援して、少年はフリースクールにも通い始めました。
「(友達と)交わりたいなという気持ちがよく分かった。普通の暮らしをしてさえいれば、恐らく学校に戻れて集団の中でも活発な子でいられた」(フリースクールの責任者)
しかし、普通の暮らしは叶いませんでした。2か月後、母親が「鳥籠の生活は嫌だ」と宿泊所を引き払ってしまったのです。役所や児童相談所は少年の居所をつかめなくなり、支援も届かなくなりました。
これ
ここんとこ
ここが問題
なんで役所が
生保求めてきた子供に
ネグレストの母親と同居させたままにしてんだ?
ってこと
母親が引越すからって
学校に通わせない母親に
子どもを同行させるか?
ってこと
居場所がつかめなくなり、支援が届かなくなりました
って
アホかと
どんだけ間抜けな展開なんだ?
ってこと
当たり前
自分で支援も求めない親
子どもを学校に通わす義務も
養育の義務も放棄しているのに
こういうのをね
タダのリーマンでしかない事務的公務員に任せるからこうなる
裁判所と警察と連携した「権限」を持った「専門家」をチームにして設置
都道府県を超えた活動が出来る国家公務員の特殊部隊のような立場が必要
支援を求めてきた段階で
調査確認審査をして
専門家が裁判所と警察と連携して判断を下し
親から子どもを「保護する」
親が何を言おうが、子どもが親を庇おうが
専門家が「感情」ではなく、現実を判断する事
こういうね
共依存な親子には
強い法的な力の手段が必要になる
昔ね
映画であった
タイトルが思い出せない
80年代のアメリカ映画
3人の幼い兄弟妹が
散々両親に車で連れまわされた挙句
捨てられる
幼い兄は
空き家に住み着き
幼い弟と妹を必死に育てる
近所の家々に配達された牛乳を盗むので
住民から警察に通報が入り
張込みしていると
小さなお兄ちゃんが
牛乳を盗んでいくわけ
警官がこっそり後をつけると
空き家に入っていく
兄が再び出ていった後に
家に入ると
幼い弟と妹が兄の名を呼んで振り返る
というシーン
三人はそこで保護され
三人の名前や持ち物から身元を調べ
専門のカウンセラー?が
三人を一緒にしておくのはよくない
だったかな?
そういう理由で、別々の施設に送ることに
そのことを知ったお兄ちゃんは
裸足で二人を乗せた車を追いかけるの
「連れて行かないで」
って
泣き叫びながら
大絶叫で
数年後
小さかったお兄ちゃんは
養父母に引き取られて大学生になっていた
その卒業式だったかな?
やさしい養父に、アルバイトでためたお金で腕時計をプレゼントするシーン
養母はそれを見て
漸く?息子になったのね、とか何とかいって喜ぶんだけど
養父は
「気を使ったんだよ、これは、育ててもらったお礼としてくれた」というようなことを言う
実の子になり切れない事を
養父母に語るんだ
「自分は弟と妹を探す」と
彼らこそ、自分の「家」であり「家族」なんだと
彼らを探すために、養父母の家を出るといい
そういう養子の気持ちを理解して
親になり切れなかった寂しさがあるが、快く送り出してくれるやさしい養父母
立派な青年になったお兄ちゃんは
施設に問い合わせても居所を教えてもらえなかったり
成人して漸く両親の事を聞き出したら
麻薬中毒か何かで、ろくでもない死に方をしており
養子に出されたところから逃げ出していた弟を、漸く見つけたり、
妹の居所を教えられないが、妹が会いたいというのなら連絡をくれるように取り計らってもらえることになったりと
相当頑張って
3人揃って再会する感動のハッピーエンドな映画
逃げ出していた弟は
小さなドラッグストアで働いていて
小さい時と変わらず帽子をかぶっているのを見て
「相変わらず帽子かぶってるんだな」って
お兄ちゃんが声をかける
最初は・・??
となっていた弟が
自分の小さい時を知っている人がいる???と
漸く、生き別れの兄だと気付いて感動の再会に
ところが
心待ちにしていた
連絡をくれると思っていた妹から「拒絶」の回答が
結局は
幼かったために苗字に記憶が無くて、拒絶をしたが
兄の名前の部分だけは記憶があって、もしかしてと思いだしての再会劇
妹は既に結婚して、
あの頃の
生き別れたころの妹と同じくらいの幼い女の子を連れていた
空港のロビーで再会を果たすシーンは実に感動的
仕切りのガラスが邪魔でずーっと出入り口まで
窓ガラス越しに見合わせながら走る兄と妹
三人でがっしりと抱き合うラストシーン
それなのに
タイトルが全く思い出せない
ホームがついたような・・・
実話をモデルにした映画だったと記憶するが
ここに出てくる施設が厳しい
保護した子供に、子どもの内は絶対に親の情報を公開しない
幼い内に引き離した方が良いと
兄弟もバラバラに
何故なら、三人揃って引き取ってくれる養父母なんていないから
幼い内に引き離しておいた方が良いから
という理由だったはず
高校生の時だったかな?見たの
アメリカってシビアだーって思った記憶があるもの
実親と一緒に暮らすのが何より幸せ
なんて日本的定義なんかゼロ
実母だろうが、どんな理由があろうとも
育児放棄したり、犯罪を犯した親を
全く信用しないのがアメリカ
だって
ネグレストは繰り返されるのがわかるから
話を戻して
この17歳の少年は
ずっと育児放棄されて
学校にも通えずに野宿させらて
幼い妹の世話までしてた
どうして
そんな親と一緒にさせているのか
これが
日本社会の摩訶不思議までの
実親絶対至上主義
もう十何年か二十年くらい前だったか
当時小1の男の子が
母親に育児放棄と虐待で保護されて
施設で暮らしていたところに
母親から引き取りたいと申し出を受けて
子供が嫌がるのを無理やり親の元へ送り出し
結局、数日後、言うこと聞かないとか
施設に還りたがったという理由で
母親に殴り殺され、簀巻きにされて海に捨てられたのを通行人が発見したという事件があった
また
幼い長女を殺して懲役刑に服し
出所して二児をもうけて
また2人目を殺す
なんだろうね
子どもを殺していても、
子どもが嫌がっても、
育児放棄の虐待母を尊重する日本の社会
この17歳の男の子
母親に愛されたくて
捨てられたくなくて
共依存する
社会性ゼロの母親から離れられない状態を
専門家が
見極めて判断下して
泣いても喚いても引き離すべきだった
あの映画のように
だが、日本は長年親子心中という
欧米では、第一級殺人罪の日本特有の文化的犯罪を認めてきた
そこに根強くある「親絶対主義」社会
子どもは親の所有物的史観がそこにあるのだろうか
この事件の少年の犯行は
犯罪をそそのかす母親の欲望に従った
日本特有の「親絶対主義」そのものだ
判決にあるように
自分で思い留まる事が出来たはず
というのは
「親」にこそ当てはまる事
自分の所有物のように子どもを振り回し
育児放棄してきた行為に加え
子どもに借金を依頼させる行為
そういう行為を
思いとどまる能力の無い母親の罪は
育児放棄だけが問われるのだろうか
この少年は
幼い妹を育てるような
人としての本能をちゃんと持った子だったと思う
フリースクールでも
ふつうに友達とかかわり合いたいという
能力を持った子だったと担当者は語っているのだから
正常な発達能力のある子供だったと思う
こういう子が起こした事件こそ
「育った環境の悪さ」が影響してると言えると思えるのではないだろうか
親子関係の環境の悪さから、共依存になってしまったのだろうと
そういう子どもと
酒薔薇やネバダのようなサイコパスと一緒にしてはいけないし
サイコパスを社会や家庭環境の所為にしてはいけない
この少年の起こした行動の結果は、社会悪であったことは確かだが
親を捨てることも
親と離れることも出来なかったことこそ
家庭環境と社会の責任だったと私は感じる
少年の最後の言葉がそれを言い表している
「お金は、母とをつなぐ鎖のようなもの。判決はどうでもいい。でも、自分と同じような境遇の子がいたら救ってほしい」
なんと切なく
そして
心のある言葉だろうか
この子にとって「刑期」という時間の長さは何の意味もなさない
社会に放り出されたところで
自立して生きる術も持ち合わせず
いっそ、長い刑期の方が、
与えられ守られた環境で生きていくことが保証されたことになるのかもしれない
もし
この少年の更生を考えるのなら
自分と同じ環境に置き去りにされている子供たちの
救援活動に関わる仕事こそ
心の救いとなるのかもしれない
これからの日本社会が
「人権」を唱えるのなら
こういう不遇な子供が大人になった時に
どれだけ支援できるか
本当のやさしい社会とは
本当の人権を考える社会とは
そういう事が出来る社会ではないかと思う
シャンプー的持論だが
権利などの
人権は求める物ではなく
認めるものだという言葉の意味が
ここにある
なぜなら
社会や周囲が
「認める」ことは
魂の「救い」そのものだからだ
お金でしか母親の関心を乞えなかった
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少年自身に
人の魂を救える機会を与える事
それが
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コメント
[C5653] 産めよ増やせよ再来?
- 2015-09-05 03:42
- 編集
[C5652]
ティモシー・ハットン主演『ロングウェイホーム』ですね。観ましたよ、ミルクを水で薄めるシーンや弟がミルクを飲む姿が幼い頃と同じだったシーンが印象的でした。この事件は知らなかったけど、同じ年頃の子を持つ親として何かいたたまれない気持ちです。
- 2015-09-05 00:59
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上っ面だけ「女性やお母さんのためにいろいろやってますよ」って整えても無駄だから。
生物学上孕んでいる女がエゴむき出しなのはしょうがないとしても、せめて目の前に現れた自分以外の命を「守らなければならない」という教育が必要。今は本能にそれを求めても無理な気がしています。