2015年4月30日木曜日

ダイヤモンドのまともな対応


週刊ダイヤモンド5月2・9日号に関して以下の問い合わせをしたところ、翌日に回答があった。その内容を紹介する。
ブリュッセルのグラン・プラスに建つ市庁舎
         ※写真と本文は無関係です


【ダイヤモンドへの問い合わせ】


「ANAがスカイマーク出資へ」という記事に関してお尋ねします。記事中でANAに関して「スカイマークを除く全ての新興航空会社に出資」と説明されています。これは正しいのでしょうか。例えばフジドリームエアラインズ(FDA)は、会社のホームページによると鈴与100%出資で2008年の設立です。「新興航空会社」の定義は明確ではないので、記事ではLCCを除外して考えているのかもしれません。しかし、FDAはLCCではありません。設立時期も考慮に入れると、FDAを「新興航空会社ではない」と判断するのは無理があります。「最近になってANAの出資を受け入れたものの、ホームページには反映されていない」という事情でもあるのでしょうか。記事が誤りでないとすれば、その根拠も併せて教えてください。


【ダイヤモンドからの回答】


このたびは、ご指摘、誠にありがとうございます。さて、ご指摘のありました「スカイマークを除く全ての新興航空会社に出資」との記述に関してですが、羽田空港の枠に関連する話題であるため、羽田発着枠を持つ新興航空会社のことを指しております。とはいえ、言葉足らずの点があったと反省しております。このようなことがなきよう、さらに正確さを徹底させる所存です。今後もよろしくお願い申し上げます。


質の面で国内ナンバーワンの経済メディアだけのことはある。対応がまともだ。記事から「羽田発着枠を持つ新興航空会社という意味で『新興航空会社』と書いているのだな」とは解釈しにくい。その意味で記事の説明は誤りとも言える。しかし、ダイヤモンドは記事に問題があったことを回答で認めている。


例えば日経は間違いを指摘されても、無視するか、質問に答えない回答を返すだけだ。東洋経済は間違い指摘に対して苦しい弁明を1週間以上経ってから送ってきた。こうした対応に比べれば、レベルの違いは明らかだろう。今後もこの姿勢が変わらないように祈りたい。


※記事の評価はC、筆者である須賀彩子記者の評価もC(暫定)とする。

2015年4月29日水曜日

土曜日が前年同月より2日少ない?

「今年の3月は土曜日が前年より2日少なかった」と言われたら、「そんなバカな」とは思わないのだろうか。28日の日経朝刊消費Biz面の記事には堂々と「土曜が2日少なかった」と書いてある。同日午前10時20分頃に日経へメールで問い合わせた内容は以下の通り。

ナミュール(ベルギー)の中心部 ※写真と本文は無関係です

【日経に問い合わせた内容】

28日付「外食売上高、3月4.6%減」についてお尋ねします。記事では「前年同月に比べ土曜日が2日少なかった」と書いておられます。今年3月は土曜が4回なので、昨年3月は6回でないと辻褄が合いません。しかし、これだと1カ月の日数が31日を超えます。今年は春分の日が土曜日でしたが、だからと言って土曜日が1つ消えるわけではありません。記事の説明は誤りなのか、正しいとすれば根拠は何かを教えてください。

上記の問い合わせに関して、珍しく日経から回答が届いた。

【日経の回答】

いつも日本経済新聞をご愛読いただきありがとうございます。このたびは、記事の内容に関し、貴重なご意見をお寄せいただき、ありがとうございました。今後の紙面づくりの参考にさせていただきたいと存じます。今後とも日本経済新聞をよろしくお願いします。

無視よりはマシだが、質問には全く答えていない。もちろん反省もない。


今回の記事は日本フードサービス協会の発表に基づくものだ。同協会のホームページで発表内容を見ると、確かに「土曜日と祝日が重なり土曜日が前年より2日少なかった」と書いてある。これはこれでいい。業界では祝日が土曜だった場合、「土曜がなくなる」と見なすのだろう。しかし、記事で「前年同月に比べ土曜日が2日少なかった」と記述してはダメだ。


さらに気になるのが、協会のニュースリリースの表現を安易に拝借している点だ。両者を比べてみよう。


【日経の記事】

前年同月に比べ土曜日が2日少なかったことなどから、多くの業種で客数が前年を下回った。ファミリーレストランは高単価商品の投入で客単価が上昇し、好調な売り上げとなった。

【ニュースリリース】

土曜日と祝日が重なり土曜日が前年より2日少なかったことから、多くの業種で客数が前年を下回った。FRは客数が前年を下回ったが、客単価の上昇から好調な売上となった。


記者としてもプライドのかけらも感じられない節操のなさだ。記事はニュースリリースの単なる要約とも言える内容。単なる要約で済ますにしても、表現ぐらいは変えたくなるものだが、そんな配慮もなく大胆に“コピー”している。


ついでに言うと、記事では冒頭で「ファミリーレストランは高単価商品の投入で客単価が上昇し、好調な売り上げとなった」と書き、最後にも「ファミリーレストラン全体の客単価は前年同月を上回った」と繰り返している。短い記事でこの繰り返しは感心しない。ファミリーレストランの客単価について最終段落で再び触れるなら、客単価がどの程度上がったのかといった、より詳細な情報を提供すべきだ。


しかし、ニュースリリースの要約に留まる内容で記事をまとめ上げ、表現までそっくり頂いてしまう記者に期待しても無駄だろう。


※記事の評価はE。

2015年4月28日火曜日

7回出てくる接続助詞「が」

記事を書いていると、接続助詞の「が」を多用しがちになる。27日付の日経朝刊に出ていた「月曜経済観測~増える訪日外国人」(総合・経済面)は、100行程度の記事の中で7回も「が」を使っていた。特に感心しないのが逆接ではない「が」だ。これを避ければ、使用頻度はかなり下がる。具体的に記事を見てみよう。

シタデル(城塞)から見たナミュール(ベルギー)市街 
                         ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】


去年は1341万人の外国人が来日し、史上最高を記録した、今年はさらに勢いが強い。日本政府観光局によると、1~3月の訪日客は前年同期比で43%増だった。このペースが続けば、今年の訪日客は1900万人を超える。政府は2020年までに訪日客を2000万人に増やす計画を掲げている、よほどのことがない限り、前倒しで達成できるだろう。


上記のくだりの「が」は逆接とは言えないので、使わない方がいい。1つの文を短くできるメリットもある。改善例を以下に示す。


【改善例】


去年は1341万人の外国人が来日し、史上最高を記録した。今年はさらに勢いが強い。日本政府観光局によると、1~3月の訪日客は前年同期比で43%増だった。このペースが続けば、今年の訪日客は1900万人を超える。2020年までに訪日客を2000万人に増やすという政府の計画は、よほどのことがない限り、前倒しで達成できるだろう。


これだけで「が」を2つ減らせた。筆者の西條都夫編集委員は接続助詞の「が」を多用する癖が付いているのに、自覚できていないのだろう。以下のように、「が」を3回続けているくだりもあった。インタビューで実際に取材相手がそう言っているとしても、記事にする段階では発言の趣旨を変えない範囲で修正したい。


【日経の記事】


爆買いの背景には、人民元高・円安で日本での買い物が割安という事情もある、中国の人にとって日本で売っているものは『安全・安心』という一種のブランドができあがったことも大きい。前者は為替次第で変わる、後者は持続性が高い。売れ筋商品や価格帯は時代につれて変遷するだろう、中国人の買い物ブームが一過性で終わるとは思わない。


これも改善例を示しておく。


【改善例】


爆買いの背景には、人民元高・円安で日本での買い物が割安という事情もあるが、中国の人にとって日本で売っているものは『安全・安心』という一種のブランドができあがったことも大きい。前者は為替次第で変わるものの、後者は持続性が高い。売れ筋商品や価格帯は時代につれて変遷するだろう。しかし、中国人の買い物ブームが一過性で終わるとは思わない。


逆接だから「が」を繰り返していいとは言えない。それでは文章を扱うプロとしては失格だ。西條編集委員に文章を管理する能力が欠けているのならば、周囲にいる日経の関係者が正しい方向へ導いてあげてほしい。


※記事、記者ともに評価はD。

「時間ではなく成果」が好きなのはいいけれど…


日経はホワイトカラーエグゼンプションがお気に入りだ。様々な記事でその素晴らしさを訴えている。それはそれでいい。ただし、説得力のある根拠を提示できればだ。実際は、いつも苦しい主張が続く。25日朝刊1面の「働きかたNext~報酬を問う(1)」もその典型と言える。「時間ではなく成果で給与を払うようにすれば、効率的な働き方ができるようになり、労働時間も減る。労働者にとってもおいしい話なんですよ」と訴えてくるのがお得意のパターンだ。

ディナン(ベルギー)近郊のヴェーヴ城  ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】


 取引先の接待、帰宅後のメール、人脈を広げる勉強会。特にホワイトカラーは仕事のオンとオフの境目があいまいだ。机上の基準で労働時間を管理するのは限界がある。ならば「時間=報酬」の発想から抜け出し、成果を基準に報酬を決めたほうがよいのではないか


 「長く働くほど残業代で報酬が増える」という構図にメスを入れた会社がある。建設工事を立案するパシフィックコンサルタンツ(東京)は残業を大きく減らした部署に報奨金を出す。総額500万円を用意し、早く仕事を終えるほど給料が増える仕組みにした。


 測量士の松沢真(31)の毎日の仕事は始業前にほぼ30分単位の綿密な予定を立てることから始まる。「仕事が早く終われば仲間を手伝う」。報奨金を入れてから4年で同社の残業は1割弱減り、売上高は2ケタ伸びた。

 週50時間以上働く日本人は32%。米英の3倍だ。残業当たり前の風潮は「時間=報酬」の原則と無関係ではない。政府は時間ではなく成果に報酬を支払う「脱時間給」の導入を目指すが、対象は年収1075万円以上の専門職に限られる


記事を読んで、「ホワイトカラーエグゼンプションを適用する年収をさらに引き下げれば、労働時間も減らせそうだな」と思えただろうか。素直な読者であれば、そう信じてしまうかもしれない。しかし、上記の説明はどう考えても無理がある。疑問点を挙げてみよう。


◎疑問~その1  


「長く働くほど残業代で報酬が増えるという構図にメスを入れた会社」として、記事ではパシフィックコンサルタンツを取り上げている。「残業を大きく減らした部署に報奨金を出す」という手法で残業を減らしたらしい。それでうまくいくならば、他社も真似すれば済む話だろう。別に制度をいじる必要はない。同社は「ホワイトカラーエグゼンプションなんか必要ない。今の枠組みの中でも、長く働くほど残業代で報酬が増えるという構図は変えられる」と証明しているのではないか。


◎疑問~その2 


ノートルダム大聖堂(アントワープ)のステンドグラス
         ※写真と本文は無関係です
パシフィックコンサルタンツが残業を大きく減らした部署に報奨金を出すようにした理由は、記事からは断定できない。しかし、企業として残業代を減らせるメリットがあるのは確かだ。これがインセンティブとなって、会社が残業削減に取り組んだのであれば、「長く働くほど残業代で報酬が増える」という制度は温存すべきだろう。ホワイトカラーエグゼンプションが広がって、残業代を減らす動機が失われてしまえば、パシフィックコンサルタンツのような会社はさらに少数派となってしまうだろう。


===============


経営側から見れば、残業代とは従業員を長時間働かせることへのペナルティーとも言える。ペナルティーをなくせば長時間勤務を減らせるとの主張はかなり苦しい。高速道路での速度制限をなくせば、スピードを出しすぎる車を減らせると言っているようなものだ。「本当は定時で帰れるのに残業代を稼ぐために会社に残る」といった行動は確かに減らせるだろう。しかし、早く帰りたいのに仕事が多くて残業をせざるを得ない労働者にとって、基本的にメリットはない。


ホワイトカラーエグゼンプションは経営側にメリット、労働者にデメリットという分かりやすい制度だ。これを推進したいならば、「労働者にとってもメリットがあるんですよ」などと無理のある主張はしない方がいい。「日本企業には残業代が重荷なんです。それを取っ払ってあげないと、国際競争力がなくなってしまいまいますよ」と言われれば、少しは納得できそうな気もするが…。


※記事の評価はD。

2015年4月27日月曜日

ほとんど何も分析しない記事(2) 瀬能編集委員について

せっかくの機会なので、瀬能繁編集委員に関する判断材料を追加で紹介したい。取り上げるのは、2014年10月29日の日経朝刊総合面に載った「真相深層~少子化対策より交付金?」という記事だ。掲載直後に瀬能編集委員へ送ったメールを基に、この記事の問題点を検証してみる。

メールを送ったのは、慶応大学の男子学生から「この記事はおかしいのではないか」と相談を受けたのがきっかけだ。記事では人口密度と出生率に関して、以下のように記述している。


ブルージュ(ベルギー)の西フランドル庁舎
                  ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

最近の欧州の例は真逆の結果を示しているからだ。欧州連合(EU)統計局の地域別データからは、人口密度が高い地域ほど出生率が高いという相関があることがわかる



慶大生が疑問に感じた内容は以下の通り。


【慶大生の疑問】

欧州には人口密度が高い地域ほど出生率が高いという相関がある」という説明は誤りではないか? 欧州の国別データで見ると、逆の相関(人口密度が高いほど出生率は低い)になってしまう。記事には「欧州の地域別人口密度と出生率」というグラフが付いていて、ここでも「人口密度が高い地域は出生率も高いという緩やかな相関を示す」と解説している。しかしグラフには人口密度の低い地域のデータが圧倒的に多く、相関を見るのに適していない。これで本当に統計学的に有意な相関が見出せるのか?


瀬能編集委員には慶大生の疑問を伝えるとともに、以下のように補足した。 


瀬能編集委員に送った補足の内容】

確かにグラフでデータの分布だけ見ると、相関関係はほとんどないように見えます。グラフに関して相関係数やP値を示して「統計学的に有意な数字だ」と訴えれば、学生も納得するでしょう。ただ、人口密度の高い地域のサンプルが少ないという問題は残ります。「人口密度6000人、出生率2.5の辺りに他と離れて存在する1地域を外れ値として除けば、少なくとも見た目の相関は完全になくなります。


慶大生の疑問に答えてくれるようお願いもしたが、この件で瀬能繁編集委員から返信はなかった。記事の説明には問題があると考えるべきだろう。この記事に関しては、さらに2点を指摘した。


~指摘その1~

【日経の記事】

「人口密度が高い地域ほど出生率が低いという議論をしていた」と日本創成会議のメンバーの一人、加藤久和明治大教授は振り返る。日本や米国のデータをみると、人口密度が高い地域ほど出生率が低いという相関はある。だが「なぜかという原因を突き止められなかった」(加藤氏)。それもそのはず。最近の欧州の例は真逆の結果を示しているからだ。欧州連合(EU)統計局の地域別データからは、人口密度が高い地域ほど出生率が高いという相関があることがわかる。
ノートルダム大聖堂(アントワープ)
        ※写真と本文は無関係です


【メールで指摘した内容】

「日米では人口密度と出生率に負の相関がある」「相関が生じる原因は不明」だとしましょう。その場合「欧州では人口密度と出生率に正の相関がある」と分かれば、「日米でなぜ負の相関が生じるのか分からないのも当然だ」となるでしょうか? 例えば、「日米では大都市ほど子育て支援策が貧弱だが、欧州では逆に大都市ほど支援策が充実している」という条件があって、これが出生率に影響を与えているとしましょう。その場合、「欧州では人口密度と出生率に正の相関が見られるのだから、日米で負の相関が出る理由が分からないのも当然だ」とはなりません。「逆の相関関係が見出せるのは、出生率に影響を与える主な要因が子育て支援策の充実度だからだ」との結論を導き出せます。

ついでに言うと「真逆」はお薦めしません。基本的には辞書にも載っていない新しい言葉です。市民権を得つつあるとは思いますが、紙面では「正反対」などとした方が無難です。特に高齢読者は「真逆」になじみが薄いようです。


~指摘その2~

【日経の記事】

都市部で少子化対策をやるのが効果的と小峰隆夫法政大教授はいう。(中略)ただ、政府が人口減を本気で止めようというのであれば、大都市への人口流入を止める前に、いま大都市にいる20~30歳代の若者向け出産・子育て支援を充実するのが先ではないか



【メールで指摘した内容】

「都市部で少子化対策をやるのが効果的」「大都市にいる若者向け出産・子育て支援を充実するのが先」と主張する根拠はあるのでしょうか? 記事では「人口密度と出生率に相関関係はあっても因果関係はない。都市部だから出産・子育てがしにくいという根拠はない」と示唆しています。ならば「都市部に限定した支援策を打ち出しても意味はない。都市部の出生率が低いのは偶然なのだから、都会でも田舎でも同じように支援していくべきだ」となるのが自然です。



※上記の指摘に対しても瀬能編集委員から反応はなかった。記事の内容も含めて判断すると瀬能編集委員には厳しい評価を下すしかない。

2015年4月26日日曜日

ほとんど何も分析しない記事(1)

「わざわざ朝刊1面で100行以上も使ってこの記事を載せる必要があるのか」と思わせる出来だったのが、24日付日経の「株高 持続の条件(下)」だ。まず、気になった表現を指摘しておく。


【日経の記事】

安倍政権の誕生から2年あまり。異次元の金融緩和で物価上昇率への期待を高め、財政出動で景気を下支えした。成長戦略で岩盤規制の一部に風穴も開けた。そして賃上げでデフレ脱却へ最後の一押しを政権は狙う。


ブルージュ(ベルギー)の中心部  ※写真と本文は無関係です
「物価上昇率への期待」とはあまり言わない。「率」を抜いて「物価上昇への期待」とする方が自然だ。さらに言えば、ここで「期待」を用いるのは、できれば避けたい。「物価上昇に対する期待」とは、経済学的には単に「物価上昇に対する予想」という意味になる。しかし、一般的には「物価上昇への期待」と言われると、「物価上昇は良いこと」との前提を感じてしまうので、読者に誤解を与えかねない。幅広い層を対象にする記事なのだから、上記の場合「異次元の金融緩和で予想インフレ率を高め~」といった表現の方が好ましい。


細かい話から入ったが、この記事の最大の問題点は「ほとんど何も分析していない」点にある。冒頭では政府による賃上げ要請に触れた後で、「企業が賃上げで家計に資金を還元すれば消費拡大→収益拡大→賃上げ→さらなる消費と収益拡大、という好循環が実現しやすくなる」と当たり前のことを書いている。それを是とするとしても、流れはここで途切れて、次の段落では「バブル崩壊からほぼ四半世紀がたった。この間に国全体の正味資産である『国富』は400兆円あまり消失した」と、あまり関連のない話題へ移ってしまう。その後も「ほとんど何も分析しない」展開は変わらない。実際の記事を見てみる。


【日経の記事】

消費増税の下押しを乗り越え日経平均株価が2万円に乗せた今、改めて問われるのは「失われた四半世紀」から日本経済が決別できるかどうか。デフレ脱却と、国富を再び大きくしていく挑戦の主役はやはり企業だ。


 焦点の一つは省力化、合理化などを目的とした設備投資だ。「企業がもうちょっと前向きになれるかがポイント」とみずほ総合研究所の高田創チーフエコノミストは心理の変化に期待する。


「主役が企業」で「焦点の1つは設備投資」なのは良しとしよう。しかし、なぜ「省力化、合理化などを目的とした設備投資」に限定しているのかは教えてくれない。「企業がもうちょっと前向きになれるかがポイント」というコメントを使うのであれば、「なぜ企業が前向きになれないのか」「それを打破するにはどうすればいいのか」ぐらいは論じてほしい。もう1つの焦点である「グローバル化への対応」も、実質的にはほぼ何も論じていない。記事では以下のように記述している。


【日経の記事】
ノートルダム大聖堂(アントワープ)
          ※写真と本文は無関係です

もうひとつは、グローバル化への対応だ。15年前の日本の国内総生産(GDP)が世界全体に占める割合は14%だったが、足元で6%程度にとどまる。外需を取り込むことなく、日本企業は収益力を高められない。

 製造業の生産拠点の国内回帰が相次ぐとはいえ、海外生産比率の基調は上昇を続ける見通しだ。「国内事業を維持しつつ海外事業を拡大させ、そのすみ分けを図ることで高い収益性を獲得している」。日銀は日本のグローバル企業の新しい姿をこう分析する。

「内需か外需か」の二分法ではなく「内需も外需も」追う必要がある。株価を過度な金融緩和や予算のばらまきで押し上げるのではなく、自然に押し上がっていくために政府がやるべきことはたくさん残っている。


普通に解釈すれば、「外需を取り込むことなく、日本企業は収益力を高められない」と訴える根拠は「15年前の日本の国内総生産(GDP)が世界全体に占める割合は14%だったが、足元で6%程度にとどまる」ことだろう。しかし、このつながりがよく分からない。「過去15年にわたって日本企業は外需を取り込まなかった。だから、GDPシェアが低下した」と言いたいのだろうか。しかし、日本企業全体で見れば、外需も内需も懸命に取り込もうとするのは15年前も今も変わらないだろう。そもそも外需を取り込んだとしても、それが輸出ではなく海外生産であれば、日本のGDPには寄与しないはずだ。しかし記事からは、海外事業を拡大すると日本のGDPシェアも高まっていくような印象を受ける。


内需も外需も追う必要がある」という当たり前の主張をわざわざしている意義が記事を読んでも理解できない。「日本企業は外需を無視しすぎだ」との問題意識があるならば、そういう現状を少しは描いてほしい。しかし、記事中で「海外生産比率の基調は上昇を続ける見通しだ」と書いているのだから、日本企業は外需を追ってきたし、今後も追い続けると考えるべきだろう。結局、まともな分析はほとんどしていないと言うほかない。


※記事、記者の評価はともにD。筆者の瀬能繁編集委員は過去にも問題のある記事を書いていた。次回はその内容を紹介しよう。


(つづく)

2015年4月25日土曜日

春秋航空日本は第三極にあらず?

23日付日経朝刊企業1面の「新興航空、不毛の日本」というコラムに関して、同日午後5時頃に日経へ問い合わせた。問題としたのは冒頭の部分だ。
ゲント(ベルギー)のフランドル伯爵城
                ※写真と本文は無関係です


【日経の記事】

ANAホールディングスによるスカイマークへの出資が決まり、日本の航空市場からANA陣営にも日本航空(JAL)陣営にも属さない「第三極」が姿を消す。海外に目を向けると、マレーシアのエアアジアなど急成長する新興航空会社に事欠かない。なぜ日本は不毛が続くのだろう。



記事が正しければ、日本では国内の航空会社は必ずANA陣営かJAL陣営に属していることになる。「日本の航空市場」という表現はやや曖昧だが、ここでは「日本で国内線を運行している航空会社」と考えよう。そこで気になるのが春秋航空日本だ。成田を拠点に高松、広島などと結んでいるこの航空会社は中国の春秋航空の系列で、ANA、JALのいずれからも出資を受けていないようだ。業務提携もないらしく、まさに「第三極」と言える。こうした情報は報道などに基づいているので、きちんと確認はしていない。つまり、ANAやJALから出資を受けている可能性を完全には捨て切れない。そう考えて日経にメールで質問を送ってみた。しかし、丸1日が経っても、例によって返事がない。日経の対応を見る限り、記事の説明は誤りだと推定するのが妥当だろう。


※記事の評価はD、筆者である西條都夫編集委員の評価もDとする。

2015年4月24日金曜日

「主役が一変」?

日経平均株価が終値で2万円台を回復した。23日付日経の1面トップ記事「日経平均15年ぶり2万円~主役が一変」によると「この15年で株式市場の新陳代謝が進み、主役企業の顔ぶれは一変した」らしい。本当にそうだろうか。記事には「株価回復の過程で時価総額上位は様変わり」とタイトルを付けて、日経平均株価の推移とともに2000年4月14日と2015年4月22日の時価総額上位10銘柄を紹介している。それぞれのランキングは以下の通り。

夜のグラン・プラス(ブリュッセル) ※写真と本文は無関係


【2000年】     【2015年】
NTTドコモ     トヨタ
NTT         三菱UFJ
トヨタ         NTT
ソニー        ソフトバンク
セブンイレブン   NTTドコモ
東京三菱銀行   JT
ソフトバンク     KDDI
武田         ホンダ
日本オラクル    三井住友FG
松下電器産業   ファナック


2015年の上位10銘柄のうち、トヨタ、三菱UFJ、NTT、ソフトバンク、NTTドコモは2000年の上位10銘柄にも入っている。どの程度入れ替わっていたら「主役が一変」と言えるか明確な基準はないが、15年経っても半分は残っている状態を「主役が一変」と感じるだろうか。むしろ「2015年の上位5銘柄は2000年にも10位以内に入っていた。この間に主役が一変したとは言い難い」との説明の方がしっくり来る。


記事中の「同じ日経平均2万円でも、担い手がかつての『規制産業』から『革新企業』に変わってきたという特徴がある」という解説も納得できなかった。その変遷を記述した部分を見てみよう。


【日経の記事】


日経平均が初めて2万円に乗せたのは1987年1月30日。時価総額で上位を独占していたのは東京電力と都市銀行だった。00年4月は通信関連がはやされ、利益成長の裏付けがないまま株価が上昇してPER(株価収益率)で100倍を超える企業が相次いだ。


 2度のバブル、金融危機や震災、超円高などを経て、いま存在感を示しているのは、自らの努力で価値を高めた企業だ。


 トヨタ自動車は販売台数が伸びなくても利益が出るようコスト構造を抜本的に見直し、15年3月期に2兆円超の純利益を見込む。工作機械で圧倒的な世界シェアを握るファナック、製造小売りの事業モデルで海外市場を開拓したファーストリテイリングなども時価総額を増やした。


ドイツのデュッセルドルフ
       ※写真と本文は無関係
別に間違ったことは書いていない。しかし、現在も時価総額で上位を占める企業の多くが「規制産業」に属するのは、どう理解したらいいのだろう。時価総額10位以内で「規制産業」の枠外にいると思えるのはトヨタ、ホンダ、ファナックぐらいだ。「今回の2万円でも、株式相場を支える企業の多くは『規制産業』に属する」という解説は十分に可能だろう。


「変革」や「革命」が起きて、時代が大きく転換しするという絵を、日経はやたらと描きたがる。しかし、現実にそんな大きな変化はなかなか起きない。「自らの望むストーリーへ強引に引き込もうとすると、かえって記事の説得力を失ってしまう」と記事の作り手は肝に銘じるべきだ。


付け加えると、「時価総額で上位を独占していたのは東京電力と都市銀行」という書き方も問題なしとしない。「独占」と言うからには、単独で上位を占めていなければならない。「都市銀行」を1つのまとまりと見るとしても、「東京電力と都市銀行」という2つの主体で「独占していた」と表現するのは、やはりおかしい。


そもそも、1987年1月30日の時価総額上位は東京電力と都市銀行で“独占”していたのだろうか。記事中のランキングを見ると、3位が日本興業銀行、5位は野村、9位はトヨタ、10位は住友信託銀行となっている。これらは「都市銀行」なのか。あるいは上位10銘柄のうち6銘柄が「東京電力と都市銀行」であれば「独占」だと日経では考えているのだろうか。


※記事の評価はD。

2015年4月23日木曜日

投資初心者に読ませたくない記事

投資初心者向けに書かれているのに投資初心者には読んでほしくない記事が22日の日経朝刊M&I面に出ていた。「スゴ腕投信、どう探す?」の冒頭部分を見てみよう。


【日経の記事】

日本株が活況になる中、将来に向けて資産形成に乗り出そうと考えている人も少なくないだろう。そんな投資初心者の入り口となる代表的な金融商品がプロに運用を任せる投資信託だ。ただ5千本を超えるファンドから何を買うかは頭を悩ますところ。「スゴ腕投信」を見つけ出すための方法や注目点を探ってみた。

ゲント(ベルギー)のフランドル伯爵城  ※写真と本文は無関係です

記事では投資初心者向けだと明言している。しかし、その内容は、知識の乏しい投資初心者に誤った認識を与えかねない。問題は大きく2つある。


冒頭で「『スゴ腕投信』を見つけ出すための方法や注目点を探ってみた」と切り出しているが、これだと、インデックスファンドが完全に選択肢から外れてしまう。ファンドを見る場合、「ベンチマークを長期間、安定的に上回っていることが重要だ」との記事中の助言を信じるならば、ベンチマーク通りの運用を目指すインデックスファンドを選ぶ余地はない。しかし、手数料が高い分、全体として見ればアクティブファンドの運用成績がインデックスファンドを下回るのは「投資の常識」であり、これを投資初心者の読者に知らせないまま、「スゴ腕投信」の見分け方を解説するのは感心しない。


それでも投資すべき「スゴ腕投信」を見分ける方法をきちんと教えてくれるのならば、投資初心者にとって役立つ情報と言える。ところが、これも怪しい。記事では「ベンチマークを長期間、安定的に上回っていることが重要」「運用年数10年以上で、かつトータルリターンがベンチマークや類似商品を大きく上回るファンドは『スゴ腕投信』といえる」「過去の運用成績こそがファンド選びの最大の材料」と訴えている。確かに過去の運用成績を調べれば、「過去のスゴ腕投信」は確実に見つけられる。問題は、「運用年数10年以上で、かつトータルリターンがベンチマークや類似商品を大きく上回るファンド」ならば、今後も有望なのかだ。


過去の運用成績が優れたファンドに投資する戦略を採用しても、ベンチマークを上回る運用成績を得られる確率を高められないことは広く知られている。将来の運用成績が優れているファンドを事前には見つける方法は原則としてない。投資初心者の投信選びに際しては、この事実を知らせるのが非常に重要だと思える。


過去の運用成績が優れているファンドの中に、将来もベンチマークを安定的に上回るノウハウを持っているケースが絶対にないとは言えない。それを見分けられる方法があるのならば、記事で「スゴ腕投信」の探し方を指南してもいいだろう。しかし、筆者である増野光俊記者も、そんな方法は知らないはずだ。「投資初心者はこの記事を読むな。仮に読んでも信じるな」と声を大にして訴えたい。


※記事の評価はD。増野記者の評価もD(暫定)とする。

2015年4月22日水曜日

評価すべき「苦しい弁明」

問い合わせに回答しない東洋経済に対し「東洋経済よ、お前もか」と嘆いたが、1週間以上が経った4月20日に返事が来た。問い合わせと回答は以下の通り。


【問い合わせ内容】

グラン・プラス(ブリュッセル)に建つ市庁舎
         ※写真と本文は無関係です
「漂流・黒田日銀 異次元緩和撤退は不可避!?」という記事に関してお尋ねします。筆者の因幡博樹氏は、2%の物価目標の達成時期を日銀が「15年度を中心とする期間」としていることに触れた上で「15年度を中心とする期間」は「16年3月31日まで」と言い切っています。しかし、日銀の黒田東彦総裁は会見で「15年度を中心とする期間と言っているので、その前後に若干はみ出る部分はある」と述べているようです。これに従えば「15年度を中心とする期間」は「16年3月31日まで」ではなくなります。表現としても「15年度を中心とする期間」と言った場合「16年度を含む余地を残している」と解釈するのが妥当でしょう。記事の説明は誤りなのか、正しいとすればその根拠は何かを教えてください。



【東洋経済の回答】

 平素は弊社商品・サービスをご愛顧いただきまして誠にありがとうございます。
お問い合わせいただきました件につきまして、週刊東洋経済編集部より回答させていただきます。

結論から申し上げますと、記事の説明は誤りではないと考えます。

2013年4月に量的・質的緩和(QQE)を導入した際の黒田総裁の説明は「2年で2%」でした。
素直に解釈すれば、15年4月には2%を達成する、と理解されると思います。
しかし、記事でも触れているように、その後「2年」の解釈は「15年度を中心とする期間」に延び、
さらにはご指摘のように「若干はみ出る部分はある」と、黒田総裁の説明は変転しています。

当初「2年で2%」と説明してきた文脈から考えると、13年4月から起算して「2年」が指す範囲は、15年4月が終期でなく、「15年度を中心とする期間」という表現を使うことによって、16年3月まで伸ばしたという意味だと考えられます。(これでも13年4月から計算すると約3年後であり、日本語の普通の語感からすると、かなり無理のある解釈です)

なお、記事の趣旨は、言葉の厳密な解釈もさることながら、日本語の普通の意味で「2年で2%」を達成できない、ことを指摘することにある点もご理解賜ればと存じます。


どうぞよろしくお願い申し上げます。




苦しい弁明ではある。回答までに1週間以上かかったのも褒められた話ではない。しかし、そこを批判するより、回答したこと自体を評価したい。同様の質問に無視を決め込んでいる日経よりは、はるかに期待できる。メディア格付けでは日経のBBに対し、東洋経済はA-だ。「東洋経済よ、お前もか」とガックリ来た時は「A-の格付けも弱含みかな」と思ったが、格付け通りの対応に落ち着いたと言える。

2015年4月21日火曜日

固定観念に気付かせてくれる記事

固定観念に囚われず物事を考えようと思っていても、そのそも何を固定的に捉えているのか自覚が難しいので、実際にはなかなかできない。IPO(新規株式公開)に関して、知らない間に固定観念が染み付いていたのだと感じさせてくれる記事が、週刊東洋経済4月25日号に出ていた。「ミスターWHOの少数異見~『売り出し』を禁止し まっとうなIPOに」というコラムで、筆者のケースケ氏は以下のように訴えている。
ゲント(ベルギー)のフランドル王立劇場
           ※写真と本文は無関係です


【東洋経済の記事】

(上場まもない業績予想下方修正で投資家が泣くことが)なぜ繰り返されるのか。IPOをする会社とその幹事証券に、公募価格を高くしたいインセンティブが働くためである。会社はできるだけ多く資金を調達したいし、幹事証券は手数料を最大化したい。資本主義では当然のことだ。

既存株主からの売り出しが加わると、さらに個人の欲が乗ってくる。公募価格が高いほど創業者利益は大きくなる。草創期にリスクマネーを提供したベンチャーキャピタルなども高値歓迎だ。

公募価格を決める際に最重要視される成長性を数字で表す業績予想や中期計画が強めになるのは当たり前なのだ。その妥当性を最終的にチェックする取引所が冒頭のように、以前から指摘されている問題に今頃「対応します」では甚だ心もとない。

チェックが無理なら海外の例が参考になる。たとえば、台湾のIPOは原則として公募のみで売り出しはしない。約半年間、市場が株価の妥当性を見極めてから、創業者らは保有株を売り出す。見込み違いの株価暴落は減るだろう。

株式の流動性確保など事情はあろうが、売り出しを認めるかぎり同じことが起きる。構造的問題に対処療法で臨むのは愚かである。


「IPOとは基本的に公募と売り出しがセットになっているものだ」とずっと思ってきた。「最初にそう覚えてしまったから」としか理由は説明できない。それに疑問も感じず、今日まで過ごしてきた。しかし、言われてみれば、上場時の売り出しには問題が多い。インチキくさいIPOは以前からあったし、多くの記事で取り上げられてきた。しかし、「上場後、一定期間の売り出し禁止を」と訴えた記事を読んだのは初めてだ(自分が見逃していただけで、他にもあるのかもしれないが…)。恥ずかしながら、「台湾では原則として公募のみ」だとも知らなかった。自分の知識レベルからすると、正に「ためになる記事」と言える。


主張の独自性、しっかりした論理構成力、旺盛な批判精神など、今回の記事には評価すべき点が多い。記事の評価はA、筆者であるケースケ氏の評価もA(暫定)とする。

2015年4月20日月曜日

「購買力平価」で見ると長期的には円高?

18日日経朝刊M&I面「円相場、長期で考える」に関して、いくつか疑問が浮かんだ。記事の後半部分には以下のような説明がある。


【日経の記事】
ブルージュ(ベルギー)の広場    ※写真と本文は無関係です

黒田東彦日銀総裁が2%の物価上昇の目標にこだわるのも、購買力平価が1つの根拠とされる。他の主要先進国の物価上昇率はこれまで長期的には2%程度。日本の物価が目標に近づかないと、為替市場では円高圧力がかかりやすくなる。

 購買力平価は、起点とする年や用いる物価指数によって変わる。為替の高安を判断するうえでは「実際の為替相場が購買力平価からどれだけかけ離れて動いているかを見るのが有効」とJPモルガン・チェース銀行の佐々木融・債券為替調査部長はいう。

 2月末の購買力平価(企業物価指数ベース)は1ドル=約100円。現在の円相場はこれより約2割円安方向にかい離している。円安方向へのかい離の度合いとしては、過去最大だった80年代前半(最大27%)に近づいている。

 日米金利差の拡大見通しなどから短中期的に円安が続く可能性があるが、購買力平価で考える限り、長期ではいずれ円高方向への回帰が起きるのが経験則だ。


疑問~その1


「黒田総裁がそう考えてるんだから」と言われればそれまでだが、「円高圧力がかかりやすくならないように、物価を上げる」という考え方は理解に苦しむ。「円高になると輸出競争力が低下するから、ある程度のインフレにして円高圧力を和らげる必要がある」といった趣旨だと推測して、ここでは話を進める。


2国間のインフレ率の差に応じて為替相場が変動するだけならば、輸出競争力は変化しないはずだ。だから「円高圧力がかからないようインフレに誘導する」といった政策は必要ない。例えば、1ドル100円の時に80円のコストをかけた商品を1個1ドル(100円)で輸出していたとしよう。日本の物価が10%下落(米国は0%と仮定)し、それに対応して為替相場が1ドル90円の円高になる。1ドルの輸出価格を維持すると、90円しか手元に残らない。しかし、10%のデフレなので、基本的にコストも72円となる。利益率はいずれの場合も20%で変わらない。利益額は減るが、10%のデフレなので実質の価値に影響はない。つまり何の問題も生じない。「いや違う」と筆者が考えるのであれば、そこは解説が欲しいところだ。スペース的にその余裕がないのであれば、このくだりは不要だったと思える。


ノートルダム大聖堂(アントワープ)
      ※写真と本文は無関係です
疑問~その2


「購買力平価は、起点とする年や用いる物価指数によって変わる。為替の高安を判断するうえでは実際の為替相場が購買力平価からどれだけかけ離れて動いているかを見るのが有効」という説明は、説明として成立しているのだろうか。「購買力平価は用いる物価指数によって複数ある。だから単純に今の購買力平価は1ドル何円とは決められない。だとすれば、どう考えればいいのか」と思案する読者にすれば、「実際の為替相場との乖離を見るが有効」と言われても何の参考にもならないだろう。


「起点となる年は1990年以前が好ましい」「物価指数は企業物価を用いるのが適切」「様々な条件で購買力平価を算出して総合的に判断すべき」といった話なら分かる。しかし、「実際の相場との乖離を見ろ」と言われても、何年を起点にして、どの物価指数を用いて購買力平価を算出すべきかが明らかにならないと、実際の相場と比べるべき購買力平価がいくらなのか決められない。なのに記事では、その点に関して何の助言もない。




疑問~その3


この記事では見出しに「『購買力平価』では円高へ」と付けている。結びでも「購買力平価で考える限り、長期ではいずれ円高方向への回帰が起きるのが経験則だ」と書いている。これも納得できなかった。


「長期的に見れば、購買力平価と為替相場が同じトレンドになる」との見方に異論はない。しかし「長期ではいずれ円高方向へ回帰」との予測には、購買力平価を固定させているような印象を受ける。「現状は購買力平価に比べて円安」「長期的に見れば、購買力平価と実際の為替相場はリンクする」との前提が成り立つ場合、購買力平価が変動する形で現在の乖離が解消する可能性も考慮すべきだ。実際、日銀は2%の物価目標を掲げ、デフレからインフレに誘導しているのだから、「購買力平価の基調に今後も変化は起きない」と結論付けられないはずだ。

記事の説明が「購買力平価に大きな変化は起きないと仮定すると、長期では円高方向への回帰が起きるのが経験則だ」などとなっていれば違和感はない。


※記事の評価はやや甘めにC。筆者である田村正之編集委員の評価もCとする。

2015年4月19日日曜日

すんなり読めないコラム

記事は引っかからずに、すんなり読みたい。18日付の日経朝刊1面のコラム「春秋」はそうなっていなかった。


ゲント(ベルギー)を流れるリーヴァ川
               ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

中国主導の新投資銀行への参加が57カ国に達した。アジアのインフラ整備向け機関という。中国の存在感が大きすぎて、金融覇権を狙っているようにも見える。開発資金で東シナ海の小島や地域を脅かす恐れはないのか。運営の透明性を巡り日米は慎重姿勢を取る。が、動きがあまりに速い。傍観無策では懸念は払えない。




「運営の透明性を巡り日米は慎重姿勢を取る。が、動きがあまりに速い」のくだりは分かりにくい。最初に読んだ時は「えっ? 『動きがあまりに遅い』の間違いじゃないの?」と思ってしまった。読み直すと「中国による投資銀行設立の動きがあまりに速い」と言いたいのだろうと推測はできる。とは言え、「中国の動きが~」などとすればスムーズに読めるのに、わざわざ惑わせるような書き方をなぜしたのだろうか。「日米は慎重姿勢を取る」に続けて「が、動きがあまりに速い」と書けば「日米の動きがあまりに速い」と解釈するのが普通だ。その辺りに思いが至らない記者に、1面のコラムを任せてほしくはない。


※記事の評価はC。

2015年4月18日土曜日

東洋経済よ、お前もか


週刊東洋経済4月18日号に関して12日午後2時20分頃に問い合わせフォームから質問を送ったが、17日になっても回答がない。送ったメールの内容は以下の通り。


【東洋経済に問い合わせた内容】


「漂流・黒田日銀 異次元緩和撤退は不可避!?」という記事に関してお尋ねします。筆者の因幡博樹氏は、2%の物価目標の達成時期を日銀が「15年度を中心とする期間」としていることに触れた上で「15年度を中心とする期間」は「16年3月31日まで」と言い切っています。しかし、日銀の黒田東彦総裁は会見で「15年度を中心とする期間と言っているので、その前後に若干はみ出る部分はある」と述べているようです。これに従えば「15年度を中心とする期間」は「16年3月31日まで」ではなくなります。表現としても「15年度を中心とする期間」と言った場合「16年度を含む余地を残している」と解釈するのが妥当でしょう。記事の説明は誤りなのか、正しいとすればその根拠は何かを教えてください。
ディナン(ベルギー)周辺のミューズ川  ※写真と本文は無関係です


「15年度を中心とする期間」の期限については、似たような問い合わせを日経にもした。これが無視されたのは予想通りだったものの、東洋経済が何の回答も送ってこないのは予想外だった。「東洋経済よ、お前もか」と天を仰ぎたくなる。当該記事は週刊東洋経済に載ってはいても、東洋経済オンラインでは見られないようなので、その関係かとは思う。しかし、それならそれでそう回答すれば済む話だ。「3年契約の定期購読のユーザー(問い合わせ時に名前は知らせてあるので、調べれば定期購読者だと分かるはず)に対して、こんな対応しかできないのか」と嘆かざるを得ない。

※その後、東洋経済から回答あり。「評価すべき『苦しい弁明』」参照。


そして日経は相変わらずだ。16日午後9時30分頃に以下のような問い合わせメールを送った。やはり17日には回答がなかった。無視で終わる公算大と言える。


【日経に問い合わせた内容】


16日付け朝刊総合1面の「原油価格底入れ観測」で「原油需要は日量で50万バレル増えるとの見方もあある」となっているのは「見方もある」の誤りではありませんか。また「WTIの買越残高は2週連続で増え7日時点で25万枚を超えた」と書かれていますが、WTIが全体として買い越しとなることはありません。「WTIの非商業部門の買越残高」の誤りではないでしょうか。確認の上で誤りかどうかの連絡をお願いします。


明らかな誤りを読者に指摘されても無視ならば、問い合わせを受け付ける意味はあるのだろうか。

2015年4月17日金曜日

WTIが全体で買い越し?

相場が上昇している時に「市場全体が買い越しになっている」と言われると何となく納得してしまいそうになる。しかし、もちろん明らかな誤りだ。売買が成立する場合、売りと買いの数量は常に同数となる。それを踏まえると、16日付の日経朝刊に出ていた「原油価格 底入れ観測」(総合1面)という記事は問題ありと言える。記事では以下のように説明している。


【日経の記事】
ナミュール(ベルギー)市街 ※写真と本文は無関係です

イランと米欧など6カ国はイランの核開発計画を縮小する枠組みで合意した。しかし6月末を目指す最終合意まで曲折が予想され、制裁が解除され原油輸出が拡大するのは来年以降にずれ込む公算が大きい。値上がりを見込んだ投資ファンドなどの買いが活発で、WTIの買越残高は2週連続で増え7日時点で25万枚(1枚1千バレル)を超えた。


「WTIの買越残高は2週連続で増え7日時点で25万枚(1枚1千バレル)を超えた」と書いてあると「WTIは全体として買い越しが続いているんだな」との印象を与えてしまう。「ファンドなど非商業部門の買越残高が2週連続で25万枚を超えた」といった書き方をすべきだ。市場全体が買い越しだと筆者が誤解しているのであれば、知識不足がひどい。ちゃんと分かっていたとすれば、説明が下手すぎる。下手な説明はこれに留まらない。


【日経の記事】
米国では夏場のドライブシーズンを控え、製油所の稼働率も上がっている。原油需要は日量で50万バレル増えるとの見方もあある。市況の底入れ観測が広がり「WTIは60ドルを目指す展開となるだろう」(石油天然ガス・金属鉱物資源機構の野神隆之・主席エコノミスト)との指摘が出ている。

※「見方もあある」は記事のまま。


まず「原油需要は日量で50万バレル増えるとの見方もある」と言われても、いつといつを比べているのか判然としない。現在と夏場の比較かもしれないが、断定できる材料は見当たらない。それに「50万バレル」が多いのか少ないのか一般の読者は判断できないだろう。50万バレルが全体の何%を示すのかは明示すべきだ。そもそも、季節的な要因だけで需要が増えるのであれば、相場動向を占う材料として、それほど大きな意味はない。


色々な意味で雑な書き方が目立つ。記事の評価はDとする。

2015年4月16日木曜日

ロボットを武器に住宅販売を増やす? ~その2

「ビジネスTODAY 住宅 突破口は介護ロボ~大和ハウス、装着型3製品」(14日付日経朝刊企業2面)を前回に続いて取り上げる。

ディナン(ベルギー)の周辺  ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

大和ハウス工業がロボットを成長の突破口にしようとしている。13日、約2割を出資する筑波大発ベンチャー、サイバーダインの装着型ロボットの新商品を5月1日に発売すると発表した。高齢者の歩行を助けたり、介助者の負担を軽くしたりする。高齢化時代の快適な暮らしをロボットが演出する。耐震性や省エネ性に続く住まいの付加価値として浸透するか。

大和ハウスはサイバーダインの第2位株主で、同社製品の国内の主力販売代理店でもある。発売するのはロボットスーツ「HAL」の新製品3種類。体に張り付けたセンサーで脳からの電気信号を読み取って体の動きを予測して手助けする。
同社製品は従来1種類だったが、今回は3種類を投入する。それぞれ下半身、肘や膝、腰に装着する。「IRT(情報ロボティクス技術)で快適さを届けたい」。大和ハウスの田中一正・ロボット事業推進室長は同日の記者会見でこう語った。


まず「同日」の使い方に問題がある。形式的には「同日=5月1日」だが、筆者の意図としては「同日=4月13日」だろう。仮に「5月1日」が途中になくても、この場合は「同日」ではなく、「13日」を繰り返した方がよいと思える。最初の「13日」と「同日」の間が30行ほどあるからだ。明確な基準は示せないが、これだけ空くと「同日=13日」と瞬時に判断するのが難しくなる。


【日経の記事】

下半身に着けて足が弱った人の歩行を助けるロボットは従来製品の改良型で、センサーの精度を高めて重度の人でも使えるようにした。


これは舌足らずな書き方と言える。「重度の人」は何が重度なのか前後も含めて明示していない。「足に重度の障害がある人」といった趣旨だと推測はできるが…。


【日経の記事】

ノートルダム大聖堂(アントワープ)
      ※写真と本文は無関係です
2014年の住宅着工戸数は前年比9%減少。同社全体の業績は堅調だが、15年3月期の戸建て住宅の受注額は14年3月期比7%減、マンションは同11%減だった。一方、福祉・介護関連施設の市場は右肩上がりの伸びが見込める。例えば、サ高住は3月末時点で全国に17万7千戸あるが、国は20年までに60万戸を整備する計画だ。


「福祉・介護関連施設の市場は右肩上がりの伸びが見込める」という説明は怪しい気がする。記事に付いているグラフでサ高住は確かに「右肩上がり」になっている。しかし、それはあくまで「登録件数(サ高住として登録済みの件数)」の話だ。「11年10月にスタートした」制度ならば、しばらくはゼロから右肩上がりで総数が増えていくのは当然だ。しかし、記事で言う「20年まで」に限っても、住宅メーカーにとって「成長市場」となるかどうかは未知数だ。


例えば、サ高住の登録戸数が20年までに17万7000戸から60万戸に増えるにしても、年間の販売戸数で見ると15年が10万戸で20年が5万戸という事態は十分にあり得る。「成長市場」と断定するならば、累計の戸数ではなく、年間の販売戸数で右肩上がりになるかどうかを見るべきだろう。


【日経の記事】

HALも介護施設向けにとどまるつもりはない。サイバーダインとノウハウを共有し、小型・軽量化するなど家庭向け製品の開発も視野に入れる。サイバーダイン側も「HALを住宅で使う時代は必ず来る」(営業担当者)と意気込む。


上記の話もどう理解していいのか迷った。「HALを住宅で使う時代は必ず来る」とのコメントからは「まだ住宅では使う段階に至っていない」との前提を感じる。しかし、HALの使用場所として想定しているサ高住とはサービス付き高齢者向け住宅なので「住宅でHALを使う時代はすでに来ているのでは?」とツッコミを入れたくなる。「介護施設ではない住宅でもHALを使う時代は必ず
来る」という意味で書いたのだろうが、それでも疑問は残る。サ高住で使えるロボットならば、そのまま一般家庭でも使えると思えるからだ。家庭向けに販売するには「小型・軽量化」する必要があると記事では示唆している。しかし、サ高住できちんと使えるのだから、家庭向けにわざわざ小型・軽量化する必要はないはずだ。しかも、今回出した新製品のうち、「足や腕のリハビリ用に膝や肘に着けるタイプは1.5キログラムと軽量。持ち運べるほか、寝ながらでも使える」らしい。ならば、なおさら家庭でも十分に使えるだろう。さらに軽量化しないと家庭向けには販売できないという理由があるのならば、読者に分かるように解説してほしいところだ。


他にも指摘したい箇所があるものの、長くなったので終わりとする。


記事の評価はD。世瀬周一郎記者の評価もD(暫定)とする。

2015年4月15日水曜日

ロボットを武器に住宅販売を増やす? ~その1

「雑な書き方をしているなぁ」と思わせる記事が14日付の日経朝刊に出ていた。企業2面の「ビジネスTODAY 住宅 突破口は介護ロボ~大和ハウス、装着型3製品」というアタマ記事の問題点を指摘していこう。

アントワープ近郊のショッピングセンター
    ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

大和ハウス工業がロボットを成長の突破口にしようとしている。13日、約2割を出資する筑波大発ベンチャー、サイバーダインの装着型ロボットの新商品を5月1日に発売すると発表した。高齢者の歩行を助けたり、介助者の負担を軽くしたりする。高齢化時代の快適な暮らしをロボットが演出する。耐震性や省エネ性に続く住まいの付加価値として浸透するか。


記事では、「大和ハウス工業がロボットを成長の突破口にしようとしている」と書き出した上で「住まいの付加価値として浸透するか」と問いかけている。そもそも、この問いかけが理解に苦しむ。ロボットと住宅が一体のものならば、「住まいの付加価値」として大和ハウスの強みになるかもしれない。しかし、ロボットは基本的に住宅と切り離して購入できるはずだ。記事では「他社にはない顧客獲得の武器にしようとしているのがロボットだ」と書いているものの、なぜ住宅販売を増やすための武器になるのか分かりにくい。別々に買えるのに「ロボットがいいから住宅も大和ハウスにお願いしよう」と考える消費者は少ないだろう。「自社の住宅のユーザーにしかロボットを提供しない」との前提があるのならば、その点を記事中で明示すべきだ。


この記事は他にもツッコミどころが多い。残りは後で記す。



(つづく)











2015年4月14日火曜日

あまり期待せずに読んだが…


「『僕たち、ほぼ上場します』 糸井重里の資本論」(東洋経済4月18日号)が良かった。記事の面白さは糸井重里氏のキャラクターに負うところが大きいのだろうが、堀川美行記者の力量も評価したい。インタビューを通じて糸井重里の人物像を浮かび上がらせるとともに、同氏が立ち上げた「ほぼ日刊イトイ新聞」の経営スタイルを分析。さらに「株式を公開するとはどういう意味を持つのか」を改めて考えさせてくれる内容だった。インタビューに依存した安易な作りかと思ってあまり期待せずに読んだが、良い意味で予想を裏切られた。
ゲント(ベルギー)での交通事故の処理
             ※写真と本文は無関係です

※記事の評価はB、記者の評価もB(暫定)とする。

2015年4月13日月曜日

「同社」はどの社?

日経は「同社」の使い方が下手だ。12日付日経朝刊総合・経済面「けいざい解読~日本企業、海外M&A加速」を例に取る。


【日経の記事】
アントワープ(ベルギー)のグルン広場  ※写真と本文は無関係です。

過去にM&Aで海外での業容を広げた企業の代表として、LIXILグループがある。これまでに米アメリカンスタンダード、独グローエと買収攻勢をかけた。同社の藤森義明社長は本紙上で「今は新たな組織を円滑に運営していくことが最優先」と語った。


 業容を広げた後は、社内融和や重複業務の削減で、相乗効果を引き出す必要があるというわけだ。そうでなければ成長戦略としてのM&Aは成功とはいえず、企業価値の破壊につながる。新たに海外M&Aに走る他の日本企業もいずれ同じ課題に直面する。


形式的には「同社=独グローエ」だが、文脈から判断すると「同社=LIXILグループ」だろう。ついでに言うと、上記のくだりは当たり前すぎてわざわざ記事にする意味がない。「海外企業を買収して規模を拡大すればそれで成功。買収した後にどう組織を運営するかは重要ではない」と考えている人はまずいないだろう。これで記事を結ぶようでは「記事を通じて訴えたいことがないのかも」と疑われても仕方がない。編集委員という肩書きを付けてコラムを書くのであれば、もう少しひねりが欲しい。

※記事への評価はD。小平龍四郎編集委員への評価もDとする。

2015年4月12日日曜日

着地しないままの記事 ~その2

前回に続き「真相深層~菅官房長官 沖縄入りは突然か」(10日付日経朝刊総合1面)に関して指摘しておく。


【日経の記事】

昨年9月の内閣改造で菅長官は新設した沖縄基地負担軽減担当相を兼務した。安倍政権の要として以前から普天間問題に目配りしていたが、自ら移設推進の重責を担う決意の表れだった。


常識的に考えれば、閣僚の人事を決めるのは首相の権限だろう。しかし、記事からは「沖縄基地負担軽減担当相を兼務するかどうかは菅長官が自由に決められる」との印象を受ける。実態としては菅長官に人事権があるのだとすれば、「実質的に内閣の人事を差配する菅長官は~」などと書いてほしいところだ。

ブルージュ(ベルギー) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】
しかも知事選の10万票差での大敗の余韻が残る翌12月に衆院選をもってきた結果、沖縄の4小選挙区すべてで与党候補が敗北した。
 ここで翁長知事に秋波を送ると、敗れた4候補は立場を失う。普天間移設が長期にわたる課題であることを考えれば、次の知事選、衆院選での雪辱の芽を摘むわけにはいかない。年明けの15年度予算編成の過程で、知事と接触しなかったのはそのためだ。


このくだりも説明としては苦しい。「ここで翁長知事に秋波を送ると、敗れた4候補は立場を失う」かどうか怪しい気もするが、その通りだとしよう。しかし「知事に接触する=知事に秋波を送る」ではないはずだ。「知事に秋波を送ると4候補が立場を失うのであれば、秋波を送らず率直な意見交換の場とすればよかったのではないか」との疑問は残る。さらに言えば、「翁長知事に秋波を送ると、敗れた4候補は立場を失うから、年明けの15年度予算編成の過程で知事と接触しなかった」との説明も腑に落ちない。4月になると急に4候補は立場を失わなくなるのだろうか。ちょっと考えにくい。何らかの事情があるのならば、そこはきちんと解説すべきだ。


記事は全体を通して安倍政権・菅官房長官寄りであり、「菅長官はちゃんと考えて行動しているんですよ」と菅氏に代わって一生懸命に弁明しているようでもある。こうした書き方は個人的には好みではないが、間違っているとは言えない。ただ、脱線したまま着地しない終わり方に関しては、納得できなかった。


※記事の評価はD、大石格編集委員の評価もD(暫定)とする。

2015年4月11日土曜日

着地しないままの記事 ~その1

囲み記事には起承転結とまでは行かなくても、何らかのオチが欲しい。記事を通じて筆者が何を訴えたいのかが伝わるような結論と言ってもいいだろう。その点で10日付日経朝刊総合1面の「真相深層~菅官房長官 沖縄入りは突然か」は大いに問題がある。「菅官房長官の沖縄訪問は突然ではない。昨年秋から周到に準備を重ねて今月の訪問に至ったのだ」というのが記事の趣旨だろう。しかし、終わりの方になると話が脱線気味になり、着地点を見出せないまま終わってしまう。脱線直前から記事の結びまでを見てみよう。

ブルージュ(ベルギー)  ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

県民に負担軽減が目に見える形で示せる機会に沖縄入りしたい。菅長官はそう考えてきた。駐留軍用地跡地利用推進特別措置法が初適用される西普天間住宅地区の返還式典はその格好の場。1日の記者会見で、満を持して式典出席を発表した。
 とはいえ、こじれにこじれた政府と沖縄の関係が一度の会談で好転するのは難しい。
 翁長知事は菅長官を県庁でなく、近くのANAクラウンプラザホテル沖縄ハーバービューで迎えた。米統治時代に米国人と親米派の琉球政府幹部だけが入れる社交クラブがあった場所だ。
 52年前、沖縄の最高権力者だったキャラウェイ高等弁務官はそのクラブでの講演で「自治とは現代では神話であり、存在しない」と言い放ち、住民の自治権拡大の要望を一蹴した。
 キャラウェイ発言はこう続く。「琉球が再び独立国にならないかぎり不可能だ」。そこまで意図して舞台設定したのか。翁長知事は11日から琉球王朝時代に交流が深かった中国を訪れる。


終わりのほうは「沖縄訪問は突然か」との関連が薄い。最後にはきちんと関連付けて着地するのかと思えば、全く別方向を向いたまま終わっている。「沖縄入りは突然だと思われているが、実は違うんですよ」と訴えてはみたものの、だから何なのかを筆者は持ち合わせていないのだろう。そのために関係の薄い話に移してお茶を濁した形で終わらせるしかなかった。そう考えるのが妥当だ。


他にも気になる点があるが、長くなるので残りは後で記す。


(つづく)

2015年4月10日金曜日

80%でも「独占」?

「市場を独占する」とはどういう状況を指すのだろうか。9日の日経朝刊アジアBiz面「茶系飲料、現地勢に挑む~インドネシアに日本勢参入」では、最初の段落で「現地メーカーが独占する市場に、日本メーカーが挑戦する構図だ」と説明している。それを信じて「市場は現地メーカーが完全に押さえているのだろう」と読み進めていくと、「8割は現地勢が占める」との記述に出くわす。


「市場を独占」と言う場合、一般的には「1社でシェア100%」だと思える。例えば「この地域のクリーニング市場は30社前後の現地企業が独占している」と言われたら違和感がないだろうか。複数の企業が連携しているならともかく、ライバル関係にある複数の現地企業をまとめて「現地勢が独占」と表現するのは微妙に引っかかる。これを良しとするとしても、「80%でも独占」には賛成できない。「ほぼ独占」と言うのも難しい水準だ。記事中のグラフを見るとサントリー系の企業でも6%のシェアがある。なのに「インドネシアの現地企業が独占」とするのは、いかにも苦しい。


ゲント(ベルギー)での事故で大破した自動車
            ※写真と本文は無関係です
他にも気になる点があった。その1つが以下の説明だ。


【日経の記事】

アサヒの新工場はジャカルタ南郊に64億円を投じて完成した。1月から操業し年内にフル稼働する。年産能力は1000万ケースと同社の東南アジア事業で最大。3年以内に3000万ケースに拡大する計画だ。


記事では一貫して茶系飲料の話をしているので、アサヒの新工場の「年産能力1000万ケース」は茶系飲料の生産能力だと思ってしまう。しかし、関連記事として掲載されているアサヒグループホールディングスの社長インタビューで同社の泉谷直木社長は「年内に果汁飲料など付加価値の高い新製品を2~3種類展開する」と述べている。「新工場で果汁飲料を生産する」と明言はしていないものの、読んでいて「新工場って茶系飲料だけを生産する工場じゃなかったの」との疑問は湧いた。


茶系飲料以外も生産する工場であれば、それが読者に分かるように書いてほしい。茶系飲料専用工場ならば、果汁飲料の話はどう理解すればいいのか記事中で説明が欲しい。


※記事の評価はD、ジャカルタ支局の鈴木亘記者の評価もD(暫定)とする。

2015年4月9日木曜日

「103億円ドルの黒字」は何の黒字? 

8日付の日経夕刊マーケット・投資2面に載っている「ここがポイント~フィリピンの出稼ぎ送金額」について、以下の質問を8日午後5時頃にメールで日経に送信した。納得できる回答を素早くもらえるよう期待したい。


【日経に送ったメールの内容】

ブルージュ(ベルギー)中心部 ※写真と本文は無関係です
夕刊の「ここがポイント」についてお尋ねします。「フィリピンは毎年100億ドル規模の貿易赤字を出している。だが送金がこれを補い、13年は103億ドルの黒字だった」という説明は意味不明ではありませんか。「13年の経常収支は103億ドルの黒字」との趣旨かと推測しますが、文字通りに解釈すれば「13年の貿易収支は103億ドルの黒字」となります。しかし、送金は貿易収支には影響を及ぼさないはずです。どう理解すればよいのか教えてください。


記事をもう少し詳しく見てみよう。


【日経の記事】

この送金は、マクロ経済の安定に一役買っている面もある。エネルギーを中心に輸入に頼るフィリピンは、毎年100億ドル規模の貿易赤字を出している。だが送金がこれを補い、13年は103億ドルの黒字だった。


素直に読むと「2012年までは貿易収支の赤字が続いていたが、送金のおかげで13年は貿易収支が103億ドルの黒字に転換した」と解釈するしかない。しかし、実際には13年も貿易赤字が続いている上に、送金は貿易収支とは関係がないので、記事の説明は辻褄が合わない。さらに言えば、なぜ13年の数字を使うのかとの疑問も残る。14年の国際収支に関する報道もすでにあるようだし、可能であれば直近の数字を盛り込んでほしかった。


他にも気になる点がいくつかあった。そのうちの1つに触れておこう。



【日経の記事】

人口の1割にあたる人数が海外で働く現状は国内に十分な職がないことの裏返しで、賛否両論ある。だが英語が堪能だからこそ、需要のある場所で外貨を稼げるという、他国にはない成長モデルでもある。大手格付け会社は、送金に裏付けされたマクロ経済を評価しており、比国債は投資適格に格上げされた。株式市場では株価の最高値更新が続いている。


フィリピンに関して「英語が堪能だからこそ、需要のある場所で外貨を稼げるという、他国にはない成長モデル」だと言われて納得できるだろうか。「英語が堪能」なのはファリピンに限らないはずだ。例えば、インドの人々は「堪能な英語を生かして、需要のある場所で外貨を稼げる」状況にはないのだろうか。


全体として、きちんとした記事を書けるレベルには遠いと感じた。記事の評価はD、記者(マニラ支局の佐竹実氏)の評価もD(暫定)とする。



真のクオリティペーパーならば…

4日付日経朝刊1面の囲み記事「異次元緩和3年目~家計の株・投信 50兆円増」の中の「物価目標の期限を迎える3年目は、その成否が問われる試練の1年になる」という説明は正しいのかどうか日経に問い合わせてみた。4日の午前中にメールを送信して「説明は誤りではないのか、正しいとしたらその根拠は何かを教えてください」とお願いしたものの、9日時点で返事がないので、無視されている可能性が高い。
ノートルダム大聖堂(アントワープ)
     ※写真と本文は無関係です


日銀は2%の物価上昇率を達成する期限を「15年度を中心とする期間」としており、「15年度中ではなく、ある程度の幅がある」と明言している。ゆえに物価目標の期限を迎えるのは「3年目(15年度)」ではなく「4年目以降」のはずだ。こうしたことも、日経にはメールで説明した。


日経が真のクオリティペーパーならば、「無視」という選択をするとは思えないが…。

2015年4月8日水曜日

例えとしての「池の鯨」

「記事に例えを使うな」とは言わない。しかし、使うならばピッタリはまるものを使ってほしい。7日付日経朝刊総合1面の「迫真 走り出す日本郵政1~鯨は飛べるか」では日本郵政の株式上場を「池の鯨が飛び立つかのような状況」と描写している。しかし、あれこれ考えても、例えの真意を汲み取れなかった。「池の鯨」は記事中に3回出てくる。それぞれ見てみよう。


【日経の記事】

ナミュール(ベルギー)市街 ※写真と本文は無関係です
~「池の鯨」その1~

国内総生産(GDP)の6割にあたる290兆円の資産を抱える国有企業、日本郵政の上場が今秋に近づいてきた。だが、その現場をのぞくと、池の鯨がしぶきを上げて飛び立つかのような状況が目立つ。

~「池の鯨」その2~

非効率を温存する官業は時代にそぐわない。だから民営化して株式を上場する。そんな改革の趣旨は理解できても、あまりに図体が大きいがゆえに、少し動くだけで波紋が大きく広がる。解き放たれる池の鯨への戸惑いは、政界で漏れるつぶやきとも相似形を描く。

~「池の鯨」その3~

日本経済がまだ若かった1987年、電電公社から生まれ変わったNTTの上場は株に縁遠い個人まで巻き込んだ熱狂を生んだ。あれから28年。池の鯨は飛べるだろうか


「日本郵政が株式を上場するのは、池の鯨がしぶきを上げて飛び立つようなもの」と筆者は説明している。「鯨=日本郵政」なのは間違いない。しかし、「池」は判然としない。「池の鯨」とは「小さな入れ物の中に持て余すほど大きな物が入っている」という状況を表しているのだろう。では、日本郵政だけで圧倒的な存在になってしまう「池」とは何か。単純に考えれば「公的部門」だが、公的部門全体の中で日本郵政は「池の鯨」と呼べるほど大きな存在とは思えない。


さらに言えば「飛び立つ」も謎だ。池から飛び立つのだから、鯨(日本郵政)が一気に広い世界に出て行く姿をイメージしてしまう。公的部門が「池」で、民間部門が「空」だとすれば、例えとして何とか成り立つものの、両者にそれほど広さの違いはないはずだ。記事では「郵政3社株の売却総額は推計で10兆円超。初回分だけで1兆円超となり、昨年の77社の新規株式公開による資金吸収額(1兆円)を上回る公算だ」と書いているのだから、民間(株式市場)の方が小さな池とも言える。


結局、「池の鯨が飛び立つ」という例えは上手くないと結論付けるしかない。他に気になる点は見当たらなかったので、記事への評価はCとする。

2015年4月7日火曜日

業績絶好調の住友不動産に切り込む勇気

不祥事を起こしたり経営危機に陥ったりした企業を批判的に書くのはたやすい。そういう場合、他の媒体の報道も厳しい内容になるので「突出」を避けられるし、書かれる企業側も強い態度には出にくいからだ。しかし、好調な企業だと批判的な分析記事は載せづらい。


グラン・プラス(ブリュッセル)にそびえる市庁舎
            ※写真と本文は無関係です
そこをクリアしたという点で賞賛に値する記事が週刊ダイヤモンド4月11日号に出ていた。10ページにわたる「特集2 住友不動産“非常識経営”の功罪」は長さを感じさせない内容で、一気に読めた。「業績が絶好調」の住友不動産の強さにも触れつつ、その裏側に潜む「過酷な社内競争」「顧客軽視の問題行為」といった負の部分にも鋭く切り込んでいた。筆者として名前が出ているのは松本裕樹記者1人。これだけの取材と執筆を単独で手がけたとすれば、さすがと言うほかない。


唯一引っかかったのが以下の説明だ。


【ダイヤモンドの記事(原文とは若干異なる)】

時に軍隊的ともいわれる住友不動産で武田節が事実上の社歌となって30年以上がたつ。この間、三井不動産、三菱地所の後塵を拝してきたが、今や利益で三菱地所を追い抜き、2位にまで上り詰めた(左上図参照)。


これだけ読むと「住友不動産は利益3位が定着していたが、近年になって2位に浮上した」との印象を受ける。しかし、グラフを見ると1997年度から2014年度まで3社に大きな差はなく、特に08年度からは混戦模様となっている。記事の説明を読んでグラフを見ると、少ししっくり来ない。


とは言え、全体としての高い評価を揺るがすほどの問題ではない。記事の評価はA、記者の評価もA(暫定)とする。







2015年4月6日月曜日

「株主優待制度をしている」?

日経の記事には並立助詞「や」をきちんと使えていない文章が目に付く。6日の夕刊ニュースぷらす面「ニッキィの大疑問~株主優待なぜ増える」にも、稚拙な表現が出てくる。


【日経の記事】


また、イオンでは株式数に応じた割引が受けられるなど、スーパーや百貨店では株主優待割引制度や買い物券の配布をしています。


「株主優待割引制度や買い物券の配布をしています」という文で「株主優待割引制度」と並立関係になっているのは「買い物券」あるいは「配布」だろう。「買い物券」だとすると「株主優待制度の配布」をしていることになってしまい日本語として不自然だ。「配布」と考えると「株主優待制度をしている」となるので、これも舌足らずな表現になる。例えば「株主優待割引や買い物券の配布をしています」となっていれば、違和感はないのだが…。


他にも気になる点があるので、いくつか指摘してみる。


【日経の記事】


第2次世界大戦後、百貨店や航空会社、食品メーカーなどBtoC(消費者向け)ビジネスを手掛ける企業を中心に広がっていきました。最近ではBtoB(企業向け)ビジネスを展開する企業でも導入が増えています。BtoB企業は自社製品が提供しにくいため、代わりに金券を贈る例が目立ちます。


「BtoC」「BtoB」といった用語を使う必要性が感じられない。「消費者向けビジネスを手掛ける企業」「企業向けビジネスを展開する企業」で十分だろう。「BtoC」や「BtoB」を使っても分かりやすくなるわけでも簡潔になるわけでもない。


【日経の記事】


ユニークなところでは繊維商社のタキヒヨーが抽選で50万円分の旅行券を提供しています。株主数が少ないので、宝くじより当たる確率が高いそうです。また、世界遺産の保全活動や盲導犬の育成団体への寄付を組み込む企業も出てきています。


「株主数が少ないので、宝くじより当たる確率が高いそうです」という漠然とした書き方が引っかかる。「4000人強の株主のうち10人に当たる」といった具体的な情報をなぜ読者に提供しないのだろう。具体的に書くと文が長くなるわけでもない。どの程度の株式数だと「少ない」のか判断は難しいし、かなり幅が出てくる。「宝くじで50万円当てる確率」を正確にイメージできる読者もそれほど多くないはずだ。


※記事に決定的な問題はないが、ベテランン記者である北沢千秋編集委員には後輩の手本となる記事を書く責務がある。それを果たせていない点を重く見て、記事・記者への評価はDとする。

2015年4月5日日曜日

元AV女優・日経記者の記事に足りないもの

「元AV女優・日経記者が歩く~女性の貧困最前線」という記事が週刊東洋経済4月11日号に載っている。出来は悪くない。風俗産業で働く女性への取材もしっかりしている。しかし、それだけだ。「元AV女優で元日経記者の女性が書いた」という売りがなければ、ちょっと苦しい。「売り」があるからこれで十分との見方も成り立つが…。

ゲント(ベルギー)での事故で大破した自動車 ※写真と本文は無関係です

まず気になったのが「女性の貧困最前線」というタイトルなのに、記事には「風俗で働く貧困女性」しか出てこないことだ。「おカネを求めセックスワークに向かう女性たちの現実に、異色の経歴を持つ文筆家が迫った」との小さなサブタイトルはあるものの、記事の内容からすればメーンのタイトルを「セックスワーカーの貧困問題」とでもした方がしっくり来る。


取材した人を紹介しているくだりはきちんと書けているし、興味深く読めた。しかし、そこから何を訴えるのかが弱い。記事の一部を見てみよう。


【東洋経済の記事】

無数のグラデーションで広がる風俗嬢は「性的なサービス行為自体が好きであるという変わり者」と「おカネに困ってやむをえずその仕事を選んだ者」に二分できない。金銭的な理由で風俗嬢となった者だけを見ても「稼ぎたくて稼げている者」と「稼ぎたくても稼げない者」の二とおりしかいないというわけではない。実際、彼女たちの仕事観は至って多様で、それを分かりやすい二分法で見分けようとすると彼女たちの姿はいくら目を凝らしても浮き上がらない。

二分法で簡単に見分けられないというのは風俗嬢に限らない。女子高生、団塊の世代、派遣労働者、関西人…。どれをとっても価値観は多様で、それぞれを単純に2つに分けて論じるのは危険だろう。しかし「色々な人がいるから簡単に色分けはできません」と言い出せば話は終わりだ。記事で取り上げた事例などから、筆者がたどり着いた「答え」を示してほしかった。「答えが出ない」のも1つの結論として否定はしないが、分析を放棄しているように見えるのも確かだ。


実際、筆者の鈴木涼美氏も「これを訴えたい」という何かを持ち合わせてはいないようだ。記事の結びからそれが透けて見える。


【東洋経済の記事(最終段落)】

風俗が貧困のセーフティネットになる場合は、確かにあるかもしれない。しかし、本当の貧困は「風俗後」に突然訪れるかもしれないというリスクは女性たち、そして社会も認識しておくべきだ。

鈴木氏に教えてもらわなくても誰でも知っているような話で記事を締めている。「風俗が貧困のセーフティネットになる場合は、確かにあるかもしれない」とやや自信なさげだが、これは「確かにある」と言い切っていい。加齢に伴って風俗嬢の貧困リスクが高まるのも自明だろう。長々と記事を書いてきたのに、こんな当たり前の結論にしか辿り着けないのは、「本当に訴えたいこと」が鈴木氏にないからだろう。


次に書く記事では「自分は最終的に何を訴えたいのか」をじっくり考えてほしい。そこが明確になれば、書き手として一段上のレベルに上がれるはずだ。


※記事・筆者への評価はいずれもC。

2015年4月4日土曜日

物価目標の期限は「3年目」?

日銀が目標として掲げる2%の物価上昇率。達成の期限はいつだろうか。当初の「2年程度で2%に」を素直に解釈すれば期限をすでに迎えているとも言える。しかし、「達成時期は15年度を中心とする期間」というのが日銀の見解なのだから、苦しい弁明とはいえ「16年度も含む」と考えるしかない。1月21日の日経NQNの記事では以下のように記述している。


【NQNの記事】

ゲント(ベルギー) ※写真と本文は無関係です
日銀の黒田東彦総裁は21日、金融政策決定会合終了後の記者会見で、物価安定目標を達成する時期について、2年程度とした当初目標が「前後に若干はみ出る余地がある」との認識を示した。日銀は2013年4月に導入した量的・質的金融緩和政策では、消費者物価の前年比上昇率を2%とする物価安定の目標達成まで2年程度の期間を念頭に置いている。黒田総裁は物価上昇率が2%に達する時期について、15年度中に達成するのではなく「15年度を中心とする期間に達する」と強調し、「ある程度幅があるのは間違いない」と述べた。


NQNの記事からは「期限は15年度中ではない」と読み取れるのに、4日の日経朝刊1面の囲み記事「異次元緩和3年目~家計の株・投信 50兆円増」では「物価目標の期限を迎える3年目は、その成否が問われる試練の1年になる」と説明している。しかし「15年度中ではなく、ある程度幅がある」と黒田総裁自身が明言しているのだから、15年度を終えた時点で「3年目に目標の期限を迎えたのに、目標を達成できなかったではないか」と日銀に迫っても「まだ期限にはなっていない」と返されるだけだろう。基本的に記事の説明は誤りだと思える。この点を除けば、記事に特段の問題は感じなかっただけに惜しい。


※「異次元緩和3年目」の評価はやや甘めにC、これを書いた後藤達也記者の評価もC(暫定)とする。記事の説明が誤りかどうかは、日経からの回答を待って最終的に判断したい。

※※ 結局、回答はなかった。

2015年4月3日金曜日

過去の実績を確認すれば安心?

昨日取り上げた(上)に続いて、「投資信託 長期運用の芽生え(下)」(3日付日経朝刊投資情報面)について言及しておく。特に気になったのが以下の記述だ。

アントワープ中央駅(ベルギー) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事(第1・第2段落)】

埼玉県の山本敏夫さん(54、仮名)は8年前、国債を買おうと訪れた銀行で売り出し中の投資信託を勧められた。高い分配金に目を奪われ数十万円で購入したが、翌年のリーマン・ショックで元本の4割が泡と消えた。

山本さんは「投信も野菜や果物と一緒。自分の目で確かめないとダメ」と反省した。インターネット証券で過去の運用成績を確認してから、投信を選ぶようになった。今は3割程度の含み益を抱え、顔をほころばす。


これを読むと、知識の乏しい読者は「過去の運用成績を確認して投信を買えば安心なんだな」と思ってしまうだろう。そこまで素直でなくても「過去の運用成績の確認によって、投資で成功する可能性を高められる」との印象を持つのが自然だ。しかし、一般的には「過去の運用実績を詳細に調べた上で投信を選んでも、将来のリターンを高めることは基本的にできない」と言われている。投信に関する連載記事を執筆する記者ならば、この点は押さえておいてほしい。


記事の見出しは「実績調べ自ら目利き」となっている。実際には、過去の実績をいくら調べても、将来のリターンが高い投信を事前に見つけられるような目利きになれる可能性は限りなくゼロに近い。連載では投資初心者も読者として想定しているのだろうから、その辺りをしっかり伝えてほしかった。今回は逆に「実績を調べれば、高いリターンを期待できるようになる」という印象を与えてしまった。そうした意味で罪深い記事と言える。


※記事の評価はD。増野光俊、武田健太郎の両記者の評価もD(暫定)とする。

14世紀に「データ」はなかった?

日経朝刊1面の連載記事「革新力」。今回の第8部で終わりらしいが、この連載は第1部からツッコミどころ満載だった。今回も例外ではない。2日付の第1回に関して、2つ指摘してみる。



アントワープ中央駅(ベルギー) 
         ※写真と本文は無関係です
記事では「グーテンベルクが15世紀に確立した活版印刷から『データの歴史』は始まった」と断言している。この説明には納得できない。「データ」を辞書で調べると「判断や立論のもとになる資料・情報・事実」と出てくる。例えば、天体の動きを記録したりといったデータの収集をグーテンベルク以前の人類がしていなかったとは思えない。取材班では「天体の動きを克明に記録しただけではデータとは呼べない」とでも考えているのだろうか。


ちなみに、今回の連載には「2050年への選択」というサブタイトルが付いている。記事によると、2050年にはロボットなどの進化によってすごい状況になっているらしい。記事の最後の段落を見てみよう。


【日経の記事】

企業はネット上のつぶやき分析や天候の中長期予報などを踏まえて、増産か減産かの判断を瞬時にできる。50年までには社会活動から無駄がなくなり「品切れ」「在庫処分の特売」などの概念も消える。


本当に2050年には「品切れ」という概念がなくなるだろうか。「増産か減産かの判断を瞬時にできる」ようになっても、企業が数量限定商品を販売していれば、「品切れ」は簡単に起きるはずだ。取材班では「50年までに数量限定商品もなくなる」と考えているのかもしれないが…。さらに言えば、供給者に数量を限定する意思がなくても、「品切れ」はなくならない。例えば鯨肉への需要が急増した場合、クジラの捕獲量を自由に増やせるとは思えない。増産か減産かの判断が瞬時にできても生産と運搬の時間をゼロにはできないので、鯨肉に限らず多くのモノで「品切れ」は十分に起き得る。



記事を盛り上げたいという気持ちも分からないではないが、取材班の方々には「大げさすぎる話は記事への信頼を低下させるだけだ」と早く気付いてほしいものだ。



※記事への評価はD。

2015年4月2日木曜日

「積み立て投資」は売り時にも悩まない?

4月2日付の日経朝刊投資情報面に出ていた「投資信託 長期運用の芽生え(上)」に関して、いくつか気になる部分があった。まず冒頭。


アムステルダム(オランダ)のゴッホ美術館  ※写真と本文は無関係です

【日経の記事(第1段落)】

資産を運用する個人にとって代表的な金融商品が投資信託だ。公募投信の純資産残高は2月末で約96兆円だった。9カ月連続で過去最高を更新し、大台の100兆円が近づく。株高の追い風に乗り個人マネーは動き出し、2014年に始まった少額投資非課税制度(NISA)も後押しする。投信は資産を形づくる受け皿になるか。表れ始めた変化を探る。


「投信は資産を形づくる受け皿になるか」と問いかけているが、「資産を運用する個人にとって代表的な金融商品が投資信託だ」と言い切れるのであれば、すでに立派な「受け皿」になっているのではないか?


【日経の記事(主に第3段落)】

積み立ては定期的に同じ額を投信に投じていく。一定額を積み立てるので、基準価格が高い時は投資口数(株式数に相当)を少なく、安くなれば多く買う。基準価格が下落すると投資の平均価格を抑えることになり、売り買いのタイミングに頭を悩ます必要もない。投資成果を得るには長期間待たなければいけない。


積み立て投資ならば「売り買いのタイミングに頭を悩ます必要もない」との説明は誤りだろう。「定期的に同額を同一商品に投じる」と決めておいても、売りのタイミングまで決まるわけではない。売り時は損益や投資期間など様々な要素を考慮しながら判断することになる。売却時期をあらかじめ決めておけば話は別だが、単に「積み立て投資」という場合、そうした前提はないはずだ。

「(積み立て投資で)投資成果を得るには長期間待たなければいけない」との説明も不正確だ。例えば、毎月定額を積み立てる場合、投資対象が大きく値上がりすれば、半年後でも1年後でも「投資成果」は得られる。記者の言いたいことも分からないではないが、投資初心者の読者もいるのだから、もう少し丁寧な説明を心がけてほしい。



【日経の記事(第5段落)】

この状況にくさびを打つと期待されるのが、NISAだ。前出の男性は投資歴10年だが、エネルギー関連投信を毎月1万円ずつ積み立て始めたのは約1年前。年100万円の投資額を上限に投信の売却益などが5年間非課税になるNISAの枠を利用する。「長期保有を考え、価格変動の影響を受けにくい積み立て投資を選んだ」という。

「記事を使って積み立て投資を賞賛するな」とは言わないが、「NISAで積み立てを」という話になると、どうしても説得力はなくなる。記事で紹介している男性の場合、毎月1万円の積み立てなので、5年でも60万円しか投資せず、せっかくの非課税枠を使い切れない。NISAでの投資に使える資金が100万円以上あるのならば、最初から100万円を投じた方が非課税枠の活用という点で合理的だ。「現時点で余裕資金はほとんどない。毎月1万円の積み立てが精一杯」だとすれば、「NISAを活用する前に、まず少し貯蓄でもしたら」と助言したくはなる。

この記事の見出しは「現役世代、積み立てに傾斜」となっていて、積み立て投資をしている3人の現役世代(58歳、35歳、33歳)が記事中に登場する。しかし、「現役世代が積み立て投資に傾斜している」と言えるだけの根拠は見当たらない。「日本証券業協会によると、昨年1年間で主要証券10社を通じて約24万5000人がNISA口座で積み立て投資を始めた。NISA枠を実際に使っている投資家の1割強を占める計算だ」との説明はあるものの、「24万5000人」が現役世代かどうかは不明だ。それに「NISA枠を実際に使っている投資家の1割強を占める」と言われても、「1割」が多いのか少ないのか読者の多くは判断に迷うだろう(個人的には少ないなと感じた)。j実態がはっきりしないのであれば、見出しに「現役世代、積み立てに傾斜」と打つのは賛成できない。


他にも気になる点はあるが、長くなったのでこの辺りにしておこう。


※記事の評価はD。