沙紀 姉妹と主従の交差点 23







「パシリさん。カエルだったら鳴きながら飛び跳ねるんじゃないですか?」

キャンプ場の客たちが沙紀たちに注目しはじめ、地面に這い蹲る沙紀を遠巻きに見ている。

そんな状況にも関わらず、千尋から容赦ない『命令』が飛ぶ。

「ゲロゲロ鳴きながら飛び跳ねるパシリさんが見たいですね」

「……げ、ゲロゲロっっ」

『命令』を受けた沙紀はカエルになりきり、四肢を曲げては伸ばして辺りをピョンピョン飛び跳ねる。

地面にへばりついた状態から飛び跳ねては着地するため、ヒジやヒザが地面に擦れて痛みを感じる。

だが体の痛みよりも、大勢の見ている前で惨めに鳴きながらカエルになりきる恥ずかしさのほうが遥かに勝っている。

今やパシリに成り下がったとはいえ、本来の沙紀は品行方正で良識ある女性なのだ。

「ゲロゲロっ、ゲロゲロっっ!」

なぜこうして、後輩であるはずの千尋から命令を受けて恥を晒すハメになったのか……。

はじめはギャル達にからまれ、弱味を握られ、妹のパシリに任命された。

その後千尋のパシリになったのは、確か妹の指示だっただろうか……

逡巡しようとするが、恥ずかしさのあまり思考がまとまらない。

今はただひたすら、カエルの真似をして跳ね回って恥を晒すしかないのだ。





「ゲロゲロ!ゲロゲロっ!」

「お姉ちゃん。恥ずかしいからいい加減やめてよ」

突然の由紀の言葉に、沙紀は地面に這い蹲ったまま体をビクッと震わせる。

「ゆ、由紀さん」

「ここはキャンプ場で、皆が見てる場所だよ?」

「は、はい」

「常識の範囲内にしてよ。みっともないとか思わないの……?」

「思います。すみません……」

地面に這ったカエルのポーズのまま、しおらしく謝罪を口にする沙紀。

まるで沙紀が悪ふざけをして、由紀がそれをたしなめているかのようだ。

パシリになる前は全く逆の立場だっただけに、今の境遇がひたすら惨めで情けなくなる。

だが一方で、由紀との上下関係を受け入れ始めていることをはっきりと自覚する沙紀だった。

「みっともない真似をして、すみませんでした……」

「うん。もう起き上がっていいよ。そろそろ帰ろ?」

「ありがとうございます」

ゆっくりと立ち上がり、うつむきながら膝や肘の砂を払う沙紀。

ご主人様からの信頼をまた一つ失ったことが、沙紀の心を痛めていた。

















「マジですごいな。あの子」

「だな……いくら美人でも、あそこまで行くと引くわー……」

由紀たちをナンパしてきた二人組の男性は、しばらく呆気に取られてその光景を見守っていた。

だがすぐに本来の目的を思い出し、由紀たちに迫りだす。

「ねえ。この後どっかで飲まない?パシリの子は適当に帰ってもらってさ」

そう言いながら、近くにいた千尋の肩に馴れ馴れしく手をかける。

だが千尋は大した反応も見せず、男性の誘いを冷たく拒絶した。

「ごめんなさい。私たちはそろそろ帰るので」

「え〜、いいじゃん。せっかく出会えたんだしさ」

「この後別の約束があるんですよ。さ、みんな帰ろっか」

男二人を相手にせず、颯爽と振り返って他のメンバーに促す千尋。

「うん!じゃあ片付けしよ。お姉ちゃん、モタモタしないでテント畳んで」

「は、はい!」

撤収の準備を始めた由紀たちを見て、男性二人は小さく悪態をつきながらも去っていった。

(千尋ちゃんさすがだなぁ。かっこいい女って感じ)

男性相手にも毅然とした態度の千尋を見て、尊敬の念を覚える由紀。

同学年でありながらも、由紀は千尋を頼れる姉のような存在として認識していた。

それはかつて由紀が沙紀に対して抱いていた、今となっては陰も形もない感情と同じだった。

















「お姉ちゃん、最近ちょっと常識なさすぎるよ」

「すみませんでした……」

解散して帰宅後、沙紀は自宅で由紀から説教を受けていた。

「カエルの真似っていっても、あそこまですることないでしょ?」

脚を組んで椅子に腰掛けた由紀が、目の前で直立する沙紀に小言を並べている。

「恥ずかしい思いするの、私なんだからね」

「はい。恥をかかせてすみません」

実際には大恥をかいたのは沙紀のほうであり、そもそもカエルの真似は由紀が言い出したことだった。

だが沙紀は素直に反省し、頭を下げる。

「カエルのポーズだけ真似して鳴くだけでよかったのに。誰が飛び跳ねろなんて言ったの?」

「それは……千尋さんの命令だったので」

「限度を考えてよ。妹の私まで変な目で見られるじゃん!」

「ごめんなさい。次から気をつけます」

理不尽な物言いにも、ただひたすら反省して謝るばかりの沙紀だった。





翌日以降、沙紀は今まで以上に由紀のパシリとして従順に尽くした。

率先して雑用をこなし、由紀の外出時には命じられる前に玄関に控えて靴を磨いた。

食事時には由紀に言われなくとも、由紀の足元にひれ伏して四つん這いで料理に貪りついた。

すべては由紀から、パシリとしての信頼を得るためである。

姉としての尊敬を失ったのならば、せめてパシリとして……。

由紀への従順な奉仕には、沙紀の悲しい決意が現れていた。

「お姉ちゃん、最近ちゃんと働くようになったね」

「ほ、本当ですか?ありがとうございます」

由紀にパシリとしての振る舞いを褒められると、嬉しそうに明るい表情を浮かべる沙紀。

二人の新たな主従関係が固まろうとしていた。





そんなある日、由紀の携帯に久々にギャルのリーダーから電話が入った。

「よー由紀。パシリの躾けはちゃんとしてる?」

「はい。最近は言われなくても動いてくれるようになったんですよ」

「へえ、由紀もちゃんとご主人様してんじゃん」

嬉しそうに姉の躾けの成果を報告する由紀。

その声を聞き、リーダーは満足そうに電話の向こうで頷く。

「そんじゃ、もっとハードに躾けてみよっか」

「ハードにですか……?」

「そう。パシリは躾ければ躾けるほど、ご主人様に尻尾を振るよーになるんだよ」

「そうなんですか」

「今からおまえらの家に行くから、沙紀に土下座で出迎えさせろよ。そんじゃ」

電話が切れた後、由紀はリーダーの言葉を頭の中で反芻していた。

(ハードに躾けるって、どんな感じなんだろう……)

姉を案ずる気持ちなど全く持たず、リーダーの言葉に純粋な興味を抱く由紀だった。

















前へ   次へ   TOPへ

inserted by FC2 system