(2015年9月3日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
ハンガリーのブダペスト東駅に集まった移民ら。手前に並んでいるのは警察官〔AFPBB News〕
平時であれば、エンジニアのマナルさんと弁護士の夫、イブラヒムさんのようなカップルは、イスタンブールからブダペストへ2時間で飛ぶ航空券を200ユーロ足らずで買うことができる。ところが、専門職の若いシリア人夫婦は、1カ月かかる徒歩と船の旅のために密航業者に3000ユーロ払うことを余儀なくされた。
城や美術館を見に行く途中でブダペスト東駅の外にひしめく観光客とは異なり、マナルさんの家族は、40度の暑さの中、駅の階段の下に敷かれたぼろぼろの毛布の上に茫然と横たわるおよそ2000人の移住者に混ざって座っていた。
マナルさんとイブラヒムさんが小さな子供2人を連れてこの危険な旅に出ることにしたのは、戦争のせいでも電力、水の不足のせいでもなければ、仕事を失ったからでさえなかった。子供たちは今、夜中に森を歩いたせいで、擦り傷だらけになっている。
シリア難民を象徴する若い家族の物語
「あのいわゆるイスラム国のテロリストたちが子供たちを特別な基地へ連れて行き始め、想像できる限り最悪のこと、斬首さえをも教えていた」と夫妻は言う。2人はこの駅に押し寄せた多くの人と同様に、無学の労働者ではなく、専門職だ。「自分の子供たちが洗脳の餌食になることは許さない」
フルネームを明かすことを拒んだ夫妻は、「イラク・シリアのイスラム国(ISIS)」の支配下にあるシリア東部のデリゾール県の出身だ。夫妻は仕事を失ったため、地域のルーツである農業に目を向けた。
日に焼けたドレスを着たマナルさんの話では、彼女の顔や手の皮膚が荒れているのは、トルコから小型船で地中海を渡り、ギリシャからハンガリーへ歩いてきた旅のせいではない。昨年までは人生で1度もやったことのなかった畑仕事と家畜の飼育で肌が荒れたのだという。
最初はバシャル・アル・アサド大統領に対する抗議として始まったが、複数の勢力が入り混じる複雑な戦争に発展し、以来、ジハード(聖戦)主義者たちが国の大部分を制圧することを許してしまった紛争によって、2200万人のシリア国民の半分以上が住まいを失った。