2015年9月2日水曜日

ホーラ -死都-

書名⇒ ホーラ -死都-

著者⇒ 篠田節子

出版社⇒ 文藝春秋

分類⇒ 文学(幻想小説)

感想⇒ タイトルの「ホーラ」というのはギリシャ語で、「その地域の中心」という意味だそうですが、この物語の舞台はエーゲ海の小島で、そこへ逃避行のような旅行でやってきた不倫関係にある日本人の男女が、「ホーラ」と呼ばれる廃墟から発せられる魔力によってなのか、不可思議な出来事に遭遇してゆくというストーリーになっています。
ホラー小説ですが、恐怖が主題ではなく、不倫関係にある主人公の罪の意識や心の葛藤が、超常現象やギリシャ正教の信仰、そして舞台となっているその小島の混沌と堕落の歴史などと絡んで描き出されているところにこの作品の文学的香りが感じられます。
以前にも書きましたが、私にとって幻想小説における幻想的な描写こそ文学的な表現が最大に発揮されているところで、文章表現の技工が凝らされた文学を堪能できる場面でもあります。
本書の著者もその文体や文学的表現の確かさによって幻想場面や主人公の心の動きを見事に描き出していて、文学としての面白さを味わうことができました。
ストーリーとしては最後は釈然としない終わり方ではありますが、映画などのようなすっきりした終わり方ではなく、必ずしもハッピーエンドとはならない現実を描いていて、それがよりリアルな読後感を残しています。








2015年8月17日月曜日

幻世の祈り   -家族狩り 第一部-

書名⇒ 幻世の祈り   -家族狩り 第一部-

著者⇒ 天童荒太

出版社⇒ 新潮社

分類⇒ 文学(社会小説)

感想⇒ 本書はエンターテイメントの形をとっていますが、近年ますます社会問題化している家庭内の問題、少年犯罪をテーマとして取り上げ、問題提起した作品です。
それだけに、現代社会のあり方について考えさせられる内容でした。
テーマとして見るなら、本書はまだシリーズの第1作であるため、物語の中で問題提起している段階ですが、著者の理念なり思想なりがその隙のない研ぎ澄まされたような文章表現と共に、読む側に訴えかけられており、その緊迫した思いが直に伝わってくる作品でした。
そして多様な登場人物たちがそれぞれに織りなす人間模様が、重層的に深みのある物語を構築していて、それがエンターテイメントとしての面白さを醸し出していました。







2015年6月22日月曜日

ゴールデンボーイ

書名⇒ ゴールデンボーイ

著者⇒ スティーヴン ・キング

訳者⇒ 浅倉久志

出版社⇒ 新潮社

分類⇒ 文学(サスペンス小説)

感想⇒ スティーヴン・キングは「ホラー小説の帝王」と呼ばれ、その作品はどれもベストセラーになり、映画化もされています。
本書に納められている作品の中では、『刑務所のリタ・ヘイワース』が『ショーシャンクの空に』という題で映画化されていますし、私は知らなかったのですが、本書の表題である『ゴールデンボーイ』も映画化されているということです。
私はスティーヴン・キングの作品は映画の方はいくつか観たことがありますが、原作を読むのはこの作品が初めてです。
映画を観た感想としては、それほど面白いとも思わなかったので、原作の方もあまり期待はしてなかったのですが、本書を読んでみて、その文章力と構成力に感服しました。
内容としては『刑務所のリタ・ヘイワース』は無実の囚人が長い歳月をかけて脱獄する話で、『ゴールデンボーイ』は元ナチ戦犯の老人と少年の交流から、その2人がそれぞれ別々に殺人事件を起こしてゆくというストーリーですが、その緻密な文章と、日常の身近で瑣末な事象をきめ細かく積み上げてゆき、しかも、その中に、結末へと導く伏線を張ってゆくという卓抜な構成力には驚きました。
スティーヴン・キングは単なるホラー作家ではなく、文学的力量もすごいなと感心したものです。
ただ、本書の中で難を言えば、『ゴールデンボーイ』で、老人と少年がそれぞれ別々に浮浪者を殺害してゆく展開について、殺人に到る動機となる心境の過程が描かれておらず、そのため、殺人事件へと展開するストーリーは唐突な感じを受けました。
その点を除けば、文学作品として素晴らしいと思いました。












2015年5月16日土曜日

沙門空海唐の国にて鬼と宴す

書名⇒ 沙門空海唐の国にて鬼と宴す

著者⇒ 夢枕獏

出版社⇒ 徳間書店

分類⇒ 文学(伝奇小説)

感想⇒  真言宗の開祖・空海を主人公にした小説というと正統派の歴史小説を思ってしまいますが、本書は著者の空想力が最大に活かされたエンタメ系伝奇小説となっています。
本書の内容は、遣唐使の留学僧として唐の国に渡った若き修行僧・空海が、官人の橘逸勢と共に妖しの事件に挑んでゆくという物語で、中国の史実とも関わる壮大な作品です。
物語は著者の脚色によるものですが、歴史上の人物との関わりをうまく使っていると感じます。
また、空海と橘逸勢は、『陰陽師』シリーズにおける安倍晴明と源博雅のような関係のようで、橘逸勢が頼りない人物として描かれているところがご愛嬌という感じがしますね。
面白さの中心は何といっても妖しに対して空海が呪術で対決する場面が最大の見どころでした。

また、楊貴妃の物語のところでは、年老いた楊貴妃の姿に思わず憐憫の情を感じたほどで、人生の盛衰に感情移入してしまう物語でした。
本書は全4巻の大作で、私は実は2009年1月から読み始めたんですが、途中他の本を読んでたりしてたので、全4巻読み終えるのに6年半近くもかかってしまいました。
全4巻もある話なので、正直、途中で中だるみするような感じも受けましたが、読み終えて、エンタメ小説として読み応えのある作品だったと思いました。

















2015年4月13日月曜日

愛する人達

書名⇒ 愛する人達

著者⇒ 川端康成

出版社⇒ 新潮社

分類⇒ 文学(恋愛小説)


感想⇒ 川端康成の文学を端的に表現するならば、「美しい文学」という言葉に尽きると思います。
そして美しい日本語で紡がれているその文体の特徴は淡々とした文章表現にあり、物語を客観的に淡々と述べてゆくところに、この作家の持ち味があり、それがまた味わい深い文体になっていると言えます。
エンタメ系ではない純文学だから当たり前とは言えますが、大仰な表現や感情を過度に熱くするような書き方ではなく、その淡々とした中に人間関係の機微がうまく表現されていて、文学の名人・達人の技がさりげなく表わされていると感じられます。

本書の短篇集にはさまざまな形の愛の物語が描かれていますが、いずれも美しい文章によって表現されていて、どこまでも美しさの読後感が余韻として残る作品でした。
ただ、こういう正統派の美しい純文学ばかり読んでいると物足りなさを感じてしまいますが、斜に構えたような書き方の作品の合間に読むとひときわ新鮮に感じるものです。




2015年2月28日土曜日

夢野久作全集 8

書名⇒ 夢野久作全集 8

著者⇒ 夢野久作

出版社⇒ 筑摩書房

分類⇒ 文学(心理小説)

感想⇒ 夢野久作は異端文学者として知る人ぞ知る存在で、これまで何作か読んだことがありますが、その真髄がよく解らないでいました。 特に以前に当ブログに書いた『ドグラ・マグラ』は長大な物語であるだけに混沌とした感想しかなく、その真髄というものがよく理解できないでいましたが、今回読んだ本書は、人間の深層心理と狂気を描いたマニアックな文学が、短編によって最も効果的に表現されていて、心惹かれる内容となっています。
例えば『一足お先に』『狂人は笑う』『キチガイ地獄』には饒舌体による1人語りが自在に駆使されていましたし、『冗談に殺す』では人間心理に潜む狂気が、『木魂(すだま)』ではスティーブン・キングにも通じるようなオカルト的な味わいに心をつかまれ、そして『少女地獄』の中の3編(『何んでも無い』『殺人リレー』『火星の女』)に登場してくる少女たちに秘められた心の底にある狂気と脅迫観念による自滅と破局が無残とも異様とも表現できる印象を与えていました。
やはり夢野久作は長編・大作よりも、本書のような短編に最もその才能が遺憾なく発揮されるようで、その物語世界に引き込まれていったものです。
この著者は江戸川乱歩と相通じるような雰囲気があり、それが魅力になっているとも言えます。




夢野久作全集 8

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2015年1月11日日曜日

親鸞

書名⇒ 親鸞

著者⇒ 吉川英治

出版社⇒ 講談社

分類⇒ 文学(歴史小説)

感想⇒ 久々のブログ更新になりますが、本年もよろしくお願いいたします。
  今回は浄土真宗の開祖・親鸞の半生を描いた巨匠・吉川英治の歴史小説の感想になります。
私は今まで親鸞にはほとんど関心がなかったのですが、本書を読んでその人物像や生きざまに少し興味を持つようになりました。
もちろんそれは吉川英治の描写力によるところが大きいと思いますし、本書に描かれていることは作者の創作によるところも多いと思いますが、権力欲に溺れて堕落していた当時の既成仏教の現状を憂えて、迷妄と苦悩の中にいる民衆の心の救いを真剣に模索していた親鸞のその真摯な生き方には共感しました。

確かに法然や親鸞の思想は虐げられていた下層の民衆を社会体制として現実に救うというところまでいかなかったのであり、単に気休めと諦めの思想でしかないという批判もありますが、社会体制改革の実現が難しかった時代には、気休めや諦めの思想と批判されても、親鸞のような心の救いとしての思想が必要だったのではないかと思えます。
そのような親鸞の純粋な心情と生きざまを、卓越した美文と表現力で描き切った吉川英治の文学には、心を動かされる読後感を持ちました。