【Jを語ろう(8)】進化するスタジアム 改装なったJ3長野の本拠地 ファン目線の設備や芝生の管理 Jリーグ広報部・神戸佑介氏
Jリーグの舞台となるスタジアムが、変わり始めている。3月には、J3・長野パルセイロの本拠地「南長野運動公園総合球技場」が全面改装を終え、デビューした。ファンの目線で数々の工夫が施され、ピッチの芝生が生育しやすい環境を確保し、2002年日韓ワールドカップ(W杯)で利用されたスタジアムと比較すると、格段の進化を遂げている。今秋にはJ1・G大阪が本拠地とする4万人収容の全席屋根付きのサッカースタジアムが完成、全国各地でスタジアムを新設する動きが広がっている。J1・鹿島でカシマスタジアムを仕事場に経験を積み、現在はJリーグ広報部の神戸佑介氏に、進化した仕様、スタジアムの未来を寄稿してもらった。
■最新の仕様に興奮■
「ここまで進化しているのか」-。
私は心の中で何度もつぶやいていた。まるで宝石箱のよう、といったら少々大げさだろうか。細部まで数多くの革新的な技術が詰め込まれた新設スタジアムを目の当たりにし、少し“マニアック”な興奮を抑えることができなかった。
3月、JR長野駅から車で約20分、1998年冬季五輪の開閉会式の舞台となり、市民にとってレガシー(遺産)となっている地に新たなシンボルが誕生した。「南長野運動公園総合球技場(以下、南長野)」。長野市が約80億円を投じ、約14カ月の短期間で全面改装した全面屋根付きのサッカースタジアムで、J3・長野パルセイロの本拠地だ。
こけら落としの一戦を翌日に控えた3月21日、私は在京メディアの方々とスタジアムを訪れた。計画段階から建設に携わってきた長野市公園緑地課係長・轟誠さんの案内で、記者の皆さんにみっちり取材いただき、良い記事を書いてもらうのが私の仕事だったのだが、最新の仕様に仕事を忘れ、気づけば自分が夢中になっていた。
収容人数はJ1規格をクリアした1万5491人。全席屋根付き、背もたれ付きの個席にはカップホルダーまで付いている。大型映像装置は大きく鮮明で、スタンドの音響は大迫力だ。トイレの数も十分で、渋滞が起きないよう一方通行で設計されている。キッズルームや授乳室も完備。お子さま連れの方も安心して観戦できる。スタンドのコーナーには、かつての芝生席を思わせるウッドデッキ調の「テラス席」が設けられた。
■お客さま、選手、ピッチすべてに優しい■
スタジアムの正面入り口はスタジアムに向かって一直線に、緩やかな角度のスロープが伸びている。足の悪いお客さまや車いすのお客さまはもちろん、車両も通行でき、緊急時には救急車を寄せることもできる。売店への搬入などにもとても便利だ。コンコースは内廊下と外廊下にそれぞれ十分な広さの通路があり、試合終了後など来場者が一気に退場する際も混雑を軽減する。この両通路に挟まれた飲食売店はどちら側からでも購入することができる。
直射日光や強風への対策も取られている。2階コンコースには風を弱め、日光を軽減する「エコスクリーン」と呼ばれる格子が作られ、真夏の暑い日や雨風が吹きさらす寒い日も天候の影響を感じさせない。通路と通路の間は10席のみ。通路を増やすことで、緊急時にも避難しやすくなっている。来場者目線で整えた設備がこれだけ多いスタジアムは、全国を探しても見当たらない。1人のサッカーファンとして、毎節このスタジアムで観戦できる長野のファン、サポーターが羨(うらや)ましくてならない。
ピッチを良好に保つためアウェイ側のスタンドは1層にした。冬場もピッチへの日光を遮らない設計で、「日照」を確保した。高温多湿の日本の夏、スタジアムは蒸し風呂状態になる。風通しが悪く、芝生育成には過酷な環境だ。試合日以外は、多くの施設がピッチサイドに大型扇風機を運び入れて回し続けている。南長野では、長野盆地を吹き抜ける風を通すため、四隅のゲートが大きく設計され、ゴール裏にあたる南北スタンド下には開閉式の通気口があった。開けると勢いよく風が吹き抜け、春風を一気に浴びた。
最後は「水」。南長野の散水システムは、グリーンキーパーの青木茂さんいわく「日本で唯一のシステム」。ピッチ内に自動制御の散水機が埋め込まれ、スイッチ一つで瞬時に全面散水できる。芝生に水をまくとボールの動きが速くなり、試合がよりスピーディーになる。開始前やハーフタイムでも、短時間で全面に、均等に、散水できるシステムは、今後の必需品となっていく気がした。
■カシマで体験 運営の悩み■
Jリーグ広報部配属となる前の2年3カ月、出向という形でJ1の鹿島アントラーズにお世話になった。日々の仕事場だった茨城県立カシマサッカースタジアム(以下カシマ)は、02年日韓W杯で使用された中で、有効活用が行われている数少ないスタジアムの一つだ。鹿島自身が指定管理者で、「THE DREAM BOX」というコンセプトのもと、365日人が集う地域のコミュニティーとして、試合日以外もミュージアムやフィットネスクラブを営業している。ここでスタジアムの管理・運営について多くを学び、クラブの一員として、日々いかに魅力的なスタジアムを作るか模索していた。カシマの売店では直火での調理が可能だ。いつでもどの売店でも温かいものが食べられ、Jリーグが実施している観戦者調査では、サービス部門「スタジアム内・周辺の飲食売店」の項目で、過去5年で3度「顧客満足度No.1」に輝いている。
一方で、カシマは厳しい条件も持ち合わせていた。コンコースには西日が差し込み、焼けるような暑さに襲われる真夏は、待機列に並ぶお客さまの体調が気になった。風が強い日は看板もテントも撤去しなければならず、安定したコンコースでのイベント開催も難しい。スポンサー企業やホームタウンの自治体と協力したイベントでも、天候との戦いが日常茶飯事だった。Jリーグを開催している多くのスタジアムは同じ悩みを抱えて運営を行っている。
南長野には天候の悩みを打ち消す工夫をはじめ、お客さまはもちろん、運営者をも驚かすような仕掛けが数多くあった。鹿島でスタジアムを身近に感じ、観察してきたからこそ、その違いに興奮せずにはいられなかった。日韓W杯からわずか13年で建設技術がこれほど進化していることは衝撃的で、まるで“浦島太郎”のように、目指すべきスタジアムの指標を考えさせられる機会になった。
■歴史的にも重要な南長野■
南長野の誕生は、スタジアムの歴史で大きな意味を持つ。
Jリーグは07年、02年W杯以降に起きた来場者の減少傾向に歯止めをかけるべく、年間総来場者数1100万人を目指し「イレブンミリオンプロジェクト」を開始した。10年までの4年間、全クラブが多くの集客施策や観戦環境整備などに取り組み、来場者数は上昇に転じたものの、アクセスの悪さ、屋根がない、トイレが少ないなど、クラブだけの努力ではどうしようもない、スタジアム自体が抱える課題にぶつかってしまった。
「サッカースタジアムをつくろう!」という機運が高まり始めたのはその頃。Jリーグ事務局にも専門部署が立ち上がり、国内の現状を調べ、世界の最新情報の収集も行った。アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)の開催基準やJリーグクラブライセンス制度の施設基準を広く認知してもらい、水準向上を図った。
現在はスタジアム新設の動きが広がり、今秋完成するG大阪の新スタジアムをはじめ、全国で建設や計画が進み、建設決定のスタジアムが4カ所、構想レベルで10カ所以上が存在するまでになった。南長野は、イレブンミリオンプロジェクトを経て、スタジアム建設の機運が生まれて初めて新設された施設であり、最新の建設技術や運営に関する知見が詰め込まれた場所でもある。
視察翌日、パルセイロはこの南長野で無事ホーム開幕を迎えた。FW佐藤悠希のド派手なバイシクルシュートで先制するも、チームは相模原に逆転負けを喫し、記念すべき初勝利はお預けとなった。運営面もまだまだ試行錯誤のようだが、J3リーグ最多の8681人を迎え、歴史的第一歩を踏み出した。
試合中、何気なくスタンドを眺めているとお客さまは終始笑顔だった。腰の重そうなおばあちゃんも、春休みを迎えた子どもたちもみんなどこか楽しそうで、スタジアムに幸せな空気が漂っていた。スタジアムが持つ力、果たす役割に思いをはせた。
南長野運動公園総合球技場の全面改装は、地元行政をはじめとする地域の方々の理解と協力なくしては実現しなかった。
冒頭で紹介した轟さんが視察中につぶやいた言葉が胸に響いた。
「さっき、スタジアムに入ろうとしたら、事務所から鍵を貸してもらうのに時間がかかってね。つい、この前まで毎日自分の家のように出入りしていたのに、なんだかわが子が自分の手を離れていくようですよ。うれしいんだけど、なんだか寂しいです」
パルセイロのファン、サポーターをはじめ、地域のすべての方々に長く愛されるスタジアムとなることを心から願うとともに、このようなスタジアムが全国津々浦々に整備されることが、われわれの目指す未来の姿なのだ、と確信させられたのだった。