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第五章ダイジェストその1
名声が充分に広まったカイルの計画は次の段階に入る。
それは人族の中でも有力者や権力者といわれる人物に会い、人脈形成をすることだった。
エッドス国で『竜殺し』の名声を得てから三か月、カイル達は世界最長の大河であるチグテス河を旅客船で観光気分で船旅を楽しんでいた。
勿論観光はあくまでついでで、中州に浮かぶ観光都市にして商業都市でもあるバヨネが目的地で、そこを本拠としているマルニコ商会の会長であるクラウスに会うためだった。
クラウス・マルニコは元はこの都市出身のただの船乗りでしかなかったが、商会を立ち上げ一代で世界最大規模にまで発展させた立志伝の人物であり、いわば商人の英雄でその名は下手な王様よりも知れ渡っている。
実質この都市を支配していると言ってよく、カイルはそのクラウスに会いに来たのだ。
クラウスは商人でありながら世界規模で影響力を持ち、この都市の支配者とも言える人物で、会う目的は当然来る大侵攻に備えるためだ。
戦争時には物流のほとんどが寸断されたが、マルニコ商会のは辛うじて生きていた――ほとんど延命にすぎなかったが。
だからこそ事前に戦争に備え、流通の確保や物資の備蓄などを準備をしていく必要があり、その為にはマルニコ商会の協力が必要になるからだ。
(ただ、問題はどこら辺まで打ち明けるかだな)
商人ならば利益や儲け話なら乗ってくるだろうが、戦争に備えるとなれば大規模となり当然不審にも思われるだろう。
カイルはそんな事を考えていた。
◇◇◇
都市についたカイル達は軽く観光をしながら商会の本拠に向かうが、何者かが自分達を見張っていることに気付く。
先行してバヨネに来ていたミナギが、変装をしたままそっとカイルに近寄りそれがマルニコ商会の手の者で、現在商会はなにやら混乱しているとの報告をうける。
マルニコ商会そのものについては、防諜に力を入れているとの事で調べるには時間が足らなかったとミナギは残念そうに告げた後、自分に妙に構うリーゼに見つかる前にそそくさと雑踏の中に消えていった。
◇◇◇
カイル達が商業地区にあるマルニコ商会につくと様子が変なことが解った
大慌てで荷物をかたすなどをしており、まるで今から不意の重要人物でも来るみたいだと、嫌な予感がしながらセランが呟く。
その予感は当たったようで、船着き場に一際目立つ大型船が入ってくる。
それは本来なら外洋に出るような帆船で、チグテス川のような大河とはいえこれほどの船はそう見られない。
また造りも派手な船で、帆先の航海の女神である黄金のアグレイ像を初め、細部にいたるまで飾り立てられている。
そして何よりも目立つのは帆に染め上げられた盾に絡みつく黄金の蛇の紋章、ガルガン帝国の紋章だった。
接舷した帆船から桟橋に舷梯が架けられると、すぐさまガルガン帝国の騎士達が駆け下り周囲の警戒にあたり、続いてゆっくりと降りてくるのは、ガルガン帝国の現皇帝ベネディスクの末娘の皇女、アンジェラだった。
相変わらずただ歩いているだけで、そこにいるだけで大輪の薔薇を連想させるかのような華やかさを持った、生まれながらの皇女だ。
身に着けているのは豪奢な赤のシルクドレスで彼女によく似合っており、動作の所作も相まってから生まれ持った気品が全身から滲み出るかのようだった。
満面の笑みでこちらに向けて手を振っているアンジェラを見て、セランは苦笑いで返事をするしかなかった
◇◇◇
駆け寄ってきたアンジェラは親しげな笑みで挨拶をしてきて、特にお気に入りのセランには今にも抱き付きそうな勢いだった
大胆にもアンジェラはセランの腕をとり絡ませ、引っ張るかのように商会の本店へと歩き始める。
アンジェラ皇女のこの奔放な行動を、諌める立場の者はいないのか周りのお付きの侍女や騎士は口を挟むことは無く付き従っている。
アンジェラに来た目的を訊ねると、表向きは帝国とバヨネの友好を深めるための親善大使だと言った。
「表向き……では、クラウス会長に会う目的はやはり?」
拡大路線をとり、最終的には人族統一国家を目指すガルガン帝国の皇族が、独立している商業都市を訪問する理由など大体想像はつくが、カイルが一応という感じで聞いてみると、帝国がバヨネをマルニコ商会を支配下に置くための交渉ですと笑顔で答えるアンジェラだった。
そして当然のように同行しようとするアンジェラ。
ガルガン帝国の皇族と誼を通じるのはカイルにとってもマイナスではないし、機嫌を損ねる訳にもいかない。
これからクラウス会長に会うのに、アンジェラとの同行が吉と出るか凶と出るか解らないがこうなった以上は覚悟を決めるしかなかった。
アンジェラを先頭にマルニコ商会の本店の大玄関をくぐると従業員が綺麗に列を成し迎え、そこにクラウス・マルニコもいた。
若い頃は船乗りだったというだけあって少し色黒のしわ深い顔立ちだが背筋もしゃんとして、足取りもしっかりとしており、年は六十前後のはずだが十は若く見えた。
アンジェラとクラウスは軽く挨拶し笑いあったあと、いいよいよ外交が始まる。
◇◇◇
豪華な部屋に通され、早速アンジェラが斬りだした。
アンジェラの、ガルガン帝国の要求は単純でクラウスを帝国の貴族とし迎え入れこのバヨネを帝国の支配下に置くことだ。
クラウスは自分はあくまで代表であって、支配してる訳ではないと誤魔化そうとするがアンジェラはそれに構わずぐいぐいと押していく。
互いに笑顔で会話しているのだが、室内の空気がまるで音を立てているかのようにギスギスし、ウルザやリーゼ達は完全に蚊帳の外だった。
この後帝国の方針がいずれは魔族をも攻めると知り、思わず怯んでしまったクラウスに対し、会話の主導権は握ったとばかりにアンジェラは、この後もぐいぐいと迫りクラウスを翻弄していく。
だがクラウスもやや押されつつだが、交渉の場数を踏んでいる経験の差からか、何とか踏みとどまったと言う感じで、話はやはり平行線のままとなった。
しばらくそれが続いた後、時間切れと残念そうにアンジェラは言った。
アンジェラはこの後予定がある。クラウス以外のバヨネの有力者に会わねばならないのだ。
カイル達には名残惜しそうにしながら今晩食事でもと約束を取り付け、アンジェラは席を立った。
最後にクラウスに交渉には時間切れがあると、しっかりと釘を刺したあと、アンジェラはそれでは失礼と手を振りながら部屋を出ていった。
室内に満ちていた張りつめた空気が弛緩すると、クラウスだけでなくカイル達も大きくため息をついた。
そして先ほどまでの舌戦での雰囲気は微塵も感じさせず、くだけた口調になり好々爺の笑みでクラウスが話しかけてくる。
何としてでも会わなければならなかったと言うクラウスにカイルは疑問を持つ
「あの、何故そんなに私に会いたかったのでしょうか?」
カイルにとっては好都合なのだが、ここまで自分に会いたい理由が解らず質問をする。
今のカイルに会いたいと言う人物は多いが、クラウスの場合どうも明確な目的があるように思える。
クラウスは無論商売の為と歯を見せて笑う
その笑みにカイルに嫌な予感が走り、今までの経験からか、当たっているだろうなと何故か確信できた。
その予感は当たっており、クラウスが会わせたい人物がいるとの事で連れてきたその顔を見てカイル達は絶句する
肉感的な美女で目立つ容貌だが、何より目立つのはその額から生えている魔族の証の角を持つユーリガだった。
「どういう事だ!?」
反射的に剣の柄に手を伸ばしかけているカイルだったが、ユーリガの方は平然としたままだ。
カイルはいつでも動ける準備をしつつ、周りにも警戒を払いクラウスとユーリガを更に問い詰めようとするが緊張が走ったのはカイルのみだったようで、リーゼにいたっては思いがけず旧友に会ったかのような反応だ。
ユーリガのほうも相変わらず相変わらず怜悧な美貌で、感情をあらわさずに挨拶をするだけだったがとりあえず敵意はなさそうではある。
ここでクラウスが、自分は魔族への協力者だと告げる。
人族に対する裏切りだとカイルは責めるが、クラウスは平然としたもので、現在の魔王が穏健派で人族と友好を結ぼうとしているのだからむしろこれが人族の役に立つと自信を持って言う。
そしてユーリガが本題を切り出す。要件とは魔王がカイル達に会いたいとの事で、魔族領に来てほしいとの事だった。
「こっちには会う義務も義理も無いぞ」
即座に断るカイルだが、これはユーリガも予想していたことで条件を出してくる。
まずこの間手に入れた竜王ゼウルスの皮。
メーラ教徒に利用されたドラゴンのグルードを助けた時に報酬がわりとして手に入れた『竜王』ゼウルスの脱皮した皮で、素材としては超一流どころではない、伝説や神話に登場してもおかしくない逸品だったがそれ故に扱いに困った。
カイルは鎧にすべく色々と当ってみたのだが、現在の人族では加工すらできないことが分かっただけで宝の持ち腐れとなっていたのだが、ユーリガが言うには魔族なら加工することが出来ると言うのだ。
この提案はカイルにとって非常に魅力的であり考え込んでしまう。
カイル達の装備や道具は現在金で入る物では最高のものだが、これ以上のものはそう簡単には手に入らない。
目的の為にはこれからも戦闘は避けられないだろうから、絶対に死なない、死なせない為に強力な防具は必要だった。
迷い始めたカイルにユーリガは更に追い打ちをかけるようにもう一つの条件、ターグのことを持ち出す。
「何か解ったのか!」
思わず反応してしまったカイルを見て、ユーリガは少し満足気な顔になる。
ターグとはユーリガが、魔王が把握しておらず『大侵攻』を起こした次の魔王と関係している可能性の高い魔族で、カイルがもっとも知りたい情報であり、これも魔族領に来るならば教えるとの事だ。
カイルは迷う。現魔王との接触は確かに選択肢の一つではあったが、現実味の薄い話で本気では考えていなかった。
会うには当然魔族領に侵入せねばならず、成功の見込みはほとんどないからだ。
それを向こうから招待すると言うのだ、ある意味またとない好機と言えるが危険が大きすぎるのだ。
悩むカイルを少しでも安心させる為か、クラウスも同行すると言い、仲間たちもカイルの判断に任せると言う。
「……解った、行こう魔族領に」
悩んだ末カイルは決断をし、仲間たちも皆頷いた。
◇◇◇
翌日の深夜月明かりの中、商会専用の船着き場は本来人気は無く静まり返っているはずだが、出航の為の準備が行われていた。
といっても大まかな準備は昼のうちに終わっていたので、後は乗り込むだけだ。
カイルは用意された船を見上げる。
大型の船だが魔道具による動力がついており、チグテス河も楽に遡上できるとのことで、この船に乗り魔族領へと向かうことになる。
今までの密貿易でもそうだったのだろう、クラウスも船員たちも慎重ではあるが、これから魔族領に向かうというのに緊張感は感じられない。
セランはまとわりつかれていたアンジェラと離れることが出来てほっとしているし、リーゼ達もこれから魔族領に向かうと言うのに気負っている様子は無かった。
そしてその場には裏方を自称し、本来なら姿を現さないミナギもいる。
カイルは不在の時に魔族領行きを決定してしまったので、流石に契約外と言うことでついて来なくてもいいとミナギにも言ったのだが、依頼を途中で放り出すのはシノビの矜持が許さないようだった。
だが流石に狭い船内で隠れてついて行くなんて真似できるはずもなく、こうして皆の前に姿を現したのだ。
暗殺をも請け負うシノビのミナギにリーゼは気さくに話しかけ理解できないとばかりミナギは頭を横に振る。
クラウスが言うには八日ほどかかるとの事で、これからの八日間を想像してミナギは絶望した顔で天を仰いだ。
「八日か……何事も無ければいいんだが」
カイルはおそらく無駄であろう望みを天に願った。
◇◇◇
翌朝、出航して半日と経たず問題が、それも大問題と言えることが起こった
アンジェラ皇女の密航が見つかったのだ。
アンジェラの格好は昨日までの豪奢なドレス姿とは違い、ワイバーンの革を利用したレザーアーマーやマントで、腰には装飾の施されたレイピア、長い髪をまとめており活動的な姿だ。
それでも生まれ持ったであろうその気品は隠しようがなく、文字通り身分を隠したお姫様といった具合だった。
どうやら高価で希少な魔道具による力技の侵入のようで、すぐに見つかるのが前提だったようだ。
しかも突発的な行動だったらしく、アンジェラ動向に気を付けていたクラウスもまったく気付けなかったのだ。
ここでアンジェラはクラウスに魔族と繋がっているということをばらされたくなかったら、帝国ではなく自分個人の協力者になってほしいと取引を持ち掛ける。
利があるのと他に良い方法が無い為、迷ったが微笑みと共に出したアンジェラの手を、クラウスも笑顔で握り返す。
一見穏やかな光景だが、二人の腹の中まではカイル達には解らなかったが。
そしてアンジェラは当然のように魔族領へとついて行くと言う
これは安全が保証出来ないとカイル達も渋ったが、結局アンジェラに押し切られることになる
(しかしだ……どうもひっかかるな)
カイルにはアンジェラの行動に疑問があった。
アンジェラは元々行動力はあったが、船に単身乗り込むのはいくらなんでも無謀すぎる。
こんな真似を短絡的に行うようには見えず他に何か理由があるのでは……そう考えられるのだ。
とりあえず目を離さないようにと、セランにお守りを任せるカイルだった
◇◇◇
航海が進み三日たった夜の甲板にアンジェラとセランはいた。
アンジェラの夜風に当たりたいと言う希望にセランが付き合っている形だ。
これには護衛の意味もあり、皇女のアンジェラに何かあってはまずいからでセランが付き添っている。
夜風に当たりながら少し話した後、アンジェラは今回このような無茶な真似をしたのは、自分の身を守る為だと告白をする。
実はここ一月の間に二度も命を狙われ、このままでは危険だと思い逃げてきたと言うのだ。
アンジェラは、月明かりの中不安に押しつぶされそうな顔で涙ぐみ、そのままセランの胸に飛び込む。
お姫様に泣きつかれて懇願され、頼られる。吟遊詩人が語る英雄譚でも力を入れそうな場面だが、何故かセランは自分が蜘蛛の糸に巻き付かれている気になっていた。
逃げ道を塞がれている気分であったが、セランの方もこの皇女はどこか放っておけないので、どこか頭の奥の方で警鐘が鳴っていたが、笑顔が引きつりながらも任せてくれと答えてしまう。
とたんに満面の笑みになり上機嫌のアンジェラに対し、奈落だとか泥沼とかいう言葉が頭の中を飛び交うセランだった。
アンジェラに【テレパシー】の魔道具を渡され、ますます深みにはまっていく気がするセランだった。
物陰から二人の会話を聞いていたカイルは腕組みをして、とりあえずセランの今後のことは放っておいてガルガン帝国の内情を考えていた。
(アンジェラ皇女の命が狙われているだと? どういうことだ?)
同じように話を聞いていたミナギに、かつて暗殺の為にガルガンの中枢を調べていた経験があり、そして本来の歴史ではエルドランドを暗殺していただろうミナギに心当たりは無いか訊いてみる。
だがガルガンの皇族を狙っている人物や組織など、数が多すぎて逆に特定できないとのことだ。
カイルは考え込む。後継者であるエルドランドの突然の死によって内乱が起こったので、その暗殺そのものが無くなった今内乱が起こる事は無いと考えていたのだが、それは甘かったのかもしれない。
できれば将来マイザーが皇帝になって欲しいが、魔族との戦いに備えてガルガン帝国の国力を下げる内乱は避けたい。
「……もう一度帝国に行く必要があるかもな」
自分に何が出来るかは解らないが、それでも行くべきだとカイルは思った。
◇◇◇
バヨネを出発して四日、地図の上ではそろそろ魔族領かもう入ったあたりだが、やはり特に何か変わったと言う事は無かった。
「……あの時は命がけだったんだがな」
肘をつきぼうっと河面を見ていたカイルが呟く。
あの時とはカイルにとって過去の、この世界にとっては未来の出来事で魔族との戦争時、少しでも魔族の情報を掴むべく精鋭で偵察の為に魔族領に侵入した。
結果はほぼ全滅、辛うじてカイルだけが生き残ると言う目も当てられない結果だったが。
そこにシルドニアがやってくると、カイルは相談したいことがあると言い、共に船倉に向かった。
船倉には積み荷が満載されており、それらを確認しているクラウスがおり、積み荷について質問をする
船倉の積み荷は魔族領への輸出品なのだろうが、その品ぞろえが非常に雑多で統一性が無いのだ。
例えば街の雑貨屋で打っているような家具があれば調理具もあり、絵画もあった。
リュートやハープといった楽器もあれば、駒を使い対戦する遊戯板やカードゲームに使う札。更には衣服もあれば香辛料や酒もある。
本も種類が豊富で、戦記物や若い女性向けに流行した恋愛叙事詩もあった。
要するにどれもありふれた、どこにでもある品で、はっきり言ってしまえば安物がほとんどだ。
多少高級そうなものもあるが、態々輸入するような物とはとても思えないのだ。
クラウスが言うには『文化』を輸入したいとのことで、娯楽の少ない魔族に広めていくのが目的らしい。
そこにユーリガもやってきて、これが魔王の方針で、人族を知り認めることが目的だと言う。
まだ時間はかかりそうだが何十年、何百年かかろうと実現してみせるとクラウスも楽しげに言うが、最後まで聞かずカイルは踵を返し船倉を出た。
「何百年か……それじゃ遅いんだよ」
カイルはそうぼそりと呟いた。
新たな魔王による一斉攻撃『大侵攻』が起こるのは約二年後にまで迫ってきている。
それが無ければむしろ賛成したかもしれないが時間が無いのだ。
◇◇◇
船旅を初めて七日、明確な境界線がある訳ではないがもう人族領とは言えない地域、魔族領になった時に変化が起こる。
それは海と見間違うばかりの視界いっぱいの水平線で、ここは巨大な湖らしくユーリガが言うにはこの湖に浮かぶ小島の一つが目的地らしい。
ユーリガの言葉通り、しばらくするとその小島が視界に入ってくる。
湖内の小島というから小さい物を想像していたが、その大きさはかなりのもので、都市の一つ二つは軽く入るくらいだった。
島の景観は風光明媚な観光地といっても通るくらいに整っており、岸には船を停泊できる桟橋と倉庫があり、そして少し離れたところに目立つ城の様な建物が立っていた。
ここで会うのは他の魔族の目が無い様にとの配慮らしく、特に好戦派と言われる連中から見つからないようにする為らしい。
好戦派の魔族の中でも実力者がおり『炎眼』『雷息』『三腕』という三人が、魔族全体でも十人といない何かしらの功績や実力を認められた魔族に付けられる敬称である個の尊称を持っているとのことだ。
船が桟橋につくと出迎えがおり、船から降りてきたカイル達に丁寧に頭を下げ挨拶をした。
挨拶するのは黒を基調としたどこから見ても完璧なメイドの格好をした若い女性で、カイルは驚きの声を上げる。
使用人がいるのは不自然ではないが、驚いたのはそこではなく、そのメイドが人間だったからだ。
ユーリガが言うには魔族領に人族は僅かだがいる。その者達を魔王様は保護しているとのことだ。
カイルの目から見ても確かに身なりはきちんとしているし、少なくとも健康状態に問題ない事は解る。
なによりその目にははっきりとした意思を感じられ、芝居をしている様子もない。
カイルは何か言おうとしたが、現状に満足し主人に忠実に仕える使用人という態度を崩さない目の前のメイドに何も言えなくなる。
メイドに案内されて近づくとその建物がますます魔王の城というイメージにそぐわなくなる。
柵に囲まれ手入れされた庭は花が咲き乱れ、中央には乙女の像が抱えた水瓶から水が滔々と流れ出る噴水がある。
正面玄関の両開きの大扉が開かれると大きなホールとなっており、十人以上はいるだろうメイド達が並んでいて、一斉に頭をさげて出迎えられた。
ホールの各所に彫刻が、壁には絵画も掛けられておりどこかの貴族の屋敷と言われても納得できる造りだ。
例えそれほどの知識が無くとも目の保養になる廊下をしばらく歩くと、両開きの大扉の前にでて、ゆっくりと開かれる。
そこは謁見の間だろう大広間で、床には落ち着いた赤色の絨毯が敷かれており、正面には煌びやかな玉座がある。
その玉座に腰かけている、正確にはもたれかかっている魔族の女性がいた。
気だるげでだらしないとも言える格好で、少なくとも人と会うような恰好ではない。
人間で言うなら二十代半ばくらいの年齢で、腰まである長い髪、カイル達の目から見ても理知的な顔立ちなのだが、その気怠げな雰囲気が全てを打ち消している。
そしてやはり何より目立つのはやはり頭の左右から大きく生えている角だろう。
他に目立つものとしては装飾が施された錫杖が側にたてかけてある。
眠っていた訳ではないだろうが、カイル達が部屋に入るとつぶっていた目をゆっくりと開きこちらを見て、魔王のルイーザと名乗り歓迎しようと言う。
魔王の、ルイーザの口調は丁寧だが、玉座から一歩も動かず体勢も変わってはおらず声もどこか気だるげだ。
(そうか、お前が魔王だったのか……)
「……初めまして、カイル・レナードだ」
これで会うのは二度目になるがそれをおくびにも出さず、少しは表情を隠すのが上手くなったかなとカイルは初対面の挨拶をした。
◇◇◇
魔王ルイーザとの会話は、希望であるゼウルスの皮の加工、ターグを捕えた場合カイルにも話をさせるなどとんとん拍子に進んでいく。
それに違和感を覚えたカイルだが、こっちにとっては好都合なので口を挟めなかった。
向こうのペースにはまっていることを自覚し、このままではまずいとこちら側から話しかけようとしたが、機先を制するように居住まいを正し、畳みかけるようにルイーザが切り出した。
それはクラウスと同じような協力者になれというものだった。
「魔族への協力か……」
カイルが反芻するように呟き、その背後にいるリーゼ達からも戸惑いの気配が感じられる。
ここに来るまでに魔王からの自分たちへの用とは何かを考えた時、魔族への協力要請は当然考えたが、実際に魔王の口から言われるとやはり困惑する。
戸惑うカイルにとりあえず考えておけと言い、ルイーザはもう一つの用であるセランの腰に差している聖剣ランドを指さし、その剣を欲していると言った。
何故この剣が欲しいのかとセランが聞くと、ルイーザの父である先代魔王を討った剣だという。
だがそれだけでは無く、魔王の血を浴びているためルイーザの力を打ち消す特性をもっているらしく、要するに弱点にあたる剣らしい
ルイーザが色々と好条件をだすがセランは自分のものと拒否し、剣呑な雰囲気が漂いはじめもするが、こちらも一応保留となる。
とりあえずの要望が終わったところで、ルイーザは初めてカイルの顔を真正面から見据え、目を見て気になる事があると言った。
それは何だと問いただそうとするその時、乱入者が現れる。
それは人型の女魔族、炎眼と呼ばれている好戦派の魔族だ。
羊の様な角をしており特徴的なのは赤い目で、張り付けたかのような薄ら笑いを浮かべており、明らかに初見なのだがカイルはその表情にどこかで見た印象を覚えた。
慇懃無礼を絵にかいたような態度でルイーザに接し、ユーリガが面会を邪魔したと怒りもあらわに叱責するが炎眼は歯牙にもかけない。
そして人族を客として招いてることを嫌味をいうがルイーザはたいして気にせず、面白そうにカイル達が炎眼の弟のガニアスを倒したことを告げる。
「そうか……ガニアスの姉か。確かに似てるな」
どこかで見た印象があると思ったのはかつてカランで倒した魔族、ガニアスに似ているからだった。
その炎眼のほうは面白そうに弟の最期を訊ねる。
「ああ俺だ。ミスリルの鎖で簀巻きにして溶岩の中に放り込んだ」
カイルは躊躇なく、事実を端的に語る。
だがガニアスの死に様を聞かされた炎眼はくすくすと実に楽しそうに笑うだけで、姉弟の情などはまるで見せなかった
更にそこに他の好戦派の魔族も現れる
巨大な、獅子ほどもある大きさの狼の姿をした雷息は、鋭い牙と爪を持ち、四足で歩くその姿は間違いなく狼なのだが、その目には獣にない知性を感じられる。
だがそれ以上に敵意と憎しみを、そして殺意さえ籠った目でカイル達を睨み付ける。
先の大戦で一族が人族に殺され、特に憎んでいるということらしい。
その牙の隙間から弾けるような音と共に時折火花が零れ落ちさせながら、喉の奥を唸らせ憎悪をたぎらせている。
最後に入ってきた魔族を見て、カイルは魔王を見た時よりも激しい衝撃を受けた。
入ってきたのは大柄で、見上げるような大きな魔族だ。
ただ人族からしてみればで、確かに巨漢だが大きさだけなら三腕を超える者は多くいるし、中には十倍はあるような背丈の魔族もいる。
だがその存在感は群を抜いており、セランやリーゼ達も一目見ただけで、思わず息を呑んだくらいだ。
太縄を縒り合せたかのような腕に大木のような足、筋骨隆々という言葉を体現しているかのようだ。
口元から覗く鋭利な牙に、凄みを見せるのは顔の左半分の、恐らく剣でつけられたであろう大きく残る傷痕で、左目も塞がっている。
目立つのは尾で自分の身長ほどもある長さと太さで、その先は鋭利な、槍の穂先のような刃物状になっている。
破壊と暴威が意思を持ち歩いているかのようで、ただいるだけで威圧的な雰囲気を周囲に撒き散らしていた。
ルイーザは声の調子を変えて、今までの怠惰な気配も消え、真面目な雰囲気が漂い、それどころか三腕に対し気を使っているかのような口調で久しぶりだと話しかている。
そんな三腕をカイルは少しばかり尋常じゃ無い様子で見ている。
心臓の鼓動が跳ね上がり、四肢に力が入り、奥歯が砕けるのではないかと言うくらい噛み締めている。
こめかみから顎に一筋の汗が伝い、呼吸も乱れている。
カイルの様子を見て、リーゼが心配そうな声を出す。
「いや、何でもない……」
嘘をつくカイル。そしてその嘘はリーゼにばれているが、更に問いただせないほどカイルの様子は変だった。
心配させているのは解ったが、それでもリーゼには言えなかったのだ。
お前の仇だとは。

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