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EXC83 懐かしの場所へと
北海道、旧千歳空港跡――。
『Japanese Illusionary Logical Operation Systems』、通称『ジャイロ』が展開されているクリプトゼグノ社の本部。
綾香たち黒服のメンバーは、途中で何度もモンスター共と戦闘を繰り返しながら、ようやくここまで辿り着いたのだが――。
「……これは……」
車から降りた綾香は、あまりにもひどい光景に声を失ってしまう。
他の3名の黒服らも、口を開けたまま押し黙ってしまった。
無数のスーパーコンピューターが立ち並んでいたはずの敷地は、なぜか密林と化していた。
しかし、俺はその光景に見覚えがあった。
あれは、リリーの故郷の『エルフの里』――?
「……連絡がとれないわけね。シュウ、辺りの状況は?」
腕を組んだまま、レイムがそう質問した。
その言葉に応じ、シュウはPPS-NAVIを起動させる。
「複数の生命反応があるな。カラーは『イエロー』」
「ということは、このクソったれな世界のNPCってことか。言葉が通じるかはしらねぇけどな」
シュウの言葉にキラが反応する。
NPC……。
ということは、エルフの里に住むエルフたちで間違いないのだろう。
もしかしたら、ここにリリーが……?
「どうするの綾香? この状況じゃあ、本部のNAVI自体も機能していないだろうし。野蛮な原住民を相手にしていられるほど時間があるわけでもないのでしょう?」
綾香にふり向き、意見を聞いてくるレイム。
こいつらは、何をそんなに焦っているのだろう。
ここに到着するまでの間も、モンスターとの戦闘を極力避けていたように感じたし……。
まさか、まだ『何か起こる』っていうのかよ……。
「……」
レイムの言葉に考え込む綾香。
俺としたら、このままエルフの里に向かってほしいのだが、きっと綾香は首を横に振るだろう。
彼女のことだ。
きっとデメルやリリーのことも、調査が済んでいる可能性がある。
俺をどうするつもりなのかはまだ分からないが、元使い手であるリリーと俺を出会わせるような危険は――。
「二手に分かれよう。私とシュウは密林の調査、およびNPCの捕縛。キラとレイムは本部のNAVIの再起動と、ジャイロの通信データの解析を頼む」
『なっ――』
意外な答えについ声を出してしまう。
というか、捕縛――?
こいつまさか、リリーを捕まえて何かしようと――?
「おいおい……。NAVIとジャイロの解析は分かるけどよ。なんで時間がねぇっつってんのに、わざわざあんな密林に探索にいくんだよ。NPCを捕縛したってなんの意味もねぇだろうよ」
納得がいかないといった表情でキラは綾香に詰め寄った。
しかし、綾香に視線を向けた途端、すぐさまキラの表情が変わった。
「私の命令が聞けないのか、キラ」
綾香の口から発せられた声は、俺でさえ震え上がってしまうほど冷徹だった。
やはり綾香はこいつら黒服の上官なのだろう。
「……けっ」
ばつが悪そうに頭を掻いたキラは、そのまま綾香に背を向けてしまった。
そして煙草に火を点け、煙をふかす。
「今から3時間後、1430に一旦ここに集合だ。それまでに成果をあげろ。以上だ」
それだけ言い残した綾香は、シュウに目だけで合図を送る。
そして2人を残し、密林へと向かっていった。
(いったい何を考えているんだ、こいつは……?)
綾香の行動の意味が理解できない。
魔銃である俺のことを、仲間であるこいつらにも話さない――。
そればかりか、リリーの故郷である『エルフの里』に向かおうとしている――。
そもそも目的は何だ?
俺に四音の情報を教えたのは何故だ?
それに――。
(こいつの今までの戦いのセンス――。あれはまるで、以前にこの世界に慣れ親しんでいたかのような――)
◇
森の奥へと足を踏み入れた綾香とシュウ。
やはりここは以前、俺が魔剣だったころに打ち捨てられた場所だ。
そしてリリーと出会い、俺は魔弓の姿に変化した――。
「綾香。この森……なんかおかしくないか?」
森の異変に気付いたのか、シュウが綾香に尋ねてくる。
「ああ。この辺りに生えている木は『ナメクジプラント』というモンスターだからな」
「なっ……! おい! 綾香……!」
「大丈夫だ。こちらから接触しなければ、奴らは木に擬態したまま襲ってはこないさ」
何食わぬ顔でそう答えた綾香。
俺はその言葉で確信する。
この女――壬久島綾香は、以前にこの世界にきたことがある――。
このグランドヴェルグという異世界は、本当の意味での『異世界』ではない。
レイムが言っていたとおり、正式には《BLAZE DANCER ONLINE》という仮想世界でしかない。
おそらく彼女は何度もこのBDOにログインしていたのだろう。
だから戦闘の経験があり、モンスターの情報などにも詳しいのだ。
考えてみればこのBDOはクリプトぜグノ社が開発したのだから、綾香が運用前の『テストプレイヤー』としてサンプルデータを取得していたとしても、なんら不思議ではない。
黒服らの幹部である彼女ならば、通常では知りえないような情報を掴んでいる可能性だってある。
(……やっぱり一筋縄じゃいかねぇか……)
俺に与えられている情報は、ほんのわずかしかない。
何も分からないまま、この異世界に魔剣として転生し、『聖女』と呼ばれる使い手たちに次々と使役していくだけの存在――。
この現状を打破するには、やはり綾香を俺の虜にするしか――。
20分ほど密林を歩き、ふと足を止めたシュウ。
何やら前方をしきりに気にしているようにも見える。
「綾香。この先にトラップがあるぞ」
前方にある空間とNAVIを交互に見比べながら、シュウが綾香に話しかける。
そこにはよく見なければ分からない、空間の『歪み』のようなものがあった。
(……あれはエルフの里の……)
「それは『ヴェルンドの杯』と呼ばれる結界だ。エルフ族以外の者がそこを通ると、全身の血が蒸発し、生きた屍となってこの世を彷徨うことになるらしい。……まあ、BDOの世界での逸話だがな」
「冗談はよせよ。解除をするから、少し離れていてくれ」
懐からなにかの機械を取り出したシュウは、歪みの近くにそれを設置した。
起動音とともに機械から霧のようなものが発生し、結界全体を覆っていく。
結界に纏わりついた霧は徐々に内部へと浸食し、そして――。
「さあ、鬼が出るか蛇が出るか……。エルフ族といえば弓の名手が多い種族だからな。拳銃と弓――。ふふ、いったいどちらが勝るのだろうな」
ひとりそう呟いた綾香は、何故か俺の銃身をその細い指で擦りあげた。
そのあまりにも繊細な指の動きに、俺はつい反応してしまう。
……特に撃鉄付近とか。
「……NAVIに反応あり。5……6……7……。相手は7人だな。どうする綾香?」
「奴らの族長がいるはずだ。そいつを捕えさえすれば、あとは捨ておいて構わない。……きっとここに『彼女』はいないからな」
「彼女? いったい誰のことだ?」
「ふふ、なんでもないさ。こっちの話だ」
シュウの質問を軽く流した綾香は、撃鉄から銃口の周囲に指先を這わした。
……こいつ、絶対にわざとやっていやがる……。
俺の全身の各部位が、拳銃のどこに位置しているのかも分かっていて――。
それに今、綾香が答えた『彼女』とはおそらく――。
『ちくしょう! さっさと俺を使いやがれ! その澄ました顔がベロンベロンになりやがれこの野郎が! ……あひんっ!!』
俺は何度も何度も、撃鉄付近と銃口を撫で回され――。
――そしていつまでも情けない声をあげていたわけで。
【ヴェルンドの杯】
エルフ族が身を隠すように暮らしているエルフの里。
その周囲には強力な結界が張り巡らされている。
エルフ族以外の者がその結界を通過すると、死よりも恐ろしい災いが降りかかる。
エルフの民が称えている『弓神ヴェルンド』から名前をとったといわれている。
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