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編集長の視点|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

機能性表示食品制度は、自壊した〜蹴脂粒問題に思う

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2015年9月3日

 坂東久美子消費者庁長官が8月31日、「蹴脂粒」は届け出要件を満たしているとして受理を撤回しないことを明らかにしたという。各メディアが伝えている。毎日新聞はこう書く。『内閣府・食品安全委員会は5月、特定保健用食品(トクホ)の審査で、蹴脂粒に含まれる成分のエノキタケ抽出物について「安全性が確認できず評価できない」と指摘。だが、消費者庁は安全性を明確に否定する試験結果や過去に事故情報がないことを重視した。』

 消費者は素直に、こう受け止めるのではないか。「トクホの専門家が、審査で安全性が確認できないと却下したものが、機能性表示食品として出回る。機能性表示食品って、そんなに緩い、いいかげんなものだったのか!」

 本来、そのような安全性に優劣のつく位置づけではなかったはずだ。トクホは、製品毎に第三者である食品安全委員会や消費者委員会等が審査して認可する。一方、機能性表示食品は、企業が自らの責任で表示し、その代わりに情報を公開して消費者に判断してもらう。機能性表示食品を届け出た企業は、責任を持って安全性、機能性を確認し、プライドを持って表示しようとしていたはずだ。だが、今回の措置で、制度の“イメージ”は大きく崩れた。
 
 科学的には、ことの本質は以前に本欄で書いた「蹴脂粒問題~この場合、安全性と機能性は表裏一体」に話は尽きると思う。
 エノキタケ抽出物に含まれる物質が、βアドレナリン受容体に結合し、脂肪の低減作用を発揮するという作用メカニズムを主張するこの製品。食品安全委員会の評価書は「機能性があるのなら、安全性を確認できない」。リコムが主張する作用機作が真実なら、副作用が起きる可能性を否定できない、という内容だ。消費者委員会も食品安全委員会の評価を追認し、不認可の答申書をまとめた。

 そこで、消費者庁は作用機作については考察せず、主に食経験を安全性判断の根拠とした。
 8月31日の長官の説明が、興味深い。私は、会見には出席しておらず、出た記者から詳しく教えてもらった。長官は蹴脂粒と同じアルカリ処理で製造された製品が、10年以上にわたって摂取されていることを確認したと述べている。「成分で4万kg以上が流通している。1日あたりの摂取量に直すと1億単位分になる。相当量がすでに流通・摂取されている」と発言している。さらに、アルカリ処理でなく熱処理で製造された製品まで含めると少なくとも25年以上の流通実態があり、これだけ食べられているのに、過去に事故情報が寄せられていない、ということを述べている。

 これは、非常にもっともらしいのだが、よく考えるとものすごいロジックになっている。つまり、専門家を納得させるような安全性の根拠を持たないものが、一企業により売られ10年以上、人体実験が行われて来た、ということにほかならない。ちなみに、処理法が異なると製品に含まれる不純物等も変わり安全性はまったく変わってくるから、熱処理の販売実績は現在の製品の安全性を示すものとはなり得ない。アルカリ処理についても、原材料の状態や製法のわずかな変化が、成分や不純物の含有量等を変える、とみるのが常識的だ。

 ところが、消費者庁は、この人体実験を追認して、機能性表示食品の安全性の根拠としてしまった。さらに、食品安全委員会の指摘を考慮し、リコムに対して危害情報の収集対応体制の整備と消費者庁への報告を要請する文書を出したという。つまり、「専門家を納得させる根拠が今でもないものの人体実験を継続することを、消費者庁は認めます。でも、副作用が起きたら早く教えてね」と言っているようなものなのだ。

 私は性格が歪んでいるからこう感じてしまうのか、と最初は思ったが、食品行政に長く携わってきた知人の官僚も「消費者に人体実験と受け止められたらどうするんだ」とつぶやいていたから、こう考えるのが普通なのかもしれない。

 今回の消費者庁の判断は、食品安全行政のリスクアナリシス自体も大きく損なうものともなっている。リスクアナリシスは、2003年の食品安全基本法施行と同時にはじまった。BSE問題で、農水省が評価も管理も行い、評価が恣意的になったことが指摘されて導入されたのが、リスクアナリシスだ。リスク評価を食品安全委員会が、管理を農水省や厚労省などが行うことで、評価の独立性を保つ。

 だが、今回の消費者庁の整理は、リスク評価機関である食品安全委員会の結果に満足できなかったリスク管理機関である消費者庁が、さらに情報を集め、食経験を根拠に評価をし、判断をして長官の会見で“お墨付き”を出すというリスク管理をしてしまった。機能性表示食品は、食品安全委員会の判断を仰ぐ仕組みのものではなく、食品安全委員会の審査はトクホの枠組みだったとは言え、検討したのは機能性表示食品とトクホ、まったく同一の成分だ。今回の消費者庁のやり方は、リスク評価を管理の都合で歪めたことになりはしないか?

 諸外国に目を転じてみると、サプリメント王国と言われる米国であっても、新規の成分の安全性確認については厳しい。一定の“関門”を設定している。
 米国では、ビタミン、ミネラル、ハーブ、その他の植物、アミノ酸、酵素などは、栄養補助食品健康教育法(Dietary Supplement Health and Education Act =DSHEA)で規制される。法律が施行された1994年10月15日以前に米国で販売されていなかった新規成分、New Dietary Ingredients(NDI)が使用されている場合、安全性のデータ等を揃えて販売日の75日前までに報告し、審査を受ける。伝統的な食品の抽出物であっても、抽出方法によって成分、性質は異なるので、製法等もきちんと示さなければいけない。この審査で認められなければ、販売はできない。

 一般の食品にも、Generally Recognized As Safe(GRAS)制度があり、新規食品は審査を受けパスしなければならない。EUも、Novel Foodという審査制度で認められないと、新規食品として流通させることができない。

 ところが、日本にはこうした新規食品に対する制度がない。遺伝子組換え食品や食品添加物は、別の枠組みで厳しい審査がある。特定保健用食品も食品安全委員会が審査している。ところが、いわゆる健康食品は、まったくの野放し状態で、人体実験だらけである。
 機能性表示食品は、いわゆる健康食品とは一線を画し、ガイドライン等で企業の責任により安全性が担保されるはずだった。ところが、第三者である食品安全委員会がダメといい、企業は「安全だ」と主張する製品に、消費者庁のお墨付きが……。

 実は、坂東長官の会見で、記者から「安全性について、機能性表示食品は緩いのではないかと指摘がある」という質問が出ている。だれでも感じることなのだから、ストレートに尋ねたのだろう。これに対して、長官はこう答えている。「緩いということではないと思う。それをだれが立証していくのかという違いの問題があると思う」。
 
 よーく思い出してほしい。消費者庁は、食品安全委員会の意見ではなく、消費者が食べて来た実績を安全性の根拠としたのだ。消費者が我が身を挺して立証したのか? これが、消費者庁の判断なのだ。

 こんな状態の機能性表示食品制度が、消費者に支持されるだろうか。少なくとも、この騒ぎにより消費者団体は、すべて反対派にまわるだろう。好意的だった人も転じざるを得ない。そもそも、反対派が多かったのだから、火に油を注いでいる。
 消費者団体は無力かもしれないが、私が取材する限り、今回の消費者庁の姿勢に疑問を抱いている業界関係者も多い。消費者庁は、多くの人たちの信頼を失った。
 制度の持つイメージは大切だ。信頼されなければ、制度は成長発展が望めない。私が「機能性表示食品制度は、自壊した」と書く所以だ。

 そもそも、である。店頭をじっくり見た方がいい。スーパーマーケットで、機能性表示食品の棚はどんどん小さく、悪い位置に追いやられていないか? ドラッグストアではたしかに、アサヒフードアンドヘルスケア(株)や森下仁丹(株)など一部の企業が、機能性表示食品とPOPを出し、コーナーを大きく陣取った。だが、そのほかの商品はどこにある? ノンアルコールビールのコーナーで目立つのは何か。あきらかに、機能性表示食品ではない、サントリービール(株)の「オールフリー」ではないか? TwitterやblogなどSNSでも、機能性表示食品は話題になっていないのでは? 
 機能性表示食品はスタートダッシュに失敗したのだと思う。これは、私だけの見方でなく、業界の有力な方々が同じ感触を持っている。
 今回の消費者庁の判断が、この流れにどのような影響を及ぼすのだろう。既に、消費者の審判ははじまっている。

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